100、逃走

「く、くふふふ……っ!」


 と、リーヴァルが妖しく笑いだす。人獣を引き剥がしながら法術で治療したらしく、服が噛み千切られた跡が分かるくらいで目立った傷は全く無くなっていた。


「いやあ、やられたやられた。ウェレイちゃんはやっぱり秘書らしくないよ。そんな勝ち気で無謀な秘書さんがいたら会社潰れちゃうってば」

「今まさに潰そうとしてるクソガキは黙ってろ。さぁ、どうする? けしかけて来た人獣は全部あんたに噛みつかせてあげるけど」

「怖いなぁ。けどまぁ、もういっか。降参降参、っと」


 リーヴァルがその言葉通りにか、両手を挙げてみせたその時。


「っ……ぅ」「きゃっ!」「わっ!?」


 突如として頭上から降り注ぐ水に、驚いた3人の声が入り混じる。


(これは……スプリンクラーか!)


 会議室内のスプリンクラーが全て作動している。が、室内は確かに混乱に包まれているものの、スプリンクラーを作動させるような状況とは思えない。つまり、


「くそっ、逃げやがった……!」


 視線を頭上にずらしたその一瞬の隙を突かれた。その一瞬を利用できるということは、やはりスプリンクラーを誤作動させたのはリーヴァルなのだろう。


「ヴェネさん、すぐに追いかけましょう!」

「けど、人獣を放っておくわけにも」

「舐めるな、ミラージュ!」


 サイネアが叫ぶ。彼ら〝烏〟の面々は、スプリンクラーの作動など一切気にかけずに暴れている人獣達に苦戦しているようだったが、


「俺達だけで十分片付く。ベルン社長にも傷一つ負わせたりはしない。だから行け!」

「いえ、それには及びません」


 と、銃を構えたベルンがヴェネをまっすぐに見やった。


「その人獣達は、元は私の会社の社員。ならば私も闘うのが道理でしょう」

「……社長。これは命を懸けた殺し合いです。どうか下がって」


「いえ、ここで命を懸けられないようでは、一生お飾りの社長のままなんです……!」


 決意のこもった眼差しに、サイネアは口を閉じた。


(あぁ、そっか……)


 ここにいる人間全てが、それぞれの決意と信念に基づいて武器を握っている。


 ならば、これ以上言葉は必要ない。ヴェネは踵を返した。


「ヴェネ君! 非常階段のドアが開いてる、多分そこから逃げた!」

「分かった、行こう!」


 先陣を切って走り出すヴェネ、それに続くミオナ。ウェレイは一度会議室の中を覗き、


「死んじゃダメだよ、お父さん」

「こちらのセリフです。気を付けて」


 短く言葉を交わしたウェレイも、全速力で後を追った。

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