ジョシュアは、髪がほんのり緋に染まる

 トスファの街のすぐ側で夜を明かした僕たちは、昇った太陽の位置を見ながら平原でゴロゴロして、それからギルドへと向かった。


 本当は僕、門が開いた瞬間からもうギルドに向かって走りたかったんだけれど……。ラウネさんのツタに捕まってしまったから、それはできなかった。残念。

 人がたくさんいる街の大通りを――ラウネさんとアナベルくんが僕の手を捕まえるからそうする他なく――ゆっくり歩いて、僕らはギルドの扉をくぐる。中には、あまり人間がいなかった。


「人間があんまりいないねぇ」


 僕はギルドの中を見回しながら、思ったことをそのまま呟いた。そんな僕の呟きに答えてくれたのは、僕の後ろからギルドの中を覗き込んでいたらしいアナベルくん。


「中途半端な時間だからな」


 振り返れば、随分近くに彼の顔があった。アナベルくんは青の目をキョロキョロ動かして、それから僕を見てニッと笑った。


「朝の早くから活動してる冒険者は外に出てる。逆に、午後になってから行動開始する冒険者は寝てる時間だ。だから空いてんだよ」


 へぇー、そうなんだぁ……。

 思わずフムフム頷きながら、僕は目をぱちくりさせる。


「アナベルくん、物知りだねぇ」


 僕が思った通りを伝えると、アナベルくんは僕と手を繋いでいないほうの手で黒い髪をかき上げて、ふっふーん、と――僕にでもわかるような――わざとらしい得意顔を作って、ニンとさらに口の端をあげた。

 そんな彼を覗き込むようにして首を傾げたラウネさんが口を開く。


「ホント、詳しいのね。なんでこんなに詳しいの?」

「おーいおいおい、ラウネ。秘密があるからこそ、魅力が増すんだぜ? 聞くな聞くな」

 

 ばちこーん、と見事なウインクをしながら、アナベルくんが言う。すると、ラウネさんは「まともな答えは期待してないわよ」とクスクス笑った。

 二人が楽しそうだと僕も楽しい! だから、僕はニコニコ笑う。と、そんな僕の手を、アナベルくんが緩く引っ張った。


「ほら、受付行くぞ」


 アナベルくんは、促すように僕の手を引いて歩き始めた。僕もラウネさんも、それに逆らうことなくギルドを進む。


「なんで受付に行くの? クエストはもう受注してあるよ?」

「そこが集合場所だからだよ。――ほら、見てみろ。受付の前に、厳ついのが何人かいるだろ?」


 アナベルくんが指さす先には、確かにオークさんみたいにがっしりしている人間がいる。


「いる!」

「いいか、二人とも。アレな、俺らと同じクエスト受けたやつらだ。簡単に言えば、仲間だな」


 なかま! と僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。その声に気が付いたのだろう、オークさんみたいな人間たちが、揃って僕の方を見る。それと同時に、僕の片手を掴んでいるラウネさんのツタに力が入った。


「アレが仲間!? 冗談じゃないわよ!」


 ラウネさんが小さく吐き捨てる。見上げれば、彼女はアナベルくんを睨んでいた。


「ちょっとアナベル! どういう事よ!」

「どういう事も何も、護衛依頼ってそういうもんなんだよ――っても、知らねぇもんな。これはちゃんと説明しなかった俺が悪いな」


 あのな、とアナベルくんが言う事には。


 護衛依頼というのは、おおむねどんなランクの依頼でも、複数の冒険者で行うものらしい。

 それで、その複数の中でも役割分担がある。ランクが高くて強い冒険者は、周りの警戒と戦い。低い冒険者は、荷物持ちとかご飯づくりとか、雑務をこなす――のだそう。


「アイツらは――」


 アナベルくんの目がチカっと光って、その瞬間、さっきまで僕を見ていた人間たちはピクッと肩を動かしてアナベルくんを睨めつける。そしてその直後、顔を真っ青にした。

 けれどアナベルくんはそんなの気にした様子もなく、ゆっくりと受付の方に歩きながら口を開く。


「――それなりに実戦経験もあるみてーだし、前線に立つ役だな」


 ふうん、と思っていたら、受付の前――つまり、オークさんみたいな人間たちの前まで辿り着いた。彼らはやっぱり青い顔でアナベルくんを見ている。僕とラウネさんなんか目にも入らない様子で怯えている人間たちに、僕は元気に声をかける。


「こんにちは!」


 すると、すごく大きな剣を背負った人間が、ハッと僕の方を見た。


「あ、ああ……こんにちは……。き、君は――」

「僕、ジョシュアです! こっちはラウネさん! こっちはアナベルくん……なんですけど、きっともう、知り合いですね?」


 僕が首を傾げると、人間は「ウッ……」と呻いて頬を引きつらせた。

 そんな人間を見てか、アナベルくんがケタケタ笑う。


「知り合いだよ、なーぁ?」


 びっくん、と人間たち全員が跳ねる。

 やっぱり知り合いなんだ!

 想像が当たった僕は、得意になってニコニコ笑う。そうしながら、アナベルくんってば、本当にすごいなぁ……としみじみ思った。

 だって、この人間、門のところにいた人間や受付にいた人間より大きいんだ。しかも、筋肉もりもり! きっと木の姿の僕の事も切り倒せちゃうくらい強いんだろうなぁという事は、のん気で有名なマンドラゴラをして『オマエ、危機感ゼロ!』と言わしめたことのある僕でもわかる。


 そんな人間たちが、アナベルくんの前で顔を真っ青にして、小さく小さくなっているんだもの。


「久しぶりだなぁ? みんな元気そうで何よりだぜ。歩くときに内股になる呪い、解いてもらったか? ん?」


 ひぃぃぃ、と泣きそうなか細い声がギルドの受付前に小さく響いたところで、ギルドの入り口の方から声が掛けられた。


「一番馬車の護衛依頼を受けた方、外へお願いします!」


 その声に「お、来たか」とアナベルくんが振り返る。と、その隙を縫うように、我先に! と人間たちが駆けていく。みんなホッとした顔をしていて、僕はついつい「そんなにアナベルくんが怖いのかぁ」と呟いてしまった。


「うし、俺らも行くか」

「うん! わー、なんかワクワクするねぇ」

「……アンタのその能天気が羨ましいわ、ジョシュア。」


 んー? とラウネさんを見ながら首を傾げれば、彼女はなんだか降参したような雰囲気でフッと笑った。僕は笑い返してから、アナベルくんとラウネさんを引っ張るように走り出す――つもりだったんだけれど、二人とも引っ張られてくれなかったので、僕はまたゆっくり歩くしかなかった。


 そうしてのんびりギルドの外に出て見たら、建物の前に、二角獣バイコーンから角を切りとったような生き物がいた。そしてその後ろには、小さな小さな家みたいなものがあって――


「ジョシュア、これが何か覚えてるか?」


 アナベルくんの質問に、僕は大きく大きく頷く。

 覚えてるよ! だって、これが何なのか、アナベルくんが教えてくれたんだもの。


「街道を走ってたやつ! 馬車って名前だよね!」

「お、よく覚えてたな。えらいえらい」


 小さな手が僕の頭をワシワシ撫でてくれる。僕は嬉しくって笑いながら、ちょっぴり胸を張る。と、同時に馬車の向こうから声が聞こえてくる。


「あれ、もう一人いましたよね――」


 あっ、僕の事だ! 早く行かなきゃ!

 そう思って駆け出せば、今度はアナベルくんもラウネさんもついて来てくれた。馬車の影から顔を出すと、そこにいた全員が僕を見た。

 受付にいた人間と、オークみたいな人間たちと、それから、ぷくぷく太った人間。みんな僕を見ている。


「あ、いました。これで全員です。今回の護衛任務の中心は、こちらの〝熊の爪〟のメンバーの皆さんで、そちらの――魔物使いテイマーのジョシュアさんは雑務係として同行いたします」


 受付の人間が何かを言っている。僕らは彼の方へと近付いていく。すると、オークみたいな人間たちが揃って道を開けてくれた。


「うぅむ、こんな子供が……失礼ですが、雑務すらこなせそうに見えませんな……」

「わかんないけど、何でもやります! 荷物運びとか!」


 ふむむ、とふとっちょ人間はお腹を撫でながら考えているみたい。でも、そうやって考えるのも短い間だった。


「元気なお返事ができるのは良いことですな。……ま、あの料金でこれだけの人手があるだけありがたく思いましょう」


 では出発を、と人間は馬車に乗り込んだ。馬車がちょっと斜めになった気がする。と思っていたら、馬車はゆっくり動き出した。オークさんみたいな人間たちが二組に分かれて、馬車の前と後ろを歩き始める。


「ねえ、アナベルくん。僕、どうしたらいいかな?」

「んー、雑用係は大体、馬車の横を歩くが――上でいいんじゃね?」


 アナベルくんの言葉と共に僕の体が浮かび上がる。横を見れば、ラウネさんも空を飛んでいる。うわわわわ! と思っていたら、馬車から太っちょ人間が顔を出した。


「ジョシュアくん、君は馬車の中へ」

「えー?」


 答えたのは、僕ではなくアナベルくん。彼は綺麗な顔をしかめている。


「アナベル人形、お前の主に何をしようというわけではありません。丁度、彼くらいの孫がおりましてな――」

「……だとよ、どうしたい? ジョシュア」


 ラウネさんの方を見る。彼女の赤い目は『断りなさい』と言っている。続いて、アナベルくんを見る。彼の青い目は、『好きにしていいぞ』と言っている。

 と二人の顔を見ていたら、アナベルくんが口を開く。こっそりした声が、言葉を紡いでいく。


「お前の体、ただの人間にどうこうできるわけもねぇし――何かされたらまず俺がアイツ半殺しにする。だから、気になるんなら行ってもいいぞ」

「ちょっとアナベル!?」


 ラウネさんの悲鳴じみた声には申し訳ないけれど――


「馬車に乗ってみたい!」


 ――僕はそう答えた。


******


 馬車は思いのほかゆっくり進んでいて、それから、中は意外と狭かった。


「ほほう、ジョシュアくんは森で育ったのですなぁ」

「はい!」


 そう言う事になってます! という言葉を飲み込んで、僕は景色を見ていた目をふとっちょ人間の方に向ける。まん丸の顔には皺があまりないけれど、ニコニコしている今は、目のあたりがシワシワだ。


「なんとも、酷いことをする親がいるものだ。森と言ったら、まだまだ魔物だって多かろうに――」

「森はとっても楽しいです! あのね、このあたりの青い空も素敵だけれど――」


 紫色の空がきれいで、と言いそうになったところで、頭の中に声が響く。


『ジョシュア、空が紫なのは猛毒結界が張られてる魔の森だけだぜ』


 馬車の屋根の上に腰かけているアナベルくんからの念話だった。

 あっそっか! と思って、僕はお腹の中で別の言葉を練り直す。そうやってウンウン唸っている間も、ふとっちょ人間はニコニコしていた。


『葉っぱの隙間から見える、緑っぽい空も素敵です! とか言っときな』

「うん! えっとね、葉っぱの隙間から見える空もね、緑色できれいなんです!」

「ほおほお。私なんかは、街で物のやり取りはしても森には行きませんから……いつか見てみたいものですな」

「森に行ったこと無いんですか?」


 僕が尋ねると、人間はこっくりと頷いた。


「森は動物やら、運が悪ければ魔物や盗賊に出くわしますからなぁ。特に盗賊に出会ってしまえば、私のような商人は身ぐるみ全て剥がされて、売り物やら商人ギルドの許可証やら全て奪われる」


 そうすると商売ができなくなりますからなぁ、という言葉に僕が「そうなんだぁ」と思った瞬間の事だった。


『――お、ジョシュア。ちょっと衝撃に備えとけよ』

「なんで?」

 

 あっ! 思わず声出して聞いちゃった!

 僕は慌てて口を押えて人間を見る。人間は、僕の方を見ていなかった。そしてそのまま、僕の疑問の声が自分宛と勘違いしたらしい人間は「それはですな――」と言う。


「商売をするには、計算やルールなどを学んだ証として許可証が――」


 その説明の声に被るように、再び頭にアナベルくんの声が響く。


『盗賊だ、盗賊。――こんな真昼間から、しかもあんな筋肉ダルマ共が護衛してるってのに仕掛けてくるんだから、多少使かもしれねぇぞー』


 アナベルくん、ちょっと楽しそう。


『あとちょっとしたら、きっと馬車が揺れるからな』

『アナベルくん、わかった!』


 今度こそ声に出さずに、ちょっとだけ集中しながら馬車に乗って入れば――


「――という問題が出ましたが、私は事前に学んでおり……っ!?」


 ガタガッターン! と馬車が揺れる。

 馬車の外は大騒ぎだ。オークさん似の人間たちの声が行きかって、そこに聞き覚えの無い声が挿し込まれては金属のぶつかる音が響く。

 馬車を牽いている馬が怖がって暴れているのがちょっとかわいそうで、僕は馬車の扉を開けた。


「ちょ、ちょっと君、出て行っては危険ですぞ!」

「大丈夫! ふとっちょ人間さんは馬車にいてください!」

「ふ、ふとっちょ!? ……ではなく、君――」


 僕はひょいっと飛び降りて、馬車の屋根に声を投げる。


「ラウネさーん! 馬に睡眠花粉かけてあげてー!」


 と、そう叫んだ僕の胴にツタが伸びてきて、僕は屋根の上にあげられた。


「危ないでしょ!」


 そう言いながら、ラウネさんは馬に花粉をかけてくれている。彼女にありがとうとごめんなさいをしてから、僕はアナベルくんを見た。彼は胡坐をかいて座りながら、楽しそうな目で人間たちを見下ろしている。


「ジョシュア、どっちが勝つか、どんぐりでも賭けるか?」

「僕、オークさんみたいな人間たちが勝つと思う! そっちに、このどんぐり全部賭けるよ!」

「二人して同じ方に賭けるんじゃ、賭けになんねぇな」


 カラカラ笑うアナベルくん。僕は彼の言った言葉の意味をよく理解せずに、オークさんみたいな人間たちを応援した。途中でアナベルくんが何か言っていたけれど、応援に集中する僕には些細なことだった。


「頑張れー!」


 そうやって声を張っていたら、オークさんみたいな人間たちと戦っている真っ黒な服の人間の一人が、こっちに向かって矢を打ってきた。

 普通の矢だ。燃えてたりしないし、普通の大きさ。当たっても、痛くもかゆくもなさそうだった。

 僕は放っておくつもりだったんだけれど、僕に当たる前に、アナベルくんがキャッチして投げ返してくれた。その矢はさっきとはくらべものにもならないスピードで、射手の顔を打ちぬいたみたいだった。

 僕は思わず目を瞠って、アナベルくんを見た。


「わー! すごいね、アナベルくん!」

「お、そうやって褒めるとちょっと調子乗るぜ、俺――」


 そう言いながら、アナベルくんは異空保管に手を突っ込んで、質素な弓を取り出す。何をするのかなぁ、と思いながら見ていたら彼は座ったままの状態で、クッと弦を引き絞った。もちろん、矢なんてない。

 けれど、じっと見つめていたら彼の目がきらりと光って――周囲から集まった魔力が、矢の形を成して弦につがえられた。


「うっ……わぁー! すごいね、すごいね!」


 思ったままを言えば、アナベルくんは楽しそうに鼻を鳴らす。


「見とけよ、行くぜ」


 アナベルくんの放った矢は、音もなく空へと飛んで行った。とってもとっても高いところへ、まるで太陽でも射抜くような勢いでぐんぐん昇る。そして、キラッと光ると轟音と共に砕けて、黒い服の人間たち目掛けて降ってきた!

 かっこいいー! オークさんみたいな人間たちも、かっこよくってびっくりしてるみたい!


「うーん、なまったな。でも、ま――ほらジョシュア。適当な数まで減らして、残りにも傷を負わせたからよ。戦いたかったら、降りていいぜ」

「本当!?」「アナベル!」


 僕とラウネさんの声が重なる。アナベルくんが声を出さずに「行きたきゃ早く行け」と示すので、僕はワクワクを押さえながら、木の剣と盾を構えて屋根から飛び降りた。


「何言ってんのよアナベル! 危ないのに! ちょっと放しなさいよー!」とか「アイツも魔物なら、闘争本能があるだろ」とか「大体お前、過保護すぎ! 多少怪我したって、経験させねぇと――」とか聞こえてくるのを背中で聞きながら、僕は駆け出した。


 原っぱは、死んだ人間の血で赤くなっている。僕はそれを跳ねさせながら駆けて、とりあえず、怪我をして倒れている人間の所へ行った。がっしりした体を震わせる人間は、お腹に大怪我をしたらしくて青い顔をしている。

 ちょっと可哀想だったから、助けてあげたいなぁ、と思った僕は、彼の傷に手を当てる。


「ぼ、坊主、馬車に――」

「『ヒール』!」


 そうやってヒールを使えば、人間の傷はみるみる内にふさがった。一仕事終えた気持ちになった僕は、汗なんかかいてないけれど、額を拭って立ち上がる。人間が何か言ったようだけれど、僕は無視して駆け出す。


 僕、喧嘩ごっこをしたことはあっても、戦ったことってない。だから、周囲に満ちる血の匂いや戦いの活気に、すごくワクワクしている。

 黒い人間たちは僕の事を見つけて攻撃を仕掛けてきたけれど、彼らのナイフの方が砕けてしまって呆然としているようだった。そんな彼らに攻撃しようと思って僕だって剣を振ろうとするんだけれど、その前にオークさんみたいな人間が振るった大剣で、黒い人間の首が吹っ飛んでしまった。残念、だけれど、黒い人間はまだまだたくさんいる!


 僕は戦場を駆ける。笑いながら駆ける。だって、楽しいんだもの!


 でも、黒い服の人間だってさすがに無限には湧いてこないみたいで。


「……あー、いなくなっちゃった」


 僕は唇を尖らせながら、うずくまっている人間に近付いた。大剣を持っている人間は、怪我をしたのか、荒い息を溢しながら腕を庇っていた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ――おい、後ろっ!」


その声と共に、ビチャビチャと早い足音が聞こえてきた。振り返れば、黒い服の人間が僕の方に、剣を振り上げながら向かってきていた。


 よし、僕の――みんなで作った木の剣の出番だ!


 と、木の剣を構えながら僕はちょっと考える。

 前にアナベルくんが言っていた。木の剣だと、切るのは難しいって。

 僕は、顔の横に構えた剣を見て、それからモソモソ構えを直す。

 アナベルくんが言ってた事を踏まえると、きっと、この方がいいかな? って僕がしたのは、腰のあたりに柄を持ってくる構え。

 そうやっている間に、黒い服の人間は僕の目の前に、お腹を見せながらやってきたので――


「えいっ!」


 ――僕は、トレントの全力で僕の一部の剣を前に突き出した。


「……お……おぉ……」


 後ろで呻く声を聞きながら、僕は目は閉じた方がよかったなぁと思った。

 だって、吹き出した血が僕の顔じゅうにかかって、視界が赤くなっているんだもの。良い匂いなんだけど、なんだかとっても鬱陶しい感じがする。


「……が、ぶぇ……」


 今度は上から呻き声が聞こえて、それから頭に暖かい液が落ちてきた。すると、僕の頭の上で髪の毛にしがみついてたらしいウッドゴーレムが、『うわー』という顔で僕の肩に下りてきた。見れば、ウッドゴーレムは真っ赤だった。

 と、目の前の人間がグラグラ揺れて、僕の方に倒れてきた。


「うわわっ」


 思ったままを呟いて、僕は剣を離して人間を避ける。すると、当たり前なんだけれど、人間は地面に倒れてしまった。死んだのかな、と思ったんだけれど、どうやらまだ生きているみたい。


 こんな状態で生きてるの、きっと嫌だろうと思ったから、僕は人間に刺さった剣を何とか抜いてみた。血が噴き出してびくびく震えるのが可哀想で、僕は人間で言うところの魔心コアである、心臓目掛けてもう一回剣を突き立てた。

 そしたら、人間は一瞬大きく震えて、死んだみたいだった。


「ふー……」

「ジョシュア、ご苦労さん」


 アナベルくん! と振り返れば、彼は苦笑を浮かべていた。


「そんなに血まみれの癖に、いい笑顔で振り返るなっての。笑えるだろ」

「ごめんね!」


 そう言いながら、僕の笑みは引っ込まない。そんな僕に笑いながらアナベルくんは何か詠唱をしているようだった。彼の側に魔力が集まったかと思えば、その魔力は空に浮かぶ水の球に変わった。


「ほら、飛び込みな。洗ってやるよ」


******


 アナベルくんに言われるままに丸洗いされた僕は、体を綺麗にしてもらって、馬車の屋根に座っている。馬がまだ寝ているから、まだ馬車は進んでいない。

 僕は前髪を太陽に透かしながら、首を傾げていた。


「んー……?」

「どうしたの、ジョシュア」

「ラウネさん。ねぇねぇ、僕の髪の毛、なんだか少し赤くない?」


 血がまだ着いてるのかなぁ? と言えば、それに答えてくれたのは、アナベルくんだった。


「呪いだよ、呪い」

「呪い?」

「覚えてないかジョシュア、ほら――」


 高級呪術、と言いながらアナベルくんが人差し指を立てる。その言葉と姿に、僕は「あー!」となった。

 

「魔の森から出た後の! 『髪がピンクになる呪い』!」


 僕がそう言うと、ラウネさんも納得したような顔をする。


「あと二回、人間を殺したら真っピンクの髪だぜ」


 アナベルくんがキシキシ笑う。僕はそれを聞きながら、あと二回かぁ、と思う。


「ねぇねぇアナベルくん、髪が真っピンクになったらさ、僕が木に戻った時の葉っぱもピンクになるのかなぁ?」


 さぁなぁ、とアナベルくんが言った直後、がたん、と馬車が揺れた。見れば、馬は眠そうに、しかし、しっかり立っていた。

 と、それを確認していたら、下から声が掛かる。ふとっちょ人間の声だった。

 僕は「はーい!」と声に答えて、馬車に戻る。そして、窓の外を眺めて――残されたままの黒い人間の死体に、ちょっとした疑問がわいてしまった。


 ――護衛依頼が終わった後でアナベルくんに聞いてみよっと。


 そんな風に考えている僕に、ふとっちょ人間が話しかけてくる。僕はニコニコ笑って彼の話し相手になりながら、残りの馬車旅も楽しむことにした!

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