二、『護衛依頼』がおすすめらしい!
ジョシュアは、ぐるっと魔王城を目指す!
僕らは足早に王都を抜けて、一晩平原で休憩してからトスファの街に向かうことになった。
僕らは今、焚き火を囲んで話し合いをしてる。
夜目も利くし寒くもないから本当は焚き火なんかいらないんだけれど、雰囲気を出すためと、それから、万が一人間が通りかかった時に怪しまれないためにとアナベルくんが言ったので、焚いている。
「これからの話もあるしな、街で宿とるよりは安全だろ?」
そう言ったのはアナベルくんだ。彼の顔は焚き火の赤に照らされていて、いつもとちょっと雰囲気が違って見えた。
「まあね」
アナベルくんにそう答えたラウネさんは、焚き火から少し距離を取ったところで、地面に根を這わせてご飯を食べている。
「街の中では、勇者を殺すだの食うだのって話はできないわね」
「騎士か衛兵呼ばれて終わりだわな」
それで、とアナベルくんは一瞬間を置いてから再び口を開いた。
「勇者探しについてなんだが」
僕は肩の上のウッドゴーレムと一緒になって鼻歌を歌いながらリズムをとっていたんだけれど、それをやめて、シャキンと真剣な顔をしてアナベルくんの次の言葉を待つ。すると、炎を覗いている彼の目が、一瞬、青く底光りした。
多分、アナベルくんは何か能力を使ったんだと思う。
そのときに青の中に人影がよぎったのを僕は見逃さなかった。
「アナベルくん、今、目になんか写ったよ」
「ん? ――ああ、気にしなくて良い」
どうしても気になったから食い下がろうと思ったんだけれど、なんていうか、アナベルくんの静かな雰囲気に飲まれたというか……。
僕は、開こうとした口を噤むしかなかった。
「で、勇者なんだがな。……どこにいるのか、わかんねぇ」
「まあ、王都で情報収集したわけじゃないしね。わからなくて当然なんじゃない?」
ラウネさんの言葉に、ん、とアナベルくんが頷く。そんな彼の動きがちょっとぎこちなく見えたのは、さっき彼の目の中に写った人影の事がまだ気になってるからだろう。そう思いながら、僕は空を見上げた。
そこには、満天の星空が広がっていた。僕は、ほう、と溜め息を吐く。
本当は勇者がどこにいるのかを考えるために視線を上に向けたんだけれど、僕は煌く星々に思考を奪われてしまった。
……そう言えば、魔の森から出て初めての夜だ。
魔の森では毒霧の紫に遮られるから星の色はくすむんだけれど、ここだと遮るものが一つもない。だから、星は自慢げにキラキラ瞬いている。
――これが夜空の本来の色なんだ。とっても……とっても、綺麗。宝石みたいだ。魔の森のみんなに見せてあげたいなぁ。
僕の思考は、この星空のようにどんどん広がっていく。
――昔は、どの魔物もこの星空を見られたのかなぁ? 今は、魔物の住処は靄とか霧で守られてるからなぁ……。
――僕らの魔の森は、毒の霧の紫色。死の谷は、呪いの靄の薄墨色。獄熱火山は、炎の渦の赤と火山灰の灰色。それから、それから……。
「――……い。おい、聞いてるか? ジョシュア」
チョン、と腕を突かれた感覚。ビクッと跳ねれば、肩の上のウッドゴーレムも僕と同じようにぴょこんと跳ねた。
「ふあうっ!? ……ご、ごめんねアナベルくん。聞いてなかったです」
アナベルくんは「だろうな」と苦笑しながら空を見上げた。
「……ま、こんなに良い星空だ、見惚れんのもわかるよ」
「アナベルくんもそう思う?」
アナベルくんは「ああ」と頷いてくれる。と、その呟きに重なるようにラウネさんの感嘆の声が小さく聞こえてきた。
「ほんっ……と、綺麗……。夜空ってこんなに綺麗だったのね。正直、夜の空をこんなにまじまじ見たことなかったわ」
「すっごく綺麗だよね。……さっき、アナベルくんが声をかけてくれたときにね、僕、長老や魔の森のみんなにもコレを見せてあげたいな……って……」
そう思ってて、と尻すぼみに呟けば、ラウネさんのツタが伸びてきて僕の頭を撫でてくれた。ついでに、と直されたのは、僕が上を見たときにずれてしまったらしいお面だ。
ラウネさんに「ありがとう」を言う僕の横で、アナベルくんはゆっくりと息を吐きだして、それに乗せるように声を出した。
「そのためにも、勇者にならなきゃな」
「うん!」
「――で、そんなお前がこれからするべきなのは……」
アナベルくんが焚き火に枝を放り込みながら言葉を続ける。僕はじっと彼の言葉に耳を傾ける。
「……魔王城を目指すこと。それしかねぇ」
そう言ったっきり、アナベルくんは黙ってしまった。
魔王城? と僕が首を傾げると、僕が星空に見惚れている間に説明を聞いたらしいラウネさんが「あのね」と口を開く。
「勇者って、魔王様を倒すためにいる奴だって言うのは森で説明したわよね? 覚えてる? ジョシュア」
「うん。あの時は本当にショックだったもの……そうそう忘れられないよ」
本当にショックだった。正直、葉っぱが全部落ちそうなくらいショックだった。あの後、アナベルくんが「なればいい」って言ってくれなかったら、僕、一生笑えなくなってたと思う。
僕がそんなふうに考えていたら、ラウネさんが「いーい?」と言った。ので、僕は再び彼女の方へと意識を向けた。
「今いる勇者は、魔王様を倒したい」
「うん」
「魔王様は、魔王城にいらっしゃる」
「うん……あっ! そっか! 勇者は魔王様を倒したくて、それで、魔王様が魔王城にいるなら、勇者は魔王城に行くね!」
そゆこと、とラウネさんが頷く。僕はいてもたってもいられなくなって、勢い良く立ち上がった……のだけれど、腕をグンと引っ張られてしまった。見れば、僕の手をアナベルくんが掴んでいる。
僕は全体重を前にかけながら、やきもきを隠さず顔に出してアナベルくんを振り返った。
「どうしたのアナベルくん! 僕たち、早く魔王城に行かなきゃ!」
「ジョぉシュアぁ、お前の『すぐやりたい今やりたい!』ってのはわかる。『いつ行くの? 今日? 明日?』って気持ちが逸るのもよーくわかる」
「だって、急がないと勇者に追いつけない! もしも先に魔王様に勇者を殺されちゃったら、僕もう勇者食べられないじゃないかっ! そしたら、勇者になれないじゃないかっ」
早く早く、とジタバタする僕を見上げるアナベルくんは、あやすような笑みを浮かべて「だぁいじょうぶだって」と言いながら立ち上がった。そして、僕は彼に肩を押さえ込まれるような形で座らせられた。
むう。アナベルくんの馬鹿力め……。
肩にいたウッドゴーレムがびっくりして僕の頭を登り始めたのを感じながら、僕は頭を揺らさないようにしながらアナベルくんの方を見る。
「大丈夫じゃないもの! 魔王様が勇者を食べちゃう!」
「平気平気。どうせ、ユウシャは魔王城に入れねぇから」
「……そうなの?」
僕が首を傾げると、アナベルくんは「そうだぜー」と言いながら僕の隣に座った。その隙に立ち上がろうとしたんだけれど、彼の方が上手だった。肩を抱かれてしまって、僕はもう動けなくなってしまった。
……馬鹿力アナベルくんめ……!
動けなくされてしまっては仕方ない、僕だって諦めるよ。大人しく体から力を抜いて、それからジトリとアナベルくんを見る。
「嘘吐いてない?」
「吐いてない、吐いてない」
「本当にぃ?」
「なんだよ、疑うじゃねぇか」
だって嘘ついたもん。珍しい武器とか高いところから勇者を探すって言って、クリエさんの所に連れて行ったのはアナベルくんだもん。
いや、クリエさんに造ってもらった体は素敵だし、前の体はちっちゃなウッドゴーレムにしてもらったし、文句はないんだけどさ……それでも、嘘は嘘だもの。
「なんだよ、騙してクリエんとこに連れてったの、まだ拗ねてんのか?」
「ちょっと怒ってるよ」
唇を尖らせながら素直に言えば、アナベルくんは僕をぎゅうぎゅう抱きしめてきた。ちょっとだけ苦しい。
「ごーめんってぇ、ジョシュアー」
機嫌直せよー、とアナベルくんが僕を抱えたままユラユラ揺れるのが面白くて、僕の拗ねた顔はすぐに笑顔になってしまう。
「じゃあ、もう嘘つかないでね?」
「おっけーおっけー」
アナベルくんはそう言いながら僕をパッと放して、ごろん、と草原に横になった。彼の目の青が、星の光を映してキラキラ光っている。僕は頭からウッドゴーレムを下ろして、アナベルくんの真似をしてコロンと寝転がった。お腹の上に乗せたウッドゴーレムも横になる。
みんなで横になってたら、「アタシも仲間にいれて」と僕の横にラウネさんが横寝そべった。ラウネさんの赤い目も、空の星の閉じ込めている。僕の緑の目にもお星さまが乗っかっていたらいいなぁ……と思っていたら、だんだん瞼が重くなって――最後に聞こえた『おやすみ』は、多分、アナベルくんの声だった。
******
自分が眠っていたことに気が付いたのは、僕のお腹の上でウッドゴーレムが躍り始めた時だった。
ぽんぽこぽんぽん、と楽しそうなリズムをお腹の上で刻まれたら、誰だって目が覚めると思う。
僕はハッと目を開ける。と、眼前には隅々まで青い空が広がっていた。
「あ、起きた。ジョシュア、おはよう」
「ラウネさんおはよう! 今日も太陽が美味しいねぇ」
僕がそう言うと、ラウネさんは「あら」と言う顔をして目を瞬かせ、それからコテンと首を傾げる。
「アンタ、まだ太陽の美味しさがわかるの?」
「うん! ……そういえば、不思議だねぇ?」
二人で首を傾げていたら、上空に陣どっていたらしいアナベルくんがふわりと地面に降り立った。
「そりゃお前、クリエは
あいつその辺は拘るから、と続けるアナベルくん。
そういうことかぁ、と納得した僕とラウネさんに、アナベルくんがニッと笑う。
「さ、納得できたところで、出発するぞ」
「魔王城に!」
むふー! と気合十分な僕の前でアナベルくんはチッチッチと指を振る。
「じゃなくて、まずはトスファの街に行く。そりゃ、最短距離を行くのなら、草原突っ切って死の谷と岩山を超えればいい。けどな、人間はそれができないんだよ」
そっか、そういうこと。
確かに僕らは魔物だから呪いの靄も平気だし、死の谷の長老さんに「おじゃまします!」って言えば通してもらえる。けれど、人間は靄で死ぬから入れないもんね。
そんなところから人間の格好の僕が出てきたら、大騒ぎになっちゃう。
と、僕が納得しながらウンウン頷いていたところで、アナベルくんが「だから」と言った。
「だからな、遠回りだけど街道を進んで、グルっと魔王城を目指す」
オッケーか? と確認するように僕とラウネさんを見るアナベルくんに、僕は大きく頷いた。
ラウネさんも頷いていて、アナベルくんは僕らの顔を眺めてから、良し、と唇の端を上げ、ふわりと空に浮かび上がった。
「じゃ、行こうぜ」
トスファで護衛依頼でも出てたらいいんだが、と呟きながらアナベルくんが先を行く。そんな彼を追いかけながら、僕はワクワクして仕方がなかった。
だって、これ、なんだかすごく……冒険なんだもの!
僕は体の中のワクワクを抑えきれずに駆け出した。後ろから「転ぶわよ!」と言う声が飛んでくるけれど、僕の足は止まらなかった。
アナベルくんとラウネさんと一緒の冒険が楽しくて楽しくて、僕は空飛ぶアナベルくんの影を追い越し――そしてラウネさんの忠告どおり、すってんころりんしてしまった。
そうしてなだらかな丘を転がり落ちた僕のは、遠くに煙るトスファの街を逆さまに見つめながら、ケラケラ笑って、笑って。
僕の笑い声は、ラウネさんに抱え上げられたって、呆れたように笑われたって、止まらなかった。
――だって、楽しいんだもん!
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