第10話『黒いリザードマン』
「……いたた」
「くそ、今日は落ちてばっかだな」
「誰のせいよ!」
知らん。
少なくとも俺のせいじゃないだろ。
多分。
「そんなことより、なんだここ」
一本道なことには変わりない。
しかし、砂っぽい壁や地面から岩っぽいゴツゴツしたものへと変わって洞窟の高さや幅も一回り小さくなった。後ろは行き止まりのようで俺達と共に落ちてきた行き場のない大量の瓦礫がそっちの方にも流れ込んでいる。
地面に直撃してたら大ダメージだったな。
下に散らばる瓦礫を見ながらそう思った。
『なにか来るぞ』
ディアスポラの警戒を促すような声に意識を戻される。
前方を見ると、確かに二足歩行の生物らしき影がこちらへ近づいてきていた。
俺は鞘からディアスポラを抜いて半身に構える。
マリーは杖をキュッと握り表情も引き締めた。
「――――」
姿のはっきり見えてきたその生物は、身体中黒い鱗で覆われ、なおざりに手入れのされた槍を手にもち、根元から先端にかけて細くなる尻尾を揺らしていた。
「リザードマン?」
迷宮深部にて、初めて地上でも見た事のある魔物を発見した。
あれ、なんでだろう。
なんか、なんだか嬉しい。
『お前、ニヤニヤして気持ち悪いぞ。敵が目の前にいるんだ、集中しろ』
「ごほん。悪かったな」
リザードマンも様子見をしているのか、槍は構えるも一向に攻撃してこない。
「マリー、鑑定を頼む」
「ん」
短く返事をすると、小声で詠唱を開始した。
俺は、マリーの詠唱が終わるまで、リザードマンに動きがないか注視する。
【ステータス】
《ダークルークリザードマン》
Lv:61
HP:530/530
MP:610/610
持久:180/180
攻撃:378+250
防御:555
魔法:540
精神:150
俊敏:305
«スキル»
『硬鱗化:Lv--』『槍術:Lv11』『闇魔法:Lv11』『瞑想:Lv--』『再生:Lv8』『MP回復速度上昇:Lv10』
«装備»
《古槍ハルクザード》
……そういえば。
あの大ミミズ鑑定するの忘れてたな。
けどまぁ、過ぎたものは仕方ない。もう会うこともないだろうし、ないと願いたい。でも聖剣が!
あぁ、どうしよう!
「デューク?」
「んっ、んっ、んー。なんでもない、気にするな」
レベル自体は迷宮深部に来る前の俺より低いがステータスが高いし、スキルが豊富だ。
油断したら殺される未来しか見えないな。
初めから全力でいこう。
「お手並み拝見といこうか」
魔剣のな。
「おい、ディアスポラ。お前の能力を簡単に教えてくれ」
『おうおう、俺様の能力が知りたくなったか。今使えるのだったらそうだな、魔力を込めれば治癒再生不全攻撃ができる。あとは』
「分かった」
それだけ聞ければ十分だ。
魔力も微量だが回復した。
心配なのはディアスポラの耐久力だが、出会ったときに見たステータスを顧みるに俺が上手く調整するしかない。
仮にも俺は極剣だ。聖剣を失っても次代に継がない限りそれは変わらない。
それくらいやってみせないとな。
『おーい、人の話は最後まで聞くもんだろ。俺様魔剣だけど!』
「マリー、リザードマンの闇魔法を使えなくしたりってできるか?」
「うん。私が知ってる術式なら解除できるわ」
なるほど。
聖剣以外を使うのは久しぶりだがなんとかなりそうだ。なんか燃えてきたぜ!
「よーし。ディアスポラ、気ぃ引き締めろ!」
握る柄から魔力を込めてリザードマンを一刀両断すべく、飛び跳ねて上段で斬りかかる。
リザードマンは目を見開き、慌てて槍を突き出した。
――カン!
魔剣と古槍が火花を散らしてぶつかり合うが、そのまませめぎ合うことはない。
俺は魔剣を滑らせるように振り下ろしながら着地して、小さい動作でがら空きの胴を横に一閃。
「……硬いな」
真っ二つにする予定だったのだが、浅い切り傷を作るだけで終わってしまった。
だが、その傷はリザードマンに『再生:Lv8』のスキルがあるのにも関わらず癒えない。
収まらない流血に、リザードマンの赤い瞳が恐怖に歪んだ。
確かにディアスポラは聖剣ライザークに比べると魔力伝導率が悪かった。切れ味も耐久性も、お世辞にも良いとはいえない。
振る時に分かるんだ。このまま振り切ったら壊れるな、と。そこで無駄に力をセーブしてしまう。
技術でカバーすればいいという者もいるが、技術だけで戦えるのは本当の意味で達人の域に達した者だけだ。
このままやってもジリ貧なのは目に見えている。
ならどうすればいいか。
簡単だ。
「斬るが駄目なら……!刺す!」
(縮地!)
無属性魔法の1つ、縮地を使う。
これは足裏に圧縮した魔力を乗せ、走ると同時に爆発させるというシンプルな魔法だ。
瞬間的に速度が上がり、消費魔力が低いという便利な魔法だ。
目では到底捉えられない速度で注意力が散漫していたリザードマンの懐に急接近する。
そのまま心臓を狙い、魔剣になるべく負担がかからぬよう真っ直ぐ突き刺す。
だが、リザードマンは驚くべき反射神経と身体能力をもって急所を回避した。
結果的に魔剣は左肩を貫いた。
「おもしれぇ。ステータスなんてまるで当てにならない。お前もそう思わないか?」
古槍を手放し、地に膝をつくリザードマンに問いかけるが、苦悶に満ちた顔でこちらを睨みつけるばかりで返事は帰ってこない。
『おいおい、もっと大切に俺様を扱ってくれよ。いつ折れるかビクビクだったぜ』
結構気は使ってたつもりなんだけどな。正直これ以上は難しいぞ。
「&#&%%#%&$」
リザードマンは手を広げ前に伸ばし魔力を込めるが、術式が完成する直前で集まった魔力が消散する。
そのことに焦りながら、何度も何度も術式を作るが全てが尽く失敗する。
「さすがだ。やるな」
「……ちょっと、集中してるから話さないで」
これはマリーが、リザードマンの詠唱して完成に向かいつつある術式を解析して、鍵となる術式にピンポイントで妨害して発動を阻止しているのだ。
俺はその静かな攻防を片目に、再び魔剣を構える。
そして僅かに残った魔力を足裏に搔き集める。
これ以上魔力を使ったら多分動けなくなる。だからこれで決めないとな。
(縮地)
一瞬でリザードマンの背後に回る。
リザードマンがこちらを振り向く時には、もう遅い。
背中から一突き。
リザードマンの胸から魔剣の黒い剣先が伸びた。
そしてゆっくり魔剣を引き抜くと、リザードマンは目から一滴の涙を流して前のめりに倒れた。
「マリー、サポート助かったぞ」
「これくらい朝飯前よ!」
マリーはドンッと胸を叩き鼻を鳴らす。
自信があって何よりだ。
【ステータス】
«デューク・ゼノ・アルス・ライザーク»
HP:1200/1200
ノーダメージでいけたな。
ステータスを確認した俺はディアスポラを鞘に戻した。
あれ、経験値入ってないよな?
まだ倒してないのか?と疑問に思い、リザードマンの方へ視線を向けると突っ伏しているのに変わりはないが、何やら黒いオーラを纏い、黒い鱗と相まって不気味さを醸し出していた。
『待て待て、俺様を抜かなくても大丈夫さ、安心しろ。これは俺様のスキルの1つ、魔物使役を使っただけだからな!こいつはまだ意識があったからいけると思ってな』
本当に大丈夫なのか?
魔剣を一応構えたまま、マリーと共に恐る恐るリザードマンに近づいた。
――ピクッ。
「いやぁぁあぁあ!!」
「おいおい大袈裟だな。指が動いただけだろう」
「び、びっくりしただけなんだから!怖くなんてないんだから!勘違いしないで!!」
逃げた先で頭を埋めてしゃがみ込んだマリーは目をローブの袖で擦ってから、赤くなった頬を膨らませこちらを睨むと、また頭を埋めた。
「はぁ……」
マリーはアンデットが苦手だ。それでよくアンデットを主に相手取る聖女になんかなろうとしたもんだ。
それから、リザードマンはゆっくり起き上がった。
その頃には黒いオーラは雲散していた。
赤い瞳が力なく俺に向けられる。
敵意はないようだ。
俺は再び鞘に魔剣を収めた。
「ん?」
手に違和感を感じて右手を見ると、経験値大幅上昇の指輪の隣、人差し指に今までなかったはずの見たことも無い金のリングに黒紫の宝石が埋め込まれた指輪が嵌っていた。
宝石の中には紋章のようなものが掘られている。不思議な紋章だ。
「何だこの指輪」
引っ張っても抜ける気配がない。
「どうなってる」
『それは俺様のスキルで作り出した《魔王の指輪》だ』
「……勝手に作るな。俺は魔王になるつもりなんてないぞ」
『まぁまぁ、細かいことはいいじゃねーか。その指輪は俺様ではなくお前自身が魔物をテイムするのに必要なものだ。そして魔物との会話を可能にする。他にも魔物の能力の一部を貰えたり逆に与えたり、色んな特典がついてるお得な品だぜ』
そう言われてリザードマンを見やると、リザードマンのゴツゴツした指にも同じところに、同じ指輪がついていた。
「あいつにもついてるな」
『そうだ。まぁ若干違うがな。あれはレプリカみたいなもんだ』
レプリカか。
相手にも指輪がついてないと駄目なのか?
「じゃあ話しかけても――」
「なにそれなにそれ!私も欲しい!」
『ヒッヒッヒッ。いいぜ』
「おい、勝手に話進めるな。てか人間にも使えるのか?」
魔王の指輪とか言うからてっきり魔物限定かと思ったが、人間にも使えるのか。
最早何でもありだな。
落ち着いたらちゃんとこの指輪のこと聞いておかなきゃな。
「――?なんか力が湧いてくるような?まぁいっか。これ凄く綺麗ね!」
マリーはうっとりした表情で指輪を眺めている。
こういうところを見てると女の子なんだなー、って思う。
俺も指輪に視線を移す。
右手の指に2個、だが左手の指には何も無い。うわ、偏ってんなー。
「私ハ、殺サれタハず。……ナぜ生きている」
『お、意識が戻ってきたみたいだな』
明らかに俺たちとは言語が違うが聞き取ることができる。これが魔剣の言っていた能力か。
リザードマンは混乱しているのか、俺たちに気づかない様子で独り言を呟いている。
ふむ、こっちから声をかけるか。
「俺が蘇らせた。正確には俺の持つ魔――」
『そうだ。リザードマン、お前は従魔になったのだ。何か繋がりを感じるだろう』
「おい、ディアスポ――」
「――感じる。そうカ、ナるほど。逆ラえナい仕組みにナっているのダナ。――何ガ目的ダ」
『ヒッヒッヒッ。お前の心の声はずっと聞こえていたぞ。――強くなりたいのだろう?俺様はその手助けをしたまでさ』
なんだなんだ。聞いてないぞ。
というか俺のセリフに被せてくるな!
俺を置いて勝手に会話を進めないでくれ。
「そこマで分カっていタとハ。……御見逸れしマしタ」
リザードマンはなぜか、俺に対して尊敬の眼差しを向けてきた。
いやいや待ってくれ。俺、何も言ってない。
「……忠義を、主様に誓いマす」
槍を地面に突き刺すと、片膝をつき、頭を垂れた。両手を組んで頭よりも高く持ってきた。
嵌められた指輪がよく見える。
なんかお祈りしてるみたいだな。
さっきまで戦ってたんだぜ?ほんとに俺への忠義を誓っていいのか?
俺だったら絶対嫌だぞ。
『いいだろう。精一杯尽くすがよい』
「おい、てめぇ」
「いいじゃねーか、もうテイムはしている訳だ』
うーん。
確かにそうかもしれないが、まだ頭が整理できてないんだよな。
なんか出会ってからディアスポラに振り回されてばっかだ。
……今日は疲れた。
そういえばこいつのせいで結局眠れてないしな。
「……申しアげにくいのですが、折り入って頼みごとがごザいマす」
リザードマンは姿勢を変えないままに、顔だけを軽く上げて、赤い瞳を薄く開いた。
「ん?なんだ」
せっかく忠義を誓うと言ってくれたんだ。
ならば俺もその忠義に応えなければならない。
……そうだよね?
「我ラ、リザードマンを救っていタダきタいのです」
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