第13話『カタツムリは眠らない』

 しばらく見ていると、カタツムリが突然戦うことを止めて殻にこもった。

 戦っていた鎧を身に纏うリザードマン8人は、1メルもない小さなカタツムリだけ回収すると、そそくさと休憩に入った。

 俺達は一息ついている休憩中のリザードマン、その内の1人に近づいた。


「隊長。ジュダルオン、休暇終了につき戦闘復帰しマす」

「おう、よく休めタカ?」


 葉巻をふかすリザードマンは、紫の瞳で鋭い視線をジュダルオンに向けた。

 ジュダルオンと同じく黒い鱗に筋骨隆々とした逞しい肉体、座っていても分かるほど大柄な体をもつリザードマン。ジュダルオンが隊長と呼んだことからここの長で間違いないだろう。


「……んで、その連れハ何ダ。ジュダルオン、説明しろ」

「俺達は――」

「おめぇにハ聞いてねぇ」


 感じ悪い!なんなのこのリザードマン!ムキー!


「彼ラ――、主様とマリー様は助っ人です。カタツムリの討伐に協力してくダサいマす」

「ほう?」


 ジュダルオンが話し終わると、その鋭い視線をギロリと俺に移した。

 次の瞬間、葉巻が虚空を舞い、地面に落ちると同時、俺の首元には槍の先端がすんでのところで押し当てられていた。

 俺は両手を上げ、敵意がないことを示す。


「おい、ジュダルオンに何をしタ。詳しく話せ」


 ドスの効いた声で脅しにかかる隊長と呼ばれたリザードマンは、メリメリと音がするほど槍の柄を強く握っている。

 それを見た俺は不敵な笑みを作ってみせ、挑発した。


「ハッ!俺に聞かないでジュダルオンに聞いたらどうだ?」

「――チッ!」


 大きい舌打ちをして、大振りな動作で槍を振り下ろす。

 ふむ、力量を見極めるほどの実力、挑発をかけられても安易に乗らない冷静さは兼ね備えているようだ。

 他の奴らもざっと見た感じ中々の実力者だ。恐らくジュダルオンより強い奴が大半だろう。

 なるほど、精鋭部隊と呼ばれるだけある。


「おい、ジュダルオン。ナんダこいつラハ」


 リザードマンは頭をガシガシ掻きながら再び座り、葉巻をふかしだした。

 既に眼は落ち着いている。大した自制心だ。

 と、今度はよく周りを見てみると、ここにいる全てのリザードマンの視線が集められていた。

 怒ってるやつ、楽しんでるやつ、このやり取りを見て怯えているやつ、ほんと様々だ。


「私ハ主様にテイムサれ、従魔にナりマしタ。その時、1つお願いをしタのです。私タちを助けて欲しい、と」

「ナに勝手に決めてんダ!アァ?!誰の許可貰ってこんナとこ連れてきヤガっタ!」

「…………」


 声を荒らげ、激昴するその姿にジュダルオンは萎縮して、黙りこくってしまった。

 ものすごい剣幕だった。俺もちょっとだけ驚いたよ。ちょっとだけね。ほんとだからね?

 と、結局は見守ることしかできず居心地の悪い沈黙が流れ続けた。


「――儂じャよ」

「ア?――っげ!長老、どうしてこんナところに」


 そんな長い沈黙を打ち破ったのは、階段から護衛を引き連れ降りてきたセイルバイン、――じいさんだった。




…………………………………




「つまりおめぇラはこの迷宮を抜け出すタめ、俺タちに協力する、と」

「そうだ」


 防衛部隊の隊長以外の全員も合わせて、円状になって座り俺達は話し合いをしていた。

 じいさんも交えると、案外すんなり話は進んだ。

 そういえばまだ自己紹介をしてなかったな。


「こんな話してたのに自己紹介がまだだったな。俺の名前はデューク・ゼノ・アルス・ライザークだ。よろしく頼む」

「……ライザーク?」

「どうしたじいさん」

「いヤ、ナんでもナい。失礼しタ」


 それからも次々と自己紹介は進んでいく。


「私はマリー・ルキウス・ドウル・ギー・セインテッド!これからよろしくね!」

「俺ハ防衛隊隊長、バルザック・ギュスターヴ、ダ」

「私ハ防衛隊副隊長のハレーヌ・ムートです」


 ムート?

 確かジュダルオンも姓がムートだったよな。こいつら姉弟か?

 ハレーヌの鱗の色はジュダルオンの正反対、紫がかった白だ。共通点は赤い瞳くらいだろうか。


「ジュダルオンの姉さんか?」

「ハい。私の姉です」


 姉弟揃って精鋭部隊に入ってるのか。凄いな。

 俺にも姉がいるが、闇雲に剣を振り回すだけの不良だぞ。見習って欲しいものだ。

 ハレーヌからは、凛々しさというか、神々しさというか、どこかそういうものを感じる。

 こんな皆に自慢できる姉だったらどんなに良かったことか。


 それからも自己紹介は続いていった。


 空色の鱗で、全体的に線が細くもやしのようにひょろ長いリザードマンが、グリム・マッスーゲン。

 真紅の鱗で、左腕がないリザードマンが、ゲノム・ハルダーター。

 漆黒の鱗で、黄色い瞳の無口なリザードマンが、ティゼル・レイハイム。

 青暗い鱗で、澄まし顔だがクマの凄いリザードマンが、アルシュ・リットンドラン。

 燃え盛るような赤い鱗で、ずっと俺を睨んでるリザードマンが、セルドール・シンボー。

 同じく赤い鱗で、唯一槍ではなく剣を持つリザードマンが、ジン・ハルダーター。ゲノム・ハルダーターの弟だ。


 こうして防衛隊の皆の自己紹介を受けたが、どうやらこれが序列順のようだ。

 ジン・ハルダーターは剣を使っているが、槍も持っているという。渡されたけど使わないから家に置いてるらしい。

 そして、ジュダルオンとセルドール、ジンの3人は同期で今年新たに入隊した期待のニュービーだと言う。1年に3人も防衛隊に入るのは史上初とのことだ。3人揃って彼らは『疾風の新星ゲイル・ノヴァ』と呼ばれているそうだ。


 防衛隊には酸が効かない特別製の槍が、じいさんにより支給されるらしい。

 その槍は元々10本あったらしいが7年ほど前に1本折れて今は9本しかなく、防衛隊に入れるのも槍の数と同じらしい。

 今はその最大数である9つの枠が埋まっている状態だ。

 これの選考方法は、防衛隊隊員が死んだ際に行われる武闘会と、食料確保隊隊員と防衛隊隊員による長老立ち会いの決闘、この2つだ。

 決闘は、じいさんの許可を先に取らないと出来ないらしい。


 つまり、だ。

 ここには現在リザードマンの最強が集まっているということ。それをもってしてもカタツムリの進行は完全に抑えられないのだ。

 みんなの死んだ魚のような目を見れば、疲れ切っていることは明らか。

 若干名船を漕いでいる者もいるほどだ。


「カタツムリの特性は?」

「……ヤツラハ30時間一睡もせずに活動し続ける」


 は?

 バケモノか?

……こいつらが疲労困憊なのも頷けるな。


「30時間活動し続けタ後ハ一時間少し眠って20分ほど活動する。これを13~15回繰り返しタ後、再び30時間活動し続ける。……隊員に休暇を与えてヤれるのハ30時間のデスマーチガ終ワっタ後の1日ダけダ」

「なるほど」


 よく今までやってこれたもんだ。

 俺だったら3日で発狂してるぞ。休暇を貰った瞬間逃げ出す気しかしない。


「眠ってる間に攻撃できないのか?」

「見ての通り、ヤツラハ眠る時殻にこもる。ダガナ、この槍を持ってしても殻を壊すのハ難しい。ナラバ、我ラも休んで次の活動に備えタ方ガ効率良く戦える。我ラにハ常に安定した戦力の総合発揮ガ求めラれる。誰カ1人でも病にカカれバ組織として回ラナい。隊長でアる俺ハ隊員の健康状態、精神状態を把握する責務ガアる。戦士とハ常に精強かつ旺盛でナけれバナラナい。そうダろう?」


 ……やはりこいつは隊長の、いやそれ以上の器だ。

 地上の人間に、ここまでのやつがいただろうか?

 俺が見た中ではいなかった。


「マリー、ここから見える範囲でいい。1番でかいカタツムリを鑑定してくれ」

「うん……あれね」




【ステータス】

《パープルアシッドスネイル》

Lv:83

HP:397/397

MP:440/440

持久:30/30

攻撃:83

防御:83+830

魔法:472

精神:100

俊敏:41

«スキル»

『酸生成:Lv12』『殻操作:Lv11』『粘液:Lv--』『闇魔法:Lv6』『再生:Lv8』『MP回復速度上昇:Lv7』

«装備»

《紫殻》




 ステータスはそこまで突出したものはない。

 カタツムリ本体のステータスを見た感じだと、ここにいるリザードマンが苦戦する理由が分からない。

 問題があるとしたら装備の《紫殻》か。


「装備の方も鑑定を頼む」

「ん」




《紫殻》

レア度:秘宝級

所持者:パープルアシッドスネイル

Lv:83

HP:830/830

MP:117/166

攻撃:--

防御:830

魔法:166

«スキル»

『リンク:Lv--』『酸耐性:Lv13』『修復:Lv4』『硬化:Lv10』『MP回復速度上昇:Lv5』




《紫殻》

パープルアシッドスネイルが作り出した殻。パープルアシッドスネイルのレベルが上がれば上がるほど紫殻もレベルが上がり、同時にレア度も上がる。殻は見た目以上に軽く硬いが加工はしやすく、かなりの強度になる。




 秘宝級!

 深部にきてから有り得ないレア度を見てばかりだ。


『テイムのしがいがありそうだな。ヒッヒッヒッ』


 この界ではやらんぞ。テイムしたら経験値入らないしな。そもそも迷宮の魔物をテイムできるのかって話だし。


『できるぞ』


 ……。

 とにかく!今のうちにマリーのレベルを100に上げておきたい。どうせ下にもカタツムリいるんだろ。

 テイムするかしないかはその後だ。

 よし、なんだかやる気が出てきた。

 俺は立ち上がり、皆を見渡す。


「休暇だ」

「ア?」


 突拍子もない発言に、リザードマン全員が頭に疑問符を浮かべる。が、それがどうした。


「お前達リザードマンに、30時間の休暇を与える」

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