トレントは、お願いしに行く!

 勇者を食べれば勇者に……!

 

 なれる!

 なれるー!

 僕でもなれるー!

 やったぁぁぁぁぁぁ!


 じゃあ、じゃあ、勇者を探しに行かなきゃ! 早く探し出して、食べなきゃ!


「そうと決まれば、早く出発しなきゃ!」


 早く早く! と思わずウネウネし始めてしまった僕を、ツタの手がぺチンと叩く。


「なーにがそうと決まれば、よ! 何が決まったって言うのよアンタの中で!」

「勇者探しの旅! 行くの! 僕、僕、行かなきゃ!」

「行かなきゃー、じゃないわよもうほんとに! そんな旅になんて行けるわけないでしょ! 長老が許可くれると思ってんの?」


 いったん落ち着きなさい! と言うアルラウネさんの声と、ゲラゲラけたけた笑うアナベルくんの声に、僕ははやる気持ちを少しだけ押さえつけながらソワソワと左右に揺れる。そうしながら、葉っぱの手をモサモサと上下に振った。


「でも、でも!」

「でもじゃない! あと、揺れるのやめなさ――ぎゃあ、虫!」


 アルラウネさんは、落ちてきたー! と悲鳴を上げて逃げ惑い、何本ものツタを伸ばして落ち来る魔芋虫たちを振り払い断ち切りながら、僕を睨んでいる。


「虫が! 落ちてくるから! それ止めなさいって! アンタに! あたし、何回言ったあ?!」

「だってだって! ソワソワして! 動いてないと落ち着かないんだ! 新芽が生えそうなくらいムズムズするんだよぅ! 早く行かないと、別の誰かに勇者を食べられちゃう!」

「だひゃひゃひゃひゃひゃ! おま、お前……何、虫苦手なの?! ぶあははははっはははははははは!」


 ひーひー笑いながら、アナベルくんは空中でゴロゴロ転がりまわっている。アーナーベールー! と咆哮するアルラウネさんは、芋虫を叩き切るついでに、とでも言うように、アナベルくんのお尻を勢いよくぶっ叩いた。だけどアナベルくんは気にすらした様子もなく、楽しそうに顔を歪めながらスイーっと地面へと降りたった。

 僕? 僕は二人を眺めながら、ソワソワしっぱなしだよ! 故に、芋虫たちはどんどん降ってくるよ。こんなにたくさん、僕の頭のどこに隠れてたのかなぁ?


「ア、アルラウネたんはぁ、ちったいちったい虫たんがぁ、苦手なのぉって?! なあなあアルラウネ、マ、マジかよ――ブフッ! おま、おまえ、ふへ、ふひひひひひひ! マぁジかよぉ! かぁんわいいじゃぁん、アルラウネたんってば! やべー、わ、笑いすぎて顎はずれそ……」


 ガコン、と音が響いてアナベルくんの口が裂ける。肌と同じく真っ白なその口の中に、先ほどまでは無かった長くて鋭い牙がいくつも覗いていた。


ひゃべやべまいれまじであごはうえひゃはずれた


 がぱぁ、と大きな口を開けたまま、それでも『アルラウネにイタズラしてやるぜ』と考えているのがよくわかる目をしているアナベルくんは、地面に落ちた魔芋虫――丁度彼の肩から肘くらいまでの長さの芋虫を抱き上げて、アルラウネさんの所へ飛び掛かっていく。止めようかなぁという言葉が頭の中を横切ったんだけど、僕は本当にそれどころじゃなかったらしくて、体は上下左右に伸び縮みしてユラユラするようにとしか動かない。

 だって、ソワソワが半端じゃないんだもの!


「ぎゃぁぁああぁぁ! アナベル、アンタ、ぶっ殺すわよ!」

ひゃるかやるかほのこの――」


 アルラウネさんのツタアッパーが決まる。


「お、直った。サンキュー、お礼にこの芋虫やるよおらぁぁぁぁぁ!」

「がぁぁぁぁアナベルアンタあたしの髪に! 髪に芋虫! 髪の毛食べられちゃう! トレント、はやくこれどうにかしなさい!」


 あぁぁとれない! とパニック状態で叫ぶアルラウネさん。落ち着けばとれるはずなのに、彼女のツタは見当違いの所を払っている。と、それを見ながらユラユラと体を揺らしてソワソワを体の外に逃がしている僕の所へ、後ろに手をやってニマニマ笑いながらアナベルくんが寄ってきた。僕の真下に来たら芋虫の雨に直撃しちゃうと思うんだけど、アナベルくんの上に落ちる芋虫は、彼に触れる前に、彼が何もしていないのに弾け飛ぶ。


「アナベルくん、アナベルくん! 僕、旅に行かないと!」

「おーおーそうだな。じゃなきゃ他の奴に勇者食われちまうもんな?」


 甘い声で囁くアナベルくんに、僕はブンブン頷きながら左右に揺れる。そうするとアナベルくんは、青い目をギラリと輝かせ、口の片端をグッと吊り上げ、舌なめずりをするような顔をして、トンと地面を蹴って宙に浮いた。

 そして僕に顔を寄せ、小さく小さく囁いた。


「お前は旅に行きたい。つまり、この森を出たい。そうだな?」

「うん、うん!」

「でも、この森に棲んでるやつが森から出るには長老に許可を取らないといけない」

「そう、そうだよ! 僕、長老にお願いしなきゃ! アナベルくん、悪いけど長老を呼んできて――」


 そう言う僕の口を押えようとしたのだろう。アナベルくんが僕の口の上の方に人差し指を置く。これでもし僕の体がアナベルくんの五倍くらいなかったら、しっかり口を塞がれる形になったんだろう。

 僕は、喋ろうと思えば喋れる状態だ。

 でも、なんというか――……僕の五分の一の大きさのアナベルくんの『圧』みたいなものが、僕の口をぴったり塞いでしまっていて、僕は声を出す気になれなかった。

 そんな僕の前で、アナベルくんは笑いながら「まあ待て」と声を出す。


「良いかトレント。こういうお願いは自分で出向いて、いかに本気かを知らせなきゃいけねぇんだよ。それから、人数も多い方がいい。お前ひとりで行って、長老を丸め込めるか? なあ、無理だろ? でも――例えば、三人で行けば?」


 なあトレント、と告げるアナベルくんの輝く青い目を見ていると、僕はなんだかぼーっとしてきて……


「……アルラウネさん。長老にお願いに行くの、ついて来てくれたら――手伝ってくれたらどかすよ!」


 ……と、気が付けば僕の口は、こんなセリフを放っていた。


「ぐぅぅぅぅ、アナベル! 入れ知恵を!」

「おらおらどうするんだ、アルラウネ? お、ご自慢の団子髪が喰われ始めて――」

「行く行く行く! 行くから取ってェ!」


 ――という事で、僕らは長老の所に一緒に行くことになった!

 ぜえはあしているアルラウネさんは僕とアナベルくんを睨んでいるけれど、僕は気にしないことにして、とりあえず、根っこを引っこ抜くために地面に腕を突っ張った。


 ズポン! と抜けた根っこをわさわさ動かして僕は歩く。


「アンタが歩いてるの、久々に見るわね」


 まだ息の荒いアルラウネさんの声に振り向くと、彼女はまだ体に芋虫がくっついている感覚がするのか、ツタをいくつも伸ばして体中を払っては身震いしている。


「僕、大きいからねぇ。歩くと、いろんなものをなぎ倒しちゃうから、最近は控えてたんだ」


 時々は歩くけど、歩くたびに誰かのお家を壊してしまって申し訳なくて。最近は、誰かが大喧嘩した後に更地とか瓦礫の山ができてたら、そこだけ散歩をするようにしてるんだ。

 だけど今日は、もうしかたない! 誰かのお家を壊しちゃったらごめんね! と言いながら、僕はずんずん進んでいく。ずんずん進む僕の後ろで、アルラウネさんが「そう言えば」と声を出す。けれどこれは僕に向けられたものじゃないようだから、僕は振り向かずに、後ろの会話に耳を傾けながら歩き続けた。


「ねえアナベル。アンタ、なんでそんなに勇者に詳しいの?」

「あー。ほら、俺の趣味、お前も知ってるだろ?」

「ああ、解呪師のいない街の前で旅人に呪いをかけることだっけ」


 その趣味は僕も知ってる。アナベルくんは、さすが呪い人形カースドールと言おうか、小さな不幸を与える呪いから末代まで続く呪詛まで使いこなせる呪いのスペシャリストなのだ。といっても、彼がもっぱら使うのは、ランダム呪いという、どんな内容になるかわからない呪いだけだけれど。


「そうそう。それやるのにさ、街の前で隠れて待機するだろ? そうすると、いろんな情報手に入れられんだ」


 と、そうやって会話を聞きながら歩いたら、ついに長老の住む大樹まで辿り着いた。


「ううう、ドキドキする」


 僕がまたソワソワと揺れそうになると、それを押さえるようにアルラウネさんのツタが僕にグルグル巻きついた。


「揺れるんじゃない!」

「でも! 揺れてないとドキドキがどんどん大きくなるんだよぅ!」


 でもじゃないの! とアルラウネさんが怖い顔をするので、僕は上を揺らすのを我慢して、根っこの足をわしゃわしゃモサモサどすんどすんと動かし続ける。

 ――と、その音が聞こえたらしい。


「なんの騒ぎかの」


 大樹のから落ち着いた低い声が降ってきて、僕は緊張でビシリと動きを止めた。そしてゆっくりと、大樹の幹を舐めるように見上げていって――


「ちょ、長老! えっと、えっと、本日はいつもどおりに毒霧が空をおおっていて素晴らしい日ですね……」


 ――つい、柄にもなくそんな定形の挨拶をした僕を訝しそうに見つめながら、長老である大毒蛇ベノムボアさんがスルスルと木から降りてきた。


「なんじゃ、柄でもない。トレントよ、正直に言うてみい。また誰ぞの家を壊したのじゃろ?」


 怒らんから、とのんびり続けながら長老は僕たちの前で首をもたげている。僕より大きな長老を見上げて、僕は、意を決して口を開いた。


「ちょ、長老!」

「うん?」

「僕、旅に出たいんです! 魔の森から出る許可をください!」


 一瞬フリーズした長老は、言葉もなく首を横に振る。


「そこをなんとか!」

「駄目じゃ。トレント、お主、外に出て人間と戦えるほど強くないじゃろ?」

「じゃあ戦わずに隠れて旅をします! それで、勇者を暗殺して食べます!」

「その図体では隠れて旅なぞ無理じゃわい」


 ぐぐう……確かに。

 でも、そんなことで諦める僕じゃない。次の言葉を口にしようとする僕を――


「じゃあ、俺がついていくって言ったら?」


 ――アナベルくんが遮った。


「お主が? ……確かにまあ、お主なら――いや、でも駄目じゃ。トレントの姿は森の外では目立ちすぎるし、こやつは足も遅い。ただでさえ魔物が減っているというのに、更に減ろうとするのを見過ごすわけには――」

「じゃあ、こいつが森の外で目立たないようにできればいいんだな?」


 アナベルくんの甘い囁きに、僕は彼を見おろした。彼は後ろ手に手を組んで、小首をかしげながら邪悪に笑っている。その表情に押されたのか、長老はほんの少し仰け反りながら口を開いた。


「それができるというのならな。――ああそれから、武器と防具も必要じゃわ」


 それを揃えられれば、と長老が続けるのを、僕は祈る気持ちで見つめている。


「――……森の外に出るのを、許可してやろう」


 わあっと叫びそうになった僕に「ただし!」という声が降ってくる。


「そのすべての条件は――アナベル、そしてアルラウネ。お主らがトレントについていくという前提がなければ、無効じゃ」

「お、良かったなトレント。こんな前提、あってないようなもんだ」


 長老は、楽しそうなアナベルくんを睨みながら、でなければ駄目じゃからな、と念押ししてから大樹へと戻っていった。


「……やったあああああ! さっそく武器と防具を作らなきゃ!」


 と喜びを叫ぶ僕の横で、アルラウネさんがわなわな震えている。どうしたのかな、と首を傾げて見ていたら、彼女はツタをブルブル震わせながら空を仰いで大きく口を開けて……。


「なんであたしまでー!」


 吠える彼女に、僕は恐る恐ると声をかける。


「……アルラウネさんはついてきてくれないの……?」


 もしついてきてくれなかったら、夜中にこっそり森を出よう。そう決意した僕の問いに、彼女はキっと僕を睨みながら答えてくれた。


「……ついていくわよ! もう! アンタ、ここであたしが『ついていかない』って言ったら、夜中にこっそり森を出るでしょ!?」

「わぁ、僕の心を読んだの?」

「んなわけないでしょ! どうせそうすると思って言っただけよ。……アンタはほんともう……!」

「わぁい! ありがとう!」


 そうと決まれば、一秒でも早く武器と防具を作らなきゃ!

 そう思った僕は、目の前で腕を組んでいるアルラウネさんを持ち上げ僕の頭に乗せて、それから、僕らのやり取りを見守るアナベルくんを抱え上げ、作業しやすそうな広場へ向かって駆け出した。

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