第12話『3人の弟子』

「ハァ……ハァ……」

「カ、勝てナい」

「……強すぎる」

「思い知ったか!ハーハッハッハー!!」


 気持ちいい!糞ガキをぶちのめした後の爽快感、堪らないな!

 まぁ、ただ振ってくる剣を流してただけだがな。


「びっくりしたわよ。てっきり抜剣するかと思った」

「する訳ないだろ、こんなガキ共に」


 全く、俺を何だと思ってんだ。

 ちゃんとそこら辺は弁えてるんだよ。

 俺は倒れ込む3人の悪ガキに睨みを利かせた。


「おい糞ガキ共、何の武器も持ってない友達にこれ以上木剣を振り回すな。分かったか」

「「「…………」」」


 こいつら、黙りこくりやがって。

 絶対繰り返すやつだ。下手したら明日にでもまたやりそうだ。それも今日負けたストレスで更に過剰になって。

 こういう時どうしたらいいんだ?


 ――そうだ。

 こいつらの意識ごと、方向性を変えればいいんだ。

 剣を振り回すのも見た感じ嫌いって訳でもなさそうだし。

 男の子はカッコイイものが好き。どこにいっても変わることの無い、不変の事実だ。


「なら、見せてやるよ」


 俺が思う、最高にかっこいいものを。

 刮目せよ!


 俺は目を閉じると鞘にゆっくり手をかけ、ふわりと腰を下げる。

 静寂は刹那。


「――ハッ!」


 カッと目を開き、空間に向けて抜剣した。

 そのまま流れで魔剣を振るい、技を披露する。


 自分は魔物に囲まれていると想像しながら、方向を変え、歩幅を変え、技を変え、次々と斬り倒していく。

 魅せる技ではない。実戦用の剣術だ。魂を込めた渾身の一振りをひたすら繰り返す。

 静まり返った広場に、ひたすらに剣を振るう乾いた音が響く。


「す、すげぇ」

「おぉ……」

「……カっけぇ」


 最後の仮想敵は先日死闘を繰り広げたファイアドラゴンだ。

 あのピリピリするほどの威圧感、今でも鮮明に思い出せるほどの死に対する恐怖心。

 今の冷静な、前よりも強くなった俺だったらどう倒すか。マリーがいない状況だったらどう動くか。

 聖剣ではなく、この魔剣ならばどう戦うか。

 目の前に巨大なドラゴンがいると仮定して、駆け出す。


「――シッ!」


 放たれる炎の玉を斬り、時に避け、ブレスを潜り抜け、ドラゴンの死角から飛び上がり天翔のブーツを使って縦横無尽に駆け巡り、魔剣に魔力を込めてドラゴンの飛膜を切り裂く。

 治癒再生不全攻撃の効果が働き、飛膜が再生することはない。

 飛膜がボロ雑巾のようになると、遂に飛べなくなったのかドラゴンが落下する。


(今だ!)


 この貧弱な魔剣では、斬れるところが限られてくる。極剣流を使ってもいいが、ドラゴンの硬い鱗に当たれば恐らく魔剣が壊れる。

 逆鱗ですらまともに刺すことはおろか、斬ることさえできないだろう。

 だから、この落下を利用する。ドラゴン自身の重さを利用し、魔剣を刺してここで仕留める。

 落ちるドラゴンよりも速く着地し、剣先が上を向くように構えて魔剣の限界がくるまで魔力を込めた。


「極剣流――」


 そして、魔剣を逆鱗の位置へ調節し、落ちてくるタイミングに合わせて魔剣にストレスがかからないよう、真っ直ぐ突き上げる。

 落ちてきたドラゴンの逆鱗に魔剣の鍔まで深く突き刺さった。

 ドラゴンの頭のあまりの重さに足を踏ん張りながらも、溜まりに溜まった魔力を放出する。


「――狂雷迅刃」


 魔力がドラゴンの体内で、稲妻の刃となって暴れ回り、肉を、骨を切り裂いていく。

 そして暴れ回る稲妻の刃によりドラゴンの姿が広場で完全に再現された。


『……悪い。もう限界だ』


 極剣流を使っているとディアスポラの弱りきった情けない声が聞こえたため、逆鱗から引き抜き鞘に閉まった。

 刀身を見た感じ、異常はない。


「ディアスポラ、大丈夫か?」

『……うぅ。ちょっと休ませてくれ』


 これが今の限界か。

 どうすればこいつを鍛えられるのだろう。

 今後の課題だな。


「す、すげぇ!すげぇよ!」

「俺にも教えてくれよ!」

「バカ!俺ガ先ダ!」


 やんちゃリザードマン3人組は、誰が先に教えてもらうかで取っ組み合いを始めた。

 こいつら……。


「お前ら、そんなに教えて欲しいなら、もう仲間を傷付けないと誓うか?」

「「「誓う!」」」

「それならば、剣を教えてやろう。だがな、俺は厳しいぞ?」


 よし、なんとか意識改善はできたようだ。

 こいつらも大きくなったらカタツムリと殺り合う戦士になるかもしれないんだ。

 道徳心ってやつをちゃんと教えてやらんと横暴で我儘な戦士に育ってしまう。そんなやつは戦士とは言えない。そして、そういうやつが組織を腐らせる。

 ここに長く滞在するつもりはないので少ししか教えられないが、全力で戦士としての心構えを、技術を叩き込もうと思う。

 俺みたいに逃げ腰なやつは組織には要らないからな。

 あれ?自分で言ってて悲しい!


「「「師匠!よろしくお願いします!!!」」」


 そして俺に、弟子が3人もできた。




…………………………………




「聞いタぞ。アの3人組を手懐けタとナ」

「手懐けたって……。もう少し言い方があるだろ」

「ふぉっふぉっふぉっ」


 次の日の朝、カタツムリ討伐に行くことを伝えようと思い、俺たちはじいさんの部屋に来ていた。

 部屋の中にいる槍を持ったリザードマンの数は4体から2体に変わっていた。

 警戒心を解いたという意思表示か?


「……感謝する。アの悪ガキ共、儂ラの言うことに全く聞く耳を持タんくて大変ダっタのジャ。本当に、本当に感謝する」


 その目はあまりに真っ直ぐで、濁りが一切なく澄んでいて、俺は堪らず目を逸らした。

 ガキ相手に苛ついてた自分が情けない。


「別に……。ただあまりにも目に余ったからやっただけだ。何も感謝されるほどのことじゃない」

「そうかそうか。ふぉっふぉっふぉっ!」


 じいさん完全に楽しんでやがるな……。

 俺は褒められるのは好きだが、慣れているかと言うと別だ。こうも直接的に伝えられると何だかむず痒いものがある。


「あ、そうだそうだ。今から3界行ってくる」

「ほぅほぅ!でハよろしく頼んダぞ!」


 軽く雑談した後じいさんの部屋から退室して、3界までの案内をジュダルオンに頼んだ。

 2界に行くと、聞いてた通りカタツムリが飼育されていた。

 カタツムリは俺の膝くらいある大きさで殻は赤だったり青だったり黄色だったり、カラフルだ。

飼育員のリザードマンは皆何故か身を全て隠せるサイズのこれまたカラフルな盾を持っている。

 話では聞いていたが、実際にカタツムリを見たのは初めてだな。


「3界にいるカタツムリハ、この倍以上の大きサです」


 うへー。そんなものと戦ってるのか。

 これの倍以上とか想像つかないな。


「カタツムリの殻ハ非常に堅いです。そして、カタツムリの吐き出す酸ハ私タちの鱗すラ溶カすほどの強烈ナものです」


 だから盾を皆持っているのか。あれで酸から身を守ってるんだな。

 どうやら盾はカタツムリの殻で作ったもののようだ。


「カタツムリの体内にハ酸袋ガアるのですガ、それを壊してしマうと何故かドロップアイテムに食糧がでナいのです。ナので私タちハ食料確保部隊と防衛部隊、大きくこの2つの部隊に分カれて活動しておりマす」


 食料確保部隊が酸袋壊さないように倒して防衛部隊は酸袋関係なしに倒すみたいな感じか。

 どっちが大変なんだろう。


「ジェダちゃんはどっちなの?」


 ジェダ、ちゃん!

 なんだ、いつの間にそこまで仲良くなってたんだマリー!

 俺のことは呼び捨ての癖に!プンプン!


「私ハ1年ほど前カラ防衛隊に所属しておりマす。防衛隊は食料確保隊で腕を磨き上げタ者ダけガ配属サれる精鋭部隊。防衛隊に入っている者しカこの槍は持てマせん」


 防衛隊の方が上級部隊だったか。

 ジェダルオン、強かったんだな。

 昨晩槍を手入れしているところを見たが、思いの入れようというか、槍に対する気持ちの入れようが違った。

 まるで自分の体の一部のように大事に扱っていた理由がなんとなく分かった気がする。

 実力が認められ、選ばれて勝ち取った武器。

 それはまるで過去の自分を見ているようだ。


「実を言うと、3界は2つアり、それぞれ一切交ワることのナい別ルートです。今カラ向カうのハ、界を跨いで2界へ進行してくる凶暴ナカタツムリが出る、我ラ防衛隊担当の区画です。食料確保隊が担当している区画のカタツムリハ進行ナどしてこナいのですガ……」


 なるほど、その進行を食い止めてるのが防衛隊。進行してこないカタツムリを相手してるのが食料確保隊ってことか。


「リザードマンの戦士ってのはどれくらいいるんだ?」


「食料確保隊ハ150程度、防衛隊は9です」


 おいおい、住民の半分近くが戦ってるのか。

戦闘民族すぎるだろう。

 それだけ人手が足りていないということなのか、なんなのか。


「着きマしタ。ここガ3界の防衛隊本拠地です」


「ここ、が……、3界?」


 目の前の光景は、想像を絶するものだった。

 2メル以上は確実にある無数のカラフルなカタツムリと、遠目に見ても分かるほどの強靭な肉体を持つ8体のリザードマンが戦う殺伐とした戦場だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る