56、着信
サイネアも苦言を呈そうと口を開いたが、結局出てきたのは溜息だけ。彼はそのまま道具を握りしめ、道具が纏っていた光も霧散した。
これで自分達の会話は周りに届くようになった。密談は終わり、ですね。
「俺はここでメシを食って〝大鷲〟に戻る。お前達はどうする?」
「ん~、そうだね。〝燕の巣〟に戻って、資料を見ながら次にどこを当たるか決めようか」
「分かりました」
〝燕の巣〟に〝戻る〟。その表現に激しく拒否反応を覚えたが、言っても仕方ない。
「あ、もしかしてミオナさんもお腹空いてる? ここのご飯、学生を呼び込む為か結構凝ってるモノが多くてさ。若い女性に人気の低カロリーな料理もあるし、その割にはとっても美味しくて評判みたいだよ?」
「……ヴェネさん。あなたがその料理に興味津々な事は伝わってきましたから、食べたいならそう言ってください」
「うぐ……いや、なんか断られそうな気がして。こういう時は全力で女性の気を引く為にマシンガントークをってライラさんが、ってごめん」
懐からケータイを取り出すヴェネ。と言うより、母さん? どういう関係だったか知らないけど、他に教える事なかったの?
ケータイの画面を見たヴェネは、目を少し見開いたようだった。
「あ、ウェレイさんからだ」
「ウェレイ……? どちらさまです?」
「ん、さっき話に出たスコルピオ製武具会社の社長秘書さんだよ」
スコルピオ……しかも社著秘書か。末端の社員ならいざ知らず、社長に近しい立場となれば裏取引に関して知っている可能性は高そうだ。まぁ今は関係ないが。
「……おい、ミラージュ。お前、どうして事件関係者の連絡先を当たり前のように知っている? あれほど一定の距離を保てと」
「あー、あんまり待たせるのも悪いから早く出なくちゃ~~……もしもし、ウェレイさん?」
逃げましたね、このメガネ。
「ウェレイさん? ウェレイさーん? ……おっかしいなぁ、電波悪いのかな」
そう言いながら店の外へ。ガラスの扉越しに見える彼は、何度も相手の名前を呼び続けている。電波云々はホントのようだ。
まぁそれはさておき。今ここにはサイネアとミオナのみ。ぶっちゃけ、気まずい。
「……本当に変わらないな、ヤツは」
と、サイネアがメニューに目を通しながらぽつりと言う。
「今日、わざわざ試作品の道具まで持ち出してこの喫茶店で落ち合ったのは、ミラージュに懇願されたからでな」
「え……?」
「とにかく〝大鷲〟で話すのは避けたい、と。理由も話さないのでおかしいと思っていたが、合点がいった。君の事を気遣ったんだろうな」
「…………」
ヴェネさん、何も考えていないように見えたのに、そうでもなかったのか。
その気遣いは嬉しい。勿論、嬉しいのだけど……。
「……どうしてその気遣いが出来ていながら、あんなにも呆気なく私の素性をバラす事が出来るのか、理解できません」
「そこはミラージュだから、としか言いようがないな」
サイネアの漏らした笑みは、色んな感情が入り混じっているように見えた。
「あいつは確かにイカれてる部分がある。俺も数えきれないくらい苦労させられた」
「同意です」
「だが、それでも頼りになる。〝死神〟としての強さだけじゃなく、意外と情に脆かったり、人の痛みが分かったり……まぁ、一言で言えば〝良いヤツ〟になるんだろうな。肝心なところで抜けている所も含めて」
俺には無い長所だ。そう言って一息ついた彼は、サングラスを押し上げながら付け足した。
「……俺がこんな事を言っていたと、あいつには言わないでくれ。調子に乗るだけだからな」
「ふふ、分かりました」
サイネアの人となりが少し分かった気がした。ミオナも何か頼もうとメニューに手を伸ば
「ウェレイさんっ!? 今どこにっ……!」
そうとしたその時、ヴェネの焦ったような声。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます