第一章:一歩を踏み出す根っこの足
一、冒険許可をもらおう!
トレントは、どうしても勇者になりたい!
アルラウネさんが言った『魔物は勇者になれない』という言葉は、僕の心をバキバキに砕いた。
でも。でも!
一瞬落ち込んだけれど、なれないと言われて「はいそうですか、悲しいなぁ……」で終わる僕ではない!
僕はキッ! とアルラウネさんを睨む。そして、大きく大きく口を開いて――
「やだやだやだやだやだぁぁぁぁ!」
メキメキみしみしと体を軋ませながら、僕は盛大に駄々をこねた!
「やだやだやだぁ! やだぁ! 勇者になるー!」
「わちょ、暴れるんじゃないわよその図体で! あ~もう! ワサワサするんじゃない、小枝とか葉っぱとかが落ちてくるでしょ!」
ぺちーん! とツタで頬――というか幹を叩かれて、それでも僕はみしみしバキバキ身をよじる。
「
叱りつけられては、動きを止めるほかなくて。僕は口をへの字に歪めて、身をよじるのも、手をわさわさするのもやめた。
やめたら、とたんに悲しくなってきた。
「……勇者になりたいんだよぅ、僕は勇者になりたいんだよぅ……」
哀れっぽく言いながら目元を手で――葉っぱの生い茂る手で覆うけれど、僕の体には涙腺と言うものがないので、涙は出ない。
出ないけれど、どうしようもなく悲しい気持ちを表現するには、やっぱりこの格好が一番しっくりくる。だから、僕は涙の出ない目元、幹にぽっかり空いた穴を手で覆ってシクシクしてみせた。するとアルラウネさんは「図体ばっかりでかくて、まだまだ子供なんだから」と溜め息をついたようだった。
「魔物が『勇者になりたい!』なんて、ほんと、呆れちゃうわよ! なれるわけが……」
「――無いって? それどこ情報だよ」
溜め息まじりのアルラウネさんの声をニヤニヤした甲高い声が遮ったので、僕は目元を覆う手をそろりとどけてみる。と、僕の下に影が一つ増えていた。
僕の半分ほどの背丈のアルラウネさんの隣。彼女より更に小さな、人間の
長い黒髪をなびかせて、黒くてフワフワしたドレスを着こなして、真っ青な瞳で僕を見上げるのは、最近出会った、
「あっ! アナベルちゃん、こんにちは!」
友人に会えた喜びのおかげで、悲しかった気持ちがポーンとどこかに吹き飛んだ僕は、ニコニコと笑う。と、人形の友人は口を三日月に歪めて、器用に眉毛をひょいとあげる。
「アナベルくんだ」
ちっちっち、と指を振りながら高い声が訂正するので、僕は素直に言い直す。
「アナベルくん、こんにちは!」
「はい、こんちは。で、お前ら面白い話してるじゃねぇか」
「面白くはないわよ。――そうだアナベル。アンタもコイツを説得するの手伝って」
魔物の身で勇者になろうとしてんのよこのトレントは、とアルラウネさんが僕を指差す。だから僕は、またさめざめと目元に手を当てる。
「魔物が勇者になれるわけないじゃない、ねぇ、アナベル」
アンタからも言ってやって、と続けるアルラウネさんの声が突き刺さって、僕は悲しくて悲しくて、この悲しみを何とかするべくとまた身をよじって手を振り回す。
のだけれど――
「別に、なれるぞ」
アナベルくんの言葉に、僕はピタリと動きを止めた。
体を軋ませながらアナベルくんに顔を寄せ、彼の顔をじいっと見つめる。と、彼は心底楽しそうに――楽しいときの彼は邪悪な顔をする――に笑って、カパ、と口を開いた。
「――な、れ、る、ぞ?」
ひとつひとつ区切るように囁いたアナベルくんをツタが引っ叩いたようだが、彼は微動打にしないでニヤニヤしている。僕はそんな彼に縋るように手を寄せた。そして、たくさんの葉っぱで包むようにしながら、ドキドキする
「ほ、ほんとうに……?」
「ああ、本当だとも本当だとも」
「ちょっとアナベル! 適当なことを――」
「適当じゃねぇさ」
くっくっく、と笑いながら、アナベルくんはふわりと宙に浮き、僕の方へと一歩一歩、空を踏みしめ歩いてくる。
「この森に引きこもりっぱなしのお前らが知らない話を教えてやろうじゃねぇか」
あのな、と言葉を続けるアナベルくんを、僕もアルラウネさんもじっと見上げて動かない。
「勇者ってのは、『称号』だ」
「しょうごう?」
僕が首を傾げると、アナベルくんは大きく頷いて口を開く。
「そう。称号。称号ってのはな、あれだ。お前ら、スキル……親とかから引き継いだ技みたいなのあるだろ?」
「アルラウネさんの麻痺花粉とかみたいな?」
そうそう、とアナベルくんはニマリと笑いながら僕を両人差し指で指して、それから腕組みをした。
「それと似たようなもんでな……称号ってのは、引き継がれていくもんなんだよ」
「そうやって引き継がれるって言うのなら、なおさら無理じゃない。トレントが勇者になるのなんて」
アルラウネさんが半目でアナベルくんを見上げている。彼女の質問の内容は僕も気になるところだったので、僕はアナベルくんの答えを待った。
「勇者の称号が親から子へと引き継がれてきたものならな」
「その言い方じゃあ、違うのね」
アナベルくんを見つめながら、僕はワクワクドキドキしながら体を揺らす。そんな僕の前で、彼が口を開く。
「勇者の称号は、聖剣の所有権みたいなもんだ」
「うんうん、それでそれで!?」
「ごく一般的な所有権は、その物の持ち主が死んだら別の誰かに移るよな? 魔物であれ人間であれ、相手を殺したやつがソイツの持ち物を自由にしていい。だよな?」
「ま、そうね」
アルラウネさんが相槌をうつ。それを見ながら、僕もコクコク頷く。当たり前のことだもんね。
そうやって頷いてから、僕は大変なことに気がついた。
「……つまり、僕が勇者を殺したら、勇者になれるってこと!?」
やったー! と喜んで腕を振り上げる僕を、アナベルくんが「まあ待て」と止める。そうしながらアナベルくんは、またしても楽しそうに――邪悪に――笑っていた。
「聖剣はそこが違うんだ。死んでも所有権は移らない」
僕はその言葉の意味を良く考えて、それから目元に手をあてた。
「じゃあやっぱり僕は勇者には……」
僕の言葉を遮るように、アナベルくんは言葉を続ける。
「勇者ってのは、聖剣に選ばれてなるものだ。むかーしむかし、最初の勇者がそうだったように、今の勇者もそうして選ばれた」
アナベルくんは、人形元来の静かな微笑み――彼の無表情はこれ――を浮かべながら空を見上げて、ふん、と鼻を鳴らした。
「勇者が死んでも、聖剣の所有権はそのまま。さあその場合、いつまで死んだ勇者に所有権があり続けると思う?」
「わかんない」
僕が素直に答えると、アナベルくんはニマァ、と楽しそうに笑って、それからアルラウネさんを見た。
「じゃあアルラウネ、答えてみ」
「えー…? うーん、そうね……次の勇者を聖剣が見つけるまで……?」
「そ! ご名答!」
正確に言えば、と彼は空中で腰掛けるような動作をしてみせる。フワフワのスカートの中で胡座をかいて、頬杖をつくアナベルくんはこの上なく楽しそうだ。
「放っておけば、聖剣は何年も何年も、死んだ勇者に所有権をやったまま、新しい勇者を待ち続けるのさ。……さて。話は変わるが、お前たちがこんなふうに森の奥深くに引きこもらなきゃいけなくなった原因はなーんだ? トレント、わかるか?」
それは僕でも知ってる!
僕は勢い良く顔を上げた。
「わかるよ、長老に教えてもらったもの! 二百年くらい前から、人間が僕たち魔物の
魔心がなくなったら生き返れなくなっちゃうのにねぇ、と僕が続けると、アナベルくんは満足そうに頷いた。
「そうだ。だから、お前らみたいな弱かったり、足が遅かったりするヤツは中に引っ込んでるわけだ」
そんで人間はなんで魔心を食うかというと、と言いながら、アナベルくんは深く深く笑っている。僕は、彼の言葉を聞き逃さないようにぐっと彼に顔を寄せた。すると彼は、カパリと口を開いた。
「お前らの技の使用権を奪うためさ」
ハッとした顔をするアルラウネさんを尻目に、僕はしばらく考えた。
僕たちの技を奪うために人間は僕らの魔心を食べる。そんなことして、何になるのかなぁ? 面白いのかなぁ?
と、そんなふうにしてウンウン唸っていたところで、アナベルくんがケタケタケタと笑いだした。びっくりした僕がそちらを見ると、ひとしきり大笑いしたアナベルくんが、はー、と一息ついたところだった。
「トレント、お前ほんとに面白いな。なぁ、わかんないか? アルラウネはわかったみたいだぞ?」
「んー?」
「んー? だってよ! ブハハハハハハ!」
おいアルラウネ教えてやれよ、と逆さまになってジタバタしながら笑うアナベルくんが言う。僕は首を傾げたまま、アルラウネさんを見た。
「アンタはほんとにもう……いい? アナベルが言いたいのはつまり――」
――勇者を食えば、勇者になれるってことよ。
アルラウネさんの言葉を反芻する。薄紫の空に視線をやりながら、考えること数十秒。途中、アルラウネさんが「ほら、所有権を奪えばいいの。そうすれば、聖剣に選ばれなくても所有権がもらえるでしょ」と助け舟を出してくれる。
そこから、考えて考えて、僕は、僕は……
「僕でも勇者になれる! やったああああああああああ!」
今度は、歓喜の叫びで魔の森を震わせた!
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