二、ギルドカードを作ろう!
アルラウネは、不安で仕方ない
なんてことになってしまったんだろう。
あたしはそう思いながら、広場の中心にいるトレントを見つめていた。
あの子が「勇者になる!」なんて言い出した時は『また変なものに影響されて、しばらくすれば飽きるわね』と思ったものだけれど……あれよあれよという間に、あの子の姿はアナベルのように人間を模したものに変わって、人間のように武器を作って、そして、長老から森から出る許可すら下りてしまった。
これからどうなるのだろう、と思うけれど、あたしに出来るのはあの子をしっかり守って、そして人間の恐ろしさを学んだあの子に「もう懲りたでしょ」と言って諭して、無事に魔の森まで戻らせることくらい。
「まったくもう……」
あたしは溜め息を吐きながら、こちらにテトテト歩いてくるトレントを見守った。
「どうしたの、アルラウネさん?」
「んーん、なんでもないの。それで、いつ出発するか決まった?」
「すぐにでも行こうと思ったんだけど……アナベルくんがね、『裸族勇者!』ってゲラゲラ笑うから、今妖精さんたちに洋服を作ってもらってるんだ」
それができたら行くよ! と楽しそうな弟分に、あたしは、自分の笑顔が不自然になっていないかだけが心配だった。
******
トレントの着る――と言うか、羽織る? ――マントも出来上がったところで、どうやら出発の段になったようだった。トレントは妖精たちに囲まれて、マントの説明を受けている。
「いーい、トレント。このマントは、燃えないように魔法をかけたからね。だから、もし火の雨とか降ったら、頭まですっぽりコレに包まるのよ。よくって?」
「はい!」
「それからね、トレントたん。人間って、自分と違う物を怖がってすぐに攻撃してくるんだから、街とか、人が沢山いるところでは、ちゃぁんとフードを被るのよ」
「わかった!」
「トレントくん、なんならずっとフードを被ってたって大丈夫なのよ。それを覚えておくのよ。もし人間にフードを取れって言われたら、『俺の顔は呪われてる……!』ってセリフを言えたらかっこいいの。覚えておくのよ」
「わかった! 腕にメモしておくね!」
あーあー、と思いながら私はトレントの肩を叩く。
「多分人間は自分の腕に文字を刻んでメモしないと思うし、何ならアンタそれ、魔物文字じゃない。やめときなさい、メモするの」
確かに! と元からまん丸の――あたしがただ丸く開けただけの凹の目を大きくしたトレントは、深く頷いてフードを被る。
――ああ、本当に魔の森を出るのね。
そんな風に今更実感してしまって、あたしは目を伏せる。と、丁度あたしの顔の下に潜り込んだアナベルが、いやらしく笑っているのが目に入った。
「なぁんだよ、アルラウネたんてばぁ。怖い? 怖いの? あーん、怖いんでちゅかぁ? ちったいちったいアルラウネたんってば、虫さんだけじゃなくてお外も怖い――いてっ!」
「怖くないわよ!」
「もー、図星だからって殴るのやめろよな」
まったくむかつく
そう。アナベルの言う通り。
あたしは、怖いのだ。
あたしが生まれる少し前から、人間はあたしたちの
その恐怖が、魔心の奥深くまでしっかりと根を張っているのだ。
怖い。確かに、怖い。
けれど、トレントとアナベルだけで行かせる方が――友である二人を失う方がよっぽど怖い。
だからあたしは――
「アルラウネさん! 見て! すごくかっこいいマントを作ってもらったんだっ! 大蜘蛛さんの糸で出来てるんだって!」
「お、裸族勇者から露出魔勇者に変身だな! くく、ぶふふふふ!」
「このマント着て、行こう!」
――二人を守るために。
「はいはい、もう行くのね」
あたしは、おやつがてら張っていた根を地面から抜いて、立ち上がる。そして、意気揚々と進むトレントの背中を追いながら――ふと、思い至ったことがあって長老を振り返った。
「ところで長老」
「なにかの」
「トレントは人間の格好になったからいいとして――あたしは? あたしはこのままでいいの?」
長老は一瞬、『あ、忘れてた』とでも言うような顔をしたけれど、それを隠すようにすぐに口を開いた。
「大丈夫、大丈夫」
ほんとにィ? と思いながら長老を見つめていたら、アルラウネさーん! とトレントに声をかけられた。ので、あたしはため息をついて振り返り、トレントを追って駆け出した。
******
あたしたちは歩いた。
鬱蒼と茂る葉の下、流れる強酸の川を、毒草の花畑を、毒の沼を越えて歩いて――そして、ようやく木々の密度が減ってきた。
正直、あたしはソワソワしている。だって、森の浅い所は立入禁止だから。いつだったか、人間が入ってきたことがあって、それ以来、許可がなければ立入禁止。
今は許可をもらっているけれど、それでもなんだか
「わ、お日様が見える! ねえアルラウネさん、毒霧越しじゃないお日様が見えるよ!」
トレントがマントを揺らして振り返る。
どうしてこんなに楽しそうでいられるんだろう、不安とかないのかしら。と思うけれど、いつでも明るいのはこの子の長所だ。
見てるとなんだかあたしまで楽しい気分になってくるんだからすごいわよね。
「本当ね」
「気持ち良くって美味しいねぇ」
トレントはそういって、歩きながら大きく腕を広げている。と、トレントの頭の中てっぺんがムズムズ動いて、ピョコリと小さく芽を出した。
葉っぱがあった方が、この太陽の美味しさを存分に味わえるものね。あたしも、できるだけ葉っぱを広げておこう。
あたしがグっと腰回りの葉っぱを広げたところで、トレントの隣を歩くアナベルが、楽しそうに笑って、トレントの頭に生えた小さな芽を突っつき出した。
しばらく擽ったそうにしていたトレントだったけど、森の切れ目が見えてきたらそれどころではなくなったらしい。
「わっ! 森が終わってる! 外に出られる!」
急がなくたって森の果ては逃げないだろうに、トレントは勢い良く駆け出した。マントが揺れる。ついでに、彼の頭に生えた芽も。
あたしは、ゆったり歩くアナベルを追い越してトレントに追いついた。だって、もしここで人間と出遭ってしまったら、大変だもの。
あたしは、のんびりあたりを見回して幼いゴブリンがそうするようにムズムズと体を動かしているトレントの代わりに、周囲を警戒した。
見える範囲に人間はおらず、建造物もない。
それを確認してやっと一息つけたあたしを、アナベルがニヤニヤと見つめていた。
「……なによ」
また『怖がりでちゅねぇ、アルラウネたんってばぁ』とか言われるかと身構えるあたしに、アナベルは特に何も言わなかった。身構えたのが馬鹿らしくなって、あたしは鼻を鳴らす。
と、そんなあたしを通り過ぎたアナベルは、後ろ手に手を組みながら、トレントの前に立った。
「さぁ、トレント。勇者になりたいお前は、これから何をするべきだ?」
アナベルの問いかけに、トレントはぐっと握った両拳を振りながら口を開く。
「勇者を探す!」
「勇者って、どういうところにいる?」
勇者がどこにいるかなんて、あたしだって検討もつかないのにトレントにわかるわけがない。
「わかんない!」
やっぱりそう答えるわよね。なんでそんなに自信満々なのかわからないけど、まあ、元気が無いよりいいわよね。
アナベルはトレントの答えに『仕方ねぇなぁ』と言う顔をして見せて、それからニンマリ笑った。
「勇者が今どこにいるか、それは――」
アナベルとトレントが真剣な顔をする。それを見ているあたしも、釣られて緊張した顔になる。
そんなあたしの前で、アナベルは薄く口を開いた。
「――俺にもわかんねぇ」
あたしは肩透かしをくらってガクっとなった。そんなあたしにチラリと目をくれてから、アナベルは「まあ待て」と勿体ぶるようにしながら歩き出した。
トレントとあたしは顔を見合わせて、それからアナベルの背中を追った。
「ねぇ、アンタにもわかんないなら、もう見つけようがないんじゃないの?」
あたしが質問を投げると、アナベルはこちらに背中を見せたまま、つ、と人差し指を立てて、ちっちっち、と左右に振った。
「確かに、俺は勇者がどこにいるかなんて知らない。けどな――」
――勇者ってのは、有名人だ。
アナベルが声を低くする。あたしとトレントは、アナベルに追いついて隣を歩きながら、彼の次の言葉を待った。
アナベルは無表情で前を見ていたけれど、ふっと邪悪に楽しそうに笑って、あたしとトレントを見たようだった。
「だから、噂話は駆け回るんだ」
「噂話って……魔物に聞いて回ったって、勇者を見かけたなんて噂は聞けないわよ」
だって、勇者に遭遇した魔物は死んでしまって、魔心さえも食われてしまうんだから。
そう思いながらアナベルを見つめると、彼は「魔物ならな」と呟いた。
「では、人間ならばどうなんだ? って話だよ」
「えっ、アナベルくん、どういうこと?」
「だからな、トレント。人間から情報を聞き出して、勇者が今どこにいるのかを突き止めるんだよ」
それってつまり……。
「人間の街に入るの……!?」
「そ、ご名答」
無理に決まってる! そんなの、魔物が街に入ったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかなのに!
と、あたしがワナワナ震えていると、アナベルが立ち止まった。彼の視線の先を追えば、そこには遠く向こうに煙るように見える建造物――街が、あって。
あそこに入るというの!?
無理でしょ! 絶対無理よ!
良くて大怪我、悪くて死! 魔心食われて終わり! ……だと言うのに、アナベルの言葉はまだ続くようだ。
「あそこの街に入って、で、ギルドを探す。冒険者ギルドだ。そんでそこで、ギルドカードを作る」
なんつー無茶を言う!!
「無理無理無理、無理に決まってんでしょ!」
「できる」
「無ー理ーよっ! 街に入るのだって無理! その上、魔物がその何とかカードなんか作れるわけがないでしょ!?」
できる、の一点張りのアナベルは、うっすら笑みながらトレントと向き合った。
あたしたちの会話の意味がわかっていなさそうなトレントは、難しい顔を作って考えているようなそぶりを見せている。あくまで、そぶり、だ。
「トレント、お前、勇者になりたいもんなー?」
「うん! なりたい!」
「なるためなら、なんだってできるもんなー?」
はい! と元気よく返事をするトレントに、アナベルがここ一番に邪悪で楽しそうな顔を見せる。それから、彼の立てた指先に、魔力が灯る。
あたしでもゾワゾワするくらいの魔力がアナベルの指先に集まって、それで。
「……『高級呪術』」
アナベルの呟きにドス黒く染まった魔力は、まるで命を与えられたかのように空を舞い、そしてトレントへと降り注いだ。
あたしは何も言えずに目を見開いて固まって、それからアナベルを締め上げた。
「アナベル! ちょっとアンタ、なんでトレントに呪いを!」
「落ち着けよアルラウネ。……トレント、体に異常は?」
「ないよ!」
ほら聞いたろ、落ち着けよ。とアナベルが笑っている。あたしはツルから何とか力を抜いて、アナベルをそっと地面におろした。
「いいか。一応、トレントは呪われてるっていうていでやっていくだろ?」
「僕が緑色でトレント顔なのはそのせいだもんね。僕ちゃんと覚えてるよ!」
よく覚えてるな偉い偉い、とアナベルがトレントを撫で回す。そうしながら、彼はあたしの方を見て三日月型に口を開いた。
「こうやって実際呪っておけば、ギルドで身体検査されたとしたって、嘘がバレることはない。だろ?」
今から行くあの街には、とアナベルは進行方向を親指で指し示す。
「ギルドがあってカードを発行はできても、そいつにかけられた呪いがどんなものなのか、まともに判定できやしない。……ましてや、高級呪術なんて、解呪師のいないあの街じゃ、それが伝染する呪いなのかどうかもわかりやしない」
そして、とアナベルは続ける。
「ギルドカードほど優れた身分証もない」
アナベルの謎の圧に頷きそうになるけれど、あたしはグッとこらえてまゆを寄せる。
あたしの反応が芳しくないことにアナベルはヒョイと眉を上げ、それでも笑みを崩さなかった。
「まあ、俺に任せろって。これでも、お前らなんかより人間には詳しいんだから」
さあ行くぞ、とアナベルが歩き出す。素直なトレントはすぐさまその後を追う。
あたしはアナベルが心の中に練り上げているらしい案がイマイチ納得できない……わけではないんだけど、やっぱり不安で、それでも二人だけで人間の街に行かせるわけにはいかないから、のっそり歩き出した。
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