ガール・ミーツ・ファンタジー


 七月の太陽に照らされるのもおこがましい陰気なビルの一室。

 水浴びを終えた双葉ロゼは、本当に幽霊みたいだ。

 

 この世界はファンタジーじゃない。幽霊なんて存在しないのは分かっている。好奇心旺盛なみりあだって、「ファンタジー」と「現実」という線引きを弁えていた。

 でも、双葉ロゼはその現実の範疇で、考えうる限り最大のミステリーだとも思い始めていた。


「先生、お風呂に入ったら髪を拭いてドライヤーしなきゃダメだって!」


 みりあは最凶のミステリーに口出しをする。

 詳しく知らないけど、髪の毛が濡れたままだとよくないって言うことは分かる。

 みりあの母親が、キューティクルがどうのこうのって言っていたし、風邪を引くから身体にも悪い。


 それにしても、美容に無頓着なのに、どうして双葉ロゼはここまで美しいんだろうか。


 髪の毛だって、正面に下ろすから幽霊みたいになるけど、まっすぐでツヤがあって、それに真っ白な肌も手入れなんてする素振りは見せていないのに透明感がある。生まれたときから全く違うんだと推察する。脳みそから容姿、細胞の一つ一つのパフォーマンスすら全部みりあと双葉ロゼは別次元なんだ。


「垢を落としたばかりだというのに、お前みたいな粘着質な人間に絡まれると、より汚れた気分になる」


「ちょっと、それはひどいんじゃない? わたしは先生の事を思ってっ……ん?」


 みりあの指摘も聞く耳を持たない双葉ロゼは、この部屋で唯一綺麗にされている作業机に就くと赤いラップトップを開いて既にテキストエディタに向き合っていた。


 そのラップトップの隣に、はがきを見つけた。

 ここは大人気ラブコメ作家の潜む場所だ。当然プリンターなんかも置かれていて、原稿のみならずプロットだとかもデジタルで仕上げる双葉ロゼが頻繁に稼働させている。

 だからこの部屋にA4の紙は散乱している。大事な用紙は机の上。没になったものや不要になったものは床に散らかっているか、みりあが一つ一つ捨てていいかを確認した上でゴミ箱に移している。それと雑誌がB5サイズ、文庫本がB6サイズなのでその大きさの紙もよく見かける。でもこの部屋に、はがきがあるのは珍しい。ポストならあるけど、いかんせん外観が外観で暮らしている人間も暮らしている人間という感じだ。水道屋もマグネットを投函するのを躊躇うほど。


「そのはがきは? ファンレター?」


「恋愛相談よ」


「へぇ、またユニークな」


 ファンレターなら見ないけど、恋愛相談なら内容を見ても怒られはしないだろうと思い手に取る。

 裏面に大きく書かれている住所は、このビルを当てているのだろう。地名まではみりあの家の住所と一緒。


 ……差出人住所は「エルフの森」だそうだ。


「冷やかしだもの、ユニークさがなければただ不愉快なだけね」


「一体誰が何の目的で書いたんだろうね」


 そういってペラっと表面を向けて本文を読み流す。

 なんというか、ひらがなも覚えたての小学一年生みたいな字だった。でも難しい言葉や漢字も含まれていてどんな年齢層の人間が書いているのかも分かりにくかった。



あなた様のお書きになった、「耳先5-15センチ」

ありがたく拝読しました。

物語の中のえるふ様達が、森の外の人々と共に学園生活を

謳歌され、事新しい気持ちになりました。

ですが、やはりわたくし達えるふにとって、

森の外の人々との邂逅や共存すらも

想像することが出来ないのです。

わたくしだって未だに、森の外の人間様と

お話したこともありません。

故に物語の中でりーの様のした

「恋」なるものが

わたくしには分からないのです。

りーの様は、幸せになりました。

森の外の人間との恋を実らせることにより。

きっと「恋」なるものは

素晴らしいものであるのだと、

あなた様の書き物より学びました。

わたくしは「恋」を知りたいのです。

もし、叶うのであれば。

わたくしに「恋」を教えてくださいませんか。

 

 

 みりあは双葉ロゼの大ファンだ。新作情報を逐一チェックするくらいの。双葉ロゼの作品に関しては、双葉ロゼよりも詳しいことすらあると思う。


 そんなみりあをしても、「耳先5-15センチ」なんてタイトルに覚えはない。ましてやエルフと人間との恋愛を描いた異色の作品なら記憶から抜けるわけもない。

 冷やかしにしても意図が見えない。


 恋を知りたいと書いてあるのだ。双葉ロゼに対する恋愛相談という見方は出来る。出来るけど、あまりにも抽象的な依頼だ。これがまともな恋愛相談だとしたら過去に見ない難題だ。まぁ、冷やかしと見るのが妥当なのだろうけど。


「にしてもエルフかー」


 エルフって聞いてもパッとしない。

 ゲームとかにそういうのが出てくるのは知っているけど。耳が長いらしい。だから「耳先5-15センチ」。双葉ロゼなら人間の耳先とエルフの耳先の違いから恋愛観の違いまで、上手く描いてしまうのだろう。そんな物語もあるのなら読んでみたいと思う。


「今度はエルフと人間の恋なんて書いて見てもいいかも、なんて……」


「お前が私の活動に口出しをするな」


 さらっと提案するといつもより強めの語調で怒られる。

 小説の事になると双葉ロゼに冗談は通じない。というよりも小説に関係なく彼女に冗談は通じない。

 

 あはは、と笑って胡麻化すけど、そこまで言わなくても良いじゃんと不満に思うみりあと、みりあを煩わしそうにする双葉ロゼ。

 「他人以上知り合い未満」な二人の日常の一コマだ。



 ☆ ☆ ☆



 ──その翌日になると、日常は崩壊した。


 

 双葉ロゼが失踪したのだ。

 気まぐれか、あるいは小説のネタ探しのためにどこかに出かけているのだと思っていたが、二日経っても三日経っても、廃ビルにいるはずの幽霊が現れなかった。


 音沙汰はない。どこにいるのかの手がかりなんてものもまるでない。なにせ、「他人以上知り合い未満」だ。みりあはラブコメ作家双葉ロゼの事はよく知っているつもりだけど、この陰々滅々とした空間に潜んでいる幽霊もどきのことはほとんど知らない。本名も知らないし、何歳なのかも分からないし、好きな食べ物とかだって知らない。


 ビルの一室は空きっぱなし。

 そういえばラップトップがない。双葉ロゼが愛用している赤色が部屋にない。


 ふと、疑問が過る。

 失踪するのであれば、どうして双葉ロゼはこの生活空間を解放しているのだろうか。


 戸締りくらいするべきだと思う。いくら誰も寄り付かないからって綺麗な女人が暮らしているんだ、不用心だとは思わないのだろうか。

 

 失踪から数日たってから違和感を見つけた。双葉ロゼにしては部屋が片付いている。

 没プロットや原稿の類が散らかっていない、相変わらず自分の書き上げてきた小説と何らかの形で自分が掲載された雑誌は散らかっているけど、なんというかそれは双葉ロゼにとっては捨てられると困るほどのモノではないかもしれない。


 ……予定調和の失踪。


 そんな気がした。思い返すと、失踪前日の双葉ロゼにも弱々しさにも似た何かがあった気がする。

 机の上にラップトップがない。

 というより、もの自体がない。普段から机だけは綺麗にする双葉ロゼであるが、常にプロットやキャラクター資料、フローチャートのようなものがファイリングされて、机上に置かれていたのだが、それもない。


 机の足元に小さいゴミ箱がある。執筆に疲れるとお菓子だとかを口にしながらそのゴミ箱に捨てる。そのためだけのゴミ箱だ。他に捨てるものと言えば、ティッシュとかくらいなものだ。

 ゴミの日にゴミを出す役目をやっているのはみりあだからそのくらいは知っている。


 でもいつもと違って、明らかに不自然なゴミが混じっていた。

 びりびりに破かれた紙を見てみりあはそう感じた。

 双葉ロゼは、一貫して紙は床に投げ捨てる人だ。だから不自然なゴミ。


 破片を拾い集めたりしなくても分かる。

 紙質が他のものとは明らかに違う。なにせ、はがきなのだから。


 数日前に届いた恋愛相談だ。

 えるふの平仮名表記がやけに浮いていたアレだ。


 このびりびりにされたはがきと双葉ロゼの失踪が関係しているのだろうか。


 翌日、みりあは出版社へと出向いてみた。

 双葉ロゼの知り合いだと名乗るだけですぐに担当編集の栗田という女性に会うことが出来た。

 

 とはいえ、話を聞こうにも締め切りを守らなかったり、言うことを聞かなかったり、自由すぎる双葉ロゼの考えていることなど分からないとお手上げ状態だった。

 何かのヒントになればと、双葉ロゼの実家の住所と本名をメモに書いたものを渡されるみりあ。

 

 電車で一時間くらいの場所だろうか。

 思ったよりも田舎。みりあが移り住んだ新興住宅地よりも少しだけ緑と坂の多い場所。だけど、綺麗な街並みだ。

 

 マップアプリを片手にメモされた場所まで歩いてみる。

 進んでいく度、人の過去を覗き見ている気分がしてくすぐったく感じる。

 

 途端、ふわりとフローラルがみりあの鼻孔をくすぐった。

 

 ワンピースは花柄。つばが広い麦わら帽子。カジュアルなシューズ。

 くっきりとした目鼻立ちもしっかり窺える。

 

「先生!」


「……お前か」


 みりあの来訪は、それほど予想外ではなかったらしい双葉ロゼ。

 近くにあった自然豊かな広い公園のベンチにみりあを案内して、今回の失踪事件について話を始める。

 

「お前はどう推理した?」


「推理……? 別になにもしてないよ?」

 

「絶句ものね。お前は何をしにここに来たの?」


「何って、先生が突然いなくなったから、探しに来たんじゃん!」


「だったらどうやってここにたどり着いたというの?」


「……どうやっても何も、栗田さんに聞いたよ?」


「あの女か……」

 

 確かに、破れたはがきとか、双葉ロゼが資料の一切を捨てて消えたこととか、不思議はいっぱいあったけど、推理なんてしようと思わなかった。

 みりあは推理の仕方なんて分からない。

 推理の名人の双葉ロゼだってみりあが気付いた時には、推理を完成させているのがいつもの事だった。

 

「仕方ないわね、ヒントを三つ出すわ。正解したら、私の秘密を一つだけ教えてあげる」


「ホント? ……うん、頑張るね」


 三つのヒントは、

 ・双葉ロゼが廃ビルで幽霊のように暮らしていること。

 ・はがきが届くと同時に逃げたこと。

 ・あの場所にあった未発表なプロットや新作のデータだけを消していたこと。


 これだった。

 

 結論だけ言うと、みりあはヒントではなく、ヒントを苦しげに言う双葉ロゼの表情から答えを導いた。

 

 

 ──しつこいストーカーに付きまとわれている。

 

 

 アンチなのか、熱烈すぎるファンかは分からないが、双葉ロゼの作品は目立つ。それに、双葉ロゼは雑誌などで顔だしもしている。かなりの美貌を持つ双葉ロゼのことだから、何もおかしいことではない。

 はがきが届くことも不自然なのだ。なにせあの廃ビルには、ファンレターや編集者からの荷物が届くことがない。ポストは常に空だ。編集の人間も双葉ロゼがあそこで隠居していることは知らずに。にもかかわらず、謎のはがきが届く。それも双葉ロゼが住んでいることに気付いたかのようなはがき。双葉ロゼの行動を鑑みてもそう考えるのが正しい。

 

「正解されたらしょうがないわね、私の秘密……エルフの話をしましょう」


「エルフ?」


「あの女に聞かなくたって、あのはがきの宛先を覚えていたならここまでこれたはずなの」


 公園を見渡す。綺麗な公園だと思う。奥には子供も楽しく遊べそうな池だとかもある。

 花だって咲いている。大き目の公園。

 

「ここがエルフの森よ」


 双葉ロゼはそう告げた。看板に書いてあったのは「双葉中央公園」の文字だった。双葉ロゼの双葉はここから来ているのかななんて考えたりはしたけど、エルフとは結び付かない。でも、スマホで[双葉中央公園 エルフの森]と検索したらすぐに分かった。近隣の人がエルフの森と呼び親しんでいるらしい。昔にエルフが住んでいた伝説があるとかないとか。

 

 

 そして双葉ロゼは、この場所が大好きだった。

 昔、この場所で小説を書いた。伝承をヒントにしたエルフと人間の恋物語。それが「耳先5-15センチ」だ。

 とにかく書いたものを形にしたかった双葉ロゼは業者でオリジナルの装丁を施して文庫本のようにした。

 公園の奥にある池の、さらに奥地は森に繋がっていて、そこにリーノというエルフが暮らしていたという伝承があった。

 それを調べた双葉ロゼが森の奥に本が雨に降られても濡れないように気を遣いながら、防水のブックカバーまで付けて本を置いて帰った。

 

 それが双葉ロゼの明かす秘密。

 

 ストーカーはその時から双葉ロゼを見ていたのかもしれない。あるいは双葉ロゼを調べつくしてこんなところまでたどり着いたのかも知れない。

 とにかく、ストーカーは双葉ロゼの住処も名前も過去も全てを知ってしまった。だから逃げたのだ。

 

「新しい活動拠点を見つけることにしたわ」


「新しい活動拠点?」


「あのビルにいる必要性を感じなくなったもの」


「ストーカーに見つかっちゃったもんね、しょうがないよね……」


 それは、双葉ロゼとみりあの別れを意味している。

 なんで、と。そう言いたくても、彼女の境遇に感情移入すればするほど、みりあはその決意を思いとどまらせる理由を失っていく。

 

 簡単で、あまりにも複雑な今回の出来事の全容。

 

「ねぇ、先生」


「なに?」


 怯えを隠し切れていなくても、双葉ロゼはどこまでもクールに映る。


「エルフのお話はどこに置いてあったの?」


「そうね……いい機会だし探してみましょうか」


 二人は、ゆっくりと物語を置いた森へと進む。

 そこに、きっと、物語は存在しない。そんなことは分かっていた。それでも、なぜか二人は理由を持ったように進んだ。

 秘密基地を探す小学生みたいでみりあは少しだけ楽しんでいた。

 

「……まぁ、当然と言えば当然ね」


「ここに置いたの?」


 双葉ロゼが足を止める。それが本じゃなくたって、不法投棄された粗大ごみだったとしても、森の中に置いたものがその場所に、元あった形のまま残るだなんてそんな奇跡みたいな話は存在しない。

 

「読みたかったなぁ、先生の昔の小説。今ならすっごいプレミアつくかも」


「……データも残ってないから無理よ、リメイクも期待しないで欲しい」


「えー」


 駄々をこねるようにして、がっくりと肩を落としたみりあ。しかし、ふと、みりあの1.5の視力が面白そうなものを捉えた。

 

「あれって秘密基地かな?」


 森をさらに進んだところ。周りのものより少しだけ大きな木。森の中に佇む木々の中の一本。だけど、上の部分は人が出入りできそうな家のようにアレンジされている。

 

「ツリーハウス……? こんなところに。……物好きね」


 それは恐らく人の手が加わったツリーハウスだった。

 それもかなり精巧な作りをしている。きっと誰かが別荘代わりに建てたのだろう。こんな森の奥に。

 

「入っていいのかな?」


「おすすめはしない、それが私の気持ちと倫理観よ」


「えー」


 つまらなそうに、みりあは唇を尖らせる。

 

「……でも、お前という人間への解釈を踏まえて返答するのならば、“勝手になさい”と言うことにするわ」


 正直、この土地が特定個人の物とは思えないし、住居不法侵入罪が適用されるのかは流石の双葉ロゼにも分からない。

 だけど、みりあにとっては彼女のGOサインが今は法よりも絶対なものだった。

 

 喜び勇んで、木の階段を昇るみりあ。双葉ロゼはそんなみりあに手を引かれて呆れ顔をしていた。彼女自身の倫理観では、きっとツリーハウスの存在に気付いてもきっと見上げるだけで終わるはずだった。それが、すでにツリーハウスの中へと入っていった。

 

 ツリーハウスの中は夕日が差し込み、オレンジ色で包まれていた。それはこんな森の中に誰かが本当に暮らしているサインだ。

 一灯のスタンドライト。二人座るにはちょっと狭いくらいのソファ、ベッドが一人分。

 

 そして小さめのカントリー調の机。

 


 ──その机の上に少し傷んだ物語。

 

 

「……私の小説?」

 

 カバーに、「耳先5-15センチ」と書いてあった。オリジナルで作ったのだから、目を引くようなイラストなんてない無地のカバーだけど、淡い色を選ぶあたりに双葉ロゼらしさも感じる。

 

 それもそのはずだ。なにせ、それこそが、この世界に一つしかない、双葉ロゼの小説なのだから……。

 

 

「──見ないお客様ですね」


 

 時間が止まったようだった。背後から高い声が聞こえた。声域は小学生高学年の女の子のものに聞こえたけど、やけに落ち着いた感じが伝わる。

 

「ご、ごめんなさい! 素敵な建築物だなって思って! ……入っちゃいました!」


「……申し訳ないわ、私も不法侵入される気持ちは分かるつもりではあるけど、加害者になってしまっては何も言えないわ、許してもらえるかしら」


 二人して謝ると、女の子は笑い出す。不快感なんてものはなくて、いたずらっ子の少女みたいな可愛らしい笑い声。

 

「ようこそ、リーノの家へ。双葉ロゼさん、それとみりあさん」


 ひらりと金色の髪が左右に揺れる。靡いた髪から長い耳が伺える。

 

 それは、まるで人間の物ではない。まっすぐと伸びた長い耳。先端は紡錘のように尖っている。

 

「……あなた、エルフ?」


 ありもしない可能性をふと、みりあが少女に投げかける。

 偽物の幽霊の次は、エルフ。それも、完成度の高すぎるコスプレ。

 

「やだなぁ、お手紙出したじゃないですか。恋を教えて欲しいエルフ、名前も小説の中のエルフ様と同じ、リーノです」


 語尾に♪が付いて見えるような弾んだ高い声。

 その笑顔が眩しくて、とても美しく映える光景。だけど、現実の範疇を超えた事態。

 

「すごいわ……本当にエルフのリーノはいたのね、この町に」

 

 たとえ双葉ロゼであっても。

 現実の範疇ならなんでも知っていそうな、存在そのものがファンタジーに最も近い彼女だとしても、この邂逅はきっと想像できなかったことだ。

 

「何百年も生きているのに、誰も認知してくれない寂しさはありますよね」


「えぇ、ごめんなさい。ずっとそこの公園にいたのに、あなたに気が付かなくて」


「……えへへ、気にしないでください。これでも、人間世界に干渉したら色々問題があるのです。エルフの力をいい実験台にされちゃうのは嫌です」


 それから三人で話し合う。

 エルフがどんな暮らしをしているのか。ストーカーをしていたのはリーノで間違いないのか。どうやって廃ビルに双葉ロゼが住んでいることに気付いたのか。

 

 穴がないと思っていた双葉ロゼの推理を凌駕するリーノの存在。

 後をつけ続けていたのだって、決して双葉ロゼの心悩ませたいがためのものではなく、少女のような純粋な興味で見守っていただけに過ぎない。彼女は人間ではない女の子。それでも、人間である双葉ロゼの物語に魅せられた女の子なのだ。それが悪いことと分からず見つめ続けていて、ある時、恋愛相談を行っていることを知って、はがきに文字を書いたという。

 

 さて、恋愛相談を解決する必要が出来た。粘着質なストーカーからのものだと思っていたユニークな双葉ロゼの秘密を握っている宣言は、かわいい女の子の素朴な悩みだったのだから。

 

 結論から言うと、この恋愛相談はまだ進行中のものだ。

 双葉ロゼにもみりあにも明確な解決策など思いつかなかった。

 

 しかし双葉ロゼは、発売予定のあった新刊を「耳先5-15センチ」に差し替えて、エルフの魅力を布教するための一手を打った。

 それも、その作品の舞台がこの何の変哲もない森の中だと分かるように。

 

 あの双葉ロゼが急遽、異色のラブコメを放ったのだ。話題性は十分だった。

 

 そして、双葉ロゼはもう一度。

 もう一度、みりあの前から姿を消す。引っ越す理由もなくした双葉ロゼであったが、もっと広い世界を見たくなったと言った。

 ファンタジーを追い求めてみたくなったのだと。

 ストーカー対策として進めていた引っ越しの話を、ストーカー問題が解決した後も進めていたのだ。

 

「きっと、私の作品でエルフを好きになるバカがいたら、あの森で、リーノさんは恋を知ることになるわ、あの子はきっと素敵な恋が出来ると信じているから」


 双葉ロゼはそんな予言を残して去っていく。

 みりあは、そんな双葉ロゼの、ファンタジーをも手中に収めてしまう規格外な生き方に感動を覚えて、いつか双葉ロゼのようになりたいと宣言をして、別れを受け入れる。

 

 双葉ロゼとみりあのもとに届いた三つの難易度の高すぎる恋愛相談はそうして三つとも結末を迎えたのだ。

 一つ目は、解決をして、二つ目はどうしようもない問題を解決しきれず、強引に解消した。そして、エルフの依頼は未来に託すことになった。結果的には一勝一敗一分と言える勝率五分のなんとも言えない結果に終わった。

 

 それは、どこにでもいそうな好奇心旺盛な女の子と、どこにもいなさそうな見目麗しい女性の物語だ。

 バカ正直で何事にも当たって砕けていく純粋さを持つみりあ。誰かの心を簡単に動かしてしまう、圧倒的カリスマ性がある双葉ロゼ。

 

 そんな二人の出会いが。

 その物語が。

 

 

 ──桜宮美景と木良智識の物語のプロローグだ。


 

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