第13話 『ドラゴンの女王』との別れと討伐戦要綱 上

 宴は程よい時間となっている。


 ティリオンは、あの後、『灰色の毛虫グレイ・ワーム』らに抱えられて部屋へと戻った。

 軽快な音楽が広間を覆い、流れている。

 シノブは、レースのカーテンがひらめく向こうにあるテラスに出て、『ミーリーン』の街を一望していた。


 夜風が優しく顔を撫でている。


 湾内に停泊中の帆船は帆をたたみ、ひっそりと静まっている海にゆらゆらと浮かんでいる。

 警戒の為に、灯されているであろうと思われる松明の灯りが、小さく揺らめいて動いて見えていた。

 こんな景色は見た事が無い。

 山で過ごしていた2年間は、針葉樹の森からほとんど出た事が無かったシノブに対して、新鮮で、且つ、幻想的に見える光景であった。


 水平線の向こうから見えている星々は、大きく瞬いている。

 本当は、そうでは無いのであろうが、目の前に広がる夜空は、無限に広がる空間に見え、そこにある星らも、広大な空を埋め尽くすように見えている。

 まだまだ知らない世界がここにはある…。


 「美しい光景でしょう?」

 不意に後方から聞こえた女性の声、シノブは、ハッとした表情で振り返った。

 その場には、小さな笑みを見せ、白いドレスの裾を引きずりながらゆっくり進んでくる、小さな女性の姿があった。

 銀色の長い髪は、数か所で編みこまれ、この編み込まれた髪を綺麗に別の編み込まれた髪へと編み込んでいる。

 摩訶不思議な髪形であり、編み込まれていない髪は、まっすぐに腰の辺りまで流れている。


 宵の灯りと広間の灯りに照らし出された姿と髪は、浮かんで見えているようであった。

 その姿は、デナーリス。


 「この建物からみる景色には、いつもうっとりとさせられるは…」

 シノブの隣に来たデナーリスは、シノブを見ずに湾を一望した。

 シノブも同じく湾を見る。


 「灯り一つ一つの下に命があると思えば…、私が守らなければならない命の大きさがわかる。この街で、これだけの灯りがあると思えば、『ウェスタロス』大陸には、この灯りの何倍も灯りが大陸中にある。その灯りを消さない為に…わたしは、進まなければならないと思っている…。」

 シノブはデナーリスを見つめた。

 デナーリスは、いまだに湾周囲に広がっている街を一望している。

 その瞳に映る灯りが瞳一杯に広がっているのがわかった。


 「どんな犠牲をはらっても」

 デナーリスは、視線をシノブに移した。

 その表情の美しさに、同性であるシノブでも息を飲みこんでしまった。

 エルフほどではないが、白い肌がきめの細やかさを纏い、広間の灯りにうっすらと照らされている。


 「この地方で、どんな事が起きているのか…、先ほど、ティリオンさんから聞きましたが、私にはピンときません。争いは…好きでは無いです…」

 シノブの言葉に小さな笑みを見せるデナーリス。

 「誰でも、争いを求めている訳では無い。私も、出来る事なら…でも、使命はあると思う。私が果たさなければならない使命…、悪政が広がる『ウェスタロス』大陸の解放と父の玉座の奪還…。そして…、とこしえに続く平和の確立…」

 シノブはデナーリスから、再び湾へと視線を移した。


 「わたしには、あなたが想像もつかない場所にいる事がわかります。その事は、強い意志が無ければならない事であるのもわかります…。…すごいですね……」

 感嘆の言葉を発したシノブは、デナーリスを見ると、デナーリスもシノブの行動を察したのか、シノブへと視線を移している。


 「ありがとう。でも、これは私だけでないわ、ティリオンや他の者も…そう考えた上に、私の元に集まっている…でも、不安はあるは…」

 「不安ですか?」

 「そう…、今では、この湾も静かだけど、以前は…」

 「リンデル導師に聞きました。火の海だったって…」

 シノブの言葉に小さな笑みを見せる。


 「…この街を統治できない者が、王都を制し、国政を行えるか…。」

 肩を小さく落としてから視線を湾へと向けるデナーリス。

 「…だから…、今は、ここで統治を学び、帆船の完成と共に『ウェスタロス』へと向おうと思っている」

 「…完成ですか…それは、いつ頃になりそうなんですか?」

 シノブの言葉に見なおったデナーリスは、小さな笑みを見せた。


 「そうね…今でも行く気になれば行ける…、でも、私が抱えている兵力の運搬をすべてする為には、少なくとももう200隻の帆船が必要。だから…あと1年ほどと思っている」

 「1年ですか…長いですね…」

 「そうね、長くは感じるは、でも、急いでもいいと言う事はない。学びは必要だと思うわ…、わたしは、この地域を統治して、学ぶつもり…。統治の仕方を…。」

 シノブは、デナーリスの言葉に笑みを見せてから大きく息を吸った。

 潮風に運ばれてきている風が、塩辛い感じの空気を鼻から胸へと流れて行く。


 デナーリスの考え方は、統治と言う言葉に詳しくないシノブでもわかった。

 統治ではないが、このパーティーのリーダーとして、今は、エルフの民を、安住の地と思われる場所に連れて行く事をしているが、いずれは、約束された人と出会う為に旅を続ける。

 その道中で、デナーリスとは違う意味での選択や犠牲が伴われるかもしれない…、その時のために…。


 「あなたは、エルフを送ったらどうするつもりなの?」

 デナーリスの言葉に天を仰いだシノブ。

 「…わたし達の旅は、そこから始まります…。」

 言葉を発したシノブは、デナーリスへと視線を戻した。

 クリっとした瞳がデナーリスを捉える。


 「始まりなの?」

 「ハイ。この後、約束された人と出会う為にフリーカ王国、『モガッディ』まで行きます。そして、バンパイアの王を倒し、仲間にその村を返したら…、あるモノを討伐します…。」

 シノブの言葉に目を丸くしたデナーリスは、一度、大きく息をついてから、笑みを浮かべた。


 「あなたの旅も大変そうね、フリーカ王国、『モガッディ』って言う街がどこにあるかは分からないけど、あなたの旅が無事に終える事を祈っているわ…、そして、約束された人と出会えるように…」

 「ありがとうございます…陛下…。」

 シノブの言葉に首を小さく傾げたデナーリス。


 「…陛下はいらないは、あなたは、かしこまる事はないのよ。デナーリスでいいわ、私は、あなたをシノブと呼ぶ。」

 「…そ…そうですか…なら…ありがとう、デナーリス。」

 その言葉に大きな笑みを浮かべたデナーリスは、広間を見た。

 広間では、大きな笑い声や言葉が交わされている。


 「…また、あえたらいいわね、シノブ…」

 「…そうですね、いつか…」

 少しの間が2人の間を流れて行く。

 「明日、馬と場所を用意するわ、戻ってきたら返して頂戴ね。…クワッツィには、2日はかかると思われるから…。それに…」

 デナーリスの視線はシノブを捉え、そして、少しばかりだが目を細めた。

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