第11話『教育という名のフルボッコ』
身だしなみを整えていると、1体のリザードマンが来て入室の許可が降りた。
「入るぞー」
「こらっ!デューク!あ、どもー」
「……失礼しマす」
暖簾を上げて中に入ると、部屋のすぐ手前に槍を持った2体のリザードマンが、奥に3体のリザードマンがいた。
手前の2体は監視か?
奥の3体の内の2体も槍を持っており、何も武器をもっていない椅子に座った老年の灰色の鱗のリザードマンを挟む形で直立している。
「お目ザめにナラれタカ。マっておっタぞ」
あの後俺達はリザードマンの頼み事を、寝床を対価に引き受けることにした。
寝床は、うん。悪くはなかったよ?ちょっと地面のゴツゴツが気になったくらいで。
マリーは寝づらそうにしてたけど俺は慣れてるからな。
今現在俺達がいるのはリザードマンの集落、その長の部屋だ。部屋って言っても洞窟に生活が可能なサイズの穴を掘って暖簾で入口を隠しただけの簡素なものだが。
それで、一体リザードマンは何に困っているのか。ここにはその話をしに来た。
「まず質問をいくつかしたい」
そう言いながら、リザードマンの長と向き合う形で部屋の中央に胡座をかいて座る。
その隣にマリーは正座で座った。
「痛い!無理」
……胡座に変えたようだ。
「ごほん、それで質問とハ」
「まずあんたの名前だ。あんだろ?」
「無論、ここにいる皆ガ持っておる」
あ、皆持ってるんだ。
視線を斜め後ろの、俺の従魔であるリザードマンに移す。
こいつの鱗は黒いが、明るいところで見ると若干紫がかっていた。
じゃなくて、ここに来る途中何度か他のリザードマンにもすれ違ったが黒い個体なんて1体もいなかった。
ユニーク個体か何かか?
「そういえば皆持ってるってことはお前もあるんだよな?教えてくれ」
「ハ、申し遅れマしタ。私の姓ハ、ムート、名ハ、ジェダルオンと申しマす」
ジェダルオンね。覚えた。
ジェダルオン……ジェダルオン……ジェダルオン……
「んで、あんたは?」
「儂の名ハ、セイルバインじャよ。それで、お主……。えーっと」
セイルバインがどこか遠くを見ながら唸り出すと、隣で槍を持つリザードマンの片方が、腰を下げて耳打ちをした。
「そうじゃそうじゃ!デュークとヤラ、儂ラを助けてくれるとハ本当カ?」
……このじいさん、何を忘れてたんだ?
というか、名乗った覚えないぞ。名前でも聞いてたのかな。
「助けるって言ったって、具体的に何をしたらいいのか俺はまだ聞いてない。はっきり決めるのは内容次第だ」
「ふむ……。でハ、マず儂ラガここに住むことにナった経緯を聞いて貰いタい」
じいさんはそう言うと、ゆっくり目を閉じた。
この言い方だと初めからここに住んでいた訳では無いのか?
「儂ラハ元々外に村を築き上げてそこに住んでいタんじャ。それでー、儂の前の前の前の……、その前のカ?村長の時に大飢饉ガ起きタ。干バつで作物ハ枯れ、凶暴ナ魔物ガ村に貯蓄サれタ食料を求めて襲撃するようにナっタ。そんナ時ジャ、村の外にこの迷宮を発見しタのハ」
じいさんは、あたかもその光景を実際に見てきたかのように話している。
リザードマンの寿命は、人間と殆ど変わらないはずだ。
じいさんの4代前の村長の時に起きた話だと言うのだ。実際に見てきたというのは普通に考えてないだろう。
「迷宮に迷い込んでカラ200年間、儂ラハ200年間ここにいる」
ふむ。
だがここは迷宮の深部だ。ここまで進んできたということだろうか。
ともすれば俺たちの知らない迷宮の秘密を、例えば脱出の手がかりだったり、何か教えてくれるかもしれない。
「自力でこんな深部まで来たのか?」
「違う。儂ラにそんナ力、ナいワい」
じいさんは黄色い瞳を伏せて首を振った。
じゃあ何だ?どうしてこんなところまで――、そうか。
「――転移魔法陣、か?」
「……ご名答。移住しようと迷宮へ入っタ儂ラ全てを巻き込んダ、超大型転移魔法陣じャ。そして儂ラハここに飛バサれてそのママ居座り生活を営んでおる」
そういうことか。まぁそうでもしないとこんなところに来ないよな。何か脱出の手がかりを知っていないか期待したが、仕方ない。
俺だって転移魔法陣で飛ばされなければ来ることはなかっただろう。というか絶対来なかった。
言ってみればこいつらの境遇は俺と同じだ。
「ここから抜け出す手助けをしてほしい、とかいう頼みは聞けないぞ。なんせ俺もその方法を模索中だからな」
「そこマで図々しいことハ言ワんよ。儂ハ……、儂ラハここカら出ることを既に諦めておる」
じいさんはどこか悲しそうにそう言った。
言葉ではそう言っているが、未練はあるのだろう。
とはいっても、諦めたい気持ちは分からんでもない。俺もマリーがいなければ未だにドラゴンの前でもたもたしていたかもしれないからだ。
「なら何を?」
「儂ラガ200年も迷宮で生活できタのハ偏にここより下に生息するカタツムリの恩恵を受けているカラじャ」
「カタツムリ?」
「うむ、儂ラの食糧じャナ」
カタツムリ、ね。
それで一体何を頼みたいんだ?このじいさん一向に核心に入ろうとしないな。
回りくどいのは嫌いだ。
「早く教えてくれ。俺たちに何をさせたい」
「――そのカタツムリの討伐じャ。ヤつラハ儂ラの居住空間でアるここに生存圏を広げてきておる。このママでハ遠カラず儂ラハ全滅するじャろう。少しでもいい、数を減ラす手助けをして欲しいのじャ」
そういうことか。
うーん、そもそもこれは俺の一存で決めても良いものなのか?
「手助けしてあげてもいいんじゃない?それにカタツムリ倒さないと下に進めないんでしょ?」
あ、そうだ。
言われて思い出したけど、肝心なことを聞いていなかった。
「じいさん、そのカタツムリ倒さないと下には進めないのか?」
「そうじャよ?他に下へ進む道ハ……、儂の記憶の限りでハ他無いの」
「……じいさんの記憶なんて信用できないな」
「私も他にハ知りマせん」
小声で呟いていた俺の声を拾ったのだろう。
ジュダルオンも後ろで首を横に振っている。
そうか、ないのか。ならば決まりだ。
「ディアスポラ、文句はないな?」
『俺様はお前の意見に従うぜ』
期待の込められたじいさんの黄色い瞳を見返す。
体は水分を失って皺まみれの癖に、目だけは、それこそ産まれたばかりの赤子のように輝いている。
……仕方ないな。
「分かった。その依頼引き受けよう」
カタツムリを倒しにいくのは俺達のタイミングで良いということなので、一先ずジュダルオンにこの集落の案内を頼んだ。
2代前の長がこの区域の呼び方を界で分けたそうで、今俺達がいるじいさんの部屋がある場所が1界。ここがほとんどのリザードマンの生活区域だが、たまに地鳴りがする。恐らくあの大ミミズだろう。
この下が2界で、そこではカタツムリを飼育しているらしい。
更にその下の3界では、毎日のようにカタツムリとの攻防が繰り広げられており、ジュダルオンもよく参戦していて俺と会う前までは3層にいることが多かったそうだ。
なぜジュダルオンが今1界にいるかというと、今日は1日休暇だからだそうだ。明日になったらまた3界へ行くようなので俺達もそれに合わせて行こうと思う。
「そして1界にハ広場ガアりマす」
「おぉ、結構でかいんだな」
迷路かと間違えるような入り組んだ道を進むと、少なくとも500人は入れそうな大きな広場に出た。ここだけ高さもそれなりにある。
広場ではリザードマンの子供たちが追いかけっこをしていた。木剣を持った子供リザードマン3体が何も武器を持っていない子供リザードマン達を追いかけ回している。
木剣?
ここら辺には木なんて生えてなかったよな。恐らく木魔法使いがどこかいるのだろう。
……これほんとに追いかけっこか?
ん、なんだあの出鱈目な振りは。
危ないったらありゃしない。当たったら間違いなく怪我する。
どれ、ここは一つ、極剣であるこの俺が指導してやろう。
「小僧共、周りをちゃんと見ろ。危ないぞ」
「ナんダお前!」
「ナんダナんダ!」
「邪魔するナ!お前もボコボコにするぞ!」
「できるもんならやってみな!」
無駄が多い雑な動作で振られた木剣をひらりひらりと躱していく。
中々当たらないことに苛立ってきたのか、連携をとった攻撃に切り替えてくるが、それも全て難なく躱していく。
「どうして当たラナいんダよ!」
「ナんでダ!」
「避けてバっカりダナ!逃げるナ臆病者!」
「あ?」
なんだこの糞ガキ。
いいよ、いいよー。俺は大人だからぁ?挑発なんて乗らな――
「そうダ!そうダ!」
「臆病者!ビビり!」
「ダっせー!ぶー!」
「……おらおらおら、かかってこいよ糞ガキ共ぉ!!お前らの攻撃ぜーんぶ優しく、厳しく!受け止めてやるからよぉ!!」
……さぁて、どうこいつらを調理してやろうか。煮るか?焼くか?まずは斬るか?
「ちょっとデューク、大人気ないんじゃない?相手は子供よ?」
「主様……」
『ハハハッ!面白くなってきたなぁ!おい!』
そして、俺による
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