第33話 総力戦の結末… 上

 「ふぅ…」

 息を吐きだしたクレアシアンは、術を解いたのか、ゆっくりと下降するとしなやかに床に着地をした。

 逆巻く髪も勢いを無くし、掻き上げられていた髪は無造作に落ちだし、その髪を整えるようにしている。


 床に伏せて蹲っているアサトら一同は、各々、ゆっくりと顔を上げてクレアシアンを視界に収め、アサトも上体を起こした。


 「やはり…この体ではきついわね……」

 お腹を擦っているクレアシアンの表情には、うっすらと疲労が見えていた。


 「なら…」

 アサトの後方からクラウトの声が聞こえる。

 「…いえ…、本当わぁ~、一気に勝負を決めてもいいのだけど…。気が変わったのぉ…。おねぇ~さんわぁ~、お嬢さんと狐の子…、そして、坊やを頂くわぁ~」


 「…え?」

 アサトは目を見開いて、そばで立ち上がろうとしていたタイロンを見ると、タイロンは眉間に皺を寄せながらふんばり、立ち上がろうとしていた。

 そのタイロンへ向けて腕を伸ばしたクレアシアン。


 「じゃ…ジャンボさん!」

 アサトが叫んだ言葉に目を見開いたタイロンは、アサトからクレアシアンへと視線を移した。

 「払いなさい!」

 低い声でクレアシアンが言葉にして、指先を払った瞬間に、巨体であるタイロンの体が大きく払われ、床を転げながら遠くにある壁へと叩きつけられると、その瞬間に、ゲフっと吐き出した鮮血が口から溢れ出してきていた。


 「…まぁ~~」

 クレアシアンは驚いた声を上げて、タイロンからアサト…ではなく、その向こうにいる者へと視線を向けた。

 アサトは、クレアシアンが見ている方向へと視線を向けると、そこには、短いロッドを突き出して立っているシスティナの姿があった。


 「…システィナさん…」

 アサトがつぶやく。

 その言葉に反応はしてないシスティナは、まっすぐな視線でクレアシアンを捉えていた。

 クレアシアンは、システィナから、今度はアリッサへと視線を移す。


 「…お嬢さんが頑張っても、守れない者はあるわぁ~…払いなさい!」

 アサトはクレアシアンの言葉を聞くと同時に、それほど遠くない場所から悲鳴が上がったのが分かり、急いで、その方向へと向くと、今度はアリッサが壁に叩きつけられ、苦悶の表情を浮べていた。

 その近くには、窓があり、窓の向こうからも煙が見えていた。


 煙はどうでもいい…。

 アリッサは、タイロンと同じくゲフっと血の塊を吐き出し、薄く開けた瞳でアサトを見ていた。


 …アリッサ…さん……。

 なんだろう…、これほどまでに実力の違いがあるのか…、身体的に強い所ではない、何をどうしようと…、手を触れずに致命傷を与える事が出来る相手に向かって…僕は……。

 これが…絶望なのだろうか…。


 確かにクレアシアンは強い事を知っていて、実力的にも太刀打ちできない事も知っていた。

 よく考えれば、勝てる根拠のない戦いをしている自分が、今は、みじめに感じている。

 あの時、ドラゴンとの戦いで救われた、その時に見せつけられた力は、絶対的であった。

 それを承知で…、妖刀があるから…、まだ、本当に対峙した、討伐を目的で対峙してないから大丈夫…だったのではないか。


 …これが…おごりってやつなのか…、なにかに酔っていたのか…僕は……。


 アサトの気持ちが揺らめいていた。

 この戦いは…勝てない…勝てないなら…何をしたらいい、どうしたら、みんなを守れるんだ……。


 …その時!!


 「立ってアサト君!負けないで…自分に!」

 薄く開いているアリッサは、今にも目を閉じそうな感じであり、その表情を見て、絶望を感じていたアサトに向かって、後方から聞きなれた言葉が聞こえて来た。

 「まだ…誰も参ったしてない!」

 システィナの声である。

 その声へと視線を向けると、眩いばかりの光が目の前を覆いだした。


 「オークプリンス!!」

 セラの声が聞こえると同時に茶色い肌に、血管と筋肉の筋が浮き上がっている巨体を持つオークが現れた。オークプリンスである。

 その手には、体程の盾と戦斧を持ち、顎を引いて仁王立ちをして現れた。


 「癒しの光…」

 クラウトの声が、セラの後方から、オークプリンスで姿が見えないが、確かに声が聞こえて来ると、その声に伴うように光が辺りに散らばり始める。


 「プリンス!盾役…あの女に向かって進んで!」

 セラの声を聞くと、その言葉に弾かれたように重い一歩を踏み出し始め、その一歩は大きく、再び、反対の足を出し、また、反対と機械的に脚を繰り出し始めて、速度を上げながら盾を前に出して進みだした姿があり、その姿がアサトの傍を通り過ぎる際に、プリンスは横目でアサトを見ていて、その後方に身を屈めながらジェンスがついて行き、そのジェンスと目が合った…、その目は……。


 …そうだ…、誰も参ったしていないんだ…。


 アサトは過ぎた2人を見ながら立ち上がった。

 

 「…まったく…どうしてぇ~~」

 クレアシアンは、近づいてくるプリンスに向かい人差し指を伸ばした。

 「エル…ピナクレス!」

 呪文を唱えたクレアシアンの指先から、黒紫の光が現れると同時に放出され、その光は速度を増し、向かってくるプリンスの盾にぶつかるが、いとも簡単に突き抜け、勢いそのままに胸を射抜いた。


 「ガフっ」

 声にならない声をあげるプリンス。

 光は分厚いプリンスの胸から入り、時間を掛けずに背中から飛び出したが、若干よろめいたプリンスの推進力は失ってはいなく、大きく確かな歩調で、速度は落ちているが、確かにクレアシアンへと進んでいた。


 その後方で、目を丸くしていたジェンス。

 その後ろについたアサト…。

 再び、プリンスを光が襲う、それも一つや二つではない…。

 ズボズボと筋肉にのめり込むような音が、前方から聞こえて来たと同時に、プリンスの背中の肉が盛り上がり、その盛り上がりを、黒紫の光の線が突き抜けて行った。


 …もう少し…。


 盾の役目は無いのかもしれない、穴が開いている盾を上げている手も落ちかかっている。


 …もう少し…。


 「まったく…、」

 クレアシアンは、一歩、一歩と後退をしていると、アサトの前にいたジェンスが、前のめりになりながら飛び出したのに、意表を突かれたのか、クレアシアンの表情が一瞬曇り、そのまま前転をして間合いを詰めたジェンスは、剣先をクレアシアンへと突き立てたが、その先が迫るクレアシアンの表情は、ゆっくりと落ち着き始める…。


 その時である…。


 アサトの視界の色が変わり、何もかもが止まっているような感覚が走った。

 揺らめく薄青色の靄が立っている…。

 目の前には…プリンス。

 プリンスから発せられる靄は…筋肉の呼吸…。

 なら…その向こうには…。

 ジェンスが飛び出した方向の逆から、飛び出そうとしたアサトが見た景色は、眩いばかりの薄青の世界であった。


 プリンスの向こうでは、薄い笑みを浮かべているクレアシアン、それに剣先を突き立てているジェンス。

 そのジェンスに向かい、右腕を向けはじめている。


 …払うのか…。


 揺らめく靄は、呼吸を見せている。

 ジェンスから発せられている靄が急速に縮まり出し、クレアシアンから発せられる靄は、大きく立ち上がり出していた。


 …彼女の弱点は…これだ!。

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