ジョシュアは、勇者になった
「ねえ、不思議に思ったことはないの?」
僕の問いに、タデウスは笑うだけ。
答えないから、僕はそのまま言葉を続ける。
例え届いていなくても、言葉を続けたかったから。それで踏みとどまってくれれば、と思ったから。
「
答えが返ってくることなんて、期待していない。
血飛沫を翻しながら、タデウスが突進してくる。駆け引きも何もない、野生の殺し合いだ。僕は避けざまに彼の足を切り飛ばした。
タデウスは濁った声で『自己回復』を重ね掛けしている。
悍ましい速度で傷が癒え、新しい脚で駆けてくるタデウスを迎え撃ちながら、僕は訴える。
「そうやって、何度も何度も再生して、本当に問題ないと思っているの?」
――せめて。
「知ったことか! 私は、お前を殺すんだ……殺して食って、聖剣を……!」
――せめて、人間として殺してあげたい。
タデウスが突っ込んでくる。僕は腰で剣を構えて、地面を蹴る。
しっかりと聖剣を握り締め、突きを放つ。
聖剣は防具ごと、あっけなくタデウスの心臓を突き破った――のに、血は出なかった。
どうやらタデウスはここでも自己回復を使ったようだった。
――もう、限界なのに。
「わ、私は、何度だって、何度だって――」
さっきから、兆候はあったんだ。
剣を持つ手は震えていた。足は縺れ始めていた。治ったはずの傷口はジワジワ血を溢していた。
タデウスの腕が溶け落ちる。
「――はえ……?」
僕の目の前で、タデウスはよろめいて退いた。聖剣が抜けるのに任せて、僕は腕から力を抜く。剣を構えず、タデウスを見上げる。
「な、何が……これは、わたしのうで、とけて……? な、なにを、何をした、貴様……! 私は、全ての耐性をつけて、神毒も神呪も効かない体に……」
だから、不死鳥さんもドラゴニュートさんも、ここぞという時にしかスキルを使わないんだ。
僕が持ってるヒール程度なら、回数多く使ったって平気だよ。でも、上位の魔法やスキルは、ダメだ。確かに効果は強いけれど、反動が大きいんだから。丈夫に作られている魔物だって、あまり回数を使うと体が疲れちゃって、そこだけ早く年老いてしまうんだ。
タデウスは、使い過ぎを通り越した。彼が再生した部分は、老いるを飛び越えて腐ってしまった。全身を巡った回復魔法は、もう彼を変性させてしまった。
タデウスの人間としての証は、子孫に受け継がれていく大切なものは、もはや人間の持つそれとは変わってしまっただろう。
もう、彼は心も体もバケモノになってしまった。
「くそ、くそ……! 『
呪詛のように叫ぶから、魔力はそれにふさわしい形で働いた。
確かに、確かにタデウスの手足はまた再生した。けれどそれは、人間の物でも魔物の物でもない。
怖気の走る粘性の手足に、それでもタデウスは満足そうに笑って剣を拾い上げる。
「まだ、戦える。諦めてなるものか……! ここまできたんだ、やっと、私は、神の座に足をかけているんだ……!」
もう、殺してやってくれ。そんな声が聞こえた気がして、僕は静かに頷き聖剣を構える。
どこを切れば殺せるのか、示すように青が煌いている。
のたりのたり、と近付いてくるタデウスを見据えながら、僕は地面を蹴って走り出す。タデウスの懐に潜り込む。
死の香りのする粘性の手を避け、聖剣を跳ね上げる。
タデウスの首を落とす。もう、スキルも魔法も使えないように。ふわりと浮いた頭はゆっくりと笑みを崩していく。
カッと見開かれた紫の瞳を見つめながら、僕は剣を振り上げた勢いに乗って地面を蹴る。タデウスの真上を取って切っ先を下に構え、流星のように落ちていく。
タデウスの心臓を、今度こそ食い破る。切っ先に感じた鼓動が無くなるまで深く突き刺して、彼の体を地面に縫い付ける。
柄まで届く鼓動は徐々に弱くなり始めたが、タデウスの体は死に抗うように震えている。タデウスの頭は、それを少し離れたところから見つめながら口を動かしている。詠唱もできない。スキルも叫べない。
僕はタデウスの腹に跨りながら、鍔に嵌った宝珠に額をつけるようにして聖剣に寄り掛かった。もう、疲れ切っていた。
額を通してタデウスの鼓動を感じる。
「きっと、心が疲れちゃったんだよね」
僕は、タデウスの頭の方に目を向けた。彼は、まだ口をはくはくさせていたけれど、僕がジッと見つめていたら、それをやめて、静かに目を閉じた。
「それがいいよ。――ゆっくり、眠ってね」
タデウスの心臓の震えが止まる。
ゆっくり休んだ方が良い人の上にいつまでも乗っているわけにもいかなくて、僕はゆっくり立ち上がる。聖剣から手を離して、よろよろと向かったのはタデウスの頭の所だ。目を閉じて寝ているようなソレを拾い上げ、正しい場所に置いてあげる。
それから、彼の体と大地を鞘にしておくわけにはいかなかったから聖剣を引っこ抜く。念力を使って浮きながら、聖剣を引っ張り上げる。自分の力だけじゃ足りないから、引っこ抜くのに念力も使う。
ずるずる、とゆっくり引っ張って、最後は僕がそっと引く。
抜けた聖剣を抱えながらタデウスの側に着地したら、それを待ってたかのように胸に空いた穴から血が噴き出して――そう言えば、と僕は手の血を拭ってから自分の髪の毛を目の端まで引っ張った。
そしたら、笑えてしまった。笑いながら、泣けて泣けて仕方がなかった。
「――……ショッキングピンクだなんて……ふふふ。アナベルくんの、嘘つき……」
ふと見れば結界の外に魔王様の姿があったから、僕は結界を消した。キラキラ輝く結界の欠片を、風が吹き飛ばしていく。
それから、僕の頭を撫でていく。
朝焼け色の優しいピンクに変化した髪を、誰かがそうしてくれるのとよく似たやり方で風に混ぜられながら、僕は魔王様に笑う。
「終わったよ、魔王様」
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