第3話 鍾乳洞 上

 クレアシアン討伐戦まで、残り2日。


 この日、午前中に牧場で修行をしていたアサトらは、午後から、作戦会議を終了したクラウトを入れて、『デルヘルム』より1時間ほど北西にある洞窟へと来ていた。


 予定では、今日の午後と明日の午前中に、この洞窟で最終調整的な狩りをする事にしている。

 考えて見れば、こうして全員で狩りに出るのは初めての事、『オークプリンス』討伐以来、この地での狩りが容易でなくなった事は確かである。


 襲ってくるマモノもいなく、また、出会った種族は、国王の旗や腕章をつけている者までいて、その場で商売のような物々交換をする時もあった。

 街道を少し離れると、襲ってくる盗賊まがいのマモノはいるようだが、クレアシアンとの遭遇やアサトの病気の事もあり、急遽『デルヘルム』へ戻らなければならなかった事で、戦闘となる場面は皆無であった。


 この洞窟の攻略は、話を聞くと、3層まで行ったのが数パーティーだけのようである。

 腕試しに挑戦するパーティーが主だったようで、無理をせずに3層辺りで引き返しているようであった。


 アサトらは、すでに3層へと達している。


 ここまで来るうちに、戦闘らしい戦闘はしてはいなかった…というか、1層、2層までは、狩りつくされている雰囲気があり、グールの気配すら無かった。


 洞窟内では、何個かのガネットを見つけ、他にも水晶と呼ばれる石と金色に輝く石を見つけた。

 金色に輝く石は、黄鉄鉱と言う鉄鉱石のようだ。

 古では『愚か者の金』と言われる鉱物だと、クラウトが話していた。


 その石を先に見つけたのはケイティであり、その言葉に激怒をする場面もあったが、綺麗だからと言う事で、見つけてはセラが背負っているバックに入れていた。


 この洞窟は、自然に出来た洞窟のようである。


 坑道も大きく拓けている。

 鉱山のように手を加えた穴なら、細くて狭い、それに、壁沿いにも篝火がたかれるような場所も設置され、落盤の危険があるようなところには、木の柱で補強されている。

 だが、この洞窟は、ほとんど手付かずである。

 時折り、狩猟者らが休んだと思われる場所に、篝火や焚火の跡が見受けられたが、他には何も無かった。


 自然に出来た洞窟なので進む道は、ほとんど行き当たりばったりである…というか、大きな坑道を通っているだけだが…。


 話によると、3層目までは、この坑道を通った方が良いとの事というか、他の横穴には、グールが根城にしている場合が多いようだ。

 この坑道より、若干小さめの坑道もあるようだが、安全を期して、この坑道を進む事にクラウトは決めたのであった。


 「次の層に行くか?」

 先頭に立つタイロンは暗い坑道を見て聞いてきた。

 クラウトは、アサトとケイティを見てから、寄り添っているセラを見下ろす。

 そのセラは、クラウトの神官服を掴んで暗闇をただ見据えていた。


 「そうだな、まだまだ試したい事はある…。戦力を考えると、もう少し進んでもいい」

 セラから視線を暗闇へと向け、何かを考えている表情を見せた。

 「じゃ…行くか…」

 鼻をならしながらタイロンが盾を持ち上げる。


 「いや…、待て。ここからは、セラの力を試す。」

 その言葉にセラは目を丸くして見上げ、クラウトの言葉に一同がセラを見る。

 「さて…、それじゃ…、何を送り込んでやろうか…」

 顎に手を当て、何かを考えている表情でクラウトは闇を見つめた……。


 銀色の毛に覆われた、体高1メートル50センチはあるであろう、オオカミを見上げながら顎下を撫でているセラの姿があった。


 「『シルバ』と『ギン』」とセラ…。


 …ってか、色の呼び名を、変えただけなんじゃ…。


 「いい?今日は先鋒。前を進んで…、私たちは、後をついて行く」

 セラの言葉に耳を大きく動かしながら、辺りの気配を探る2頭のオオカミ。

 そのオオカミらはセラの言葉を聞くと、アサトらへと視線を移した。

 そして、『ギン』であろうか…。

 顔の判断がよくわからないが、瞳が青のオオカミがアサトの元に来て匂いを嗅んできた。

 その行動に少し驚いたが、すぐさま、そばにいるケイティへと向かい、匂いを嗅ぎ始めた。


 その『ギン』に向かい、いきなり抱きついたケイティは、大きな笑顔を見せながら頬をすりすりとしている…。


 …もう、うちの姫は…。


 その光景を見ていたアサトに、今度は『シルバ』だろう…、緑の瞳を持ったオオカミが同じ行動をして見せている。

 その額にある召喚石が見えた。

 その召喚石は、銀色の炎を宿している召喚石である。


 そう言えばとアサトは、ケイティから逃げ始めている『ギン』へと視線を移した。


 『ギン』にも召喚石があり、『シルバ』と同じ色の召喚石。

 これが判断の材料になればいいがと思っていたが、どうやら、『ギン』と『シルバ』の判断は、瞳の色で判断をするしかないようである。


 アサトから離れた『シルバ』はケイティへと向かうと、ケイティの傍には行かずに、少し離れた場所からケイティの匂いを嗅いでいた。


 …まぁ…そうでしょうな……。


 そんな『シルバ』に向かい、不敵な笑みを見せた姫は…、大きく飛んで『シルバ』へと抱きついた。

 その行動に視線を冷ややかにするクラウト…そして…セラ…。

 再び、頬をすりすりしている姫から逃れるように、その場を後にした『シルバ』だが、姫はがっしり掴んで離れない…。

 観念したのか、『シルバ』は、ケイティと共に、残りのアサトらの仲間の匂いを嗅ぐと、暗闇へと視線を移し、そして、何かを探るように耳や鼻を動かしながら暗闇へと進み始めた。


 ……ヤレヤレ…。


 抱きついたままの姫を伴いながら進む『シルバ』、そして、『ギン』。

 その後を、あきれ顔で進み始めるアサトら一同…。


 「今度は戦い方を変える…、先頭をタイロン、アタッカーをジェンス、サブを…『ギン』と『シルバ』…。」

 クラウトの言葉に、セラは再び、目を丸くして見る。

 

 「君が、『ギン』と『シルバ』に命令をするんだ。いいか?」

 「命令?」

 不思議そうな表情で見上げていたセラは、その言葉に小さく頷いてみせた。

 「今回は、ちょっとした試しだ、セラが、『ギン』と『シルバ』に命令…そうだな…、もし3体の敵がいて、3体が一斉に襲ってきたら…、タイロンが右に弾く、その弾かれたのをジェンスが狩り、次の敵は、左に弾く、その左を…『ギン』か『シルバ』のどちらかに狩らせるか、止めさせる…。3体目は、ジャンボが狩る…、『ギン』でも『シルバ』でも、どちらかが余っている状況…、そこで、劣勢とみられる者の援護に向かわせる…」

 クラウトの言葉を、どう理解していいのかわからない表情を見せていたセラに、システィナが近付いた。

 「大丈夫よ…わたしが傍で教えてあげるし、クラウトさんも…」

 後方から言葉をかけたシスティナを見てから、クラウトへと視線を移すセラ。


 クラウトはメガネのブリッジを上げ、「僕が言う事を彼らに伝える。今はそれでいい。この先、たくさん経験を積んで覚えていけばいい。」

 クラウトの言葉は少しきつかったが、まっすぐに見ている視線に、クラウトの考えがわかった。

 学びは必要と感じたセラは、小さく頷いてみせた。


 グールがいると思われる横穴を見ながら進むオオカミ。


 このくらい大きなオオカミをグールも見た事がないのか、姿を消して行った横穴からはグールの気配はなく、すでに逃げているような感じであった。

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