第26話 砦内でのおもてなし 下

 …クレアシアンサイド…

 クレアシアンに促されるままに進むと、壁に面して門を通り、灰色で出来た砦の入り口へと進んだ。

 砦の入り口には、大きな2枚の木製で出来た扉が内側に開かれ、その入り口を通って砦内部へと進むと、ひんやりとした内部で、大きく拓けた円状のエントランスとなってあり、その奥には一枚扉が見えていて、扉の向こうが何かはわからないが、確認できるのは、エントランスの他に、その扉の向こう以外には部屋は無いと言う事だけであった。


 大きさから言って、1階に当たる部分は、このエントランスだけのようであり、弧を描いている壁に1本の階段が沿って螺旋状にある。

 暗いエントランスには、篝火が、壁沿いとエントランスの中心にたかれてあり、思ったほど暗くは感じられず、壁には、ステンドガラスで装飾された窓が数か所見えていた。


 クレアシアンは、重そうな動きで階段へと進む、アサトらも警戒を緩めないで、その後に追随をした。


 螺旋の階段は、壁を一周するようにあり、傾斜も思ったほどに急では無く、登りながらエントランスを見ると、その場では気付かなかったが、エントランスの床には、抽象的なドラゴンの紋章が大きく、エントランス一杯に描かれていた。


 2階に上がってきた螺旋状の階段が少し平坦になると、数メートル行った所で再び階段状になり、3階へと続く階段と見てわかった。


 2階の平坦部分の場所には、2階の部屋へと入る大きな扉があり、その扉を抜けて部屋に入ると、殺風景な空間があった。

 大きな窓が均等に12枚、開け放たれていて、その窓から外の戦闘の音が聞こえてくる。


 窓のそばには、長テーブルが用意されていて、そのテーブルには、白いテーブルクロスが皺ひとつない状態であるのが見てわかった。

 テーブルの上にはティーセットが置かれてあり、クレアシアンは、迷うことなくそのテーブルへと向かって進んでゆく。


 アサトらは警戒をしながら部屋を見渡すと、テーブル以外には、天幕が付いているベッドと小さなクローゼットに、その傍にはロッキングチェアーがあり、その近くには、“カオス”の村で出会った、セラの爺さんが使っていた蓄音機があった。

 その蓄音機からは、心地よい音楽が流れていたが、この広い空間に対しては、物寂し気な雰囲気を漂わせる旋律に感じた。


 クレアシアンは、辺りを見渡しているアサトらに小さく、妖艶な笑みを見せた。

 「殺風景でしょうぉ…。」

 その言葉にアサトはクレアシアンを見ると、クレアシアンは小さく肩を竦めながら、一同をテーブルへと誘った。

 「夕べ、アサトが言った言葉を覚えていますか?」

 アサトの後方からクラウトの声が聞こえ、その言葉を聞きながら、クレアシアンはティーセットへと手を差し伸べ、しなやかな指使いで準備を始めた。


 「投降して欲しい。お腹の子供の為にも…」

 「なぜぇ?」

 椅子は8席あり、その椅子の前に受け皿を置いて歩くクレアシアンは答えた。

 「なぜって…。戦いたくは無いです…」

 アサトが答えると、その答えに小さな笑みを見せ、丁寧な扱いで受け皿を配置し終わったクレアシアンは、今度はカップを置いて歩き出した。


 「おいしそうな…匂いがするよ…」

 アサトの後方にいたケイティが小さく呟く、確かに、漂ってくる甘く焼かれた香り、その香りは、以前システィナが作っていた物の香りと同じであった。


 「冷めたかもねぇ…。私がぁ、坊や達に食べさせてあげたいと思って焼いたクッキー。まだ暖かいからぁ、冷めないうちに食べてぇ~」

 クレアシアンの言葉に生唾を飲む音が、後方から聞こえて来た。


 …この姫は……。


 「あ…アサトォ…。頂こうよ…」

 小声でアサトに嘆願するケイティ。

 その言葉を聞いたのか、クレアシアンは、再び妖艶に微笑んだ。

 「大丈夫よぉ、毒は入っていないわぁ~。あなた達の提案についてぇ、お茶をしながら話し合いましょうぉ~」


 ティーポットからカップへと薄い茶色の飲み物を注ぐクレアシアン。

 その姿を見たアサトは振り返り、クラウトを見ると、クラウトは目を細めながら状況を見ていたが、アサトの視線に気付いたのか、アサトへと視線を移し、少し考えてから小さく頷いた。

 その行動を見たアサトは、ケイティをそのまま見たが、ケイティは、すでに目がトロンとした状態であった。


 「…じゃ…いただきましょう……」

 アサトの言葉にケイティがいち早く動き、一番近くの椅子に腰を降ろすと、目の前にあるクッキーの山に手をかけ、ケイティの右隣にアサトが座り、左隣にはジェンスが座った。

 その隣にセラが座ると、目の前にあるクッキーの山に手をかける。

 アサトの向かいにクラウトが座り、タイロンとアリッサ、そして、最後のシスティナが座った。


 ケイティとセラがクッキーを頬張っている。

 テーブルの先端にクレアシアンが立ち、頬張っている2人を優しい表情で見ていた。

 「…確かにぃ…子供は可愛いわぁ~。私の投降を願っているのはぁ、サーシャねぇ~…」

 クレアシアンの言葉にクラウトとアサトは小さく頷いた。


 「彼女の娘はぁ…、チャ子ちゃんって言ったわねぇ~。何度か街で見かけたわぁ~」

 「街って…」

 アサトは目を見開いた。

 クレアシアンが街、『デルヘルム』に来ていた事に驚いたのは、アサトだけではない、クラウトも目を細めてクレアシアンを見上げていた。


 「そんなに驚く事じゃ無いでしょうぉ~、私を知っているのわぁ~、アイゼンさんの仲間くらいだからぁ…それにぃ、ここは寂しいしぃ…。」

 「寂しいって…」

 遠くからシスティナの声が聞こえる。

 アサトは、システィナを見たかったが、どうしてもクレアシアンから視線を外す事が出来なかった。

 大きく張ったお腹が目の前にあり、その上には、お腹よりも小さいが、確かにボリュームのある胸があった。

 そして、その胸元に輝くペンダントトップ…。

 あの時、そのペンダントを返さなかったら、今頃は……。


 ゆっくりと視線をアサトにむけたクレアシアンは、凝視しているアサトに妖艶に微笑んで見せた。

 アルベルトと始めて会った時に感じた感覚とは違うが、その視線は、見透かしているような視線に感じられた。


 「投降の意味はわかるぅ?坊やぁ…」

 「え?」

 クレアシアンの言葉に我に返ったアサト。

 「投降って…それは…、その……」

 しどろもどろに答えるが、やはり見透かされているのか、クレアシアンは、フフと小さく声に出して笑い、クラウトへと視線を移した。


 「この場合、適切な表現ではない事は分かっています。お腹の子供の為にも、戦闘は控えた方が良いのではないかと思っています。」

 「そうねぇ~、適切では無いのは確かねぇ。だってぇ…おぇ~さんの方が強いからぁ~…」

 確かにそうである。


 クラウトの言葉にアサトは思った。

 投降とは、こちらが有利であり、また、相手に降伏を迫る表現である。

 状況から言って、自分らよりも強い相手に降伏を迫る事は考えられないし、適切な言葉でもない。


 クレアシアンは余裕の笑みを見せた。

 その笑みの意味は……。

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