第3話『炎竜との決着』

 気がついたら俺は、荒野に立っていた。

 風が柔らかく吹き、なぜか気分が浮かんでいるような違和感がある。まるで夢でも見ているようだ。


「誰だ」


 正面に伸びる崖。

 その崖端がけばたには長い白髪を後ろに一本で纏めた人物がこちらに背を向けて立っていた。


 俺は、力の入らない足を動かして前に進む。

 腰に手をやるが、そこには聖剣がなかった。


「……一体どこに」


 崖端の人物がこちらを振り向く。

 その人物は男だった。

 その顔には深い皺が刻まれており、青い虹彩に蛇眼の瞳孔。

 初めて見る男だ。だというのに、なぜか俺はこの男を知っている。


「あんた……」

「……お前はまだ、戦える」




…………………………………




「――ごほっ!」


 口の中に血の味が広がる。

 むせて口から出てきたのは血塊だった。

 訳も分からぬまま重い瞼を上げると、視界の先に白いローブを着た少女の背中が見える。

 両手を前に突き出して、まるで何かから守っているようだ。


「マ、マリーか」

「――っ!起きたのね!」


 力の入らない腕を使い、なんとか起き上がる。

 一体何が起きたんだ。

 マリーに聞こうとして口を開きかけるが、その答えを聞く必要はなく目の前の光景そのものが何が起きたのかを物語っていた。

 そして、記憶という名のパズルを埋めるように少しずつ思い出す。


「マリー、俺はどのくらい意識を失っていた?」

「5分くらい、よ!」


 マリーは自身と俺を守るように半球型の結界を張っており、その結界に向けられて宙を飛ぶドラゴンからの激しい攻撃が繰り返されていた。


 ブレスを吐かれる度に結界内が熱気に充ち、爪で攻撃される度に深いヒビが入り、尻尾を叩きつけられる度に激しい衝撃が伝わってくる。


 そんな危機的な状況においてマリーは、壊される度に結界を修復し、使い慣れていない水魔法で熱気に充ちた結界内の温度を下げ、尻尾が振り下ろされるタイミングに合わせて結界を一瞬二重にし、衝撃を減らす。


 少しでも間違えれば死ぬ、という恐怖と瞬間的な判断力を強いられるマリーの額には玉のような汗が流れていた。


「もういい、マリー。お前は頑張ったよ」


 俺は聖剣を杖替わりにのろのろと立ちあがる。

 肋骨が折れて肺にでも刺さっているのか、咳が止まらず、咳と一緒に血も出てくる。


「な、何言ってんのよ!諦めるっていうの!?ふざけないで。私は!私達はこんな薄暗いところで死ぬ訳には――」

「もういい」

「――――」

「後は俺に任せろ」


 ぎこちない動きで振り向いたマリーは、小動物のような可愛らしい顔を涙で濡らし、歯をきつく食いしばっていた。


 俺は強気に笑ってみせる。


「二十代目『極剣』デューク・ゼノ・アルス・ライザークの名において約束しよう。必ず勝つ、と」


 次の瞬間、プツンと糸が切れたかのようにマリーが倒れたのを受け止めて、優しく寝かせる。


 全く。

 こういうのは俺のキャラじゃない。


 手を握ったり開いたり、屈伸したり首を回したり。

 よし、体はまだ動く。


「やるか」


 その直後、魔力供給源を絶たれた結界はドラゴンの攻撃によっていとも簡単に壊れた。


 繰り出された爪の軌道を聖剣で逸らし、右翼からいつの間にか炎の翼を生やして飛んでいるドラゴンへ一気に肉薄する。


「極剣流――、閻魔狂断!」


 丸太のような太いドラゴンの首を狙った一撃は、命中するも半分程度しか斬り込めなかった。


 だが、半分も斬れれば充分だ。

 ドラゴンの首から聖剣を力任せに引き抜き、気を失っているマリーの元へ降りてそのまま左肩に担ぎ壁際まで走る。

 そして、壁付近にマリーを寝かせた俺は、再びドラゴンを見据えて走り出す。


 鉛のように重い体に鞭をふるい、体の痛みも忘れるほどに、全神経を集中させ、ドラゴンの不規則な攻撃に目を、耳を、鼻を、――味覚を除く全ての五感を持って対応する。


 こうなってしまえば、怒りに任せた我武者羅な攻撃など俺には通用しない。

 重く、速い攻撃の連続を紙一重で回避し続け、距離を詰め凶悪な顔面目がけて飛び跳ねる。


 ドラゴンの瞳には明らかな苛立ちと、その奥には小さく潜む恐怖が映されている。

 きっと『なぜ当たらない』『どうして避けられる』とでも思っているのだろう。


「敗因はお前が怒りに任せた攻撃をしたこと」


 聖剣をドラゴンの眼に深く突き刺す。


『GUAAAAA!!』


「そして」


 聖剣を勢いよく引き抜き抉ると、まだ開いている怒りの形相で俺を睨む片眼に同じようにして突き刺した。


「――俺を本気にさせたことだ」


 眼から聖剣を引き抜き着地する。

 ドラゴンは叫びながらもがき続けていたが、それも徐々に弱々しいものに変わっていき、最後は前のめりに倒れた。


 地面に腹がつくのと同時、ドラゴンは光の粒子となり四散した。



『経験値30000+初撃破ボーナス30000を獲得しました』

『レベルが68に上がりました』

『レベルが69に上がりました』

『レベルが70に上がりました』

『レベルが71に上がりました』



 初撃破ってことはここから先に進むのは俺達が初か。

 この経験値はマリーにも同じだけの量が振り分けられている。


 周りを見てみると、四散した光の粒子がありとあらゆる形へ、粘土のようにぐにゃぐにゃ変形していくという不思議な光景がこの空間全体で行われていた。

 そして、形が定まったものから地面に落ちる。

 そんな中俺は、壁に背を預けるマリーに向かって歩み進めた。


「マリー、マリー」


 限りなく近づき片膝をついて、軽くマリーの頬を叩くと、どこか遠くを見るようなぼんやりした表情でゆっくりと目を覚ました。


「……ここ、は?」


 そう言ってマリーはきょろきょろ周りを見渡し、最後に至近距離にある俺の顔を見て視線を定めた。


「か、勝ったの?」


 か細く口から漏れたその声は微かに震えていて、瞳には期待の色が宿る。


「あぁ、――俺たちの勝ちだ」


 そう言って不敵に笑ってみせると、感極まったのか口許を綻ばせマリーが勢いよく抱きついてきた。


「やった!やったのね!本当に勝っちゃうだなんて凄い、凄すぎるわ!」

「ちょ、苦しい。それに、……当たってる。離れろ」

「わっ!」


 これまた物凄い速さで離れたマリーは頬をほんのり赤く染め、俺と斜め下を交互に見ている。

 なんかそっちにあるのか?


「と、とにかく!早くドロップアイテム回収しましょ!」

「そうだな」


 腰にぶら下げた収納袋を手に取り、近くにあるドロップアイテムから次々回収していく。


「これは……。骨が折れるなぁ」

「まぁまぁ。勝利の報酬ってことで、頑張りましょ」


 今も尚、ドロップアイテムは降り注いでくる。拾う暇などないほどに避けるので精一杯だ。

 ……時間かかりそうだなぁ。




「つ、疲れた……」

「流石に……。多かったわね」


 全て拾い集めた頃には、俺もマリーも疲労困憊だった。

 そして何時間もの間、マリーと協力して拾い集めた結果がこれだ。



━━━━━━━━━━

首長炎竜の肉×1000

首長炎竜の高級肉×50

首長炎竜の上鱗×200

首長炎竜の逆鱗×1

首長炎竜の牙×10

首長炎竜の爪×2

首長炎竜の眼球×2

首長炎竜の心臓×1

首長炎竜の血液×500

━━━━━━━━━━



 肉と高級肉は1つにつき1kgもある。

 肉だけでもかなりの重量だ。

 頭に落ちてきた時は本当に死ぬかと思った。おかげでさっきから首が痛い。

 ちなみに血液は小瓶に入っている。

 それにしてもどんだけドロップしたんだ、ったく。

 収納袋持ってて正解だったな。


「さて、後はこのいかにもな宝箱だけだな」

「そうね」


 後はドロップアイテムを回収している時、嫌でも目に入ってきた金の装飾が施された赤い小さな、一際存在感を放つ宝箱を残すだけとなった。


「長かった……」

「あぁ、正直ドラゴンを倒すよりも疲れた」


 ひたすらドロップアイテムを収納袋に詰め込むという作業を思い出して一瞬寒気がした。

 中々に苦痛だった。

 初めの方は見たことの無いアイテムに新鮮さを感じて興奮気味で拾っていたが、本当にそれは最初だけだ。

 腰が痛くなるわ飽きてくるわで最悪だった。


 最後に宝箱を残したのは、あれだ。好きな食べ物を最後に残しておくのと同じ原理だ。


「ふー。なんだか緊張してきたな」


 こんなに繊細で緻密な装飾の施された宝箱をドロップしたのはこれが初だ。一体どんなものが入っているのか。

 あと一歩前に出て開くだけなのだが、なかなか足が進まない。


「そうかしら?なら私が開けるわ。――よっと」

「あぁ……」


 なんてことだ。

 こうも躊躇い無く開けることが出来るなんて。

 ……ってそうじゃない。


「なんで開けるんだよ!俺が、俺が開けたかったのに!」

「待っててもキリがないでしょ!」


 ぐぬぬ。

 くそっ。開けられたものは仕方ない。諦めよう。

 どれどれ中身は……。


「……指輪が2つ?」

「そうみたい。それにしても綺麗な指輪ね」


 宝箱の中には赤い台座があり、これまた赤い洗練された宝石の埋め込まれた指輪が2つ立てられていた。


「これも鑑定できるか?」

「うーん、ちょっと待って。…………できた」




《経験値大幅上昇の指輪》

レア度:幻想級

所持者:なし

Lv:--

HP:--

MP:--

攻撃:--

防御:--

魔法:--

«スキル»

『経験値大幅上昇:Lv--』『破壊不能:Lv--』




「幻想級!?」

「初めて見た……」


 幻想級とは、レア度の中でもかなり高い方だ。

 普通に生きていればまずお目にかかることはないだろう。

 博物館などに幻想級のアイテム1つ飾っておくだけでも、毎日雪崩のように客が流れ込み、莫大な富を築きあげることができる。そう言われるほどに幻想級のアイテムは貴重で、滅多に見ることが出来ない。

 実際俺もここにきて初めて見た。

 幻想級は初めて見たが、実のことを言うとそれよりも遥かにレア度が高いものを俺は装備している。

 それはまた別の話だ。

 ちなみにレア度というのは、このように分けられている。



一般級→希少級→特異級→稀有級→秘宝級→幻想級→天地級→伝説級→神話級



 レア度が高ければ高いほど強いという訳でもないのだが、1つの目安にはなる。

 稀有級ですら滅多に見ることは出来ない。

そして、神話級の上にも何かあるのでは?と一部の専門家は議論を賑わせているが実際のところは不明だ。


「スキルの詳細は見れないか?」

「うーん、見れるみたい。…………よっと」




『経験値大幅上昇:Lv--』

獲得経験値が3倍になる。


『破壊不能:Lv--』

絶対に壊れることはない。




「ま、まじか……」


 たったこれだけ?と思うかもしれないが、獲得経験値が3倍というのは明らかに異常だ。

 こんなのがポンポン出てきたら1つの国同士が戦争しただけで世界が滅ぶだろう。


 通常、経験値上昇系のアイテムは壊れやすい。

 高価で貴重な割にすぐ壊れてしまう。

 誤って踏んだり、落としたりした時点で終わり。それが普通だ。

 だが、この指輪にある『破壊不能:Lv--』というスキル。

 なんていうか、もう……。


 すごい。


 俺とマリーが驚愕のあまり一言も喋れずにいると、突如鈍く大きな音が響き渡り、入口と正反対の場所に佇む巨大な赤い扉がゆっくりと開き出した。

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