ジョシュアは、護衛依頼に参加したい!

 テコテコ歩いた僕たちは、太陽がてっぺんまで昇る前にトスファの街へと戻ることができた。

 僕がギルドカードを見せると門番さんたちはびっくりしたようだったけれど、「解呪師のとこに行ったのかぁ、良かったなぁ」と頭を撫でてくれた。

 

 で、今、僕らがどこにいるかというと、冒険者ギルド。

 アナベルくんは中を覗き込んで「俺、行かね」と言って入り口の扉の横に胡座をかいてしまった。だから、僕とラウネさんだけで人間たちの並ぶ列に並んでいる。


 並んでる理由はもちろん、クエストを受けるため。


 外で待ってるアナベルくんから「受けてこい」と言われた依頼は『護衛依頼』と言うものだった。

 アナベルくんが書いてくれた人間語のメモと掲示板に貼られた紙とを見比べて、『護衛依頼』と書かれている中で一番ランクが低くて遠くまで行けるものを選んだんだけれど、それでも今の僕のランクより高かった。

 これじゃあカードをかざすだけではクエストの受注ができないから、ラウネさんに紙を取ってもらって、列に並んでいるという訳だ。


 今まで人間に慣れてるアナベルくんが一緒だから安心できてたんだなぁ。僕は今、ちょっと緊張している。

 納品の時は一人だったけれど、あの時はドキドキワクワクが勝ってたんだなぁ。


 ――とか考えていたら、もう僕の番がまわってきたみたい。


「次の方あ」


 のんびりした声には聞き覚えがあった。声の方へと駆けていくと、そこには、僕の最初の納品を受付けてくれた金髪の人間がいた。


「こんにちはー」

「はいこんにちはあ。坊や、今日はどんな御用でギルドに来たんですかあ? 依頼ですかあ?」


 どうやら、この人間は僕のことを覚えていないみたい。それもそっか、僕、姿が大きく変わったもんねぇ。


「クエストの受注をしにきました!」

「受注ですねえ。かしこまりましたあ。ではでは、ギルドカードを拝見」

「はい、どうぞ!」


 僕が首からギルドカードを外すと、ラウネさんが持ち上げてくれた。僕はこちらに手を差し出している人間に、ギルドカードと、それからクエストの紙を渡した。


「……あら、あなた、この前の納品の子だったんですねえ。随分と変わられていて、気づきませんでしたあ」


 ふふーん! と胸を張ってみせると、人間は長い金の髪を揺らしてクスクス笑って、そしてカードとクエストの紙へと目を落とし、その笑いを「ん」と止めてしまった。

 人間は、僕のカードと紙を見比べて、ちょっと難しい顔をしている。


 そうしてしばらく人間は口をきかなかったから、僕はだんだん不安になってしまった。


「あ、あの……ダメ……?」


 そわそわと指をもじもじさせて聞くと、人間は「うーん」と唸って、それから僕の方を見た。


「このクエスト、最低でもDランクはないと、雑用係としての同行もできないみたいですねえ」

「えっ……つまり、ダメなんですか?」


 そですねえ、と人間は申し訳なさそうに僕にカードを返そうと差し出してくる。がっかりした僕が動かなかったからか、人間は受付から身を乗り出して、僕の首にカードをかけてくれた。

 そして、そうしながら――


「ホントは駆け出しの人に教えちゃ駄目なんですけど――裏ワザ、教えてあげます」


 ――と。


 僕はびっくりして勢い良く顔を上げてしまった。そしたら人間は、しーっ、と口の前に人差し指を当てながら笑っていた。


「う、裏ワ――!」


 と、叫びそうになった僕の唇に人間の指が乗る。んぐ、と叫びを飲み込んだ僕に、人間はまるでアナベルくんみたいに笑いかけている。


「そ、裏ワザ。いいですかあ、これから私が、いくつかクエスト見繕ってジョシュアくんのカードを使って受注します。内容的には、そですねぇ……前の納品の分でクエスト十個こなしてるから、採集四つの討伐一つでこと足りるでしょう」


 僕はコクコク頷く。と、金髪の人間はニッコリ笑って言葉を続けた。


「この五つのクエストを、今日中に終了できれば、ジョシュアくん。あなたは、暫定Dランクという扱いになれます」


 というのもですねえ、と説明してくれたことをまとめると。

『昇任試験は毎月一回行われる』のだけれど、その前に『各ランクの規定数以上のクエストを終える』ことによって、『その熱意と貢献に敬意を表し、暫定的にワンランク昇格させてくれる』らしい。


「ちゃんとカードをDランクのものに変えるためには、昇任試験受けなきゃいけないんですがあ……暫定Dランクの状態でもですねえ、受けられるんです。上のランクのクエスト」


 つ、つまり――


「――僕、護衛依頼、受けられるようになる……?」


 小声で尋ねれば、人間は無言のままに微笑んでグッと親指を立てて、それから、クイクイ、と手のひらを上に向けて手招きするように手を動かし始めた。人間は、パクパクと口を動かしていて、どうやら音にせずに『カードを』と言っているようだった。

 僕は踊りまわりたいのを我慢しながら、言われるままにした。すると、僕のカードを持った人間は、カツンカツンと小気味のいい音を響かせて掲示板の方へと駆けていった。


「……僕、護衛依頼受注できるって!」


 ラウネさんにコソコソと伝えても、胸の中のソワソワは収まりそうにない! ラウネさんに抱えられたままジタジタしていたら、僕の肩に座ってウズウズしていたウッドゴーレムが僕の頭までよじ登って、そこで踊り始めた。

 

「あの人間が持ってきたクエストをこなせたらでしょ?」


 ラウネさんの冷静な声。だけどそれくらいでは僕の興奮は収まらないぞ!


「ちょ、こら、ジョシュア。じたばたしないで――」

「わー、喋るアルラウネ。私、初めて見ましたあ」


 いつの間にか受付に戻ってきていた人間の声に、ラウネさんがビックンと跳ねる。僕もウッドゴーレムも揺さぶられたけれど、僕は僕でジタバタし続けてるし、ウッドゴーレムも踊り続けている。問題なんて何一つない!


「カード! 早く依頼を終わらせなきゃ!」


 人間は、早く早く、と手を伸ばす僕を笑いながら、カードを返してくれた。アナベルくんがやってたのを真似してスイスイとカードの表面を撫でてみれば、沢山の文字が目に入る。僕が読める文字は少ないから、あとでアナベルくんに読んでもらおう。

 と、その前に、まずはお礼を言わなくちゃ!


「ありがとう!」

「いえいえ~、頑張ってくださいねえ」


 人間はほんわり笑っているから、僕もほんわりと笑い返す。と、僕の後ろから、真剣な声が聞こえてきた。


「……なんで、優遇してくれるわけ?」


 ラウネさんは僕を下ろしつつ、ちょっと怖い顔をしていた。ラウネさん、と僕が声をかけても、彼女はこちらを見ずに人間を見ている。

 ラウネさんに睨まれている人間は、怖がる様子も見せず、にひひ、と笑って口を開いた。


「お兄ちゃんと同じ名前だったから、ついつい。へへへ、他の職員には内緒ですよう」


 お気をつけて、と僕を見る人間の目は随分優しくて、それからほんのちょっとだけ寂しそうだった。

 それを見ていたら、何かしてあげたくなった。僕は、アナベルくんに「あとはお前のだ」と渡されたどんぐりの中から一等綺麗なのを選んで、受付の人間を見上げた。


「ちょっと待ってて!」

「はえ?」

「ちょ、ジョシュア!?」


 二つの声を無視した僕は、ウッドゴーレムを頭の上で踊らせたまま、ギルドの入り口へと走った。そしてそっと壊さないように扉を開け、すぐ横を見た。


「お、どした。ジョシュア」

「アナベルくん! これ、このどんぐりに顔描いて!」

「――はァ?」


 前やってくれたじゃんやってやって! と懇願したら、アナベルくんは何が何だか、という顔のまま、どんぐりを受け取ってくれた。


「前みたいにニッコリ顔描けばいいのか?」

「うん!」

「まったく。いいかジョシュアー? 今、俺がやってやってるこれはなぁ、すごい光魔法なんだぞー? 陽熱光線サンライト・レイをわざわざ極小にするとかな、超大変なんだからなー?」


 そう言いながら、ちょちょい、とやってくれるんだもん。アナベルくんって本当に凄い。

 しばらくこちょこちょと指を動かしていたアナベルくんは、どんぐりにフッと息を吹きかけて、それから僕へと返してくれた。


「ありがとう! どんぐりが笑ってる!」


 ありがとう! と僕がもう一回お礼を言うと、アナベルくんは僕の頭を撫ぜてにんまり笑ってくれた。僕は彼に笑みを返して、それから受付へと駆け戻った。


「受付さん、これあげる!」


 そう言って精一杯背伸びをして受付にどんぐりを置き、僕は再び駆け出した。

 受付の人はどんぐりを受け取ってくれたようで「あの!」と声が聞こえたけれど、振り返ったら別の人間の相手をしなくちゃいけなくなっていたので、僕はそのまま走ってギルドから飛び出した。

「ちょっと!」と慌てた声を出したラウネさんが僕の後ろを追いかけてくる。その音を聞きながら、僕は未だに座っていたアナベルくんを引っ張り上げて、カードを彼に見せた。


「アナベルくん、これ、これね! このクエストをこなせればね、護衛依頼できるって!」

「あーン? 見してみ。……採集四、これは前と同じで薬草関係とキノコか。そんで討伐一……あー、コボルトの牙。保管してあるヤツを納品じゃ……さすがにダメか」


 アナベルくんがブツブツ言いながら歩き出す。僕らはその後を、怪鳥の雛みたいにピヨピヨとくっついて歩いた。


 トスファの街の門を抜け、平原を歩き、街道から外れ――と歩いているんだけれど、どうやらアナベルくんは魔の森に向かっているみたいだった。


 過ぎていく景色がどんどん懐かしい物になって、空気が紫色に染まり始める。どこまで戻るのかなぁ? と思っていたら、アナベルくんは獣道から外れて、藪をガサガサ行き始めた。


「ねえ、ラウネさん。こっちって、何があったっけ?」

「たしか洞窟があったわね。邪眼が昔住んでた洞窟。アンタも行ったことあるでしょ?」

「あー、あそこかぁ」


 と、僕が納得したところで、アナベルくんが僕らを振り返った。


「そうそう、その洞窟だ。今はコボルトたちが採掘に夢中になってんだ、そこで」


 アナベルくんはそう言いながら足を止める。それから前に向き直って、目の前の虫を払うみたいに腕を振った。

 すると、びっくり!

 前にあった茂みが割れて、ぽっかりと口を開く洞窟が現れた。


「アナベルくん、今の念力?」


 アナベルくんは頷いて、それから口を開いた。


「よし、今から手分けしてクエストを終わらせるぞ。確か、ギルドのクエスト受注の最終受付が夜の十時とかだったはずだ。三人で手分けすりゃ、それまでには余裕で終わる」


 いいか、と一人一人を指さして、アナベルくんが指示をする。

 アナベルくんはキノコ。ラウネさんは薬草などの草関係。

 で、僕はコボルトさんのところに行って抜けた歯を貰ってくる係。


「洞窟ん中はちょっと複雑になってるだろうが、お前が『こんにちはー!』って元気に挨拶しながら行きゃあ、コボルトんとこのボスが出てきてくれるだろ」

「わかった!」


 行ってきます! と駆けだそうとした僕をラウネさんが持ち上げるから、僕の足は地面じゃなくて空気を蹴った。


「ナイス、ラウネ。――いいかジョシュア、迷子にならないように光魔法で光球着けてやる。じっとしてろよ?」

「はい!」


 空気を蹴るのをやめてジッとしたら、アナベルくんの青い目が輝きながら優しく細くなる。彼が何かを呟くのを聞いて待っていたら、体がほんのり温かくなった。自分の手を見てみれば、小さな小さな光の粒が纏わりついていた。僕が手を動かすと、光の粒も動いて尾を引く。肩の上のウッドゴーレムもキラキラ輝いている。


「ありがとう、アナベルくん! これなら迷子にならないよ!」

「ほれ、もう行っていいぜ。気をつけてな」


 行ってきます! と再度言って、僕は洞窟を進んでいった。


 洞窟は暗くて、足音が響く。振り返れば、僕の体から零れた光の粒が細い線を作ってくれている。これなら、入り口がどこだかわからなくならないね!


「こんにちはー! 僕、トレントです! トレントのジョシュアでーす」


 こんにちは、こんにちは、と僕の声が反響する。それでも誰も出て来ないから、僕はズンズン奥へと進む。夜目は利くから、転ぶようなこともない。けれど、これ以上奥に行くと日の光なんか一つも届かなくなっちゃいそう。

 そうなると夜目が利いても転んじゃうなぁ、と思っていたら、突然、首に何か尖った物を当てられた。


「止まれ!」


 甲高い声に、僕は素直に足を止める。


「さっきから煩いと思えば、人間がこんなところに――待て、お前、人間じゃないな」

「はい! 僕、トレントです! 広場の北の毒沼の近くのトレントです!」


 尖った何かが首から無くなった。と思ったら、何の前触れもなく洞窟は明るくなった。眩しい! と思いながら周りを見たら、岩壁の上の方につけられたカンテラに緑色の火が灯っていた。

 一気に明るくなった洞窟に、楽しそうな笑い声が響く。


「なぁんだ、お前、壊し屋のトレントか!」

「こ、壊し屋じゃないよ! 歩いてたら、お家を壊しちゃうことが多いだけだよ!」


 僕は憤慨しながら振り返る。と、そこにいたのは、銀色の毛並みのコボルトさんだった。


「うわははは、随分姿が変わったじゃねぇか、ええ? トレントよう」


 今からボスを呼んできてやるよ、とコボルトさんが駆けていく。そこの角を曲がっていなくなったと思ったら、彼は一回り大きな、白い毛並みのコボルトさんを連れてきた。彼の事は知ってる! コボルトのボスだ! 時々、僕の散髪を手伝ってくれるんだ。


「おお、トレントの坊主か! 見かけは変わっちゃいるが、匂いはそのまんまだな」

「ボス、こんにちは!」

「おうおう、こんちわ。で、お前さん、何しに来たんだい? 見た感じ、散髪の手伝いがいるような様子でもねぇが」


 僕はクエストでコボルトの牙がいるんだという事を説明した。そうしたらボスは銀のコボルトさんに「箱一杯持ってきてやれ」と指示をしてくれた。


「にしたって、お前さん、いったい何がどうなって人間の姿になってんだい?」

「僕、勇者を食って勇者になるんです! 魔物の勇者に! そのためにはね、人間の姿になって目立たないようにしないといけないんです」


 へえへえ、とわかったのかわかっていないのかよくわからない様子のボスは、背伸びをして僕の頭をポンポンと撫でて「まあ、頑張んな!」と言ってくれた。

 

 僕は小さな――コボルトさんからすると大きめな――木箱を抱え、再び暗くなった洞窟を、光の紐を辿りながら入り口へ向かってテコテコ歩いて歩いて、そうしないうちに外へ出ることができた。

 洞窟の外には、まだ誰も戻ってきていなかった。

 僕はほんの少し得意な気分になりながら、二人が戻ってくるのを待った。


 しばらくしたら二人とも無事に戻ってきた。

 どうも、魔の森には薬草の類があまりなかったようで、ラウネさんは「あんまり集められなかったわ」と悔しそうだった。


 僕らはトスファの街まで戻るまでに小さな森で採集をして、そして依頼品を全てきっちり集めることができた。

 時間だって、まだ余裕がある。お日様は丘の上からちょこっと顔出して僕たちを見てるし、空にはまだ一番星が輝いてない。


 僕らはのんびりとギルドまで戻って――そして、今度は三人一緒にギルドに入った。

 もちろん、納品のため!

 僕は走りたいのを我慢して、受付までゆっくり歩いた。


「納品でーす」


 そう声をかければ、受付からひょっこり顔を出したのは僕のギルドカードを作ってくれた人間だった。


「金髪の人間さんじゃないんですね?」


 思わずそう声をかけると、受付の人間は一瞬怪訝そうな顔をして、それから微笑んでくれた。


「ええ、この時間は僕が担当で――ヒッ、アナベル人形!」


 ずささ、と人間が飛び退る。胸を押さえて何度か大きく吸って吐いてを繰り返した人間は、無理やり笑ったような顔で僕を見た。


「し、失礼いたしました。ええと、納品ですね」


 確認いたします、というので、僕はギルドカードを、アナベルくんは依頼品をどさりと受付に置いた。カードと依頼品を見比べていた人間は、大きく頷きカードと、それからジャラジャラ音がする袋をくれた。


「確認いたしました。薬草、キノコともに品質が良かったですので、報酬に上乗せしておきました。コボルトの牙に関しては、傷が多いので通常報酬となります」


 それから、と息を吸いこんだ人間の次の言葉を聞くために、僕は受付に噛り付くようにして立つ。


「――規定数のクエストをこなしていただいたので、ジョシュアさんは暫定Dランクとさせていただきます。これからも頑張ってくださいね」


 その言葉を耳にした瞬間、僕は掲示板へと駆け出して、昼間見つけた護衛依頼の紙を取ろう――として届かなかったので、アナベルくんを呼んだ。

 彼は僕の指さす紙を取ってくれて、内容を確認しながら受付の方に文字通り飛んで行った。僕は急いでそれを追いかけて、受付の人間に言う。


「この護衛依頼、受けます!」


 カードこれ! とアナベルくんが置いてくれた紙の側にギリギリ手を伸ばしてカードを置いて、僕は人間を見上げて胸を張る。人間はクエストを確認し、僕のカードを弄り、それからにっこり笑ってくれた。


「はい、受注完了しました。翌朝の十時にここを出ますので、それまでにギルドへ来てくださいね」


 やったー! 護衛依頼ー!


 受けられたよー! と叫ぶ僕を抱き上げたのはアナベルくんだった。それから、すれ違う人々に「受けられたよー!」と言っては「これで勇者を――」と滑りそうになる僕の口を塞いだのはラウネさん。

 本当は宿でもとろうと思ったんだが、というアナベルくんの声が聞こえるけれど、僕は嬉しくてそれどころじゃなかった。


 そして僕らは今日も、アナベルくんが言うところの『野宿』をすることになった。

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