第2話 力試しの洞窟攻略 下

 アサトは、アリッサの背中に手を当てると小さく弾いた。

 その弾きに、最初の1体目のグールに向かい盾を出したアリッサ。

 その動きに同調するように動くアサトとケイティ。


 今度は、アリッサが先頭でアサトとケイティの順で並ぶ。

 アサトの目の前にいるアリッサの息遣いが感じられ、後方にいるケイティの気配もわかる。


 これが…僕らの戦い方。


 アサトは小さく息を吐き出すと、アリッサの背中を小さく弾いた。

 その弾きに同調するように動くアリッサ。


 3体のグールの内、1体がアリッサに激突する。


 大きく振り上げた手で盾を叩く、その衝撃を両手で盾を持ってたえるアリッサ。

 盾を数回叩いたグールは、今度は盾を両手で掴み、アリッサから盾を取り上げようと試みている。

 そのグールの後ろには、他2体のグールが、大きく裂けた口から長い舌を出し、粘液じみた涎を垂れ流して接近してきていた。

 アサトは、アリッサの脇から飛び出すと、アリッサの盾を掴んでいるグールの左腕に向かって太刀を振り上げた。


 …叩くではない、引く!


 心の中で叫びながら、左腕に対して太刀を振り下ろす。

 腕の感触が伝わって来たと思った瞬間に、素早く、そして、軽く引くと、グールの腕の中に、刃が肉を切り裂いて入ってゆく感覚が柄から伝わってきた。

 そのままの感覚で太刀を素早く引く。


 アサトの後方を、ケイティが短剣を2本構えて、むかってくるグールへと進みだした。

 その気配を感じた時に…、目の前が止まって見えた。


 ……呼吸…呼吸を感じる…。

 

 その呼吸とは、グールから発せられる薄い蒼色の揺らめき…。

 その揺らめきが小さく吐き出され、痛さからなのか、それとも、攻撃を受けようとする動きなのかわからないが、確かに揺らめきが止まり始めている…、でも…。


 アサトは素早く引いた太刀を、迷いもなく引ききった。

 するとグールの左腕が、完全に斬り放される…。

 その瞬間が、ゆっくり動いてアサトの目の前にあり、斬り放された腕は盾を掴み、そして、仰け反り始めたグールは、長い舌を上に向けている。


 コマ送りのように進む風景…。


 アサトは…止まらない。


 グールから発せられている揺らめきは、悲鳴と共に大きく揺らめき立ちだした瞬間。

 グールの後方へと体を動かして真一文字に振った。


 太刀筋は斬るではなく、斬り放す…。

 その為には、流す、そして、流れに沿って、一気に力を込めて…。


 ……焦ってはいけない…、確実に刃の動きを…。


 素早く振った刃がグールの首に当たった瞬間に、引き斬る量を多くとるように少し押し流してから一気に引いた。

 その感覚は、肉を切り、そして、固いはずの骨をも絶ち、…斬り放した…。


 血の吹き上がる勢いと共に軽くなっているグールの頭が少し浮き、体が力なく崩れ去ると、目の前には、目を大きく見開いているアリッサの視線が見えた。


 アサトは、剣先が伸ばしきった場所まで来ると、アリッサの視線から、ケイティへと視線を向ける。

 ケイティは、2体のグールの内、1体の後方へと進み、そのグールの後ろ首に短剣を突き刺そうとしている瞬間であった。

 もう1体は、アサトを捉えている。


 アサトは、間髪置かずにグールの方へと進みだした。

 その後を追い始めるアリッサ。


 …まだ…揺らめきが見える…。


 アサトは、大きな揺らめきが立ち上がっているグールへと進む。

 その揺らめきは、アサトが近付くにつれて終息を始めた。


 …力はいらない、走らせる…だけ…。


 アサトは、大きく太刀を振り上げて…、素早く振り下ろす。

 その感覚は…


 …なんだ?この感覚…。


 確かに、剣先に感じる重い感覚があるが、肉に当たった感覚とは違う。

 以前に感じた感覚…、それも、あの時、ナガミチの手を介して感じた時の感覚。

 重く、抵抗感のある感覚で…、引く!


 宙を素早く振り抜いたアサト。


 目の前にいるグールは、真っ黒な瞳を大きく見開いてアサトを見ていた。

 そのグールの体に大きなひと筋の傷が、ゆっくりと描き出される。


 …あっ、少し焦った…。


 アサトは咄嗟に、目を見開いているグールに向かい進むと、もう1本の太刀を抜き、右の太刀、左の太刀と袈裟懸けで斬りつけ、動きを止めずに首に向かい左手にしていた太刀を突き刺し、とどめを刺した。


 ガフッという声を伴いながら血を吐き出すグール。


 アサトの後方にアリッサが来ると、間を置かずにグールの眉間に剣を突き立てた。

 そのグールの傍にたつケイティは、短剣の剣先を布で拭き上げながら、奥へと視線を向ける。

 奥には、もう数体のグールが見えるが、襲ってくる…、いや、向かってくる気配は感じられなかった。


 アサトは太刀を抜き、ケイティへと視線を移す、その傍で、アリッサがグールを蹴りながら剣を抜いて、奥へと視線を移した。

 肩で息をしている3人、その後方から進んでくる足音がある。

 アサトはゆっくりと構えを解いて、太刀の刃に付着している血を布で拭うと鞘に締まり、その足音が到着するのを、暗闇に薄っすらと見える姿を見ながら待った。

 ケイティとアリッサも同様な行動を取っている。


 クラウトがアサトのそばに立つと、それに寄り添うようにセラがアサトを見上げていた。

 その後ろにシスティナとタイロンの姿が見え、剣を構えながらジェンスが辺りを見渡して来ていた。


 グール9体の肉片を、メガネのブリッジを上げて見るクラウトは、その視線を奥の闇へと移して目を細めた。

 アサトは闇を見たままで、クラウトの気配を感じている。


 その先には、暗闇に揺らめいている姿が、横穴に戻ってゆくのが見えている。


 「久々の実践にしては、ちょっと簡単だったかもな…」

 暗闇を見ているクラウトは、この戦闘の評価を上げてみた。

 その言葉にアサトはケイティを見た。

 ケイティは、振り返ってクラウトを見てからアサトに視線を移し、ニカっと笑みを見せる。

 ケイティの反応の良さには、アサトも頭を下げるだけである。


 自然と、不足をしている部分につき進んでカバーをするケイティは、アルベルトが言っているように、すでに初心者離れしているレベルであり、身のこなしもアルベルトと引けを取らない。


 戦いが優位になっているのは、ケイティのおかげであるのかもしれない。

 確かに、彼女はアサトよりも先にこの地に誘われ、また、『デルヘルム』の隣町の『ゲルヘルム』まで行っていた事を考えれば、アサトよりも場数を踏み、それなりに死線を掻い潜っている証拠なのでは無いだろうか、それに、軽装で突っ込んでゆく姿には、恐れを知らない気持ちの座った『』であると、その笑顔にアサトは感銘を持っていた。


 ケイティが選んだこの職業は、ケイティにとって天職と言ってもいいのではないだろうか…。


 「まぁ~あとは、『ギア』か『グガ』あたりが出てきてくれれば、もっと力試しになるんじゃないかな」とタイロン。

 その言葉に笑みを見せるアサトは、ケイティから暗闇へと視線を移した。


 辺りはひっそりとしはじめ、天井から落ちる水滴の音が、何重にも響き渡り、奥からの冷たい空気も、周りの静まりを纏うように冷たくなってきている感じがしていた…。

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