ジョシュアは、ベッドに感動する!

 僕を挟んで、アナベルくんとラウネさんが天空庭園について話している。


「――って感じでな。雲の上だから、まあ確かに日の光はすげえ。けどその分、乾燥もすげえよ。お前らみたいなのにとっては、あんまりいい環境じゃないんじゃねぇかな」

「そうなの……。あ、でも、天空庭園に植物が無いわけじゃないんでしょ? だって、庭園って名前なんだから」

「まあな。でもあそこの植物は水じゃなくて――」


 ……けれど、僕はそれどころではなかった……!

 うつぶせに寝転がりながら、自分を支えている柔らかい物をポンと殴ってみる。と、ぽよん、と拳が浮く。


 ――ふっかふか! 何これ、何これ……!


 顔を思いっきり埋めても、ふかふか! 苦しくならない!

 ふかふかすごい、すごい! ――と身じろぎせずに、この柔らかさを堪能していたら、上からのぞき込まれているような視線を感じた。


「……ジョシュア寝たのか?」


 アナベルくんの声が聞こえる。


「寝ちゃったのかしらね。その気持ちもわかるわ、だって、この……ベッド、だったかしら? すごく気持ちいいもの」


 ラウネさんの声に頷くように顔を振って、それから僕は大きく叫んだ。


「ベッドすごく気持ちいいー!」

「うおっ。驚かすなよな」


 起きてたか、とアナベルくんの声が近くから聞こえる。僕は彼の言葉に頷きながら、また叫んだ。


「僕、ベッド好き! 大好き!」

「あーあー、叫ぶな叫ぶな」


 くっく、と喉を鳴らして笑う声を聞きながら、僕はガバリ! と体を起こす。すると、僕の事を見下ろしていたアナベルくんがヒョイッと僕の事を避ける。


「ベッド欲しい!」

「欲しいって、買ってどうするんだ?」

「魔の森に置いて使う! 元の僕の大きさくらいのベッド!」


「作れねぇよ、そんな大きいの」とアナベルくんが笑う声に、ぐう、と僕のお腹の音が重なる。ベッドに座り直してお腹を撫でながら、僕はラウネさんを見た。


「ラウネさん、この音何かな」

「さあ……――ああ、あれかも。ほら、オークなんかが『お腹すいたー』って言いながら、お腹から唸り声を出してたでしょ。きっとそれよ」


 言われてみれば、今日はあんまり日の当たらない馬車の中にいた。十分なご飯を食べられなかったんだなぁ、と僕は自分のお腹を撫で擦りながら「そう言えばっ!」とアナベルくんを見た。

 アナベルくんは、ベッドに肘をついてお腹を掻いていた。


「ねぇ、アナベルくん。僕が殺した人間、持ってきてたよね?」


 ああ、と寝たまま頷くアナベルくん。そんな彼に、僕はお腹をさすりながら口を開いた。


「みんなで食べようよ」

「そう言うと思ったから持ってきたけどよ、ここじゃあ無理だ、ジョシュア」

「なんで?」


 僕はこてんと首を傾げる。だって、異空保管から出してくれたら食べられるのに、アナベルくんが「無理だ」なんて言うんだもの。

 僕は、ふかふかの絨毯を指差して目をパチパチする。


「あそこに出してくれたら……あ、待って!」


 言いかけて、僕は気がついてしまった。

 ――僕、どうやって肉を食べたらいいんだろう?


 普段トレントの姿なら、僕は死んだ魔物の肉も動物の肉も、根っこのそばに埋めることで食べられた。幹に空いていた穴は喋るための物で……確かにギザギザはしていたけれど、それを使って肉を食べたことなんてない。


 じゃあ、根っこの足じゃない今の僕はどうやったら食べられるの?


 うーんうーん、と唸りはじめた僕の悩みが何なのか、アナベルくんはわかっているようだった。


「いやな? ジョシュア。普通に食える。お前は肉を食えるよ。お前を創ったの、クリエだぜ。アイツは拘るから、ちゃんと中まで作り込んでる。食えるよ。けどな? ここで出したら大騒ぎになるんだよ」


 アナベルくんが説明してくれているみたいだけれど、その声は、悩み始めてしまった僕の耳には届かなかった。


「うーん、うーん……」

「……だめだこりゃ。聞いてねぇ」

「自分で結論出すまで、そっとしておいてあげなさいよ」


 僕は、バフン! とベッドに倒れ込む。ふかふかに顔を埋めながら、うーんうーんと唸り続ける。


「でもま、腹減らしてるんじゃ可哀想だな――つっても、流石にさばくのは……あー、ラウネ。俺、ちょっと外行ってくるわ」

「そう。気をつけてね」


 おう、という声とともに、僕の横、重さに凹んでいたベッドがフワンと元に戻る。それを感じても、僕の悩みに答えは出ない。


 どうやったら食べられるんだろ? 刻んで入れ物に入れて、足をつける? 体中で浴びる? でも浴びると、あの時――木の剣であの人間を突き刺したときみたいになって、体中がベタベタになりそう……それは嫌だなぁ。良い匂いだけど、あのベタベタは好きじゃないんだもの。

 どうしたら食べられるんだろ……?

 うーん、うーん、うー……ん……――。


******


 そうやって考えていたら、僕はいつの間にやら眠ってしまっていたみたいだった。ふかふかに全身を包まれて、目の前は柔らかくて暗い。目を開けることなくふかふかに擦り寄って、それから僕は、いい匂いがすることに気がついた。

 ぐっと体を伸ばしながら起き上がると、ベッドの端に腰かけていたラウネさん僕を見た。


「あ、起きた。いいタイミングだわ。丁度、アナベルも帰ってきたところよ」


 向こう見てみなさい、と促されて、僕は目をこすりながらラウネさんのツタが指すほうに目を向けた。そこにいるのはアナベルくんで――彼は大きな木の、テーブル、という物の側でフワフワ浮きながら顎を撫でていた。その青の目が、僕を見る。


「おお、起きたか。じゃあ、食おうぜ。人間」


 ……僕は、大きく首を傾げてしまった。


「でも、人間、食べられないって……」

「『ここじゃ無理』って言ったんだよ。だぁってそうだろ、ここにはたくさん人間がいるんだ。普通の人間はな、人間の死体見たら大騒ぎするんだよ」


 アナベルくんは、僕にわかるように、とゆっくり説明してくれる。だから僕は、彼の話を理解できるように頑張って聞く。考えすぎて、頭が燃えそうだった。


「こーんな場所で、してみろ。すぐに周りにばれて、騎士やら冒険者やら呼ばれてお縄だよ」

「おなわ?」

「捕まっちゃうってことだよ」


 ふむ……と唇を尖らせて見せながら、僕はアナベルくんが言ったことを整理する。


 人間は、自分たちの種族の死体を見るのが、嫌。

 僕らがいるここには、人間がたくさんいる。

 ここで人間の死体を出したら、捕まっちゃう。


「だから、外で解体してもらってきたんだよ。ついでに、焼くだけ焼いてきた」


 アナベルくんの声に、僕はベッドから降りた。僕の肩が定位置のウッドゴーレムは、よっぽどベッドが気に入ったみたいで、僕が立ってもベッドでコロコロ遊んでいた。と、それを見ていたら、ラウネさんが僕を持ち上げて椅子に座らせてくれた。

 テーブルの上には――こんがり焼けた、沢山の肉。


「ほら、腹減ったんだろ。食え食え」


 アナベルくんはニコニコ笑っている。邪悪な笑みだけど、それが彼にとっての最上級の笑顔だってことはよく知ってる。

 僕のために、わざわざ、この街の外までいってくれて――すごく、すごく嬉しい。

 けど……。


「僕、どうやって食べたらいいのか分かんない……」


 がくっとつんのめったアナベルくんが、僕の顔を指さした。


「口で食えばいいんだよ。さっき言ったろ? クリエの事だから、口からだってエネルギー補給できるようにしてるはずだって」


 僕は、アナベルくんの言葉にコックリ頷いて、それでも、モジモジしていた。


「でも、口から食べるってどんな風に……」

「あー……うん、それもそうか。じゃあ、ほら――ラウネ。お前は口からも食えるだろ。やって見せてやれ」


 あたし? と言いながら、ラウネさんがテーブルの側に来る。


「アンタがやって見せてあげればいいじゃない」

「俺はほらあれだよ、腹減ってないし」

「えー……? じゃあ、まあ……わかったけど……」


 そういって、ラウネさんはツタでひょいっと肉を持ち上げ、上を見ながら大きく口を開けて、そこに肉をそっと入れた。彼女はもごもご頬を動かして目を細めると、こくん、と口の中の肉を飲み込んだようだった。耳を澄ますと、しゅう、と聞こえてくる。多分、溶解液に落ちた肉が溶けた音だと思う。

 そうやってジッと観察していると、ラウネさんは少し恥ずかしそうにコホンと咳払い。


「こんな感じよ」

「うー……ん」

「やってみりゃ案外簡単だから、ほら、ジョシュア」


 腹減ってんだろ、ともう一度言われて、僕が答える前に僕のお腹が返事した。それでも手を出しあぐねる僕の顔の前に、ずい、と肉がやってくる。アナベルくんが浮遊させているらしい肉は、こんがり焼けておいしそう。


「ほら、口開けてみな」


 その言葉に、そっと口を開ける。すると、優しく肉を押し込まれた。


「噛め、噛め。ほら、あぐあぐ……って」


 こうだよ、とアナベルくんが示してくれるのを真似して顎を動かし、肉を小さくしていく。甘くて美味しい。ちょっと硬いけど。

 そうやってあぐあぐすること、数分。

 僕は、口の中の物をどうしていいのかわからなかった。


あにゃべるあなべるくん、こにょこのあひょあとろうしはらどうしたら……!」

「ごっくんしろ、ごっくん」


 んぐんぐ、とやっと飲み込んで、僕は唇を撫でながらお腹を見下ろす。ラウネさんが肉を食べたときみたいに、しゅう、という音はしないけれど、なんだかお腹の機嫌がいい感じがした!


「美味しい! 根っこで食べるときも美味しいけど、口で食べると、味がよくわかってもっと美味しいね!」

「そうかそうか、良かったな」

「アナベルくん、わがまま言った僕のために、用意してくれてありがとう! 僕、とっても幸せ!」


 自分の感じた幸せを伝えられるように、必死で身振り手振りをしながら笑って見せる。すると、アナベルくんは擽ったそうに笑いながら「そーか、そーか、良かったよ」と言った。青い目が何だかいつもよりずっと優しくて、僕はもっと嬉しくなって、今度は自分の手で肉を掴んでモリモリ食べる。


「あーあー、口の周りがベッタベタだ……」


 落ち着いて食えよ、と言う声と共に、小さな布切れが僕の周りを飛んでは、隙を見て口の周りを拭ってくれる。それを動かしているであろうアナベルくんは、僕の目の前に座って頬杖をついている。と、僕から逸れた目は、どうやらラウネさんを見たようだった。「お前もいーっぱい食え」というアナベルくんの声は本当に優しくて、僕とラウネさんは、お言葉に甘えてたくさんたくさん食べて――あれだけあった肉を、全部全部食べつくした。

 アナベルくんは一切れも食べなかったけれど、随分満足そうな顔をしていた。


「よし、それだけ食えば腹いっぱいになっただろ」

「うん! すごくおいしかった! アナベルくんありがとう!」

「アナベル、ほんとありがとね。あたしもお腹いっぱいよ。でも、アンタは良かったの? 食べなくて」


 ラウネさんの言葉に、アナベルくんは大げさに胸を押さえながらベッドに飛び込んだ。


「お前らがあんまり美味そうに食うから、俺はもう胸がいっぱいで何も食えねぇよ」


 ふざけたような声だけれど、それでも彼はとっても幸せそうな顔をしていた。アナベルくんが幸せだと、僕も幸せ! それに、ラウネさんも幸せそうだから、僕は更に更に幸せな気分になる。

 ほわほわ温かいお腹と魔心コアを抱えて、僕はアナベルくんの隣にダイブした。そんな僕の隣には、ラウネさんが腰かける。それから、僕の顔の横にウッドゴーレムが転がってきた。


「腹いっぱいになったなら、今度はぐっすり寝なきゃな」


 これぞ幸せってやつだ、と微笑むアナベルくんにお腹をポンポン叩かれたら、僕はもうすっかり眠くなって、『おやすみ』と言おうとした口は、もにょもにょした言葉しか吐き出せなかった。

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