98、挑発

「ご無事ですか」


 と、ミオナがこちらに合流する。


 彼女もまた人獣との交戦で傷を負っていたが、まだ余裕がありそうだ。


「問題ない。そっちは」

「やはり、ダメです。人獣はあの糸をたやすく破ってしまいます。むやみに撃っても〝烏〟の方達の邪魔になるだけです」


 白銀の銃を胸の前まで持ち上げ、ミオナは悔しそうに顔を歪ませた。


「〝巻き蜘蛛〟が通用しない以上、せめて囮にでもなれたらと思って。もしくは彼女……リーヴァルを抑え込む事が出来ればと」

「やめておいた方がいい。常に人獣に自分を守らせてるし、そもそもあいつ自身の〝力〟の方がよっぽど厄介だ」


 もっともあの様子だと、今は人獣を操って攻撃する事しか頭になさそうだけど。なにせ、これは彼女にとってはあくまで〝実験〟の一環に過ぎないのだから。


「……リーヴァル、一つ訊く」


 一歩踏み出し、リーヴァルを睨み据える。彼女はヴェネの睥睨に、しかしうっとりしたように笑みを漏らした。


「うんうん、ヴェネちゃんの為なら何でも答えちゃうよぉ?」

「今頃社内は人獣化した社員で阿鼻叫喚だろう。〝大鷲〟の捜査官が辛うじてそれを食い止めている。……僕達がいなかったら、スコルピオはどうなっていた?」


「きゃはっ……楽しい動物園、かなぁ? ちょぉっとだけ血生臭い触れ合いがウリの」

「クズが……っ!」


 絶対に、逃がすわけにはいかない。確実にまたどこかで、悲劇が起きる。


「けどけど、このままじゃウチらの圧勝かなぁ? ヴェネちゃんもなぁんかヌルくなってるみたいだしぃ?」

「……は?」


 みしっ、と頭の中で何かが軋む音がした。ここ2年くらい、一度も無かった感覚だ。


「ひっ……」


 横のミオナが怯えたような声を出すも、ヴェネは気付かない。


 心の奥底から溢れてくるどろどろした感情が、言葉となって口をついて出る。


「誰が、〝俺〟に勝つって? 調子に乗るなよ、雑魚が」

「……きゃっはははは、それでこそヴェネちゃんだよぅ!」


 哄笑するリーヴァル。あぁ、本当に耳障りだ。今すぐに消して


「ヴェ、ヴェネさん? 私達のすべき事は人獣の解放と、彼女の確保です。分かって、ますか?」


 恐る恐る、といった調子で紡がれたその声に、ヴェネの頭も少しだけ冷えた。


「……うん、ごめん。分かってる。調子に乗ってたのは僕もかな」


 一つ深呼吸。そうだ、リーヴァルの言葉に踊らされては思うつぼだ。

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