ジョシュアは、勇者を探す!

 魔車で駆けて、僕たちは日が暮れる前にスオーフの街へと辿り着いた。


「ここがスオーフの街よ」


 急いで魔車を降りた僕が転びそうになったところを、褐色の人間が抱えるように受け止めてくれた。僕は、顔が埋まるほど柔らかいムニュムニュからパッと顔を上げ、周囲を見回して「わー!」と言うしかなかった。


 スオーフの街は、キラキラしていた!

 光っている、とかそう言う事ではないんだけれど、なんというか――うん、キラキラ! キラキラしてる!


「キラキラしてる!」


 僕がそう言うと、褐色の人間は僕を見つめて「あらぁ」と言った。


「ぼく、魔力の粒子が見えるん?」

「魔力の粒子? かどうかはわかんないけれど、とってもキラキラしてます!」


 キラキラ、キラキラ! と大興奮の僕は未だに褐色の人間に抱えられていたんだけれど、ゆっくり体が浮き上がって、気が付けばラウネさんのツタに抱かれていた。僕はジタバタ足を動かす。そんな僕の肩の上で、ウッドゴーレムも踊るように足を動かしていた。


「あたしにも見えるわ。何なのよこれ」


 ラウネさんの呟きに答えたのは、短髪の人間だった。


「スオーフは魔術都市だからなあ」


 魔術都市? と僕が首を傾げると、短髪の人間は大きく頷いていろいろと教えてくれた。


 曰く。

 スオーフの街は別名『大魔術都市スオーフ』と呼ばれているらしい。

 ここには古今東西、赤ちゃんでもできる奇術から、使えば首が飛ぶ忌術まで、魔法という括りに入る物のおおよそが集まっているんだって。

 僕らと相乗りしてきた人間たちは、魔法を学んだり買ったりする目的もあって、ここに来たみたい。


「――とまあ、そんな都市だから、集まるヤツの殆どが魔法系の職業の人間ってわけだ。そう言うのが集まると、みんながみんな実験だー研究だーってやりだすから、普段は目に見えない魔力が、粒子になって可視化されるんだ」


 短髪の人間の言葉を聞きながら、僕はフムフム頷いた。そんな僕の顔をラウネさんがのぞき込んだ。彼女はしばらく僕を観察して、「落ち着いたわね」と言うと、僕の事をゆっくりと地面に降ろしてくれた。


 僕は地に足をつけながら、魔法って買う物なのかあ、と思った。

 だって、僕の『ヒール』は先祖代々伝わっているものだし、人間たちが使っている魔法も、きっとそう言う物だと思っていたんだもの。

 買う物なのかぁ、と僕が呟くと、長髪の人間がコクコク頷いた。


「そうよ。……でも、命張らなくて良い分、高いのよねぇ」

「高いの? どんぐり……じゃないや、えっと、お金ならどれくらい? これくらいしますか?」


 これくらい、と僕は両手をお椀にする。すると人間たちは微笑みながら首を横に振った。


「それが、十個分くらいやねぇ」

「じゅっこぶん……じゃあ、どんぐりだと……!」


 僕は、ひえー、と思った。


「だから、この街を目当てに来る人間の殆どは、ギルドランクが上だったり、余裕でダンジョン踏破できたりで金を持ってて――」

「――で、強い、と。だからこそ、魔物避けの結界も必要ないのよね」


 短髪と長髪の人間の言葉に、ラウネさんは緊張したようだった。彼女が緊張したから、僕もちょっと緊張する。と、そんな僕の前に、大きな人間がしゃがみ込んだ。彼はニコニコ笑って僕に手を伸ばしている。


「安心しなよぉ。ならず者はここにはいないし、居てもおれが守ってあげるよ抱きしめて……ぐふっ!」

「ばっちい手ぇで触るんやないよ、もー。堪忍ねぇ。……でもま、ならず者がおらんって言うのは本当」


 だから安心して散策できるよ、と褐色の人間は笑っているから、僕はちょっとだけ安心する――んだけれど、それを見通したようなラウネさんのツタが僕の頭を叩いた。そのツタが、僕の耳にずぼっと入ってくる。


「うわわ」

『ちょっと、ジョシュア。アナベルが言ったこと、忘れたわけじゃないでしょうね?』


 覚えてるよ! 

 僕は口には出さずにコクコク頷く。


『だったら。この人間たちの言動に安心なんかしちゃだめよ』


 僕はラウネさんのコソコソ声に首を傾げて彼女を見上げた。

 アナベルくんは、確かに『人間を信用しすぎるな』って言ってた。でも、こうも言っていたはずだ。

『相乗りしたアイツらみたいに、話の分かる奴ばかりじゃない』って。

 それってつまり、相乗りした人間たちは話も分かってくれるし、信用していいってことだと僕は思ったんだけれど……。

 と考えていたら、ラウネさんがヒソヒソ言う。


『とにかく! こいつらはここを安全だって言ったけど、あたしたちにとっては四方八方から弓を向けられてるのと同じなんだから』


 いいわね、とラウネさんが真剣な声で言う。だから僕は、大きく頷いて、それから短髪の人間の前まで歩み寄った。


『ちょ、ジョシュ――』


 耳からスルンとツタが抜けていった。それを感じながら、僕は真剣な顔のまま、短髪の人間を見上げる。


「あの! にんげ――お兄さん!」

「ん? なんだい?」


 人間は、僕と目線を合わせるようにしゃがんでくれた。

 僕は、僕の口を塞ごうと伸びてくるラウネさんのツタが到達する前に、大きく息を吸いこんだ。


「勇者を探すの、手伝ってください!」


 お兄さん、スオーフの街を案内してくれるって言ったから! と僕が続ければ、短髪の人間と、その横にしゃがみこんだ長髪の人間が微笑んだ。


「いいとも! 俺で良ければいくらでも。いや、実はな……驚かせようと思って黙ってたんだけど。俺たちな、一時期、勇者と一緒に旅をしたことがあるんだ」


 僕は目をまん丸にする。

 本当にびっくりした。

 僕の肩に乗るウッドゴーレムも驚いたようで、ぴょこんと大きく飛び跳ねた。


「お兄さん、本当?」

「ああ。ドーサの街で出会ってね。砦街で別れてしまったけど、そこまでは一緒に。クエストなんかも一緒にこなしたりしたから、多分、向こうも俺たちの事を覚えてくれていると思う」


 わーお! と僕が口に手を当てると、今度は長髪の人間がニンマリ笑って口を開いた。


「しかもしかも! あたしたちってば、『またいつか会えるように』って髪の毛を交換してるのよねー」

「髪の毛の交換?」

「あら坊や、知らない? ……あっ、森……し、知らないわよねそうよね!」


 長い髪の人間はうろたえるように目線を上下左右に動かして、それから僕の頭を撫でてくれた。と、それを受け止めていたら、僕の背後にラウネさんが立ったみたい。彼女は僕のお腹にツタを巻いて、何かされたらすぐに引っこ抜けるようにしてくれている。でも、僕はそこまでする必要はあるのかなぁ、と思った。

 だって、この人間たち、僕が嫌だなぁと思う事をしてこないんだもの。

 僕はツタを撫でながら、髪の長い人間に声をかけた。


「髪の毛を交換すると、どうなるんですか?」

「えっ、あっ、あのね……おまじないと言うか、むしろおまじないに使うというか」


 人間は、何と説明したらいいか、と首をひねっている。そこに助け舟を出したのは、褐色の人間だった。


「髪の毛をね、いろんな薬草呪草と混ぜて燃やすんよ。そうするとねぇ、小さな針みたいなんができるのよ。それを、方位磁石につけるのよ」


 そうすると針がその人の方を見るんよ、と。そう言いながら、褐色の人間は腰に下げた袋から、袋より大きな小鍋を取り出した。


「薬草も揃ってる。あとは足りん呪草がちらほらり、と」


 褐色の人間が「うてきてー」とメモを短髪人間に渡す。と、彼は「それならこっちにある」とポケットをまさぐって――と、僕の見ている前で、あれよあれよという間に、まるで料理が始まるとでもいうような準備が進んでいった。

 多分、僕らがいるのは街の大通りなんだと思う。そんなところで料理? を始めるから、通り行く人間たちは僕らを見てくるんだけれど、彼らは特に気にしたそぶりも見せずにフイっと前を向く。だから多分、スオーフの街では日常茶飯事なんだろうなぁ。


 そんな風に考えていたら、どうやら料理? も最後の工程に入るようだった。


「あとは、勇者の髪か。確かこの辺に……ああ、あったあった」


 短髪の人間が取り出したのは、にっこりマークの付いた木の箱だった。どうやら手作りみたい。ところどころ、ガタガタしているのが僕にも見えた。


 短髪の人間がふたを開けると、そこには一束の髪の毛があった。金色の髪の毛だ。陽の光を受け止めて、一層キラキラ輝いている。人間は、そこから丁寧に数本髪の毛を抜き取って、小鍋に入れた。

 ジュウ、と言う音と共に、髪の毛の焼ける良い匂いが鍋から香ってくる。僕が思わずフラフラ近寄ったら、僕のお腹をグルグル巻きにしているラウネさんのツタが、

ピン、と張った。その音に気が付いたらしい人間が僕の事を振り返る。


「髪が焦げるにおい、どうにも好きになれないなぁ」


 この匂い、人間は嫌いなのか! 新しい発見だ。

 僕は、「良い匂いですね!」と言わなくてよかったぁ、と胸を撫でおろした。


 そうしてしばらく、良い匂い――ではなく、人間にとっては気分の悪い匂いをまき散らした小鍋の中身が固まったみたい。褐色の人間がコロコロ振っていた鍋の動きが止まる。褐色の人間は傍に置いていた杖を小さく振るって水球を生み出すと、鍋の底を水に触れさせて熱を冷まして、中身を摘まんで持ち上げた。


 そこには、くすんだ金色の小さな針みたいなものがあった。


「あとはコレを――良し、と」


 僕は褐色人間の方に歩いて行って、彼女が何をしているのか見たかった。だけれどラウネさんのツタがそれを許さない。しばらくツタをピンと張らせて抵抗していたら、褐色の人間の方から僕に近付いてくれた。


「これね。これを首から下げて、そんで、時々、『金色はどっちを見とるかなぁ』って確認して歩いたら、勇者さん見つけられるよ」


 僕は褐色の手のひらにある物を覗き込んだ。

 そこにあったのは、文字盤のはめ込まれた丸い何かと、その上で揺れながらどこかを指し示す針だった。黒の針と赤の針と、それから金の針。三つが三つ、それぞれ別の方向を指している。

 褐色の人間が差し出すから、僕はそれを受け取って手のひらに乗せて、いろんな方向から眺めまわしてから首を傾げた。


「これ、なんですか?」

「おれ、おれが教えるよ!」


 大きい人間がノシノシやってきて、僕の前に跪いた。そして、その大きな左手がゆっくり動いて、僕の両手の下に添えられる。暖かい!


「これはねー、方位磁針コンパスって言うんだ。こっちの黒いのが南を、赤いのが北を指しているんだよー。迷子にならないためのものって考えてくれれば大丈夫だからね」


 へー! 南と北がどっちにあるのか、人間はこういう機械で調べるのか!

 僕はワクワクして目を輝かせながら目の前の大人間を見る。

 彼は、おててちっちゃいねぇ、という言葉を挟んでから説明を続けてくれた。


「それでねぇ、この金色は、勇者様のいる方角だよ。だからね、坊やはね、この金色の差す方向に歩いて行ったらいいんだよ。……んふふふ、ちっちゃいおてて、かわゆいおてて……はぁ……しゅべしゅべおて……げふぅ!」

「ばっちい手ぇで触るな言うとるやろ」


 大きな人間は、杖で殴られても元気だった。

 おれもう手ぇ洗わなーい、と幸せそうな人間に僕は笑顔で「ありがとう!」とお礼を言った。そしたら彼は、えふぅん、と言葉にしにくい声を出しながらふんにゃり崩れて眠ってしまった。人間って、不思議だねぇ。


「気色悪いやろ、ごめんねぇ。でも、金色と同じ方に行ったらええって言うんは本当のことやからねぇ」


 堪忍なぁ、と言いながら褐色の人間は眠った人間の上に腰かけた。

 流石にこの状況はスオーフの街でも日常茶飯事の内に入っていないらしくて、通り過ぎる人間たちはヒソヒソ言いながら足早に去っていく。

 妙な空気の中で、短髪の人間がコホン! と咳ばらいをして僕の前にしゃがみこんだ。僕は方位磁針から目を離して彼の方を見た。


「とりあえず、街の中を探してみようか」

「はい!」


 僕は喜びと緊張で震えながら、大きく頷いた。


 ******


 人間たちと一緒になって、冒険者ギルドや酒場と言うところや宿屋を巡った結果――


「さ、ここがスフィフの街方面の門。ここを道なりに行けば――あっ。ええと、そんなに気を落とさず……」


 ――勇者はもう、スオーフの街を出発してしまったことがわかった。


 がっくりする僕の肩を短髪の人間が擦ってくれる。けれど、そうそう元気になれそうになかった。


 だって、すごく期待していたんだもの。

 だって、すごく楽しみだったんだもの。

 だって、やっと勇者を食べられるって。

 そして、アナベルくんを驚かそうって。


 そう、思ってたんだもの。


「ほら、さっきの酒場で、勇者は昨日出発したばかりだって言ってたろ?」

「うん……でも……」


 僕はうなだれる。ウッドゴーレムもうなだれる。

 そんな僕らを見兼ねたように、人間は僕にキャンディーと、それから方位磁針を差し出した。

 キャンディーは受け取ったけれど、なんで方位磁針まで僕に差し出しているんだろう?

 その疑問のまま首を傾げながら顔を上げてみれば、そこにあったのは短髪の人間の優しくて、ちょっと申し訳なさそうな笑顔だった。


「街を出てるとなると……ごめんな。俺たちもついて行ってやりたいところなんだけど……魔法を買って行かなきゃいけなくてね」


 その方位磁針はきみにあげるから、と短髪の人間は僕の頭を撫でながら言った。僕は聞こえたままにその言葉を繰り返す。


「きみにあげる!? ぼ、僕に? くれるの? こんなに凄い物を!?」

「いや、実はそんなに凄くはない物なんだけど……うん、あげるよ。これはもう、きみの物だ」


 感極まった僕は、さっきまでの落胆を吹き飛ばして短髪の人間に抱き着いた。ぎゅっと少しだけ力を込めて、感謝を表す。


「一緒に探してくれて、しかも、こんなに凄い物をくれて、ありがとうございます!」

「いえいえ。――あてて……きみ、見かけによらず力があるね」


 おっと。嬉しすぎて絞め殺しちゃうところだった。

 僕は慌てて人間から体を離す。そしたら人間は、咳こみながら苦笑して、それから口を開いた。


「それがあれば、勇者と会えるはずだよ」


 僕はその言葉に「はい!」と返事をする。


「道中、気をつけてね。なんなら、ツテで護衛を――」

「結構よ」


 探そうか、という言葉に被せるようにラウネさんが言うと、人間たちはクスクスと微笑ましそうだった。


「――まぁ、それだけ強い魔物を飼い慣らテイムしてるのなら、安心だわね」


 長髪の人間の言葉に、ラウネさんが少しだけ照れた様子を見せている。

 珍しいなぁ、と思いながら、僕は再び人間たちの方を向いた。


「じゃあ、俺たちは行くよ」

「お兄さんたち、ありがとうございました! おかげで僕、勇者になれそうです!」


 僕がそう言ってペコリとすると、人間たちはほんわり微笑みながら頷いてくれた。

 

 人間たちが、僕に手を振りながら歩いていく。僕は彼らに手を振り返して、その背中が人混みに紛れるまでずっと見送った。


 優しい人間たちだったなぁ。ああいう人間たちなら、魔心コアを食べないでって言えばわかってくれそう。

 そんなふうに思いながら、僕はくるっと振り返る。


 この門の向こうに続く道を歩いていけば、きっと勇者に会える。

 

 僕は方位磁針を持ち上げて、ちらりと見下ろし笑みを作った。金の針は道のずっと向こうをさしている。


 きっともうすぐ勇者に会える。

 そして、勇者を食べて、勇者になれる。

 魔物の勇者に!


 僕は震える魔心を抱きしめてから、西日の沈み行く街道のその先を目指して、大きな一歩を踏み出した!

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