101、追跡

 どうやら会議室だけじゃなく、この階層全てのスプリンクラーが作動しているらしい。びしょ濡れになりながら水の溜まった通路を走り抜け、非常階段に飛び出す。


「あのクソガキ、上と下のどっちに行った!?」

「逃げるのですから、普通に考えれば下でしょうけど」

「いや、リーヴァルなら屋上に逃げる手段を用意してるはず」


 彼女の口ぶりは、もう目的は果たしたから退散する、という風に聞こえた。この大規模な人獣化を実験の締めくくりとしていたのならば、ここから離脱する前提で全てを計画するだろう。


 ヴェネは水の滴る髪をかき上げる。オールバックに固められていた髪も、さすがにあの大量の水を前にしては太刀打ちできなかったらしい。


「もし下に逃げてたとしても、エレちゃんに言えば対応できる。上に行くよ!」

「オッケー!」


 と、非常階段を上り始めるウェレイ。かんかんかん、と金属質な足音を、ヴェネは彼女の腕を掴んで止めた。


「時間がない、纏めて跳ぶよ! ミオナさんも」

「はい!」

「え? いや、ちょ、うひゃっ!?」


 ヴェネは2人とともに空間跳躍。一気に屋上まで跳ぶ。


 空間跳躍は飛ぶ先の座標を正確に掴む必要がある。特に建物の中のような狭い場所だと、少し目測がずれるだけで面倒な事になりかねない。


 屋上の床にめり込む形で空間跳躍してしまうのは大幅な時間のロスなので、地面から浮くように跳躍したのだが、ウェレイは上手く着地できずに転んでしまった。


「大丈夫ですか?」

「な、何とか。自分で跳んだらこんな感覚なんだね……じゃなくて! リーちゃんは」

「あっちだ!」


 ヴェネは走り出す。二人も遅れて続く。


 どうやらスコルピオ社の屋上はヘリポートとしても機能しているらしい。少し年季の入ったヘリが中央に堂々と鎮座している。


 そして、ヘリのプロペラから今まさに飛び立つ影があった。ウェレイが驚嘆の声を上げる。


「な、何あれ!? 鳥?」

「鷹……に見えますが」


 そう、確かに鷹だ。だが、サイズがおかしい。どう見てもヘリと同じくらいには大きい。


 遺伝子改良された種か、あるいは一から造り上げたのか。ヴァーヌミリアにはその手の研究は溢れかえっているので、そこを断じるのは難しいだろう。


 が、重要なのはそこじゃない。その巨大な鷹の鉤爪に、エプロン姿の少女がぶらさがっているのだ。


 恐らく、リーヴァルが暗示か何かで鷹を操っているのだろう。ヴェネは舌打ち交じりに、巨大な羽音を立てて遠ざかるそれに追い縋る。

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