第二章:二本の足で地を踏みしめる
一、僕この体気に入ってるのに!
ジョシュアは、盛大に渋る!
アナベルくんが酷いこと言った!!
すごく酷いこと言った!!
僕の新しい体を作ってもらわなきゃって!!
「僕、そんなのやだ!」
嫌に決まってる!
僕ができるだけ怖い顔をしながら言うと、アナベルくんは困ったような顔で鼻を掻きながら口を開いた。
「やだって言われてもな……。こればっかりは、早くどうにかしねぇとまずいんだよ」
「やーだー!」
だって、この体は――
「僕この体も顔も気に入ってるんだっ! だって、みんなが作ってくれた体なんだからっ!!」
大きな僕の体を、みんなが頑張って削って、磨いて、こんなに小さくしてくれたんだ。
みんなが、あんなに時間を使って、整えてくれたんだ。
そして、ラウネさんが僕にこんなに素敵な新しい顔をくれたんだ!
だから、新しい体なんか嫌だ! とそっぽを向いて口を真一文字にする。
――アナベルくんの方なんか見ない。絶対見ない。
そんなふうに僕が怒っていると、アナベルくんの溜め息が聞こえてきた。
「じゃあ、勇者は食えなくていいんだな?」
……うぐっ。
それを言われるとアナベルくんの方を見そうになるけど、なんとか耐えきった。
僕の決意は固い。
僕は、みんなに造ってもらったこの体のまま勇者を食べる。違う体なんかいらない!
心に灯った決意のままに、僕はツンと上を見つめ続ける。
そんな僕の前で、アナベルくんはもう一度「じゃあ」と言った。
「――勇者になれなくていいんだな?」
この言葉には、僕だって反応せざるをえない。アナベルくんの方へと勢いよく顔を振って、両の手を握り締めながら彼へと詰め寄る。彼は真っ青な目で僕を見つめている。
「なっ、なれるよ! なれる! 僕、勇者になるよ!」
「いーや、なれないね。俺が保証するよ。その体のままじゃ、勇者になんかなれない。もっと言えばな、勇者を見つける前に、鼻の利く冒険者にぶっ殺されて終わりだよ」
アナベルくんの声は普段通りのトーンだ。けれど、少し怒っているような、そんな雰囲気があった。その雰囲気に圧されそうになるけど、僕はグッと我慢して、精一杯、アナベルくんを睨みつける。
アナベルくんは目を逸らさない。僕だって逸らさない。
膠着状態はしばらく続いて、僕の頭の芽でチョウチョが羽を休めて再び舞い上がっても、終わらない。
僕は動けない。アナベルくんが動かないから。
アナベルくんは動かない。僕が動かないから。
睨み合う――睨んでるのは僕だけでアナベルくんは素の顔だけれど――僕らを見かねたらしいラウネさんが、ツルを伸ばして僕を持ち上げ、アナベルくんから引き剥がした。当然、かち合っていた視線もずれる。
たくさんのチョウチョが飛んでいくのが見える。きっと、ラウネさんの花に惹かれてやってきたチョウチョだろう。
僕はその柔らかな羽ばたきを見つめながら、内心ほっとしていた。しかし、それを顔に出すわけにはいかない。ので、僕は心の中がバレないように注意しながらラウネさんの横顔を見た。彼女は何か言おうとしているようで、口が小さく開いている。
「こんな人間がいつ通るともわからないところで、にらみ合いは止めてちょうだい」
全くその通りだった。
ここは『街道』という道からは少し逸れているけれど、それでも人間の街が近い。こんな風ににらみ合っていたら、変に思われちゃう。
――と思っていたら、ラウネさんは更にツタを伸ばし、僕を遥か高くまで持ち上げた。雲が近くなって、飛んで行く鳥たちがびっくりした顔で僕を見ている。
僕は、なんでこんなふうに高い高いされているのかわからなかった。
なんでかなぁ? と考えていたんだけれど、ずっと下の方で顔を寄せ合っているラウネさんとアナベルくんを見て、周囲の景色を見て――としていたら、そんな疑問も吹き飛んだ!
風をはらみ、太陽の光を空へと返して広がる平原。
それから、緑のずっとずっと奥で煙る大きな建造物。
そしてその奥、腰に雲を侍らせるように高く高くそびえる大きな大きな山。
すごく……すごくすごく、綺麗……!
「二人ともー! ここから見える景色、すごく綺麗だよー!」
何に怒っていたのかも忘れた僕が二人に明るく声をかけると、二人は揃って僕を見上げて、その後、更に顔を寄せ合って一言二言交したようだった。僕がスルスルと地面へ降ろされたのは、その後だった。
「向こうの方に大きな建物があってね、その向こうには大きな大きな山があった! すごいんだから! 魔の森の真ん中にある火山より大きかったよ!」
「そうかそうか、良かったなぁジョシュア」
アナベルくんがニコニコしている。つられて僕もニコニコする。
横でラウネさんが溜め息をついたようだけれど、なんでなのかは、僕にはわからない。どうしたのか聞こうかと思ったんだけれど、彼女が「気にしないで」と手を振ったので、僕は小首を傾げるだけにとどめる。
すると彼女は微笑んで、僕の新芽を撫でた。
「ただ、アンタの底抜けの――無邪気さが羨ましかっただけだから」
何かを飲み込むような感じのあったラウネさんの言葉を遮るように、アナベルくんの声が滑り込んでくる。
「おっとそれよりジョシュア! お前、かっこよくて珍しい武器とか見たくないか?」
かっこよくて珍しい武器!!
「なにそれ、見たい!」
「俺がこれから案内しようと思ってるところになぁ? たぁっくさんあるんだよ。かっこよくて、珍しくて、魔の森では絶対に見られないような武器が!」
わぁ! と僕が手を叩くと、アナベルくんは僕の肩を抱くようにして引き寄せる。されるがままで見つめていたら、アナベルくんはバチコン! とウインクをしてくれた。
「そこで武器を見たあとは、山登りしようぜ! ほら、さっきお前、ラウネに持ち上げられた時、遠くの方まで見えたろ?」
「うん! 見えたよ!」
「そしたらさ、ラウネの高い高いより、ずっとずーっと高いところから見たらさ、きっと勇者だって見つけられるぜ? ジョシュア、お前もそう思わないか?」
――確かに!
僕は何度も何度も頷いた。
高い高い山から見下ろせば、きっとこの国全部が見える。魔王様のお城もきっと見える。今の勇者は魔王様を――倒すために旅をしているから、きっとそこを目指して歩いているはずだ。
今どの辺にいるのかを上から見て把握できれば、きっと、すぐに追いつける!
「アナベルくん、すごく頭が良いね!」
「へっへーん、褒めるな褒めるな」
アナベルくんはバシバシと僕の肩を叩き、それから、先頭切って歩き出した。僕は急いで彼に追いついて、彼を見上げるようにして顔を覗き込んだ。
「ねえアナベルくん! かっこいい武器ってどんなの?」
「そりゃもう、超かっこいい……剣だよ、剣。あと弓。ああ、あとは、槍とか。大鎌とかな」
「超かっこいいの?」
「超かっこいいぜー」
わぁぁぁ! 超かっこいい武器かぁ! 早く見てみたいなあ!
僕は、ラウネさんを振り返る。まっすぐ歩かない僕が転ばないようにツルで捕まえていてくれる彼女は、寄ってきては飛んで行くチョウチョを目で追っている。
「ラウネさん、超かっこいい武器だって! たくさんあるって!」
「聞いてたわよ、二人の会話を」
呆れたような口調だけど、声の温度はとっても優しい。そんなラウネさんに、僕はニコニコ笑って見せた。
「たくさんだよ! すごいねぇ、すごいねぇ!」
「すごいわねぇ」
「どんぐり何個で買えるのかなぁ?」
僕の質問に、前から後ろから、同じ答えが返ってくる。
「『一億あっても買えない』」
「ぜ」と「わよ」が重なって、アナベルくんとラウネさんが顔を見合わせている。それがなんとも面白くって、僕は二人の間で声を出してケラケラ笑ってしまった。
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