第7話『違和感の正体』
レベル上限。
これは人間、魔物問わず全生物に共通して存在するものだ。
生物全てにはレベルというものが概念として存在し、同時にそこには上限が付き纏う。
これは過去の文献に記載されているものだ。
はるか昔、魔導王と呼ばれる人間のレベルが上限に達した。
魔導王は強さに貪欲で、この限界ともいえる上限を解放する方法がないものか悩み、考えた。
その方法を、魔導王の死後、弟子である大賢者アルブネラという人物が発見した。
その方法こそ――、
「聞こえるか!天則を司る者よ。頂に登りし我の枷を破壊せよ――キャンドラッセ!」
そう言って突き上げるように掲げたのは迷宮の魔物から稀にドロップする、紫色の丸水晶。
これは『鑑定石』と呼ばれるもので、本来の用途は文字通りの鑑定。丸水晶が大きくなればなるほど細部まで鑑定できるようになる。
しかし、大賢者アルブネラが発見した裏用途としてレベルが上限に達した時、己が出せるあらん限りの魔力を込めた上で詠唱すると、水晶は砕けてしまうが代わりにレベルの上限を解放することが出来る。
キャンドラッセとは、“超える”という意味だ。
何をどうやったらこんな方法見つけられるんだって話だが、文献を読めば、誰が見てもやる意味があるのか頭を疑うようなくだらない実験だったり、人とは思えない狂気を感じるような非道な実験を幾度となく繰り返した結果、この方法が見つかったのだ。
大賢者アルブネラは、文献の最後にこのような記載をしている。
『老若男女、誰が見ても、というか私が見てもイカれてると思うような実験の末に編み出された方法だ。是非有効活用してくれ。羞恥心を捨てて、行なった実験の全てをここに記載する。私は地獄に落ちるだろうが、これで救われる人間もいると思えば気が楽になるよ。余生は大人しく過ごすことにするかな。――あぁ、恥ずかしい』
ちなみに最後の文字は薄く小さく書かれていた。
その文献に記載された実験の数々は、後に別の分野における研究で、参考資料として大活躍している。歴史上最も頭がおかしく最も賢い人物、それこそが大賢者アルブネラだ。
そんな人物が生涯をかけて見つけ出したステータス上限解放を、今ここで俺も使う時が来たようだ。
まさかたまたま読んだ文献の、たまたま開いたページの、この知識を使う日がくるとは思わなかった。
『――――ヨ、……ウ』
「――!?」
どこからともなく不思議な声が聞こえた直後、パリンという乾いた音を響かせながら丸水晶は砕け散った。
いてて。
破片がちょっと目に入ったぜ。
【ステータス】
«デューク・ゼノ・アルス・ライザーク»
Lv:100(Next EXP:50000)
「できたみたいね」
「そうだな。……マリー、さっきの声聞こえたか?」
「声?」
マリーは可愛らしく小首を傾げる。
どうやら聞こえていないようだ。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「……むー。そう言われると余計気になるんだけど」
「ははは。そうか」
上限を解放する前と違って、Next EXPのところに数字が表示された。
これはまたレベルアップが可能という事だ。
魔力はほとんど空になってしまったが仕方ない。
ま、そもそもあってないようなもんだしな。
「マリーは今レベルどれくらいだ?」
「……露骨に話逸らしたわね。はぁ、もういいわ。私は今レベル97よ」
へぇ、結構上がったんだな。
ほんと、指輪に感謝だね。
この調子でいけば魔物を後数体倒せばレベル上限に達することだろう。
だが、周りを見渡してもエングールはおろか、魔物の影1つ見当たらない。
どうやら周辺の魔物は全てさっきので倒してしまったようだ。
うーん、このままここにいても時間の無駄だな。
「とりあえずドロップアイテムだけでも拾っておいて下り階段探すか」
その提案に快く応じたマリーと、ドロップアイテムを回収していく。
相変わらず凄い数だ。
こりゃ時間がかかるなー、と考えながら回収していると、視線の先に窪みが見えた。
ん、よく見ると窪みじゃない。あれは――、
「お、階段があるぞ。しかも下りだ」
「え!どこどこ!」
「ほれ、あそこだ」
俺の指さす方向を、両手で目の周りを覆うように丸眼鏡を作り、大きな目を限りなく細めて凝視する。
「……よくあんな遠いのに気付いたわね」
「そうか?」
たまたま目に入っただけだ。
それにあれくらいの距離なら別に見えないこともないだろう。
「ぼけっとしてないで、さっさと拾っていくぞー」
こんなに大量のアイテムがあるにも関わらず、収納袋の中にはまだまだ入りそうだ。
マリーの収納袋と二つで集めているから、ということもあるがそれでも余裕があるのには驚きだ。
たくさん入るようにと相場より遥かに高い金額で買ったのが功を期した。
これ買った時の店主も容量把握してなかったっけ。そういえば『ここにある商品全部いれてもまだ余裕あります!』とか言ってたな。
収納袋は下手したら俺の装備の中で一番金の掛かったものかもしれない。
ちなみに聖剣はというとタダだ。
もう一度言おう。
タダだ。タダなのである。
あ、つい2回言ってしまった。
俺は剣士だ。剣士とは誰もが例外なくいい剣を使いたがるものだ。かくいう俺もその例外に漏れない。
そして俺の愛用している聖剣は間違いなくいい剣だ。それも世界で一二を争うくらいの業物だ。
それこそ、この聖剣片手に剣士の前を通り過ぎたら絶対二度見、いや三度見くらいはされるだろう。
欲に逆らえずに奪い取ろうと企む輩も出てくる。
実際この剣は奪い取ったものだ。奪い取ったという言い方は語弊を生むか。
正確には勝ち取ったものだ。
誰からって?
それは19代目極剣、俺の親父からだ。
「これで全部ね」
「特にめぼしいものはなかったな」
「そうね、ここは暑いわ。早く先に進みましょ」
確かに、マリーの魔法を以てしても若干の暑さを感じる。
もし魔法の効果が切れでもしたら恐ろしいことになるだろう。
しばらく歩き続けると下り階段に辿り着いた。
魔物が現れずに、別段何もなく平和だった。しいて言うなら火山が噴火するたびマリーの肩がビクッと震え上がっていたことだろうか。
後ろからずっと見ていたが、なかなか面白かった。
「なんだこれ?」
今まで通りの階段かと思ったが下っているうちに違和感に気づいた。
それはマリーも同じだったようで、歩きづらそうにしながら一人文句を言っている。
下るにつれて、崩れるようにして階段がすり減っていく。
しまいには階段がなくなって、緩やかな斜面になった。
赤かった天井や壁、地面も色がみるみる薄れて、硬かった地面は柔らかい砂状のものへと変わっていった。
暑さも感じない。
「ボス部屋行ってないのに地質だったりが変化することってあるのか?」
これは明らかにおかしい。
ボス部屋を挟まずにこうもガラッと変わるなんて聞いたこともない。
これは前例にない事態だ。
何か、何かがある。俺たちにとってプラスになることか、マイナスになることか。
ただただ嫌な予感しかしない。
「見て。小さい扉があるわ」
マリーが俺にも見えるように体を少し横にずらして、真っ直ぐ指をさす。
確かに正面にはマリーの身長よりも小さいであろう扉があった。
ドアノブがついている。
扉というよりドアだなこれは。
「行ってみましょう!」
「だな」
どうせ戻っても暑いだけだし。
それにどうやらボス部屋というわけでもなさそうだし、ドアの奥に何があるのか興味が湧いてきた。
小走り気味なマリーの背中を追いかける。
全く、いつも危機感が足りていないんだよ。ここは迷宮に3年間籠り続けた先輩としてちゃんと注意してやらんとな。
「マリー!もっとしっかり周りを見て進むんだ!迷宮ではいつどこに罠が仕掛けられているのか分からないんだ!常に危機感を、警戒心をもって――、マ、マリー?!」
大人ぶって一人気持ちよく、じゃない。大事なことを先輩として説教垂れていたらマリーが消えていた。
「どこだ!どこにいったんだ!」
だから口酸っぱくあれほど言ったのに!
勇者パーティーにいた時から毎回こうだ。
マリーの注意不足からパーティー全体が緊急事態に陥る。
――ていうのは冗談だ。
きっと俺を置いてこっそりドアの中に入ったんだろう。
抜け駆けはこの俺が許さない!
「おうおうどこだ!おーい。……ん?」
下を見ると、走る足の片方が砂の地面に深く沈んでいた。
ドアはもう目の前だってのに。
くそ、マリーめ。独り占めなんて卑怯じゃないか。
こんな罠まで仕掛けて……。
そのドアの先に何があるんだ!
「……待てよ?」
埋もれた足の周辺を、冷静になって見てみる。
俺を中心にして巨大な蟻地獄のような形で、上から見た時の回っている駒のように、地面が渦を描いていた。
マリーにここまで大掛かりな土魔法は使えない。
マリーが土魔法でできるのは精々石ころを生成して投げるくらいだ。それだと罠でもなんでもないな。
罠を作る魔道具もあるっちゃあるが流石にそこまでしないだろう。あれは結構貴重なんだ。
実は持っていたとしてもそんな無駄遣いはしない筈だ。
「……しないよね?」
長い一本道に虚しく響く俺の声。
気づいたら体の半分以上が地面に沈んでいた。
もはや動くこともできない。
偉そうに説教垂れてこのざまか。
「なっさけねー」
沈んでいない右腕をゆっくり持ち上げる。
そして人差し指を鼻の穴に突っ込んだ。
「お、ボス級だ」
そのまま俺は鼻掃除をしながら、深く深く沈んでいった。
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