第8話『偶然の出会い』
ゆっくりと瞼を上げる。
大の字で寝ていた俺は上体だけを起こした。
俺の右隣にはマリーが横になっていて、浅い寝息を立てていた。
「気絶してるのか?寝てるのか?」
あの蟻地獄中々怖かったからなぁ。
多分意識を失ってるんだろう。
マリーの白いローブについた砂を軽くほろって、俺は再び横になり、頭の後ろに手を組んで目を閉じる。
そういえば転移してからろくに寝てなかったな。
ここは温度も湿度もちょうどいいし地面が砂だから柔らかい。
寝るのに最適じゃないか。
「寝よう」
『……おい、人間』
なんだ?
今何か聞こえたような気がする。
気がするだけなら俺は気にしない。なぜなら面倒臭いから。
『おい、人間』
……。
『おい、人間!』
「誰だよ、うるっさいなぁ!こっちは寝ようとしてんのに!俺の睡眠を邪魔するのはどこのどいつだ!」
「あんたがうるさい!せっかく気持ちよく寝てたのに!大声出さないで!」
「……ご、ごめん」
あ、あれ?俺が悪いの?
納得いかねぇ。てかマリーさんや、気絶してるのかと思ってたけど、普通に寝てたのね。
『……』
何も聞こえなくなったし、まぁいいか。
今度こそ寝よう。寝るったら寝る!
『おい、寝るな。人間』
うるさいなぁ、ほんとに。
というか何だ?まるでレベルが上がった時に聞こえる声のような感じは。
脳内に直接語りかけてくるようで少し不快だ。
敵を倒した時などに聞こえる声は無機質なものだがこれはまるで人が喋っているような、そんな声だ。
てかどこだよ、どこにもいねーじゃんか。
『下だよ、下』
「あ?」
『お前の下だ』
俺の下?ただの柔らかい砂だぞ。
ここを掘れってか?
「……はぁ」
面倒臭いなぁ。
でもこのままだとずっと煩いだろうし、掘るけどさ。
えいっさーほいっさー。
なんだこれ?
掘り起こすと黒と紫の紐が巻かれた棒のような何かの一部が出てきた。
『そのまま引っこ抜いてくれ』
「うーん」
これ向き的にマリーの方なんだよな。
抜いたら砂かかりそうだけど。
まぁいっか。
「おらよっと!」
力を込めると棒は案外簡単に抜けた。
そしてマリーの顔面に大量の砂が降りかかった。
うん。
力加減ミスった。
「げほっ!げほっ!ちょっと、何すんのよ!」
「あー。わりぃ」
「わりぃ、じゃないわよ!……て、なにその剣」
「ん?剣?」
引っこ抜いたものの先を見ると、黒く地味だがどこか不気味な威圧感を放つ剣、にしては細い鞘が続いていた。
鍔も剣に比べると小さめだ。
「これは刀だな」
「刀?」
「刀」
マリーは正座したまま首を傾げて、頭にハテナを浮かべている。
「昔、鬼がいたっていうだろ?」
「うん」
「そいつらが使ってた武器の1つだよ」
マリーは1人納得したのか「なるほど」と小さく零すと杖を手に取り立ち上がった。
で、だ。
掘ったらこれが出てきた訳だが、この刀が喋ったのか?
喋る武器なんて聞いたことないぞ。
ひょっとしたら魔物の類か?
だとしたら切るだけだが。
……よし、切ろう。
『待て待て待て待て!勝手に自己完結するな。俺様は魔物なんかじゃない』
「わ!喋った!」
ん?あぁ、そういえばマリーは寝てたもんな。
「そうだ。なんでか知らんが喋るみたいだ。不気味だし今から切ろうかと思ってな」
『だから待てって。俺様は魔物じゃない、魔剣だ』
魔剣?
聖剣の宿敵だかなんだかって言われる魔剣?
まぁ、そこは俺にとっちゃどうでもいいんだ。
「刀なのに魔剣?なんだこいつ、切ってもいいか?」
『おいおい、落ち着け。なんだ?最近の人間は血の気が多いのか?』
刀が「自分は剣だ!」って言い張るとか。剣を侮辱してるのか?
刀なのに魔剣とかいう刀は置いといて。
俺は刀を胸の前で横にして持ち鞘を引き抜いた。
「おぉ、俺が持ってる聖剣にも劣らないほど立派だな」
黒い柄に黒い刀身。聖剣とは真逆の色合いだ。
こりゃ凄い。
凄いからこそ残念だ。こんな立派な刀を今から切らなきゃならないなんて。
『そうだろうそうだろう。なんたって俺様は魔神によって作られた魔剣だからよ』
どこか誇らしげに上機嫌で自称魔剣はそう言った。
魔神に作られた?眉唾にしか聞こえないな。
「ステータス見るぞ。文句はないか?」
『見て信じて貰えるならば構わないぞ』
そうだ。
初めからこうしていれば早かったんだ。
さぁ、審判の時間だ。
「マリー、鑑定を」
「……はいはい」
【ステータス】
«魔剣ディアスポラ»
保持者:なし
レア度:神話級
Lv:0(Next EXP:--)
HP:100
MP:100
攻撃:100
防御:100
魔法:100
«スキル»
『魔物使役:Lv--』『念話:Lv--』『自動修復:Lv1』『魔力悪変換:Lv1』『魔天:Lv0』『$%¥#:Lv&$』
ん?
神話級?
それにこの文字化けはなんだ?
「名前の詳細も頼む」
「ん」
«魔剣ディアスポラ»
大昔、魔神が魔物、魔素として散る直前に作られた刀。魔神の刀に対する知識が中途半端だったせいで魔剣という扱いになってしまった。
「うん、疑って悪かったな」
『おい。憐れむような目で俺様を見るな、人間』
「俺の名前は人間じゃない。デュークだ、覚えとけ」
『そうかい、ステータスで見たかもしれんが一応自己紹介だ。俺様はディアスポラ。魔神に作られた魔剣だ。刀だが魔剣だ!覚えとけ』
「私はマリーよ!」
まさか神話級を目にするとは思わなかった。
それにしても、喋る武器なんて面白いな。
マリーも興味津々なようだ。
『お前が腰に下げているそれは聖剣か?』
「ん?そうだが」
そう言って鞘に収まった聖剣の柄に触れる。
『――む。ヤツが来る』
「ヤツ?」
ヤツってなんだ?
マリーに続いて聞こうとしたが、出そうとした声を地鳴りが遮った。
それは徐々に大きくなっていき、上の層の火山噴火時よりも激しい地鳴りが止むことなく響いた。
地を這うような音と乾いた咆哮が絶え間なく響く。
「なんだなんだ」
『ここの王だ。王が来る』
どういうことだ?
前を見ても後ろを見ても1本の穴が続くだけだ。
暗いから先がどうなっているのかは分からないが。
確実にこれだけは言える。
「後ろから何か、くる!」
「光の王よ、我らを照らしたまえ!――
高らかにマリーの声が響き渡り、その直後宙に浮かんだ眩い光の球体が明るく照らす。
それはマリーの手によって操られ俺達の背後を照らし出した。
次第に強くなる振動と異様な臭いに、全身が警鐘を鳴らす。
暗闇から姿を現したのは、目がなく、大きく開いた口からは凶暴かつ残虐な牙を覗かせる白と茶のまだら模様の硬そうな皮膚を持つ巨躯だった。
頭部だけでこの洞窟全体を埋めてしまうほどの巨大さに圧倒して俺は声も出ない。
やばい。
やばい、やばいやばいやばい。
「逃げるぞぉぉぉおぉぉお!!!!」
「きゃー!あぁぁああぁぁ?!」
右手で魔剣、左手でマリーの襟元を力強く掴み、全力疾走で逃避する。
(速い!?)
それでも全く距離が離れない。
ばかりか、徐々に詰められている。
くそ!レベル上限解放したから魔力ほぼないのか!
無属性魔法の身体強化だったりを使えばもっと速く逃げられるのに……!
この巨体さでレベル100の自分と同等、もしくはそれ以上の俊敏をもつこの生物は一体なんだ?
他のステータスは一体どうなっているんだ?
考えるだけでも鳥肌が立つ。
「――、鈍足(スロウ)!」
マリーが咄嗟の判断で何か魔法を放ったみたいだ。
その直後少しだけ速度が落ちるものの、すぐに加速して元の速度に戻ってしまった。
「全然効いてないの……?なら…………」
マリーは突如として訪れた緊迫した状況で、冷静な判断を下している。
だというのに、俺が真っ先にとった行動は『逃げる』だ。
情けない。
いや、1人で逃げなかっただけましか。
「――、
独特な魔力の波動が体にあたると同時に、背中に羽が生えたと錯覚するほど、体が軽くなった。
今ならば風よりも速く走れる気がする。
だが、視界が良くない。マリーが作り出した光の玉もあるが、俺の後ろを追いかけるので精一杯らしく、前方を明るく照らせていない。
いつ壁にぶち当たるか分からない恐怖が、無意識に走る足へとブレーキをかける。
走ろうとすればするほど足が上手く回らない。
暗さが弱さを生み出し、弱さが恐怖心を作り出し、その恐怖が駆ける足を遅くする。
まずい。この状況は非常に良くない。
淡い期待で振り向くが、距離は離れておらず速度が落ちる気配など微塵も感じられない。
どうする。どうすればいい?
『――俺様に1つだけ案がある』
そんな俺に救いの手を差し伸べたのは、魔剣だった。
…………………………………
この日、1人の男が異世界から召喚された。
人の手によって、ではない。
神が召喚したのだ。
それを世界へ大々的に告げたのはラグーシスト皇国皇帝その人だ。
時刻は丑三つ時、ラグーシスト皇国が抱える優秀な魔法使い数十名による大規模な時空魔法によって、世界各地の夜空に皇帝の顔が映し出される。
『夜分遅くにすまない』
開口一言、皇帝である皺の多い白髪の男はそう謝った。
それから暫くの沈黙。
皇帝は目を閉じたまま真一文字に口を結んでいる。
『我が名はゼーラフ・デウス・ラグーシスト。ラグーシスト皇国8代皇帝である』
ゼーラフは皇帝である証、銀色の徽章を取り出した。
『これを信じようが疑おうがお主らの勝手じゃ。……それでは、本題に入ろう。――神託が降りた』
その言葉を聞いた瞬間、各国々の権力者らは大慌てで書きとる準備を始めた。
「絶対聞き漏らすな!」
「何を寝ておる!早く準備せんか!」
「一語一句書き出せ!」
そんな怒号とも言える声が各地で響き渡った。
だが、彼らは怒っているのではない。
神託とは、百年に一度あるかないか、そんな頻度でしか降りないものだ。
人によっては神託というものを聞かずに生涯を終える者もいる。
それほどまでに稀であり、――何か重大な事態が起きるということ。
前回の神託は二百年ほど前。
内容は、一部地域の異常気象についての予知だった。
予知された地域は、その一年後生物が活動できないほどの異常気象となった。
空気が乾燥し、気温が際限なく上がったのだ。と思いきや、今度は気温が底を見せることなく下がり続け、雨が降り続けた。
以来そこは『死の地』と呼ばれ、生物が一切寄り付かなくなった。
もう一度言おう。
神託が降りるということは、何か重大な事態が起きるということ。
ゼーラフが言葉を発するまでの間、各国の主要人物は冷や汗を垂らし、満足に呼吸もできないまま待った。
静かに、静かに、静かに、静かに――。
『――魔王が生まれる』
生まれる、ということは
その一言だけで、世界に衝撃を与えるのは充分だった。
だが、追い討ちをかけるようにして更に衝撃的な事実を告げられる。
『合わせて大御神は、勇者を召喚した』
その言葉だけで、みなが確信した。
――神は本気だ。
神が勇者を召喚するのは、世界全体のバランスが大きく崩れる時だけだ。
余程のことがない限り、神が世界に干渉することはない。
『勇者はクリュガ大陸のどこかにいるとのこと。探し出し、手を差し伸べよ。……以上で神託を終わる。では』
こうして神託は終わった。
それはたった数分の出来事だ。
だが、そのたった数分の出来事で世界は大きく動き出した。
「急ぎ馬車を手配せよ!我はクリュガ大陸中央、――セインテッド王国へ向かう!」
「大陸中の冒険者を招集しろ!今すぐだ!」
夜中にも関わらず、人々は忙しなく活動を始めた。
セインテッド王国国王ガヴェイン・ルキウス・ドウル・ギー・セインテッドは夜中にも関わらず徐々に明るくなる街並みを、王城の寝室から見下ろしながら淋しげに呟いた。
「落ち着いて過ごせる夜も、これが最後になりそうだ」
淋しげな口調とは裏腹に、蒼い瞳は獲物を狩る獰猛な獣のように爛々と輝いていた。
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