99、新たな力

 最優先事項は、リーヴァルの確保。だが、人獣がいる限り彼女に手を出すのは難しそうだ。かと言って人獣を片付けようにも、支配された人獣の連携がそれを阻む。


 ならば、ミオナと連携する事で敵の目を晦ましつつ、一匹ずつ確実に仕留めていけばいい。 空間跳躍先を読まれてるならば、空間跳躍に頼らない立ち回りを徹底するだけ。


「ミオナさん。サポート、頼んだよ」

「は、はい。分かりました!」


 互いに武器を構え、少しずつ距離を詰めていく。と、リーヴァルが不満げにこぼした。


「むぅ、ヴェネちゃんがまたヌルくなっちゃった。ま、いっか。それならそれで叩き潰すだけだし!」


 そう言って、手に法術の光を纏わせる。それに応じるかのように、人獣が一匹大口を開けて牙を光らせながらヴェネに向かって勢いよく飛び掛かる。


 応戦しようとしたその時、


「え……?」


 パチン、と指を鳴らしたかのような音が響き、異変が起きた。


 人獣の姿が、目の前から忽然と消えたのだ。まるで、空間跳躍したかのように。


「あああああぁぁぁぁぁ!?」


 ついで、悲鳴。その声の主は……リーヴァルだった。


 彼女の右腕に、人獣が噛みついていたのだ。人外の牙は体だけで言えば少女でしかないリーヴァルの肉を易々と貫き、ぼたぼたと血が溢れ出している。


(何が、起きた……?)


 状況を把握できないヴェネ。と、視界の端に彼女が映る。


「なぁに叫んでんの? 法術で治せるんでしょ? ほら治せよ」


 彼女は、笑っていた。目に激情の炎を灯しながらも、心底愉快そうに。


「何度でも何度でも、その痛みを味わわせてあげる。スコルピオの痛みを知れ、クソガキ」

「ウェ、ウェレイ、さん……?」


 人獣化が始まった時、巻き込まれないようにベルンと一緒に部屋の隅に避難してもらっておいた彼女が、物怖じすることなく戦いの渦中に足を踏み入れていく。


 と、警戒範囲に踏み入ったからか、他の人獣がウェレイに襲い掛かる。が、ウェレイはやはり動じない。手を前に突き出し、パチン、と指を鳴らした。


「痛っぁ……!」


 そして、先ほどと全く同じ現象が起きる。ウェレイに迫っていたはずの人獣の姿が掻き消え、今度はリーヴァルの左腕に人獣が噛みついていた。涙交じりに痛みに耐えるリーヴァルの姿から、先ほどの余裕が根こそぎ奪われていく。


 今のは、まさか……! ウェレイを見やると、彼女はその手にヴェネが先ほど落としたクリアケースを握っていた。


「ウェレイさん……まさか、あの薬を……?」

「うん。便利だね、超能って。今まで見た事もない〝力〟なのに、使い方が一瞬で理解できたよ。こういうのを超能を〝悟る〟って言うんだっけ?」


 やはり、超能に目覚めている。恐らく今のは『他者転移アナザーワープ』だろう。


 空間跳躍の言わば親戚にあたる超能で、空間跳躍が『自分と自分の触れているモノ』を跳ばすのに対し、他者転移は『自分の触れていないモノ』に作用する。


 空間跳躍もそうだが、超能の中では珍しいレアな能力に当たる。ヴェネもその使い手を実際に見るのはこれが初めてだ。


「な、なんて無茶を……人獣化してもいいのですか!?」

「人獣化する前に薬を抜いちゃえば問題ないんでしょ?」


「そ、それは、そうですが……」

「ならつべこべ言わない。あたしは今、このクソガキに一泡吹かせないと気が済まないの」


 いいでしょ? とウェレイ。ヴェネは頷く。


「仕方ないね、緊急事態だし。お手伝いを頼むよ」

「オッケー、任せろ。お父さん、ちょっと待っててね」


 呆然と立ち尽くすベルンに笑いかけ、ウェレイは2人の横に並び立った。

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