第25話 砦内でのおもてなし 上

 ドドドド……。

 大きな爆発音がゴーレムを包み込んでいる。


 アサトらが霧にまぎれてその場を通り過ぎようとしていた。


 グリフとポドリアンの姿が見え、固そうな太いゴーレムの足へ何かを巻いているようであった。

 視界を奪われているゴーレムが腕を振り回しているのが見える。


 「立たせろアル!」

 ポドリアンの声が、霧の張っている合間から聞こえてきている。

 「あぁ…撤退だ!」

 応答しているのはアルベルト。


 その言葉に一斉に狩猟者が引いて行く。

 アサトらは、霧につつまれているゴーレムの姿を後方で捉える位置にきていた。


 拓けた荒れ地は、黒く焼け焦げてあり、黒い土壌のような柔らかい土に、灰色の大きな石と真っ黒に焦げている木々の姿が見え、その向こうには石で出来た円柱の建物を、綺麗に積まれた石の壁で囲っているようだ。


 そこが目的の砦である。


 3階建ての建物は、均等に窓が3段にみえ、円柱の建物の上部には、凹凸に石が並べてあり、まだ遠くだが、かなり大きそうな建物に見える。

 また、あまりにも質素な造りであるのに、アサトは少しばかり戸惑いを覚えていた。


 クレアシアンの容姿や姿を見る限り、派手好きとは言えないが、もう少し、色があってもよさそうな感じがしていたのである。


 外周を囲んでいる壁の前には、芝生のような緑色の絨毯が覆い、また、木々も見えて、わずかばかりだが花壇であろうか、小さくブロックを積んでいる場所には、緑の葉のなかに、赤や黄色、白色などの花が咲いているようである。


 その花壇の前に、麦わら帽子を被り、如雨露を使って水を撒いている者の姿が見えた。

 その姿は、腹部が割れんばかりに大きく見え、麦わら帽子の裾からは、黒みがかった紫の長い髪が見える。

 玉虫色に変化するドレス。

 その裾は地面につき、まだ長いのであろう、少しばかり引きずるようにあった。


 だいぶ近づいた。


 砦と思われる建物も大きく見えてくると、後方から、何かが倒れるような音と共に地面がかすかに揺らいだ。

 アサトらは立ち止まり後方を確認する。

 その後方には、霧がすっかり晴れた場所に、前のめりで横たわるゴーレムの姿が見えた。

 そのゴーレムに向かい、進みだす人影も確認できた。


 見とれていた訳では無い、確認しただけである。


 アサトは咄嗟に砦へと視線を移すと、タイロン、アリッサが先頭にいて、そのアリッサと目が合い、アリッサもアサトの行動に、正面へと視線を咄嗟に向け、隣にいたタイロンも同じく視線を前にむけた。


 アサトの少し前にジェンスとケイティが、すでに砦を見ていて、その後方に位置するクラウト、システィナ、そしてセラらは…、確認できないと言うか、アサトは砦を見るだけであり、確認をしている余裕はなかった。


 砦では…。

 何かの気配に気付いたのか、麦わら帽子の姿が、アサトらへと視線を向けている、その姿は、昨夜会った姿、クレアシアンである。


 クレアシアンは、アサトらを見てから、しなやかに花壇へと向き、水を撒き始め、彼女の行動にタイロンが振り返ってアサトを見るが、その瞳には困惑が感じられ、アサトもタイロンの表情の意味をつかみ取っていた。

 咄嗟に振り返り、クラウトの指示を確認するが、クラウトは、目を細めて砦を見つめていた。


 …どう動く……。


 後方からは、威勢のいい声が何重にも響いて来ていた。

 クラウトは、アサトの視線に合わせて小さく頷いて見せたが、その意味はわからない…。


 とりあえず、アサトは姿勢を戻し、こちらの指示を待っているタイロンへと視線を送り、小さく頷いて見せると、タイロンは小さく首を傾げてから前方へと向き、盾を上げて大剣を抜くと、アリッサも盾から剣を抜いて盾を構えた。


 その様子を見たアサトは、小さい歩調で素早くタイロンの背中に就き、ケイティがアサトの行動に追随して、アサトの後方へと着いた。

 ジェンスは、小さく下がりながらクラウトらの傍にすすむ。


 太刀の柄に手を乗せ、片方の手をタイロンの背中に当てると小さく弾いた。

 その合図に、ゆっくり進みだすタイロンとアサト、そして、ケイティ。

 アリッサは、ジェンスらが来るのを待ち、ジェンスの前に立つとケイティの背中を見ながら、ある程度の距離を取って進みだした。


 アサトらの後方では、再び大きな爆発音が聞こえ、衝撃が空気と地面を小さく揺らしていた。

 今度は後方は確認しない。

 黙ってクレアシアンとの距離を縮めている。

 その距離は、クレアシアンの表情が確認できる程まできていた。


 クレアシアンは如雨露の水を使い切ったのか、小さく如雨露の口を上げ、その口先に手を持って来ると、しなやかな動きでアサトらへと姿を向けた。

 にっこりと妖艶な笑みを見せているクレアシアン。

 その表情には、余裕が見えていた。

 戦闘モードに入っているアサトらを、目じりを下げ、うっとりとした目で微笑み、まるで、待っていたと言わんばかりの表情で、この訪問がうれしく、人を迎える時に使う表情に見え、わずかばかりだが心が緩みかけた。


 再び後方から爆発音が聞こえ、その衝撃が空気と地面を小さく揺らしている。

 「いらっしゃい、坊やたちぃ……」

 妖艶な笑みを見せ、歓迎する言葉を発したクレアシアンは、しなやかに進みだし、アサトらとの距離を縮めた。

 クレアシアンの行動に、タイロンが盾と大剣を構え、その後方のアサトは、『妖刀』の柄を握った。

 ケイティも短剣を抜き、目の前に持ってきて構える。


 「まぁ…ぶっそうね…。そんなに怖い顔しないでぇ~。」

 クレアシアンは、その場から遠くない、壁の入り口と思える方向へとしなやかに手を差し伸べた。


 「お茶でもいかがぁ?上質のお茶を取り寄せていたわぁ~」

 彼女の言葉に振り返ったタイロンの表情は困惑していて、アサトも、彼女の言葉に耳を疑っいた。


 …どう言う事だ?


 後方からは、いまだに戦闘の音と衝撃が伝わってきていた…。


 …ゴーレムサイド…

 ゴーレムとの戦闘を繰り返しているアイゼンは、クレアシアンと思わしき者と対峙しているアサトらを、目の端でとらえていた。

 ゴーレムは、立ち上がる事が出来そうに無い状態である。

 固く太い両脚の足首には、幾重にも巻かされてあるロープがあり、立ち上がる事も出来そうにない。


 火焔系の魔法が炸裂しているが、固い岩で出来ているゴーレムに傷をつける事は出来ていなかった。

 …それでいい…。

 アイゼンは剣と盾を前に出して、ゴーレムの首元に攻撃を繰り返している。

 その攻撃は、イミテウス鋼で作られている武器であったのが、救いであった。

 固くて軽い鉱石であり、ゴーレムには、傷をつける事は出来そうにないが、刃こぼれみたいな状態にもなっていなかった。

 ほかの者らも、アサトらの遠征中に武器を作成していた。


 …これでいい、時間を稼げるだけで…。

 アイゼンは、アサトらの動向を見ながら心の中で呟いていた。

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