44、燕の巣

 異端の課である〝燕〟。だが、何の変哲も無く佇むドアからは、その異端さを暗に示す様な特徴は見受けられない。


 ただ、他の課にはドアの上部に課の名前を記されたネームプレートがあったのに、そこだけが綺麗さっぱり取り外されていた。〝大鷲〟内でも非公認のきらいがある、という事か。


 ドアノブに手を掛けたヴェネは、しかし何かを考えるように動きを止めた。


「……あー。ミオナさん、ちょっと待ってて。すぐ終わるから」

「? はい」


 こちらを手で制し、おもむろにドアを開ける。と同時、何かが風を切るような音が数回聞こえ、その音に合わせてヴェネが入口の辺りで何やら機敏な動きを見せた。


 傍から見るとあからさまに奇怪ではあったが、行き交う他の捜査官達が気に留める様子はない。と、ヴェネがドアの陰から顔を覗かせてひらひらと手を舞わせた。


「はい、ナイフ弾切れになった? なったよね? もう終わりだからね、エレちゃん! ……ふぅ。もういいよ、ミオナさん」


 ナイフ? 弾切れ? 手招きする彼の手に、先程まで無かったはずのナイフが5本ほど握られているが、それと関係が……、


(……まぁ、スルーでいいですよね)


 何となくだが、気にする事自体が時間の無駄な気がする。何せ、ここはあの〝燕〟なのだ。


 ようこそ~、と招き入れられたミオナは、〝燕の巣〟の中を見回した。


 予想してはいたが、無味乾燥とした内装だ。広いとはお世辞にも言えない部屋の中に、事務机とソファーが雑然と並んでいるぐらいしか印象に残らない。


 が、生活感が漂っているようにも感じられる。何故だろうかと少し考え、それが部屋の中に微かに漂う甘い香りのせいだと気付いた。さすがは甘党スウィート、といったところか。


「なに? 今度は職権乱用で女ごとお持ち帰りってわけ? 発情期か」


 可愛らしく、冷ややかな声。見ると、白銀の髪を揺らす少女がソファーの上で小説に目を落としていた。飴でも舐めているのか、頬の辺りが膨らんだり萎んだりしている。


「も~、エレちゃんってば。お客さんを前にそういう態度はダメだって」

「〝燕の巣ウチ〟に来てる時点で、まともな客じゃない事は分かり切ってる」


 一瞥もせずに吐き捨てる少女。ヴェネはメガネを押し上げて一歩前に出た。


「えっと、ミオナさん。この子はエレノア・ワユって言って、僕よりも年下の15歳だけど僕よりも先輩なんだ。親しみを込めてエレちゃんって呼んであげて」

「呼んだら殺すから」

「はぁ」


 なんかもぉ……色々めんどくさいです。

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