トレント改めジョシュアは、初依頼をこなす!

 僕とラウネさんは、受付の人間の後をついて行った。今、目の前にあるのは、紙が沢山張りつけられた、大きな大きな掲示板だ。


「クエストの受注の方法を説明しますね」


 人間は僕と掲示板を見比べて何か言おうとしている。それを見たラウネさんが、僕をツタで抱え上げてくれた。人間は、ありがとうございます、と言って、それから、掲示板の上から下までを指さしながら口を開いた。


「上に張ってあるものは高ランク……ああ、その前に、ギルドのランク制度はご存知ですか?」

「わかんないです!」

「説明しますね。ええと、ギルドでは冒険者にEからSまでのランクを振っておりまして――」


 人間が言うには、Sが一番すごいランクで、Eは僕みたいなギルドカードを発行したての冒険者に振られるランクらしい。僕がフンフン頷くと、人間は再び紙を指さした。


「そして、こちらのクエストにもランクがあるんです」

「SからE?」


 僕がそう言うと、人間は大きく頷いた。

 そこから人間がいろいろ説明してくれたことを要約すると、『自分のランクと同じランクのクエストは、カードをかざすだけで受注できる』『それより上のランクのクエストは、受付で受注可否の判断がされる』という事だった。


「じゃあ僕は、えっと……」


 大事に握りしめている緑色のカードに刻まれた金額――これがどんぐり何個分なのかはわからない――を見て、それからいくつかのクエストを受注してみた。

 と、僕がいくつもの紙にカードを翳すのを見かねたのか、人間が「ちょっと失礼」と僕の手からカードを奪い取った。


「ああ、ジョシュアさん、もう十分ですよ。これなら結界が消える――」


 はず、という人間の言葉の終わりに、入り口の方から響く『どごーん!』という何かが勢いよく地面にぶつかった音が重なった。それを聞いた人間は、僕にカードを押し付けて「では頑張って!」と言うやいなや、青い顔をして受付の奥へと引っ込んでいってしまった。

 何事かなぁと思いながら入り口を見れば、僕の目の前には、土煙を纏って口をへの字にしているアナベルくんがいる。


「どうしたの?」


 僕の問いかけに答えたのは、アナベルくんではなくて、ラウネさんだった。彼女の声は、まるで笑いを堪えているかのようだった。


「コ、コイツ、結界が消えた瞬間、地面にダイブしたのよ……!」

「あーあー、うるせえうるせえ! まったく、面倒なもんこしらえやがって……」


 こんなの昔は無かった、とブーブー言いながら、アナベルくんは僕のカードを覗き込んで鼻を鳴らす。


「Eランククエストが十か。全部採集となれば、さっさと集めに行こうぜ。頑張れば今日一日で終わる」


 どこに生えてるか知ってるからついてこい、とアナベルくんが埃を払いながらフワフワ飛んで行く。僕らはそれを追いかけて、街を出て、平原にポツンとある小さな森に辿り着いた。


 アナベルくんが言う場所を探すと、クエストで求められている草とか木の実とかキノコはすぐに見つかった。


「よし。いいか、このシロフワワタケは毒キノコとの判別が難しいから、『鑑定眼』を使える俺が採る。確かいくつか被ってるクエストあったよな、合計して何本必要なんだっけ?」


 ん、とアナベルくんが手を差し出すので、僕はカードを差し出す。と、彼は器用にすいすいとカードを撫でて、中の情報を確認したようだった。


 僕は使い方すらよくわかんないのに、アナベルくんはやっぱりすごいなあ。

 思ったことをアナベルくんに伝えると、彼は「慣れだ、慣れ」とカードを見ながら軽い口調でそう言った。かっこいい! 僕もいつか言ってみたい!


 と、そんなこんなで役割が決まって、アナベルくんはキノコを、アルラウネさんは各種の薬草を、僕はどんぐりを拾い集めることになった。


「小さい手だと沢山拾えるなぁ。前はこうはいかなかったもの」


 つぶつぶ、と夢中になってどんぐりをひとつづつ摘まんで袋に入れていたら、気が付けば日は暮れていた。僕は森の入り口に戻ることにして、袋一杯のどんぐりを抱えて駆け出した。


 目印にした大きな――木の姿のときの僕より大きい! ――木の近くに、アナベルくんもラウネさんもいた。アナベルくんは、たぶん異空保管にキノコを入れたんだろう、手ぶらだった。

 一方のラウネさんは腰の蕾に仕舞い込んだらしくて、大きく膨らんだ蕾がいくつか重たそうに俯いていた。


「お、集まったか? どんぐり」

「うん! 言われたとおり、キレイなのをたくさん!」


 アナベルくんは、よし、と頷いて、僕が差し出す袋からどんぐりを十個ほど取り出した。そして、ポイ、と異空保管の中に放り込んだ。

 アナベルくんが言うには、これで全部揃ったらしいので、僕らは仲良く夕陽の中を歩いて、トスファの街のギルドに戻った。


 ギルドについた頃には空にお月様が輝いていた。もう直されている扉をあけて入ったギルドの中は、ちょっとお酒臭くなっていた。アナベルくんは中を少し覗いてすぐに顔を引っ込めてしまったし、ラウネさんは「この臭い、駄目だわ」と言ってギルドに入らなかった。

 だから、僕だけで依頼品の納品だ。


 納品だ。初めての! 納品! ……なんだかすごくワクワクする!


「こんばんはー。受付の人間さんいますかー?」


 僕が袋を抱え上げて受付まで駆けていくと、僕のカードを用意してくれたのとは別の人間が「はいはぁい」とひょっこり顔を出した。


「あれ、昼間とは違いますね?」

「彼は早退したんですよお」


 酷いお顔でしたあ、とケタケタ笑う様子が何だかアナベルくんみたい。僕がつられて笑うと、人間は金の髪を揺らして小首を傾げた。


「それで、坊やは冒険者ギルドになの御用ですかあ?」

「納品に来ました!」

「納品ですかあ。じゃあ、少々ギルドカードをお借りしますねえ」


 僕がカードを渡すと、人間は浮遊石の間にカードを通して、それからにっこり微笑んだ。


「はい、受注クエストの確認をいたしましたあ。そしましたらあ、必要な量あるか確認しますのでえ、袋を私にくださいねえ」


 そう言うと人間は僕の抱えた袋を取り上げて、素早く数えたかと思えば、僕にカードを差し出した。それを受け取って、僕は人間を見上げる。


「確かに、必要量ありましたよお。これで、他のギルドでもクエスト受注ができますからねえ」

「えっ、僕、そういう状態になってたんですか?」

「あれえ、説明されてませんでした? ……まあ、無事に終わったならいいかあ。とにかく、オッケーでえす。またのお越しを~」


 おやすみなさあい、と小首を傾げる人間に手を振ってギルドから出た僕を迎えてくれたのは、プカプカ浮きながら腕組みをしているアナベルくんの「この街を出るぞ」という声だった。

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