第2話『極剣流――』
【ステータス】
《シュランクファイアドラゴン》
Lv:90
HP:5000/5000
MP:1558/1560
持久:180/180
攻撃:900
防御:1050
魔法:1120
精神:400
俊敏:410
«スキル»
『火炎息:Lv16』『飛行:Lv12』『咆哮威圧:Lv14』『再生:Lv7』『MP回復速度上昇:Lv10』『不屈の炎竜:Lv--』
«装備»
『なし』
「マリー、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。これくらい」
「……やっぱ上、登ってみない?」
そう言って上を見た俺は、悲しいかな。衝撃的な光景を目の当たりにして、膝から崩れ落ちた。
「登らないわよ。……て、どうしたの?急に泣き崩れて」
「上を、見てく、れ」
上を見たマリーが「……なるほど」と小さく呟き、俺へ視線を移した途端にげんなりとした表情で深い溜息を吐いた。
「天井はあったみたいね」
そう。高すぎて見えなかっただけで天井は存在したらしい。
何故分かったのか。それは現在進行形で天井が落ちてきているからだ。
そこまで早く落ちている訳ではないが、このまま止まらなければ、俺たち2人は潰されて呆気なく死ぬだろう。
そして残念なことに――、
「通路もないみたいね」
ここには逃げ道など存在しない。
転移した時点で詰みだったのだ。必ずあのドラゴンと戦う羽目になる。
巨大で暴虐的な執行者によって、俺達は殺されるのだ。
「……終わりだ。もう終わりだよ!」
「落ち着きなさい。情けないわね」
どこか余裕のある涼し気な口調だ。
何か画期的な考えでもあるのだろうか。
期待を込めてゆっくりと顔を上げると、あどけなさの残るマリーの顔が、なんだか少し凛として見えた。
「今の私たちに残された選択肢は3つあるわ」
マリーは未だ立ち上がらず、やる気のない俺に視線を合わせるようにしゃがむと、右手の指を3本立てる。
「……3つってなんだよ?」
「1つ、このまま天井に潰されて死ぬ。2つ、ドラゴンと戦って死ぬ。3つ、自殺よ」
「全部死んでるじゃねーか!」
全部死んでるよ!
駄目じゃん。
最後の自殺ってのを選択肢に出した理由が知りたい。
もう画期的通り越して絶望的だ。
でもなんか引っかかるような、含みのある言い方だな。
ふざけているようにも見えない。
まるで、俺に何か大きな決断を迫っているような……。
「――この中で少しでも生き残る可能性があるものは?」
俺はハッと顔を上げた。
……なるほど。
ようやくマリーの言いたいことが分かった気がする。
「全く。敵わないな」
「フフッ。分かってくれた?そうよ。さっきからうるさい火吹いてるトカゲと戦うの。戦いたくないけど、絶対死ぬから戦いたくないでしょうけど!それでも戦うのよ。――あなたが」
「……ん?」
なんだろう、……嵌められた?
「当たり前でしょ?私、戦闘向いてないし。私に出来るのはちょっとしたサポートくらいよ」
マリーは腕を組んでプイッとそっぽを向いた。
「でもどうやって倒すんだよ?ぶっちゃけドラゴンとか戦ったことないし、そもそも見たことないから倒し方なんて知らないぞ」
すると顎を擦りながらマリーは思考を始めた。
ここら辺は完全に放棄だ。俺がいくら考えたところで答えを導き出せるはずもないしな。
要するに、適材適所ってやつだ。
「そういえば……。昔読んだおとぎ話でドラゴンを倒すやつがあったわね。何だったかしら?確か……『フェルテの竜退治』だっけ」
あ、そのおとぎ話なら俺も知っている。
暗黒竜ハルバロスが各地で暴れ回り、手のつけられない状態のところに、今まで誰も聞いた事、見たことの無い美しい黒髪の、自らをフェルテと名乗る女性剣士が聖剣を片手に突如現れた。
誰もが見惚れる整ったその容貌、青い瞳に暗黒竜を映したフェルテは、人混みの中を縫うように走り抜け、竜のもとに辿り着くと首元にある逆鱗目掛けて聖剣を突き刺す。
するとこれまでの威勢はどこへやら、痛みで咆哮を上げ、恐怖で身体を震わせ、情けなく鳴きながら逃げていったとさ。
内容はこんな感じだった気がする。
「んで、このおとぎ話からハルバロスの逆鱗刺しって言葉が生まれたんだったな」
「……なんか他人事みたいに言ってるけど、デュークの家系の、それも初代様の話でしょ?」
多分そうなんだろうな。あんま興味ないからそこまで詳しく知らないけど。
今も尚叫び続けるドラゴンを見やると、首裏についた中央にある鱗が1枚変色しているのが見て取れた。
1枚だけ黒っぽい。これが逆鱗なのか?
「あれか?」
「どれに対してあれって言ってるのかは知らないけど、1枚だけ色の違う黒っぽい鱗のことを言ってるのならそうなんじゃない?暗黒竜ハルバロスの逆鱗も色が違ったって話だし」
へぇ。そこまでは知らなかったな。
もう時間が無い。天井も大分下がってきた。
ドラゴンはまだかまだかと俺らを待ち構えている。
迷宮のボス部屋の仕組みは不思議で、扉の外にいる限り、ボスとなる魔物から攻撃を受けることがない。逆に外から中には攻撃ができる。扉を境目にして結界のようなものが張られているらしく、中からどんな攻撃を受けてもビクともしないのだ。
そして、ボスはボス部屋から出られない。
これも迷宮における絶対的なルールだ。
本来ならのんびりボス部屋の外でお茶でもしながら作戦を考えることも出来るのだが。
今回は天井が下がってくるという時間制限があり、悠長なことをしている場合ではない。
俺が知るボス部屋前にはこんなギミックなかったのだが。
深くに進めばこういうこともあるのだろう。
今回のボスレベルは90とかなり高い。今まで戦った中で1番高くても78レベルだった。
ここに来て記録更新って訳だ。
っと、時間が無いと言ったばかりなのに。そろそろ現実逃避も止めよう。
諦めようじゃないか。
「抜剣」
右手で聖剣の黒い柄を握り締め、緑の線が入った赤い鞘から一息に抜き、半身になる。
派手な鞘に入っている割に、剣自体は意外と地味だ。だが不思議と魅入ってしまう。
俺はゆっくりと腰を落とした。
ここまできたらやるしかない。もう逃げ場はないんだ。
「よーし、やってやる!殺ってやるよ、クソトカゲ!」
『GAOOOOO!!!!』
鼓膜を突き破るような咆哮と共に、俺は一直線に駆け出し、ボス部屋へ侵入する。
目指すは悠々と宙を漂うドラゴンの長い首の中央、逆鱗だ。
たとえ弱点だとして、どれほどのダメージを与えられるかは未知数だが、やってみる価値はある。
『GYUAAAAA!!!!』
ドラゴン目掛けて走る俺に向けて迸る炎のブレスが吐き出されるが、転がって避ける。
その炎は、避けても避けてもしつこく追いかけてくる。
炎のブレスが終わった頃には、ドラゴンからかなりの距離遠ざけられていた。
これで振り出しだ。
「どうしたもんか」
転がり続けたせいで体中についた赤土をほろいながら、空中のドラゴンを眺める。
どうにかして近づく方法は無いのか?
んー。ん?
あれならいけるんじゃないか?
パッと閃いた瞬間、マリーがいる方向、――ボス部屋入口へと走り出した。
ちらりと後ろに意識をやれば、再びブレスを放とうとドラゴンが口を開き準備をしているところだった。
ちょっと急ぐか。
「マリー!ドラゴンと常に向き合う形で俺に結界を張れないか!?」
「――!張れるわ。ちょっとあまり動かないで待ってて!」
よし、ここは全面的にマリーを信じて攻めに出よう。動かなかったら死ぬしな。
入口前に到達した俺は一旦静止したのち、急遽方向転換、ドラゴンに正対してクラウチングスタートを決め込んだ。一世一代の大勝負ってやつだ。
動くなって言われると動きたくなっちゃうよね。
「んじゃ、頼んだ。マリー!」
「た、頼んだって話聞いてた?無茶言わないでくれる?!動き続けてるものに結界張るのって結構難しいんだからー!」
若干腰を曲げて走り続け、ドラゴンがブレスを吐いたタイミングに合わせて加速し、一気に腰を落とす。
そんな俺の真上を炎が通過していった。しかし、正面で悠々と佇むドラゴンは俺に気づいたようで、炎を吐き続ける顔を徐々に下に向ける。耐熱魔法を掛けてもらっている筈なのに、ジリジリと肌を刺すような暑さだ。
全身が炎に包まれ視界が赤く染まりかけたその時、体に感じていた豪熱が突如消える。
「ま、間に合った!」
どこからかマリーの声が聞こえた。タイミングは流石と言うべきか。
ドラゴンには俺が炎の中で燃えているように見えているだろう。
気づかれないよう、限りなく接近した俺は、聖剣を横に構え両手でしっかりと握り首元に狙いを定めて飛び跳ねた。
「うおおおお!!」
『GYAO!?』
――カーン!
逆鱗目掛けて聖剣を一閃するも僅かに首を捻られ、逆鱗周辺の鱗を数枚浅く切り裂くだけに留まった。
鱗は予想を遥かに上回る硬さで、 全く刃が通らない。
聖剣を振り抜いた俺の横っ腹にドラゴンの爪が迫る。
ドラゴンのブレスを防いだ結界すら、ガラス窓に石でも投げたかのように呆気なく割れてしまう。
勢いが一切劣らず迫りくる爪を聖剣の腹で向かい打つも、あまりの威力に吹き飛ばされ、壁に衝突した。
「いてて、流石ドラゴンってだけはあるな」
腕がジンジンする。聖剣の、爪とぶつかった箇所を見るがヒビは愚か傷一つない。
聖剣は俺と違って優秀だな。
今の一撃で俺のHPが半分以上削られてしまったが、有益な情報を入手することができた。対価としては上々だろう。
「わかったぜ」
距離の開いたドラゴンに剣の切先を向けて、不敵に笑ってみせる。
こいつは一撃一撃の威力が即死級の代わりに、動きがそこまで速い訳では無い。
俺からしてみれば鈍いくらいだ。
ステータスを見た時に倒すのは絶望的だと思っていたが……。
戦ってみると分からないものだ。
今の攻防でこいつの弱点がほぼ確定した。弱点は――、
「てめぇの弱点はおとぎ話通り、逆鱗だぁぁ!!」
俺は再びドラゴンに向けて駆け出す。
逆鱗を容易に狙う為にも、まず優先すべきことは何か。
それは翼を封じ、機動力を落とすことだ。
ワイバーンとなら何回か戦ったことがあるが、胴体と翼の間にある関節部分はどの個体も比較的柔らかかった。
果たしてドラゴンにも同じことが言えるのか?
「その答えは、直接お前の体に聞いてやる!」
僅かにドラゴンが怯んだように見えたのは気のせいだろうか。
ドラゴンは火の玉を俺に吐き出しながら、みるみる上昇していく。
迫る火の玉の軌道を確認し、最小限の動きで回避し続けドラゴンへの最短距離を突き進み、高く昇り続けるドラゴン目掛けて跳び上がった。
しかし、遥か高みにいるドラゴンには届かない。
体は当たり前の如く、重量には逆らえず地上へ落ちてゆく。
落ちてゆく俺を見て、ドラゴンは嘲笑うかのように長い首をうねらせ、金色の眼を細めた。
だが、馬鹿にされて終わる俺ではない。
ポン!ポンポン!ポポンポン!
空中を蹴る度に、気の抜ける音と共に体が勢いを取り戻して上昇していく。
これは俺が履いている『天翔のブーツ』の効果で、魔力を足元に集中させながら宙で足を踏み込んだ際、瞬間的に足場を作りだす。
このブーツのお陰で、俺は難なく空中戦をこなすことができる。
まぁ、使いこなすにはそれなりの錬成期間が必要だった訳だが。
「飛べるのはお前だけじゃないんだぜ」
ドラゴンが再度勢いを取り戻して昇る俺を見やり、慌てた様子で火の玉を吐き出すが聖剣で一刀両断。
旋回するためだろうか。大きく羽ばたかせた右翼に俺は狙いを定め、空中を蹴り進む。
「極剣流――」
剣を持つ両手が頭のてっぺん、つむじ辺りにくるまで聖剣を振り上げ、肺の空気を徐々に吐き出して全身から力を抜き、聖剣に魔力を込める。
魔力を込めた聖剣が赤黒く光り輝くのと同時。
「――狂絶斬」
剣が宙を斬るような乾いた音が響く。
その直後、ドラゴンの右翼がズレ落ち、片翼を無くしたドラゴンもまた、落下を始めた。
落下するドラゴンの背に向けて斬り込んでみるが弾き返された。
堅いな、やっぱり逆鱗狙うしかないのか。
機動力は奪った。そこまで難しくないだろう。
そして、そのまま減速することなくドラゴンは地面に叩きつけられた。
お、顔面からいったな。これで死んでくれれば楽なんだけど。
だが、そんな希望もあっさり打ち砕かれる。
俺がマリーの近くに着地すると同時にドラゴンは力なく起き上がった。
「マリー、鑑定を頼む」
「う、うん」
【ステータス】
《シュランクファイアドラゴン》
Lv:90
HP:2102/5000
MP:707/1560
持久:30/180
攻撃:900
防御:670
魔法:1120
精神:400
俊敏:410
«スキル»
『火炎息:Lv16』『飛行:Lv12』『咆哮威圧:Lv14』『再生:Lv7』『MP回復速度上昇:Lv10』『不屈の炎竜:Lv--』
«装備»
『なし』
半分以上はHPを削れたみたいだ。
それでも俺の3倍近くHPが残っている。とんだ化け物だ。
不安があるとすれば『不屈の炎竜:Lv--』というスキルだろう。
恐らくまだ発動していない。
詳細が全く分からないから対処の仕様がない。できることといったらスキルを発動される前に倒すか注意深く観察するくらいだろう。
【ステータス】
《人族》
«デューク・ゼノ・アルス・ライザーク»
HP:308/720
「マリー、一応回復魔法かけてくれ」
「うん」
俺はマリーに回復魔法をかけてもらう。
仄かに暖かくて、不思議な気分だ。
眠くなってきた。
「ちょっと、緊張感持ちなさいよ」
「悪い」
ステータスを見てHPが完璧に回復していることを確認し、軽く伸びをする。
よし、
「第2ラウンドだ」
まだドラゴンはふらふらと足元がおぼつかないようだ。無防備に逆鱗を晒している。
今がチャンスだな。
不意打ちは卑怯だって?
これは模擬戦でもなければ決闘でもない。殺し合いだ。
隙を見せた方が負ける。それが殺し合いなのである。
「うおおおお!」
上半身を捻って聖剣を後ろに構えて走り、距離を詰める。
そして無防備に晒された逆鱗に聖剣を突き刺す。
聖剣は抵抗なく鍔付近まで深く刺さった。
そのままドラゴンは後ろにぐらりと倒れた。
…………………………………
「……やったか」
どれだけ待とうと動かないドラゴンから聖剣を引き抜き、血を払って鞘にしまう。
てっきり俺が死ぬもんだと思ってたんだが、案外余裕だったな。
にしても、何かおかしいな。
ボスは死んだらその時点で消滅するはずなんだが。
いつまで経っても消えない。
深部になればそれが当たり前なのか?
「マリー、一応かんて――」
顔だけマリーに向けていた、右目を隠す少し長い俺の前髪が僅かになびいた。
「――逃げて!」
咄嗟に振り向いた俺の目に映ったのは、巨大な鎌と錯覚するほどに鋭く大きな爪だった。
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