トレントは、作業する!

 広場についた僕は、頭に乗せていた二人をおろし、むふー! と両腕を空へ向かって伸ばして雄叫びを上げる。


「武器を作るぞー!」


 その叫びに反応したのは、アナベルくんだった。彼は一足先に広場に尻をつき胡座をかいていたのだけれど、はぁ? と言いながら僕を見上げてきた。


「作る?」

「うん、作るよ!」

「お前、マジで言ってんの?」


 僕がその言葉に首を傾げると、アナベルくんはゲンナリした表情を見せて「マジかよ」と腕を組む。

 え? 作る以外でどうやって武器を用意すればいいんだろう? 何か他に方法があるのかなぁ? 

 そう思った僕は、根っこを広げて座りながら、アナベルくんに問いかけた。


「作る以外で、どうやって武器を調達するの?」

「そりゃお前、買うとか」

「あー、確かに! オークさんのお店に行ってみよっか!」


 うんせ、と立ち上がろうとした僕にツタが巻き付いた。見れば、アルラウネさんが僕の幹に巻いたツタを引いていて、僕は彼女に引かれるままに、ドスン、と再び地面に腰かける。


「どうしたの? アルラウネさん」

「オークの店で買うの、無理よ」

「なんで?」


 アナベルくんが、鼻を――穴はないけど――ほじりながら尋ねる。と、アルラウネさんは何重もの葉っぱのスカートを広げながら地面に腰かけて「そんなの簡単よ」と鼻を鳴らした。


「オークの店の武器、いくらだと思ってんの?」


 彼女の赤い目が見るのは、アナベルくん。


「知らね」

「銅の剣一本、一千万よ」


 いっせんまん! 

 そりゃ無理だ、と瞠目する僕の横で、どうやらアナベルくんも驚いたようだった。腕を突っ張って空の方を見ていた彼は、グイン! と起き上がって態勢を整え、アルラウネさんを食い入るように見つめている。


「そりゃぼったくりすぎだろ!? 銅の剣一本で一千万――」

「そう、一千万よ!」


 何か言いかけていたアナベルくんの口が止まる。あんぐり開いたままの口に、飛んで来た蝶が飛び込んで羽を休めている。僕は、アナベルくんの口が閉じる前に、と彼の顔の前に手を持って行って、葉っぱをわさわさ動かして蝶を刺激する。と、耐えかねたように蝶が飛び出していって、その直後、バクン! とアナベルくんの口が閉じた。

 僕の手に生えている葉っぱがいくつか噛み千切られたけど、ま、いいや!

 そんなふうに考える僕の横、アナベルくんは口に入った葉っぱをプッと吐き出して、半笑いの顔で口を開く。


「い、一千万どんぐり?」

「そうよ。一千万個なんて何十年も前から集め始めなきゃたまらないし、集めてれば当然最初の方の物は傷むし、あんなのはただのポーズなのよ。アイツら、剣を売るつもりなんかないんだから。そもそも、あんなに高いもの用意しなくたって、アイツら日用品を売って手に入るどんぐりだけで全然生きていけてるしね」


 腕組みしながらアルラウネさんが言う。僕は、そうなのかぁ、と思いながら彼女を見つめていた。

 オークさんのお店は何でも売っている。彼らは森の外に出る許可をもらっているから、いろんなものを仕入れては売ってくれるんだ。

 木の実とか干し肉とか調味料とか、それから、僕やアルラウネさんなんかみたいに植物系の魔物向けに、美味しい肥料も売っている。あとは、家を作ったり、僕の頭を整えたりなんかもやってくれるのだ。


 お代は、どんぐり。オークさんたちは何でも食べるけど、中でもどんぐりが好きなんだって。だから僕らは、何か欲しい物があったり、やってもらいたいことがあったら、どんぐりを集めるんだ。


 僕もいくらか拾い集めてあるけれど、この体の大きさじゃあ拾うのが大変で。一千万個のどんぐりを集めるなんて、僕には無理なお話だ。と思っていたら、アルラウネさんがコソコソ話をするように口の横に手を添える。


「――ここだけの話。モミジの樹の所のワーウルフなんか、あの剣欲しくてローン組んでどんぐり貢いでるけど、貢ぎ続けてもうすぐ百年経つわ」


 それじゃあ無理だねぇ、とアルラウネさんと頷きあっていると、アナベルくんがバタン! と仰向けに倒れて笑い出した。


「……あー、おもしろ。俺はてっきり――と、んなことはいいや」


 と思ったら、彼は再びグインと体を起こし、パァンと一つ手を叩く。


「じゃ、さっさと作ろうぜ。素人が作れる範囲って言ったら、木製の武器と防具だな。材料は、柔らかい方が加工しやすいだろうが、装備品となれば固くなきゃあ意味ねぇ」


 何かいい素材あるか? と首を傾げるアナベルくんの黒髪が揺れる。僕も彼を真似するように首を傾げて頭の葉っぱを揺らし――あ! と思った。


「僕!」

「お、なんか心当たりがあるのか、トレント」


 うん! と僕は大きく頷く。


「僕!」

「や、だからその心当たりを教えてくれって」


 だから僕! と繰り返すと、アナベルくんは『お、ついにぶっ壊れたか』と言う顔で僕を見てからアルラウネさんへと視線を動かした。

 んー! うまく伝わらないなぁ。

 ……と思っていたら、アルラウネさんが僕をツタで指さして、僕の言葉足らずを補ってくれる。


「だから、『僕』が素材になるって言ってんのよコイツ」

「……はぁ? ――いや待て、ああ、確かにトレント製の物は評判がいいけどさ……え? 何お前、旅に出る前に死ぬわけ?」


 アナベルくんが何を言っているかイマイチわからなくて、僕は答えに困ってしまった。

 なんで今、死ぬとかそう言う話が出たんだろう?


「死なないよ?」

「いやでも、お前使って武器防具作るんだろ? 死ぬじゃん」


 なんだかひどい勘違いが起こっている気がするけれど、僕はもう僕で武器を作る気満々だった。


「死なないよ。ほら、僕の頭の方の太い枝を今から落とすから、ちょっと退いててね」


 ふぬ! と踏ん張れば、ドスーンと重たい音を響かせて太い枝が僕から分かれて落ちていった。それを呆然と見つめるアナベルくんの後ろの茂みから、なんだなんだ、と言う顔で、キノコや果物を詰めたカゴを背負ったオークさんが顔を出した。


「何事ですかい?」

「オークさんこんにちは!」

「あら、良いところに。ねえオーク。あたしたちこれから、このトレントの枝で武器と防具を作るんだけど、どんぐり千個で少し手伝ってくれないかしら」


 のん気に挨拶をした僕とは違って、頭の良いアルラウネさんは腰の花のつぼみをニュルリと伸ばし、オークさんの前でふわりと花開かせた。

 中にはどんぐりが入っているようで、オークさんはそれを検分しながら「ひい、ふう……」とどんぐりを数え、アルラウネさんを見る。


「千、てことは、肉体労働無しってことでいいですかい?」

「ええ。ほらあたしたち、武器なんか作ったこと無いし」

「そりゃそうでしょう。ここにいる方は皆さん自分の体が武器って方だ」


 どんぐりを数えるオークさんを僕はじいっと見つめる。

 武器の作りかた、教えてくれますように! と祈っていると、オークさんは笑顔で顔をあげた。


「確かに千ありやすね」

「手伝ってくれますか、オークさん……!」

「千って言うと、少し足りやせんが……この枝、武器防具を一つずつ作ったら余りが出るでやしょう? それを頂けるなら」


 あげますあげます! なんなら、もう一、二本くらい落とします! と枝を落としながら僕が言うと、オークさんは嬉しそうに笑って頷く。


「いいでしょう、引き受けやす」


 まずは――と僕から落ちた枝を見つめるオークさんを見ながら、僕は嬉しくてゆらゆら揺れる……とアルラウネさんに怒られるので、我慢。オークさんが枝を整えてくれるのを見てから、僕は先ほどから静かなアナベルくんを見た。


「アナベルくん、どうしたの? 呪いパワーが減った?」

「呪いを元気の源みたいに言われてもなぁ」

「じゃあ、どうしたの?」

「いや、なんというか……。――なんでもね。気にすんな! ほら、枝が整ったみたいだぞ。何を作るんだ?」


 こん棒か? ぶっとい杖か? と笑顔で尋ねてくる彼に、僕は間髪入れずに答える。

 何を作るかは、もう決まってるんだ!

 僕がなりたいのは勇者! 勇者と言えば――


「剣!」

「剣!? ……これは時間がかかりそうだな、おい」

「頑張って作るよ! オークさん、オークさん! 剣の作り方教えてください!」


 それから僕は、切って削って磨いて、を繰り返し――やっと剣を完成させた!


「わーい! 僕の剣だ!」


 喜ぶ僕を照らすのは、紫色の毒霧を通ってもなお赤い、綺麗な夕日! 始めた頃はまだ明るかったのに、今ではすっかり日も落ちかけていた。


「よかったわねぇ……」


 ツタをぐったり地面に這わせて広場で横たわるアルラウネさん。彼女は、研磨を手伝ってくれた!


「形だけの剣だけどな。どっちかって言うとこれ、撲殺用武器だ」


 完成品を見てケラケラ笑いながらそんな風に言うアナベルくんは、僕やアルラウネさんではできない細かい部分の手伝いをしてくれた。


「みんなのおかげで出来たよ! 本当にありがとう!」


 僕は、身の丈の五分の一ほどの剣を持ち、小さな小さな盾を持ち、嬉しくて仕方なかった。みんなで一緒に作るって、とっても楽しい!

 お手伝い出来て楽しかったですぜ、とオークさんは残った木材を抱えながら笑っていたけれど、なにか気になったことでもあるのか、小首を傾げて僕を見上げた。


「ところで、なんで武器なんか?」

「僕、旅に出たくて! 長老に許可をもらうには、武器と防具が必要だったんです」

「それはそれは……なぜ旅に?」


 僕は胸を張る。


「勇者を食べて、勇者になるために!」


 ふふーん! と胸を張り続ける僕を怪訝そうな顔で見ていたオークさんが、寝そべっているアルラウネさんの方を見る。


「なんで勇者に?」

「そんなの、トレントに聞いて」


 すげなくあしらわれたオークさん。彼は再び僕を見た。


「トレントさん、あんた、勇者がどういうものかご存知ですかい?」


 その言葉に反応してか、アルラウネさんが寝がえりをうってこちらを見る。

 僕は、自信満々に口を開く。


「勇者は、世界を旅する職業です! そして、世界を平和にする職業です!」


 自信たっぷり叫ぶ僕を見上げていたオークさんが、木材を取り落とす。それが足にあたったのだろう、彼は「イッ!」と叫ぶと飛び跳ねて、それでも僕を見たままだった。

 と、足を擦りながらオークさんが口を開いた。


「トレントさん、そりゃ違いますぜ」


 勇者ってのは、とオークさんは申し訳なさそうに僕を見上げている。


「――魔王様を殺すことを目標に旅しているヤツ、ですぜ」


 僕は頭が真っ白になった。

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