ジョシュアは、砦街上空を突っ切る!
「よぉ。トムラ、ラキエ。元気してたか?」
まるで友達にでもあったような声でそう言ったのはアナベルくんだ。
この緊張感の中でそんなふうに言い放てるアナベルくんは、やっぱりすごい。
僕なんか、『今怒られたらきっと
僕はそう思いながら、上目遣いに死の谷の長と極熱火山の長を見つめた。
と、骸骨の巨躯がグラリと傾いで僕らに迫ってくる。
――すごく大きい顔だ……!
多分、翼を広げた
そんな大きなしゃれこうべがズズイっと僕らの前にやってきて、そしてカチカチカチと歯を鳴らす。
「汝、名は。何を求めて戦場へ?」
魔心の奥を震わすような、低い声。僕は伺うようにアナベルくんの方を見る。すると彼は僕を見て、促すように頷いた。
だから僕は、深呼吸をして、唾を飲み込んで、一歩前に踏み込んで、死将王さんをまっすぐ見て口を開いた。
「ぼ、僕、トレントです! 戦場に何を求めて……って言うのは、無いです! 勇者を食べて勇者になるために、魔王城に行く途中です!」
僕はフンスと胸を張る。と、死将王さんは首を傾げて、それから
しばらくそうしていた死将王さんは――
「ゥわァははははは!」
――と、豪快に笑い始めた。
空気がビリビリ揺れて、そばにあった岩が大きな音を立てて崩れ落ちた。思わず耳を塞ぎたくなるような大笑だけれど、僕はただジッと死将王さんを見上げていた。
「ゥはははは! はははは! はは、はぁー……良い。良いではないか! なんだお主、なかなかどうして、面白い者を連れておる」
お主も隅に置けぬなぁ、と楽しそうな死将王さんの白い大きな骨の指が器用に突くのは、アナベルくんのほっぺだ。アナベルくんは面倒臭そうな顔でそれを――やっぱりアナベルくんは馬鹿力――軽く払い除けて、それからニヤリと唇を歪ませた。
「――で? なんでお前らが出張ってるんだ。俺にとっては、そっちのほうが面白いんだが?」
ええ? どうなんだよ? と続けたアナベルくんの不遜な態度を怒りもせずに答えてくれたのは、熔岩妃さんだった。
「そなたの思う通り。来ておるのよ、アレが」
熔岩妃さんは水晶の中で困ったような顔をしている。そんな彼女を見ながら、むむうと唸っていた死将王さんが「……おお、そうであった」とガシャンと手を打って、僕を見た。
「汝ら、森の匂いを纏っておる。魔の森から来たのであろ? リカーは息災か?」
ん? と首を傾げる死の谷の長からは、さっきのように圧力を感じない。
やっぱりそういうのって出し入れできるんだねぇ、なんて思いながら、今度は僕が首を傾げる番だった。
「り、りかー……?」
「
「ううん、違います」
小さく首を横に振って、僕は身振り手振りを加えながら話をする。
「僕らの森の長は
僕がそう言うと、熔岩妃さんが「もしかして」と目をぱちくりさせた。
「兄者。あやつ、魔物たちと接するのに分け身を使っておるのでは」
「おお、流石は我が妹! 賢いな! そうかそうか、分け身か……であれば、大毒蛇と名乗っておるのも納得」
「分け身……?」
僕がさらに首を傾げると、長二人は
「ほほ、そなたが気にする必要は無い。――それで? そなたの長は息災であるか?」
「はい!」
僕が大きく頷くと、死将王さんも熔岩妃さんも「そうかそうか」と笑ってくれた。それが嬉しくて、僕は、魔の森から出るまでのことや大毒蛇さんのことをどんどん話した。二人の長は、楽しそうに聞いてくれた。
だから、僕の口は止まらなくて――
「――……やあ、トレントよ。汝の話、楽しく聞かせてもらっておるが……そろそろ、終いにせい」
と、死将王さんが言ってくれなきゃ、ずーっとここで話をしていたと思う。
僕ははっと口を抑えて、死将王さんと熔岩妃さんを見た。
「ああ、そなたが妾たちの機嫌を損ねた、ということではない。安心なさい」
ただねぇ、と熔岩妃さんが呟くと水晶が赤く輝いて、遠くで極熱火山が空へと向かって火を吹いた。それと同時に、死将王さんが立ち上がった。
二人の長は、びっくりして瞬きする僕の向こうを睨んでいる。
僕も振り返ってそちらの方向を見たけれど、なんにも見えない。
「アナベルくん、何が起きてるかわかる?」
不安になってアナベルくんのそばに行けば、彼は目を青く光らせながら、荒野の向こうを見つめている。僕はその青の中に、僕らの方へと駆けてきているだろう大勢の人間を見た。
「あいつらもアホだよな」
ぽつ、とアナベルくんが言う。
「兵糧たくさん抱え込んで、軍備バッチリの砦街ススクッシに篭ってりゃ、勝機もあったかもしれねぇのに。わざわざ、多重結界から外に『コンニチハ』してくるんだもんな」
アホだよな、と再び呟くアナベルくんは、人形の微笑みのまましばらく立ち尽くして、それからフワリと浮かび上がった。
「おい、ラキエ。皇帝竜貸せよ」
「あら、なにゆえに?」
「空から一気に砦街を抜けたいからだよ。ここから魔王城までの道は、いつもどおりショートカットできねぇんだろ?」
語尾を上げたのに、アナベルくんは答えを待つ気はないらしい。
「こいつらに戦場を歩かせてみろ、すぐ死ぬぞ。あそこにユウシャが居ようが居まいが、お前らが出張ってるんだ。皇帝竜の一匹や二匹いなくたって負けはしねぇだろ?」
熔岩妃さんは難しい顔で唸ったあとに、パンと一つ手を叩いた。すると真っ黒な皇帝竜さんが僕らの前に身を伏せた。
「無事に返すのよ。でなければ、妾がアンシュに噛みつかれるのだということを、ゆめ忘れぬように」
「あいよ」
僕もラウネさんも、何が起こっているのかわからない。そんな僕らを、アナベルくんはひょいひょいと念力で浮かして皇帝竜さんの背中にくくりつけた。
「ちょっとアナ――!」
叫んだラウネさんの声を遮ったのは、地の底から響くような声だった。
「死将王、シ=ウ=トムラの名を持って命ずる! 我が
そう言いながら、死将王さんは地面に突き刺さっていた大きな大きな剣を抜き放つ。それを合図にしたように、空気がうねるような咆哮とガシャンガシャン! と骨が擦れる音が周囲に響き始めた。
それに燃料をくべるように続けて言葉を放ったのは、熔岩妃さんだった。
「熔岩妃、ア=ウ=ラキエの名を持って命ずる。我が愛し子らよ、そして我が友・
遠く極熱火山の燃える山頂から、赤い矢が飛んでくる。そしてそれは、僕らのずっと向こう――砦街の方へと落ちていった。
「――焦熱の矢を、放ち続けようぞ」
骸骨戦士さんたちの雄叫びにドラゴンさんたちの咆哮が重なって、混ざり合った唸り声は地面すら揺らす勢いだった。
僕は自分の魔心がその唸り声にあてられて騒めき立つのを感じた。
――僕も戦いたくなってきた!
と思っても、アナベルくんの念力がそれを許すわけがない。じたばた暴れても全く身動きが取れないから、しょうがない、僕はフスフスと鼻息を荒くしながら周囲を見回した。
目に留まったのは、皇帝竜さんたちが恭しく担ぎ上げて空に灯した赤。中に熔岩妃さんの姿を閉じ込めて、真っ赤に輝く水晶だ。
そんなに近くにいるわけじゃないのに、もっと言えば、水晶の赤は遠く遠くの炎熱火山を映しているだけみたいなのに、僕の体は燃えそうなくらいの熱を感じている。
まるで、太陽みたい!
「あっついね! ラウネさん!」
「暑いどころじゃないわよこれ! 燃える! 燃えちゃう!」
アナベルぅ! とラウネさんが叫んだのを合図に、皇帝竜さんが高く高く飛び上がった。
さっき僕らを乗せてくれたドラゴンさんが飛んでいたよりも、ずっと高いし、ずっと速い! ……のだけれど、アナベルくんが何でもないような顔で着いてくるから、なんだか頭が混乱しそうになった。
そうして、何回目かの羽ばたきで――
「――うわぁ……すごい! 雲に触れそう!」
――僕たちは、浮かぶ雲の真下まで運ばれた。
地面がすっかり遠くになっていて、そこを小さな小さな骸骨戦士さんたちが駆けていく。向かう先には、骸骨戦士さんたちよりずっとずっと小さな蠢きがあって――たぶん、人間たちだと思う。
二つの蠢きの唸り声と共に聞こえてくる重い音は、死将王さんの足音。
風を燃やしながら飛んで行く何かの音は、熔岩妃さんの放つ溶岩の矢。
荒野が抉れて燃え上がり、その炎目掛けて皇帝竜さんとドラゴンさんたちがさまざまな色のブレスを吹きかける。
肉の焼ける良い匂いがする。僕はよだれを垂らしそうになって、慌てて唾を飲み故こんだ。
と、僕らの下から声がする。
「さあ、魔王城へと出発いたしましょう。心の準備はよろしいかな?」
落ち着いた渋みのある声から、この皇帝竜さんがおじいさんであることがわかる。
「よろしいです!」と言えない僕に代わって、アナベルくんが鼻を鳴らして笑う。
「お前、けっこうな歳だろ。ちゃんと飛べんのか?」
「こう言ったことを申すのは無粋ゆえ、好きではありませんが……そこらの仔竜よりはまだまだやると自負しておりますでな」
坊ちゃんも私に乗ってくだされ、という言葉にアナベルくんが皇帝竜さんの首元に跨った。
「この先、対竜用魔導呪弾がわんさか飛んでくる。どてっぱらに穴ぁこさえないでくれよな」
「ほっほっほ。若い鱗と比べれば、そりゃあ、柔らかさと美しい白さは失いましたがな――流した血の数だけ硬く黒く育て上げたこの鎧鱗。打ちぬける人間がおりましたら、ぜひとも引き合わせていただきたいものです」
言葉と共に皇帝竜さんが大きく飛び上がって、僕らは雲を抜けた。太陽がすごく眩しくて、でも、それを感じたのも一瞬だった。
「さあ、行きますぞ!」
大きく広げられていた翼が畳まれて、そして僕らは風になった。
僕は今、悲鳴を上げるのも忘れて周囲を見回している。
皇帝竜さんは骸骨戦士さんたち上を、真っ赤に輝く水晶の下を、飛び来る金属の間をすり抜けて、ぐんぐん進んでいく。
羽ばたきの音が遅れて聞こえるくらいのスピードで空を駆けて、そして僕は、気が付いたら草の上に横になっていた。
ハッと起き上がれば、僕の眼下には――
「うわぁ……!」
「おう、ジョシュアも気が付いたか」
――大きな大きな蟻地獄の巣のようなすり鉢が広がっている。
その真ん中にあって、漆黒に輝く牙のような城。
それこそが。
僕たちが目指した場所で、そして、やがて勇者が来るであろう場所。
「もうすぐだぜ、魔王城」
――魔王様のおわす、魔王城である。
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