97、反撃

「っ……!」


 人獣の攻撃を避ける際にケータイを落とし、ヴェネは歯噛みする。


 会議室の中では10人の重役が人獣化していき、地獄絵図の様相を呈していた。サイネアを始めとした〝烏〟達が抑え込もうと奮闘しているが、彼らの持ち味はその人海戦術の巧妙さにある。


 人獣と一対一サシでやりあうのは分が悪い。彼らは二人一組で対処に当たっているようだが、それでも苦戦を強いられていた。


 となればこれは〝燕〟である自分の領分だ。エレノアとの電話に意識を取られすぎて防戦一方だったが、必要な情報は全部伝えた。


 反撃開始だ。人獣化から解放した経験を活用し、速攻で片づけなければ。


「っああ!」


 飛び掛かってきた人獣の牙をナイフで受け止め、体全体の捻りを利用して受け流すように投げ飛ばす。さすがは獣、すぐに受け身を取って態勢を整え直したが、


(決める時は、一撃で……!)


 ヴェネはその一瞬の内に、空間跳躍で人獣の頭上に移動していた。敵は完全にこちらを見失っていて、無防備な背中にナイフを振り下ろ


「ぐっぁ!?」


 そうとした刹那、肩に激しい熱、次いで鋭い痛みが奔った。


(な、に……?)


 見やると、肩に異形の顔が噛みついていた。口元が濃い赤を湛えた血で染まっている。


 人獣だ。ヴェネは咄嗟にナイフで斬り付けて逃れ、一歩二歩と距離を取る。


(くそ、他の人獣が仲間を助けに来たのか。けど、今のはまるで……)


 いや、考えてる暇はない。人獣が間髪を入れずに距離を詰めてきている。咄嗟に空間跳躍で回避するが、


(っ!? またっ……)


 跳躍した先にも、人獣。しかも、攻撃しようと飛び掛かってきている。


 空間跳躍は連続使用が出来ない。いや、正確には出来ない事はないがリスクが高すぎる。これは空間跳躍の明確な弱点だ。ヴェネは床を転がって人獣の牙をどうにかかわした。


 その拍子に例の薬が入ったクリアケースが上着から零れ落ち、からからと床を転がった。ヴェネは肩の痛みに顔をしかめながら今度は大きく距離を取った。


(空間跳躍先を読まれた……? 人獣にそんな芸当が……)


 人獣化は人間の知性を丸ごと奪い取っているはず。ならば、今のは獣の本能がなせる業か?


 いや、違う。ヴェネは道具で肩の傷に応急処置を施しつつ、部屋の隅で笑う彼女を見た。


「お前の仕業か、リーヴァル」

「きゃはっ、ご明察ぅ! 雲狐の名前を使えばヴェネちゃんが出てくるなんて分かり切ってたしぃ、せっかく久しぶりに会うんだからそれなりのお出迎えしたいじゃん?」


 彼女の前には、人獣が二匹いた。リーヴァルに敵意を向けるどころか、忠実な番犬のようにリーヴァルを守ろうとしているように見える。


「……なるほど。お得意の暗示で人獣も意のままに、か」

「んー、暗示っていうより意識の支配、からの同調、かなぁ? ウチ1人でヴェネちゃんに勝つのはキッツいけど……ヴェネちゃんの空間跳躍が波状攻撃に弱いことは知ってるからさぁ」


(ちっ……また面倒な術式を開発しやがったな)


 空間跳躍先を色々な要素から予測する事は、確かに可能だ。だが、空間跳躍使いはそれを踏まえた上で、予測されないような細工を仕掛けながら〝力〟を行使するものだ。


 それはヴェネも徹底している。だが、リーヴァルとは旧知の間柄なのでその癖をある程度把握されている。跳躍先を数か所に限定する事ぐらいは可能だろう。


 そして、その可能性全てに対応できるよう人獣を配置し、攻撃させる……、


(……まさか、重役達を人獣化させたのは僕から優位を奪う為、か?)


 その為だけにこんな……いや、こいつならやりかねない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る