第22話 明かされた道と旧友の涙 下

 「…今日の討伐戦の目的は…、我々の敵討ちを兼ねてある!その戦に参加してくれている者らには、恐縮だが…、君たちの命を、私らの目的の為に使わせてもらう!」

 アイゼンの言葉に、静まり返っている民衆の中、なぜか太刀の柄を握ったアサトであった。

 言葉はアサトの心に響いている。

 確かにクレアシアンの存在は、この地方にとっては無害であるが、有害でもある。

 その事を天秤にかけると、命を懸けるだけの存在とは言い難いのかもしれない、だが、敵討ちをしなければならないのは、アイゼンやアサトらである。

 ウィザの一件やナガミチの一件に携わった者らなら、この戦は大義名分である。

 だが…、他の者は…。


 「何を言っているアイゼン!」


 アイゼンらの列にいる者が声を上げた。

 その主は、エンパイアのマスター、フレシアスであった。

 フレシアスの声は、静まり返った広場に広がり、その声に反応するように民衆は、一斉にフレシアスへと視線を動かしていた。


 「お前の大義名分はどうでもいい。おまえらの戦?笑わせるな!我がギルドは、戦闘ギルド。自分らより強い者に戦いを挑む。トンネルの奪還は、この地方の悲願でもあるんだ。今更でないが、おまえが言ってこなきゃ、俺たちが始める戦。おまえたちの敵討ちはついでだ!」

 フレシアスの言葉に、なぜか失笑が聞こえ始めた。

 すると、民衆からも声が上がり始める。


 「トンネルの奪還、よろしく!」

 「そうだ、ついでだ。トンネルが奪還できれば、北にも容易に行ける!」

 「商売ができるからよろしく!」

 「子供たちに会いに行ける、ホンと頼むよ、アイゼンさん!」

 「仇を討てよ!」と…。

 幾重にも聞こえてくる中で、戦に参加する者の声も聞こえてくる。


 「俺たちが、そんな事で怖気づくと思っていんのか?アイゼンさん。エンパイアを舐めてもらっちゃこまるよな!」

 「そうだ、エンパイアは、ルヘルム地方最強ギルドだからな!トンネル奪還しようぜ!」

 「おう!行こうぜ!早く行こうぜ!!」…と…。


 湧き上がる声に目を細めたアイゼン。

 サーシャを挟んで、フレシアスが手を伸ばしてきた。

 その手を一度見つめてから、ゆっくりと手を出して強く握りしめ、その光景に、民衆が喝さいの声を上げた。

 その喝さいは、出陣しようとしている討伐隊を、激励、そして、鼓舞するかのような強く、激しい喝さいであった。


 握手をしている2人は、民衆へと視線を向けた。

 アイゼンが民衆を見渡すと、アサトの視線に気付いた。

 アサトは、2人を見ていると言うか、アイゼンを見ていた。

 目が合った両者。

 アイゼンは、小さく口元を緩めると頷き、握っていたフレシアスの手を離し、湧き立つ民衆へと向いた。


 「ギルド…エンパイア!」

 その声に、雄叫びのような声を上げるエンパイア狩猟者らの姿があった。

 「ギルド…パイオニア!」

 再び、雄叫びのような声が上がる、今度はパイオニアの狩猟者らである。


 その雄叫びをじっくりと見たアイゼンが頷き、そばにいたデルヘルム駐在大使に向かい、一度頭をさげると、その場から民衆らへと進みだした。

 アイゼンの動きに民衆らが動く。


 民衆らの真ん中に、幅2メートル程の道ができ、その道を進み始めるアイゼン。

 その後をフレシアスが進み、サーシャが進みだすと、アルベルトは、相変わらずの冷ややかな表情で動き出す…。

 その後にクラウトが続き、各パーティーリーダーらが後を追う。

 一団が過ぎると、民衆らの中に混じっていた参加狩猟者らが後を追い始め、アサトの背中に手が当たった感触が分かると、その感触を確認するために振り返る、そこにはタイロンが笑みをみせ、その隣にはアリッサがいた。

 タイロンの背中越しにケイティが出てきて、アサトの横を通り過ぎ、セラとシスティナに近付いて行った。


 「アサト…、行こう!」

 真っ赤の生地に、黒紫の糸で装飾されているシダが光を吸収しているバンダナを、頭に巻いたジェンスは、アサトの肩に手を当ててから進んだ。

 「あぁ…行こう」

 答えるアサトは振り返り、狩猟者らの流れに混じって進みだす。

 民衆の喝さいは、留まる事を知らないような盛り上がりがあった。


 先頭を進むアイゼンが、広場を出ようとした時に、ふいに立ち止まった。

 民衆が分けてくれた道の真ん中に、髭の顏でずんぐりしている男が立っている。


 ウィザである。


 ウィザの表情を見たアイゼンは、ゆっくり近づき、彼の肩に手を乗せ、小さく何度か握った。

 その行動にウィザは手を置き、アイゼンが握った手を握り返すと、アイゼンは小さく頷き進み始め、ウィザの前に、今度はサーシャが立った。


 「ウィザ…行ってくる…」

 サーシャの言葉に頷いていた。

 ウィザは、ただ頷く事しかできなかったと言った方が正解かも知れない。


 流れる一団、ウィザの前をアサトらが過ぎて行く、見た事のある影を視界に入れる。

 ウィザは…泣いていた。

 大粒の涙を流して泣いていた。

 何度も掌で涙を吹き上げていたが、涙は止まらない。

 その傍らには、ウィザの肩を抱いている女性の姿があった。

 細身の体で、大柄なウィザを受けとめているように見えた。

 ウィザの奥さんなのであろう。

 作っている笑顔だったが、彼女の瞳からも涙が流れているのが分かった。

 その涙の重さが伝わって来た。

 アサトは、ウィザらをみながら握っている太刀の柄に力を込めた。


 …ウィザさん、僕、やります、そして……


 広場を後にした討伐隊は、デルヘルム南正門に用意されている25台の馬車に、次々と乗り込んだ。

 先頭にあたる馬にはアルベルトとインシュアが向かう、そして、ディレク。

 この3名が先頭である。

 その後続に、アイゼンとフレシアスが乗る馬。そして、馬車軍となり、最後尾を3頭の馬が付いて進む。

 馬車軍の脇にも馬に乗った狩猟者が付くようであった。


 アサトとアリッサは馬に乗り、システィナにセラ、ケイティにジェンス、チャ子とレニィらが馬車に乗り込むと、タイロンが手綱を持ち、アイゼンらと共に先頭を進んでいたクラウトが、その隣に座った。


 アイゼンが一度、後方を確認してから、アルベルトへと視線を持って来て、小さく頷いてみせた。


 「さぁ~、行こう!」


 アイゼンの言葉を聞いたアルベルトは、ゆっくりと南正門を出て、レンガや石で整備されている林を通り抜ける道へと進みだし、その後を後続が進み始めた。

 大きな歓声と喝さいの中で、パイオニア、エンパイア合同討伐隊が、クレアシアン捕獲兼トンネル奪還作戦へと進みだしたのであった………。

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