第29話 交渉は、決裂! 上
「…まさかねぇ~~」
クレアシアンは、ゆっくりと動き出した。
今度は、クラウトが座っている方向へと進みだし、アサトには、彼女が妖艶な微笑を浮べているのが見え、そして、その向こうにある窓からは、煙らしきものが立ち上がり、多くの声と金属がぶつかる音が聞こえてきていた。
外では、アルベルトらが戦っていると思うと、ココで悠長に座っている場合ではない事がわかるが、このペースは、彼女のペースであり、それも…彼女が、力量的に強いと言う表現で有利であるからなのかもしれない、力量的に…、そう、それは変えられることが出来ない絶対的な力の差である。
動いても勝てない。
勝てないとは…。
彼女に対して勝てないと言う事は、死を意味していて、身ごもっていると言っても、魔法と言う曖昧であり、また、物理的に痛みを伴なえる攻撃を発することができ、尚且つ、オーブの力によって守られている体、全てが完全であると言っても過言ではない。
今のアサトらにとっては、はっきり言って勝てる相手ではない…。
なら………。
進むクレアシアンは窓の外を見ると、うつ伏せに倒れているゴーレムの上には、アルベルトらが立ち、槍を突き刺している姿が見え、ゴーレムの周りでは、炎で周りを熱くして、熱で石を溶かそうとした痕跡が見えていた。
「外も手こずっているようねぇ~~」
言葉が軽く感じられ、その言葉に振り返ったクラウトは、後ろの方にあった窓から外を見ると、その行動に同調するようにアリッサとタイロンが振り返り、システィナも振り返った時に、クレアシアンが目の前で立ち止まった。
「おかしいと思ったのよねぇ~~」
クレアシアンの瞳には、目を大きく見開いたシスティナがいて、見下ろしているクレアシアンの姿があった。
彼女の言葉に、外を見ていたクラウトとタイロン、システィナの隣に座っていたアリッサが視線を移し、アサトらもクレアシアンとシスティナを視界にとめる。
「わ…わたしは…」
「いいのよぉ~~。でも…驚いたわぁ~~~、
システィナの視線へと小さく妖艶に微笑むと、その後ろを通り過ぎ、今度は下座にて立ち、一同を見たクレアシアン。
「…彼女を貰うわぁ~~」
今度は、大きく妖艶に微笑んでみせた。
「え!」
思わず言葉を漏らしたアサト。
「シス!」
ケイティが立ち上がり、向かいのタイロンとアリッサも手放していない盾を小さく上げ、セラは目を見開き、アリッサの向かいに座るジェンスは、クレアシアンを一度見てから、席を急いで立ち上がり、アサトの後ろまで進んできた。
クラウトは、ジェンスがアサトの後ろに立つと同時に席を立った。
「そんなに焦らないでぇ~、メガネ君もぉ候補だったけど…、狐の子も捨てがたかった…。坊やわぁ~……」
アサトをうっとりとした視線で見つめ、その視線に息を飲むアサト。
「…もう少し大人になってから…ナガミチに近づけたらねぇ~~、そして………」
クレアシアンの言葉に立ち上がったアサトは、一歩、席から離れ、ジェンスに並ぶ。
「…この中で、もっとも危険な子がぁ…この子ぉ…」
システィナを見下ろしたクレアシアンは、おもむろに、システィナの胸にあるペンダントトップへと手を差し伸べると、その行動に、ペンダントトップを両手で隠したシスティナ。
「…決めましょう!投降しないのなら…」
クラウトが大きく言葉にすると、手を止めたクレアシアンは、そのままの姿勢でクラウトを見る。
「投降しないならぁ?」
うっとりとした言葉を発しながら姿勢を戻し、背筋を立てたクレアシアンは、その場を離れ、テーブルから距離を取り始めた。
「実力行使とでも行くのぉ?…メガネ君………」
クレアシアンの言葉にケイティらも立ち上がった。
「8人で挑んでもぉ…おねぇ~さんには勝てないのは分かるわよねぇ~~。まともに戦えるのは…坊やとぉ…お嬢さんくらいかなぁ~~」
テーブルから距離を置いたクレアシアンは目を細めると、しなやかに右手を上げ始めた。
クレアシアンの動きを見ていたアサトは、“妖刀”の柄へと手を伸ばす。
「ケイティ…、長太刀はいらない…」
小声で言うと、その言葉に小さく頷いて見せるケイティの傍には、すでにセラも来ていた。
「セラ…長太刀をお願い!」
長太刀はセラが持っていた。
その言葉に小さく頷いたセラは、長太刀の鞘に付いている細い布を伸ばし、その中に体を潜らして背負った。
「フフフ…、いいわぁ~~、なら…ここで終わりにしましょうぉ……。」
クレアシアンの右手は水平に上がり、足元から小さな上昇気流を発生させ始めた。
「闇と光の神に仕えし、ドラゴニアの神よ…わたしに力を……」
クレアシアンの言葉が風に乗り、部屋中に響くような感覚にとらわれ、その言葉に対して、小さく吹いていた上昇気流も激しさを増し、黒紫色の髪が逆立ち始めている。
システィナとアリッサ、そして、タイロンがクラウトの傍に近づき、アサトとケイティ、その後ろには、ジェンスとセラがついた。
部屋中の家具がカタカタと揺れ出し、テーブルクロスもはためき始めると、上に載っていたカップらを大きく動かし始めた。
「私が提案する条件はもう一つあります…その答え次第では、無用な戦いを防ぐことが出来ると思います。」
「提案?」
「ハイ…、あなたが投降しないのなら…、この地を去って貰いたい…、そして、この地には、2度と立ち入らないと誓ってもらいたい…。」
「私の罪わぁ?」
「被害者への謝罪として、金銭での和解を提案したい」
「金銭?」
クラウトの視線は、少し浮き上がり始めたクレアシアンを捉えていた。
細くうっとりとした視線で、小さく見下ろしているクレアシアンは、何かを考えているようである。
「金貨での支払いを要求したい。」
「フフフ…、それは、アイゼンさんの考え?」
「そうです。最悪の事態を想定しての妥協案です。」
「まぁ~、それが妥協案?」
クレアシアンの言葉に目を細めたクラウト、アサトは、妖刀の柄に手を乗せて力を込め、その妖刀からは、怨念のような熱く、気持ちの悪い声のような響きが聞こえてくるように感じられている。
今にも抜きたい気分になっている自分を、制止させるのが精一杯であった。
…これが…妖刀…。
柄から伝わってくる感情は、憎しみや怒りがこもっていて、体が熱くなる感覚がある。
…これは…。
この感情に触発された血の動きであるのも分かる、多分、クレアシアンの血が、感情と共に血を欲しているようであると思えた。
2人の会話は続いている。
「その妥協案わぁ~…、あなた達にとってでしょうぉ?わたしにわぁ~、メリットが無いわぁ~。優位性は、私にあるのよぉ…わかっているのぉメガネ君?」
「……」
予測していたのだろう。
表情一つ変えずにクレアシアンをクラウトはまっすぐに捉えていた。
「あなた達の条件につりあうとしたらぁ~~」
水平に上げていた右手の人差し指を、真っすぐにシスティナへと向けた。
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