ジョシュアは、王都に来た!
僕らは歩く。綺麗に整えられた道を歩く。アナベルくんを先頭に、太陽を浴びながら歩いて行く。
目指すのは、かっこいい武器がたくさんある街だ。
僕らはたくさんたくさん歩いた。
何度か馬車とすれ違いながら、のしのし街道を往った。
そうして歩いて、空を昇っていた太陽が地面目指して降りてき始める頃。
丘を乗り越えた僕らの目には、真っ白な体に日を受けて輝く、大きな大きな建物が映った。
「う……っわぁ……!」
僕が思わず溢した感嘆の声に、アナベルくんがなんだか懐かしそうな顔をしてこちらを見る。
「デカいだろ」
「うん、うん……!」
「本当にでっかいわね……」
二人の声に、僕は首が取れそうなくらい頷いた。
本当に大きい! ぐるりと囲むように広がっている大きな壁も、その奥にデン! とそびえる大きな建物も。そしてその向こう、天まで伸びてこちらにグッと迫ってくるように巨大な山も!
ふわー、と息を漏らしながら見つめていると、アナベルくんが再び歩き出した。僕はもう少しだけ大きな白い建物と自然のコントラストを楽しんで、それから、僕の手を引くラウネさんと共に、アナベルくんを追いかけた。
なだらかな坂を降りながら、アナベルくんが言う。
「これから先、絶対に俺より前を歩くなよ」
俺が良いって言うまでな、とこちらを振り向いたアナベルくんの目は、奥底から照らされているかのように、光を放っている。
目に魔力を通して何か能力を使っている証拠なのだけれど、なんで彼はそんなことをしているんだろう?
と、そう思ったのは僕だけではなかったらしい。
「アナベル。アンタ、目、どうしたのよ。なんで魔力使ってるの?」
ラウネさんの問いに、アナベルくんは人差し指と中指で右目を広げて見せながら、地面を蹴って、僕らの頭の上まで飛び上がった。
さっき『俺より前に出るな』と言われたから、僕とラウネさんは足を止める。そんな僕らに、アナベルくんの声が降ってくる。見上げれば、彼はまだ右目を広げていて、その輝く青で僕らを見下ろしていた。
「俺が今使ってんのは、『鑑定眼』だ」
「鑑定眼? どんなことができるの?」
僕の質問に、アナベルくんは僕らの進行方向を指さす。そちらを見れば、アナベルくんは再び説明を始めた。
「『鑑定眼』で見えるのは、情報だ。例えば、王都……あの街にどれだけ人間がいて、どのレベルの冒険者がどれくらいいて、結界はどんな強度と内容で張られていて――ってのが、俺が求めた分だけわかる」
「すごいじゃない、そんな能力、長老でも持ってなかったわよ」
ふん、と鼻を鳴らしてにやりと笑うアナベルくんは、気を取り直すように「それでな」と言葉を続ける。
「――そうだな、あそこの木。見えるか?」
アナベルくんが指し示しているのは、大きな大きな建造物からだいたい巨大ドラゴンの頭から尻尾くらい離れたところにある木。僕は目を凝らして、それからウンウンと頷いた。
「見えるよ!」
「ちょうどあそこから、城――あの大きな白い建物を中心にな、ぐるっと結界が」張られてる。ギルドで厄介な結界に苛まれたからと思って気を付けてりゃ、案の定だ」
最後の方は殆ど独り言のような呟きだったけれど、アナベルくんの真下にいる僕らにはその言葉も良く聞こえた。僕が「どんな結界なの?」と問う前に、彼は薄ら嗤うような声を呟く。
「ま、これだけの感知・攻性結界を張ってるってことは、感知魔法もちはほぼ全員、『砦街』の方に持ってかれてんだろ。……もちろん、ユウシャもな」
その薄暗い、
普段のアナベルくんとはまるで違ったものだから、僕は問いかけようとして半開きにした口のまま、ポカンとアナベルくんを見上げてしまった。
それに気が付いたように僕を見下ろしたアナベルくんは、いつも通りの笑顔を見せてくれた。それになんだかホッとしながら、僕は改めて口を開く。
「それって、どういうことなの?」
「つまりな――」とアナベルくんが説明してくれたことは、だいたいこんな感じ。
あの街は結界で守られていて、一歩でも魔物が入ると攻撃されること。
結界が魔物を『魔物だ!』と判断する材料は、魔物の臭いであること。
それから、人間でも街道から外れた場所から入ると、警報が鳴ること。
「じゃあ、入れないじゃない」
と言ったのは、ラウネさんだった。
「魔物の臭いっての、隠せるもんじゃないんでしょ?」
「街に入れないの!? じゃあ、じゃあ、かっこいい武器は見れないの!?」
僕ががっくりしょげると、アナベルくんは僕の隣まで降りてきた。そして、僕の顔を無理やりあげた。
「だーいじょうぶだって、俺に任せろ。こんな結界くらい、いくらだって誤魔化せるんだよ」
――うわー! ほんとう!? アナベルくんすごい! とってもすごい!
やったぁ! と笑う僕に、アナベルくんが「ただし!」という。
「気分が悪くなると思うが、我慢できるか?」
「できるよ!」
「ラウネも?」
「うーん、まあ……できるけど」
良し、と頷いたアナベルくんは僕らの前にふわりと浮かんで、目を閉じる。
――綺麗な光景だった。
ほんの少しとろみの増してきた陽光を受けてその白い頬が浮かび上がっている。
そこに風がやってきて、重さも感じさせずにさらりと黒を弄んで去っていく。
アナベルくんの青の目はゆっくりと閉じられて、まつ毛の影が肌に落ちる。
ゆるりと持ち上がった細い腕。何かを受け止めるように広がる細い指。
――そこに、真白の炎が灯る。
「――『変質』」
アナベルくんの綺麗な少女の声が呟くと、彼の手にあった白の炎は一層煌いて、そしてふわりと浮かび上がった。と同時にアナベルくんの目が開き、僕とラウネさんを捉えた。
刹那、白の炎は矢のように、僕とラウネさんと――それからアナベルくんを射抜いて、浸み込むように消えていった。
僕の
「う……おえぇ……」
胃のない僕は何も出せないはずなのに、僕の体は何かを吐き出そうとしている。気持ちが悪くて仕方ない。ぜえはあなりながら確認すれば、アナベルくんは胸が悪そうな顔をしていて、ラウネさんは僕と似たような――いや、溶解液を持つ彼女の方が僕より何倍も辛そうだった。地面に崩れ落ち、ラウネさんの小さな口から滴る溶解液は、彼女の口の周りを荒れさせながら地面に落ちてはシューシューと音を立てている。
居ても立ってもいられなくて、僕は這いずるようにしてラウネさんの側に向かった。気持ちの悪さはどうにもしてあげられないけれど、口のまわりの傷は僕がなんとかしてあげられる……!
僕は彼女の体にひたりと手を添えて、気持ち悪さに喘ぎそうになるのを我慢して、口を開いた。
「……ヒ、『ヒール』……!」
僕の体から魔力が抜けて、緑色の輝きがラウネさんを包み込む。と、それを見ていたアナベルくんが驚いたような顔をした。
「ジョシュアお前、ヒールを使えるのか」
「う、うん……僕の祖先に世界樹がいるらしくって、魔心にほんの少しだけその欠片が……」
「人間に前で使うなよ、それ」
大変なことになるから、とよろめきしりもちをつきながらアナベルくんが言う。深く考えられる状態じゃない僕が素直に頷く。と、少し元気になったラウネさんがジワジワとツタを伸ばしてアナベルくんの頭を叩いた。元気がないせいで、叩いたというより撫でるような形でツタはずり落ちてしまった。
「アナベルぅ……こ、これ、なに……」
「『変質』の魔法だよ。キツいだろ」
「きついわよ……!」
「だって、一時的に魔心を改変して人間に近付けてんだから、そりゃキツいに決まってる」
そういうことね、と言ったきり、ラウネさんは自分の吐いた溶解液を避けて地面に突っ伏してしまった。僕ももう疲れちゃって、ばたん、と街道に倒れ伏した。
そんな僕らに、アナベルくんは言う。
「この吐き気がマシになったら、結界に侵入するぞ。本当なら一週間はもつ魔法だけど、魔物にどれくらい効くのかわからないからな」
――そしてその言葉通り、僕らは立ち上がれるようになって直ぐに、また歩き出した。
立ち上がれるようになるまでは、多分そんなにかかってないと思う。当たりも暗くはなっていないし。
けれど、アナベルくんは僕らの事を少し急かし始めていた。なんでも、夜になると門が閉まってしまうらしい。僕とラウネさんは、珍しい武器を見るためにも――二回も『変容』の魔法で苦しまないためにも、全力で走った。
そうしてたどり着いたのが――
「うわぁぁぁぁぁ! すっごぉい!」
――人であふれている、この『オオットー』という街だった。
変な名前、と思ったけど、アナベルくんがそう言ったんだから間違いないはず。アナベルくんが嘘を教えたらすぐに叱るラウネさんがやんわりと笑っていたし、『オオットーの街』で間違いない!
ガシャンガシャンとかっこいい鎧を着こんだ騎士が何人もいて、それからそれから、街の奥には、大きな大きな山を背景に、真っ白くて大きな建物が胸を張っている!
しかもしかも、アナベルくんが言っていた通り、この『大通り』という道の左右には、かっこいい武器をたくさんたくさん売っている店がある。
僕らは歩いて歩いて、大きな建造物を避けるように回り込む。するとその向こうに待っていたのは、今まで歩いてきたのと同じように、たくさんの店を侍らせる『大通り』だった。巨大な山へと伸びるように続く『大通り』は、先ほどまでいた『大通り』よりも珍しい武器がたくさん売られていた!
見る物が全部珍しい!
見る物が全部かっこいい!
僕はフラフラと店に引き寄せられてしまった!
「あいよ、いらっしゃ……い。お客さん、すごい顔だね」
「樹人化の呪いなんです!」
「そら大変だねぇ……」
うーん、とから返事を返しながら、僕は武器を物色する。どれもこれもかっこいいけど、火属性の剣だけは持てなかった。残念。
「このお店、どんぐりで買えますか?」
僕がそう言った瞬間、後ろからツルが伸びてくる。あっという間に僕を抱え上げたラウネさんの横には、ニヤニヤ顔のアナベルくんがいる。
「ひえっ、呪い人形アナベル……!」
「連れが邪魔したなぁ?」
うひい、と言いながらガタイの良い店員さんは近くにあったカゴを頭につっかぶる。いきなりどうしたんだろう、と思っていれば、アナベルくんが意地悪な声を出した。
「その様子じゃ、猫耳がはえる呪いは解呪してもらったようだな。ざぁんねぇん」
アナベルくんはそう言いながら適当な投げナイフをいくつか異空保管に突っ込んで、それから金貨を数枚ピンピン、と爪で弾いた。金貨は綺麗な弧を描いて、店員さんの手に落ちる。
「ま、釣りはとっとけよ」
そう言うと、アナベルくんは「行こうぜ」と歩き出した。僕はラウネさんに降ろしてもらって――けれどツタは胴に巻かれたまま――アナベルくんを追いかけた。
「ジョシュアー、勝手に動き回ったらあぶねぇぞ?」
「ごめんね、かっこいい武器がたくさんあったから気になっちゃって」
「うーん、許してやりたいが、心配で締め付けられた俺の心は『許すには条件をつけたい!』っていってるなあ」
およよ、と泣きまねをしながら、アナベルくんは胸のあたりを押さえている。僕は「言うこときくよ!」とアナベルくんの顔を覗き込む。
と、彼は邪悪に微笑んでいた。
「じゃあ、この後、山に登ってからでいい。俺の言う事に『嫌だ』と言わないと契約しようじゃないか」
アナベルくんが歩きながら僕に手を差し出している。僕の後ろでラウネさんが『まったく』と言いたそうに溜め息を吐いたのを聞きながら、僕は躊躇せずにアナベルくんの手を握り締めた。
握手した僕らの手がパッと一瞬青く光って、その光に驚いたように通行人たちが僕らを見るけれど、それも一瞬の事だった。
アナベルくんが僕の手を離して、ふわりと宙に浮く。彼の向こう側には、大きな大きな門が見えた。どうやら、山に向かう門のようだ。
「よし、契約成立だ。
アナベルくんの笑顔に圧されながら、それでも僕は笑顔で大きく頷いた。
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