57、緊急事態

 くぐもりながらも店の中まで響き渡る。サイネアとミオナは外にいるヴェネの後ろ姿に釘づけになる。


 やがて、ヴェネは勢いよく店の中に駆け込んできた。その顔は、やはり彼らしくもなく焦燥に塗れている。


「ウェレイさん、ウェレイさ、くそっ!」


 苛立ち交じりにケータイを懐に押し込み、ヴェネはこちらを見やった。


「あの、一体何が」

「ミオナさん。昨日の傷はもう癒えてる?」


 その声は、冷えている。背筋が凍りつくような〝死神〟の声。


「は、はい。問題ありません」

「オッケー。ご飯はお預け、行くよ」


 それだけ言ってヴェネは店を出ていく。店員や他の客がざわめき始めるが、そちらに対処している暇はなさそうだ。


「……俺もメシを食っている場合じゃなさそうだな」


 と、サイネアが席を立つ。


「あの様子だと〝大鷲〟に通報が入るような事件になるかもしれない。俺は本庁に戻る、君も急げ。ヤツの空間跳躍テレポートは、一度見失うと厄介だぞ」

「わ、分かりました」


 それでは、と小さく頭を下げ、ミオナは急いで店を出た。


 空はすっかり暗くなっていて、ネオンの光が目に痛い。夜目が利くミオナにとっては少し明るすぎた。


(ヴェネさんは……いた!)


 視界の端に映る、オールバックの青年。その姿が霧のように消えたのを確認し、ミオナは全速力でそちらへ駆け出した。

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