45、エレノア・ワユ
あからさまな生返事に、ヴェネは気にした様子もなく言葉を連ねる。
「で、こちらはミオナ・ヴァイルブスさん。〝土竜〟の捜査官さんだよ、エレちゃん」
「……〝土竜〟の?」
初めて顔を上げた少女――エレノアがこちらを見やる。小柄な体格にぴったりのあどけない顔立ちだが、そのグレーの瞳に宿る色は冷たい。さながら、〝裏〟の住人のよう。
彼女は小説をテーブルの上に投げ、おもむろに立ち上がり、
「……っ!?」
跳んだ。たなびくポニーテールが銀色の軌跡を描きつつ、小さな体を舞わせてソファーを飛び越えミオナの懐へ。
その右手には、鈍く煌めくナイフ。
がむしゃらだった。瞬く間に眼前に迫る刃を、顔を逸らして間一髪で避ける。
ナイフの軌道を目で追う暇も、反撃に転じる余裕もない。本気の殺意を前に身体が竦むが、どうにか小さくバックステップ、そして大きく跳躍。天井すれすれを蜘蛛が這う様に移動してエレノアから距離を取った。
「ふ~ん、思いのほか身軽ね。でも、〝土竜〟の割には場馴れしてない感じ」
大きく息を切らせるこちらを観察しながら、少女は小さく笑う。そこには微かに愉悦が交じっていた。
「あんた、真正面から銃で撃たれて、避けれる?」
「え? えぇ、まぁ。不意打ちだと厳しいかもしれませんが」
「反射神経もそれなりに良いわけね。それであの拙い動き……やっぱ経験不足かしら」
「あ……えぇと、今まであまり〝戦闘〟の領分を重視して来なかったもので。その内、本格的に体術の訓練をしようとは思っているのですが」
「ふふ、その内、か。無様に死んでくヤツの口癖よね、それ?」
……確かに、そうだ。現に今朝、私は死に掛けたのだから。
つい先程まで漲らせていた殺気を嘘のように霧散させ、エレノアが歩み寄る。反射的に身構えたミオナだったが、彼女は携えていたナイフを無造作に投げ捨てた。
「どーせだからそこの〝死神〟様にでも体術を習ってみたら? あのバカ、女に弱いからちょっと媚びるだけで喜んで協力するわよ、きっと」
「エレちゃ~ん? 聞こえてますよ~?」
エレノアは再度ソファーに腰を落とし、気だるげに言った。
「けど、また面白いのを連れて来たわね」
「色々あってね。てゆーかエレちゃん、ナイフ何本持ってんの?」
「さぁね。疲れた、コーヒー」
「はいはい、仰せのままに、っと。ごめんねミオナさん、座っててくれる?」
……先程のは挨拶代わりに実力を量られた、といったところか。
ヴェネもヴェネだが、さすがは〝燕〟。〝大鷲〟に〝土竜〟が入り込んだ事を当然の様に受け入れているようだし、他の面子もかなり癖が強そうだ。
(これが日常……なのでしょうね、ここでは)
けどまぁ、仮にも殺されかけたのに、ごめんねで片づけられるのも釈然としないが。
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