ジョシュアは、勇者と出会う!!

 スオーフの街を出た僕らは街道をズンズン歩いて進んで、今は小さな森で野宿をしている。

 僕もラウネさんも夜目が利くから本当はもう少しズンズン進んで勇者を探したかった。だけれど、アナベルくんがいたら『それは人間っぽくないからやめろ』って言われそうだったから、僕らはこうして森に隠れて休んでいるんだ。


 アナベルくんがいたら焚き火を作ってくれるんだけれど、彼はいない。それに、僕もラウネさんも火の起こし方なんか知らないから、僕らは真っ暗な中で落ち葉の布団に寝転がって、星を見上げていた。


「綺麗だねぇ」

「そうねぇ」

「アナベルくんも、この星を見てるかなぁ?」


 僕がそう言うと、ラウネさんは「さあね」と肩をすくめた。


「……アナベルの奴、どんな用事があって行ったのかしらね」


 ラウネさんの質問に、今度は僕が肩をすくめる番だった。お腹の上でモソモソ動いたから、多分ウッドゴーレムも肩をすくめたんだろうなぁ。

 僕はぼんやり考える。

 アナベルくんの用事について。


 アナベルくんの用事、用事……。

 うーん、例えば――誰かを呪いに行ったとか?

 それとも、天空庭園に行ったのかな? 空の向こうに飛んでいったから、もしかしたらそうかも! もしそうだったら、金のどんぐりを拾ってきてくれたら嬉しいなぁ……。


 そんな風に考えていたら、いつの間にか僕のまぶたは閉じていたみたいで。


「ジョシュア、朝よ」


 太陽の光が美味しいわよ、と肩を揺らされて、僕はピョコンと飛び起きた。その勢いで飛んでいったウッドゴーレムは、マントを器用に掴んで風を孕ませて、ふわりふわりと降りてくる。僕はそれを目で追って、ウッドゴーレムが着地してポーズを決めたところで拍手をしながら立ち上がった。


 ウッドゴーレムを拾い上げて肩に乗せながら、僕はうーんと伸びをする。体いっぱいで光を浴びたら、一気に元気が湧いてきた!


「よーし、ラウネさん! 勇者探しに行こう!」


 僕が歩き出せば、ラウネさんは「はいはい」と笑みを漏らしながら着いてきてくれる。僕らはあたりを伺いながら森を出て、また街道沿いに歩き出した。


 ******


 ズンズン歩いて、何回か馬車や魔車とすれ違っただろう? そんな頃に、僕らの進む道のずっと向こうに、ぼんやりと白く煙るように見える建造物を見つけた。


「ラウネさん、あれがスフィフの街かな?」

「たぶんそうね。ジョシュア、あの……なんて言ったかしら。えーと……ああ、方位磁針! アレの金の針は、あの街の方を指してる?」


 ラウネさんに言われて確認してみれば、金の針は細かく震えて一方向を指している。ちょっと持ち上がって空を指しているようにも見えるけれど、金の針が指し示しているのは街の方だ。

 僕が頷くと、ラウネさんは少し緊張した面持ちで頷き返してくれた。

 

「アナベルがいない状態で街に入るのは……ちょっと避けたいのよね」

「でも、勇者、街の中にいるかもよ!」

「そうなのよねぇ……」


 ラウネさんはモニョモニョと唇を噛んでから、大きく大きく溜め息を吐いた。


「しかたない。しっかり周りに気をつけながら行きましょ」

「うん!」


 僕らは歩く。のしのし歩く。止まることなく。


 歩いていた、のだけれど……。


 そんな僕らが、足を止めることを余儀なくされたのは、スフィフの街と思しき物の姿がはっきりと見えるようになった頃の事で――


「あら、燃えてるわね」


 ――煙って見えたのが目の錯覚ではなかったことを知ったから、だった。


 街道の先、大きな大きな壁に囲まれた街は、ごうごうと燃え上がっている。

 肉の焼ける臭いがこちらまで漂ってくる。僕は、ドーサの街の宿で食べた肉を思い出してよだれを垂らしそうになった。

 僕は口元を拭ってラウネさんと顔を見合わせた。


「どうして燃えてるのかなぁ?」

「さぁ……」


 とりあえず、もう少し近付いてみる? というラウネさんの提案に頷いて、僕らはじわじわと街の方へと歩み寄る。

 燃えている街からドラゴン五匹分くらいの所に丘があるのが見えたから、僕とラウネさんは街道を外れて、丘を登っていった。その一番上から見えた光景に僕らは「なぁんだ」と思った。


「燃えてるからどうしたのかと思ったけれど、極熱火山のドラゴニュートたちが街を襲ってたのね」

「大勢いるねぇ。ちょっと行ってみようよ」

「えー? もう少し落ち着いてからじゃないと、燃えるわよ」


 確かに!

 ラウネさんの言う事はもっともだった。僕は大きく頷いて、それから、街と炎を避けて歩いていくことにした。

 幸いなことに、街の横を通っても金の針はそちらを指さなかったから、勇者はスフィフの街にはいなかったようだ。

 僕はホッと胸を撫でおろしながら、ずんずん進む。途中ですれ違ったドラゴニュートさんたちに「頑張ってください!」と伝えるのも忘れない。

 

 そうして歩いて、天辺にあった太陽が道の向こうに顔を半分沈めた頃だった。

 真っ赤な光に照らされて歩いていた僕は、ずっと向こうに人影を見つけた。


 三人くらいかな? いくつか影が重なっていて数えにくいけど、多分それくらいの人数だ。


「ラウネさん、人間がいるね」

「避けましょ」


 即答だった。

 僕が目をぱちくりさせると、ラウネさんは唇を尖らせて慌てたように言葉を続けた。


「もしも、あの人間たちがアナベルの言う『鼻の利く冒険者』だったら困るでしょ」

「確かに! じゃあ、この草むらの中を歩いて行こう!」


 僕は街道横の深い草むらを指さそうとして手をあげる。

 その手が、何かに引き止められる。

 何だろう、と思って手元を見れば、方位磁針が括りつけてある紐が僕に待ったをかけるように、伸ばした人差し指に引っかかっていた。

 方位磁針はユラユラ揺れている。中の金の針は――と確認して、僕は目を丸くしてしまった。


「ちょっと、どうしたのよ。早く行きましょ」

「ラウネさんラウネさん、これ見て!」


 ラウネさんが僕の手元を覗き込む。それから、赤い目を大きく見開いた。


「針が光ってる!」

「しかも、震えてるわね……え、じゃあ、もしかして……ううん、まだわからないわよね、そうよね。ジョシュア、ちょっとそれ貸してみて」


 僕は素直にラウネさんに方位磁針を渡した。すると彼女は難しい顔でそれを受け取って、蕾の付いたツタを一本、スッと伸ばした。と思えば、蕾がゆっくり開く。ふわっと花開いたその奥には、小さな目玉があった。


「ラウネさん、何してるの?」

「ちょっと確認をね……」


 ラウネさんはそう言いながら、方位磁針を絡めたツタと目玉花の咲いたツタとを軽く束ねて、地面に沿って伸ばしていった。どこまで伸ばすのかなあ、と思って見ていたんだけれど、ツタは草むらに阻まれて見えなくなってしまった。


 そして、しばらく経って。


「ぁぁあああ……」


 道の向こうの人間たちを見ていたらラウネさんが俯いてため息を吐いたものだから、僕は何事かと思って彼女を見上げた。


「どうしたの?」


 僕の言葉に帰ってきたのは短い言葉だった。


「勇者」

「え?」


 僕が首を傾げたのと同時に、目玉花のツタと方位磁針が戻ってきた。ラウネさんは僕に方位磁針を押し付けながら、緊張しきった顔を向けた。


「だから、あれ」


 アレ、とラウネさんが顎で指しているのは、向こうにいる人間たちだった。


「勇者よ」


 僕はしばらく放心の後、「えええええええ!?」と叫びそうになってラウネさんに口を塞がれた。


 ******


 僕がようやく落ち着けたのは、周りを包む赤に夜の色が混ざり始めた頃だった。


 僕とラウネさんは、話し合って作戦を考えた。

 考えたのだけれど、何もいい案を思いつかなかった。アナベルくんがいたら、きっと素敵な暗殺案を出してくれたんだろうなぁと思うけれど、でも、そんなことは言っていられない。


 ので。


 僕は正面から勇者のもとへ行くことにした。


「ホントにいくの? ねえ、ホントに真正面から行くの!?」

「う、うん……!」

「ダメダメダメ、絶対ダメ!」

「でも! 今を逃したら!」


 勇者を食べられない! と叫びそうになったところをギリギリ我慢しながら、僕はラウネさんに背を向けた。ずんずんずんずん歩いて――けれど一歩も進まないのは、ラウネさんが僕を捕まえて持ち上げているから。


「もー! 止めないで! 降ろして! おーろーしーてー!」


 ジタバタしても拘束は緩まない。

 僕は体を捻ってラウネさんを振り返った。そこにあった彼女の顔は、必死の形相を乗せている。


「ラウネさん! 降ろして! 早くしないとっ!」

「バ、騒ぐんじゃないわよ! バレたら――」


 と、その時だった。


「君たち、何しているんだい?」


 静かな深い声に、ラウネさんの表情が固まった。僕も動けなくなった。


 ――み、見つかった……!


 動けない僕を、ラウネさんが引き寄せて抱きしめてくれる。ザワザワ、と聞こえた音は、これは多分ラウネさんが周囲にツタを伸ばした音だろう。

 ラウネさんに一瞬遅れて動けるようになった僕は、ラウネさんの事を守らなきゃ! と思って身を捩ったんだけれど、ラウネさんのツタから逃げられなかった。

 と、再び深い声が聞こえてきた。


「ああ……落ち着いてほしい。私は、君たちに何をするつもりも無いよ」


 大丈夫、と声が近付いてくる。

 知らない匂いが近付いてきて――知らないはずなのに、僕はその匂いに安心を感じていた。それはラウネさんも同じらしく、僕を抱きしめているツタが緩む。僕は地面にお尻で着地しながら、近付いてくる人間を見た。


 くすんだ金の髪。方位磁針の金の針と同じ色。


「こんなところに、君たちのようなタイプがいるのは随分珍しいね。迷子かな?」


 もはやチョコンとしか頭を出していない太陽の光を背負う人間の、紫色の瞳が輝いて僕たちを映している。


 どこまでも引きずり込まれそうな紫に閉じ込められてしまった僕は――


「こ、こんにちは勇者さん!」


 ――と、裏返った声で叫ぶことしかできなかった。

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