第16話 宵更けるときの来訪者 下

 「…それだけは…やめてください…」

 「あらぁ…そうなのぉ?」

 目尻をさげたクレアシアンが、アサトをかわいく思えている事が分かるような優しい表情になり、その表情は、母性を浮べた表情のようである。

 掴まれた手を、空いている手で握り、小さく力を何度かいれるクレアシアン。


 「…大事なのねぇ~…」

 「はい…」


 アサトの言葉に、瞳を細めたクレアシアンは、小さく頷いて見せた。

 「…仕方がないわねぇ~…」

 引き始めた腕であるが、アサトの手を離さないクレアシアン。

 アサトは、彼女の手から自分の手を離そうとするが、逆にうまく握られ、その腕を見ているアサト。


 「…ぼうやわぁ~、ほんとぉ可愛いわねぇ~…」

 「…」


 心臓が高鳴るのが分かった、あの夜…『ファンタスティックシティ』での出来事を思い出していた。

 クレアシアンの瞳は、艶やかさを纏い、うっとりとした視線でアサトを見つめている。

 その視線に合わせる事が出来ないアサト。


 「…それでぇ~…、ぼうやにわぁ~わかるのぉ?この怨念~…」

 彼女の言葉に目を見開き、意を決したように視線を彼女へ向けると、真っすぐな視線に笑みを浮かべるクレアシアン。


 「…怨念?」

 「…そう…、さっき見ていたけどぉ、坊やがぁ、この武器の手前で固くなってぇ~、触ろうともしないぃ~…、小さく身震いをしていたのをぉ~、おねぇ~さんわぁ、見逃さないわぁ~。それにぃ…闇の血がぁ~…騒いでいたのもぉ~~」

 「闇の血って…」

 「おねぇ~さんの血がぁ、坊やの中で生きているのよぉ…、いつまでもねぇ~」

 握っている手へと、もう片方の手を触れさせたクレアシアンは、小さく、アサトの手の甲を優しく擦り始めた。

 その感触につられるように、再び騒ぎ始めているのであろう、火照ったモノが体を走る感覚を感じ、その感覚が、体の至る所の先まで伝わる。


 「…これって…」

 「大丈夫よぉ、これわぁ~、おねぇ~さんの闇の血がぁ~、ぼうやの体を走っているだけぇ~、悪いモノを食べるけどぉ…害の無い者は食べないぃ。だからぁ…、前にも言ったけどぉ、坊やわぁ~、闇には犯されていないわぁ~。」

 「…」


 不思議な感覚である。

 この感覚が慣れてきているのであろうか、闇の血…が体を走る、その感覚が…気持ちいと思える。

 すべてを預けたら…。


 「…強くなる…強くなれる…」

 呟くように言葉にするアサト、その言葉に目を細めたクレアシアンは、一度だけ、意味深な表情を浮べると、優しく妖艶な笑みへと変わった。


 「力は無限…とはいかないけどぉ…。ぼうやが望むならぁ…答えてくれるかもしれないわぁ~」

 「望む?」

 「そう…闇の力は自由なのぉ、欲しいと思えばぁ、怒りや憎しみなどで増強されるわぁ~。その感覚がたまらないのよねぇ…。だからぁ…身をゆだねればぁ…強くなれるかもぉ…」

 「怒りや憎しみで……」

 再び、呟くように言葉を吐き出したアサト。

 そのアサトを優しい瞳で見ているクレアシアン。


 「…それじゃぁ~、アサト君じゃない!!」

 その言葉にハッと我に返るアサトは、出入り口へと視線を向けた。

 クレアシアンは、小さく瞳を閉じると、息を吐き出しながら、声の方へと視線を移した。


 出入り口の脇に手を当てて、苦しそうな表情を浮べているシスティナの姿がそこにあった。

 白い寝着は、ワンピースで、裾が床まである。

 形のいい胸があり、その胸の谷間が見えるような状況で、出入り口の枠へと肩を預け、小さく、そして、荒々しく呼吸を繰り返し始めた。

 何度か呼吸を繰り返した後、2人へと視線を移したシスティナの瞳は鋭かった。


 「…怒りや…憎しみで得る力は、わたしも聞いた事があります…、その力は…本当の力でない…」

 システィナが言っている言葉は、エイアイが言った言葉のようである。

 「エイアイさんが言っていました。まれに、そのような想いで力を振るモノがいる。でも、その力が本当の力であって、本当の力でない…と…」

 「もうぉ…、そう言えばぁ、ぼうやの仲間にはいたのよねぇ~、わたしのぉ、ちからが通用しない子がぁ…」

 アサトから手を離したクレアシアン。


 「アサト君から…離れて下さい…」

 「ふふふ…どうしようかなぁ~」

 悪戯っ子のような表情でシスティナを見るクレアシアン。

 そのクレアシアンに向かい、システィナは大きく息を吸い。

 「アサト君から…離れて!!」

 武器庫のなかにシスティナの声が響いた。


 その声に目を見開くアサト、そして、目を細めるクレアシアンの姿がそこにあった。

 しっかりとした視線で見ているシスティナは、胸に手を持ってきて、再び、荒々しい呼吸を始めた。

 「感心したわぁ…、あなたの想いぃ~…。そう言われてしまえばぁ~、おねぇ~さん。ぼうやに何も出来ないわぁ~…。」

 システィナの元に進むクレアシアン。


 「明日…あなたを討伐しにまいります。わたしたちは…負けません。」

 近付いてくるクレアシアンに、途切れ途切れの言葉を発しているシスティナ。

 「…この言葉が欲しかったのでしょう」

 最後に言った言葉に、目じりを下げて妖艶な笑みを浮かべ、薄く閉じた瞳には、息を切らしているシスティナを映し出していたクレアシアン。


 「…明日ねぇ~…」

 「討伐はしません。どうか…投降をしてください。あなたの身と…子供の身は、保証します!」

 アサトが叫ぶ。

 その叫びに立ち止まったクレアシアンは振り返り、大きくなったお腹を擦りながらアサトを見た。

 アサトもしっかりとした視線でクレアシアンを捉え、もう闇の血の力を考えていない、いつものアサトの表情であった。


 「…投降ねぇ~…そうねぇ…、明日来るのねぇ~、おじょうさん!」

 システィナを見下ろして言葉にし、その言葉に息を飲むシスティナ。


 「…投降…してください…わたし達は、殺したくないんです。」

 「…そうなのぉ?…わたしをぉ?それともぉ…この子?」

 悪戯気味な口調で言葉にしたクレアシアンの表情は、妖艶な表情であり、何かを探るような表情でもあった。

 その何かは…。


 「…とりあえずぅ、考えておくわぁ…明日。待っているうわぁ~、そうねぇ~~…」

 システィナの肩に手を乗せたクレアシアンは、小さく顎を引いて考えている様子を見せた。

 「…わたしとぉ…、ゴーレムだけで待っていわぁ」

 笑みを作り、何度か乗せた掌を上下させる。

 「アイゼンさんによろしくねぇ~」

 肩から掌を離したクレアシアンは、しなやかな動きで武器庫を後にしていった。


 その香りが…武器庫にまだ漂っている。

 アサトの視界からクレアシアンが消えると共に、膝から崩れ落ちるシスティナが見えた。

 駆け寄るアサト。

 ヘタっと腰を降ろしているシスティナの肩を抱いたアサトに、優しく笑みをみせたシスティナがそこにいた…。

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