第32話 始まる、力と力のぶつかり合い 下
「エル…、バヒュート……」
呪文を唱えるクレアシアンは指先を小さく動かすと、その動きと同時に床から真っ黒く紫を伴った炎が立ち上がり、その炎に向かってクレアシアンが、再び指を小さく動かすと、真っ黒く紫を伴った炎は、踊るようにアサトらの前方で渦を作り出し始め、小さな竜巻のようになった。
タイロンとアリッサが立ち止まり、両手で盾を構えた。
「なんだろう…」
真っ黒く紫を伴った炎で出来た竜巻をみているアサトが、タイロンとアリッサの間から見て言葉にした。と…。
渦の回転を利用して、何かが飛び出してくるのが見え、それは…、先ほどと似た先端がとがった結晶のようなモノであった。
「…!来る!」
ガツガツと盾に当たる音が聞こえ、その勢いは、盾の形を変えるような勢いであり、体を当てて耐えているタイロンとアリッサの盾は、ぶつかった場所が窪み出し、パラパラと音を立てて床に落ちる結晶が、タイロンとアリッサの足元に広がっていた。
「凄い…衝撃……」
アリッサがつぶやいた。
見た目は小さいが、遠心力を使った攻撃のせいなのであろうか、見た目よりも衝撃が強いようであった。
「エル…、ホークデム!」
アサトの後方から呪文を唱えたシスティナの声が聞こえ、その呪文と同時に風を切り刻むような音が、アサトらの頭上を通り抜けていった。
その先にはクレアシアンがいて、先の鋭い結晶がクレアシアンの傍まで来ると、目を細めたクレアシアンは、左手を大きく払って見せた。
その瞬間、システィナが発した結晶は、腕の動きと同調するかのように払い振るわれた。
「エル…、ホークデム!」
再び唱えられた呪文と同時に、風を切り刻むような音を伴い、数個の先の鋭い結晶が、アサトらの頭上を通り過ぎて行くが、近づく結晶に向かい、腕を払うクレアシアンの前に、いとも簡単に払われて床に転がる軽い音が、部屋中に響き渡っていた。
「エル…、ホークデム!エル…、ホークデム!エル…、ホークデム!」
何度、その呪文が聞こえたであろう。
その度に、頭上を通り過ぎる結晶があり、クレアシアンは、腕を何度も振り、その攻撃を振り払っていた。
「エル…、アルネベルト・スト!」
システィナの呪文に、小さく眉が動いたクレアシアンは両手を広げると、勢いをつけて掌を目の前で合わせ、再び勢いをつけて両腕を広げた瞬間。
辺りに大きな旋風が吹きだし、その旋風に真っ黒く紫を伴った炎の竜巻も消え去り、また、耐えていたアリッサやタイロンも下半身に力を込めているのが分かった。
アサトの後方からは悲鳴が聞こえ、その悲鳴は、遠くへと流れて行ったように感じられた。
耐えていたアリッサも転げるように後方に飛ばされ、それに巻き込まれるかのようにアサトとケイティの体勢も崩れ、タイロンは耐えていたが、アサトが咄嗟に、タイロンの鎧を掴んだせいで、巻き込まれる形になってしまった。
旋風は一瞬である。
逆巻く髪を振り上げているクレアシアンは遠くにいて、その表情は冷ややかであった。
……ゴーレムサイド…
砦から聞こえた悲鳴に振り返るアルベルトは、すでにアイゼンの傍に来ていて、砦の窓から何かが噴き出しているのを見ていた。
風であろう、その風は、建物の中にあるモノを、外に払い出しているようであった。
「あっちも大変そうだな…」
「あぁ…だが、あちらに手を貸している場合ではない。どうも意思を持ったような感じだな」
冷静な視線で、立ち上がろうとしているゴーレムを見ながらアイゼンが答えた。
「…それで?これからどうする…」
「…まぁ…想定内だとしても、打つ手は同じだ。砦には向かわせない為にも、ここで足を止めとく…」
「…ッチ。打つ手がないってのが正解だが、分かった。」
アルベルトはゴーレムへと視線を移して答えた。
打つ手が無いのは確かであり、意思を持った動きに変わったのも確かである。
今までは、石でできた人形のように翻弄させるだけの動きであり、翻弄させようとしていたアイゼンらを、反対に翻弄させていたようであったのかもしれない。
固い岩で出来た人形なのかどうか…、アルベルトがつぶやいていたように、生き物かも疑わしい存在であり、どんな攻撃にも微動だにしない、また、どんな攻撃でも傷がつかないモノに、どう立ち向かえばいい…。
情報不足とは言え、これまでやっていた事は、ほとんど無駄であったのは確かであり、頼りは…砦の中での事態収拾かクレアシアンの拘束、または、逃避にしか勝機は見いだせない状況であることに、アイゼンは、握っていた大剣の柄に力を込めていた。
もどかしく歯がゆい…その感じは、怒りにも似た感情であり、目の前にいるアルベルトが冷静なのが救いであった……。
「こいつが意思を持ち、俺たちを敵と認識したら…どう攻撃に出ると思う…」
アルベルトの言葉に一瞬の間が開いた。
「…想定は…できていない…」
「…そうか…、なら出たとこ勝負って事だな…」
呟くように吐いた言葉は、アイゼンにとって重い言葉であり、なんの明確な攻略法もないままに、狩猟者を向かわせる事に痛みを感じた瞬間であった。
「サーシャ、エイアイ…ここは頼む。アルと行く…」
「アイゼン…」
小さく言葉を発しているサーシャを尻目に、アルベルトは、その言葉を待っていたのかどうかは分からないが、アイゼンがサーシャへ言葉を発したのを聞くと、ゴーレムへと進み始め、それに追随するかのように進み始めたアイゼン。
すると、何処からともなくロマジニアの姿があり、それに遅れまいとポドリアンとグリフも続き始め、アイゼン率いるパイオニアの動きを見ていた、エンパイアマスター、フレシアスは、側近に向かって話しかけると、その言葉を聞いた側近は、小さく頭を下げ、周りにいるエンパイア狩猟者へと駆けだして行った。
ほかのパイオニア狩猟者も、ケガの手当てを終えた者から、アルベルトらに続けとばかりに進みだし、側近の言葉を聞いたエンパイア狩猟者らも、装備を手にして、その流れにつき始めていた…。
狩猟者らが向かう向こうには、今にも立ち上がりそうなゴーレムの姿があった……。
先頭を進んでいたアルベルトは、歩調を早め始めると、首から垂れ下がっているロープに向かって進み、助走をつけたのちに大きく踏み出してロープを掴んだ。
勢いよく掴んだロープは、振り子のように前後に動き、巧みに体を使って反動をつけるアルベルトの体は、大きく振りだされ、時間を置かずに、その振り幅が大きくなる。
ロープは1本だけではなく、数本のロープがあり、そのロープに向かいディレクも飛び移ると、その他にも数名が飛び移った。
「頭を何とかするぞ!」
アルベルトが、次々に飛び移っているディレクらに向かって声をかけ、その言葉に反応を示している者らの姿が見えたが、振り子のように動いているのはアルベルトだけであり、そのほかは、ロープを使って登っている。
ゴーレムの形が変わる…。
岩と岩がぶつかる音が聞こえてくると、振り子のように動いているアルベルトは、その変容を見ている。
岩が鎧のようになり始めている。
「…そう言う事か…。こいつ…」
動きを見ていたアルベルトは何かを感じ、鎧と化している岩の動きの奥に何かがいるのを感じていたのであった。
その感じは……。
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