46、せんべい

 今のエレノアは全く殺気を纏っていないし、その視線も小説に注がれている……が、ミオナは警戒心を露わに、エレノアの対面に座った。今朝拵えたばかりの生傷達がずきと疼く。


「あれ? 何これ」


 と、部屋の奥へと向かっていたヴェネが不意に立ち止まった。事務机の上に置かれた何かの袋を持ち上げる。


「せんべい、だよね。どうしたの、これ?」

「恒例の差し入れよ、〝烏〟から。今朝、あんたが〝片付けた〟件の報酬」


 気だるげにエレノアが言う。あぁ、これが噂に聞く〝燕〟への特別手当……あれ? 〝燕〟へは甘味が差し入れられるはず。あのせんべい、塩味のようだけど。


「……なるほど。僕への当てつけかな、これは」


 溜息交じりにヴェネはせんべいの封を開けた。


「やっぱ全員死なせちゃった事には怒ってるっぽいね。堅苦しい〝烏〟にしちゃ皮肉とユーモアたっぷりだよ」

「言っとくけど、わたしは手伝わないわよ」

「当然。全部、僕がもらうよ」


 せんべいを1枚引っ張り出し、食べ慣れないからか一度匂いを嗅ぐヴェネ。数秒の間を置き、意を決したようにかじりつく。


 ぱりぽり、と咀嚼する音。ヴェネは苦笑いを浮かべた。


「塩辛いのはあんまり好きになれないね。はは、まるで涙の味みたいだ」


 なんてね、とおどけて奥の台所へと引っ込む。小さく丸まったその背中は〝死神〟には程遠く、ちっぽけな人間臭さを醸し出していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る