傑作と俺たちの遠回り


「エルフについて教えて欲しいの」


 宣言した通り、先輩は結構な頻度で俺の家に来た。土日のみならず部活が終わった後もそのまま俺の家に来た。

 自分の家で書くよりも集中できるらしい。

 玄関先で優子に「また来たんですか」と言われることにも慣れてきたとも語っていた。たまに漫画やゲーム、あるいはアニメBD目当てで訪れている一詩とも鉢合わせることがあるが、特に二人が会話を交わすのを見た覚えはない。

 

 創作に躍起になる先輩は、いつだか宣言した通り本当に俺を頼りにしてくれるつもりらしく、主にストーリー構成ではなく、キャラクター描写の仕方や学園モノのラノベ作品のテンプレートについて教えを乞うことが多い。確かにその手の事だったら俺もアドバイスはできる。


「エルフって……それ、使えますか?」


「一応、知っておきたいのよ。あなたの理想のヒロイン像でしょ?」


 黒川ありすが鼻で笑いそうな方向に進んでいるが、この際それは気にしない。

 

 とはいえ真剣に相談を受けたのは、


 ・主人公キャラは気弱な子で大丈夫なのかしら

 ・学園モノで不登校だけど頭のいい子を描いても大丈夫なのかしら

 

 この二つぐらいだった。後は、委員長ヒロインはアニメなどではどういう立ち位置なのかとか、幼馴染との恋愛を描いた作品ってどういうものがあるのかとか、そういった雑談的なものばかりだ。先輩の書く物語に関係があるのかないのかすら分からない。


 真剣に相談してきた二つの要件についてだが、どちらもイエスと答えるだけで終わった。

 主人公なんてどうだっていい。ストーリーにハマれば面白い。そうでなくては駄作。主人公って言うのはあくまでもそういう立ち位置だ。

 頭がいいのに不登校なヒロイン。結構だ。魅力的だと思う。むしろ不登校なのがいいアクセントになっている。


「というか先輩、毎日ノートパソコンと向き合ってますけど、どんな大作生み出すつもりですか?」


「そうね。去年の先輩の作品が、大体三万文字くらいだったわね。二人とも同じ分量で合計六万文字。私は既に五万文字書いててあと少しで完結するくらいかしら……」


「先輩一人で六万文字くらい書くって事ですか? それって多くないですか?」


「えぇ。大体文庫本の半分くらいらしいわね」


「……速筆ですね」


 先輩が小説を書き始めたのは一カ月ほど前。

 四百文字詰めの原稿用紙に読書感想文を書いた時のことをイメージして、五万文字というのは125枚分に相当する。

 

 それを一カ月で埋めてしまったのだという。恐ろしいものだ。


「そうね、誤字脱字の編集もしなきゃだし、早めに終わらせたいもの」


「クオリティはどうなんですか?」


「悪くないと自負しているわ。小説はよく読む方だったから、見よう見まねでなんとかなるものね」


 ならねぇよ。などとツッコミを入れたくなるけど、先輩には通用しそうにない。やる気さえ出してしまえば、この人はまさにチートキャラなのだ。


「完成はいつごろになりそうですか?」


「来週には出来てると思うわ。木良君が読むのは誤字修正をして、印刷所から返ってきた完成品にしてほしいわね」


「業者使うんですか?」


「えぇ、百部ほど依頼するつもりよ」


「先輩たちは手作業で印刷してたと思うんですけど……」


「お金ならあるもの。部費も使う機会がないのだから、大々的にやっていいと思うのだけど」


「まぁ。先輩がこだわるのであれば」


 文化祭当日、文芸部はそのまま部室をブースとして出し物を展示する。

 そんな文芸部室は、家庭科部の部室と近い。家庭科部は毎年、模擬店を出店する。評価の高い本格仕様なカフェだそうだ。

 

 つまり、文芸部で無料配布される文芸誌を受け取り、家庭科部のカフェで読む。これが例年の黄金ムーブだとされている。


 これは文芸部の顧問から聞いた話だ。因みに顧問は普段ならば全く持って部活動に顔を出さないが、文化祭については様子を伺うくらいするという。それもこれもここ数年優秀な部員ばかりで尽力のしようがなかったせいらしい。


「宣伝用のポスターとか必要ですか?」


「いらないと思うわ。去年も文芸部がそういう宣伝していた記憶は特にないもの。それに文芸部という部活に関しては、ポスターで人を釣れると思わないわ」


「了解です。ところで、先輩は去年は文芸部に顔を出しましたか?」


「一回も行ってないわ、文化祭は一人で各クラスの出し物をブラブラ回っていたら終わった気がするわ」


「それは寂しいですね……」


「今年は友達がいるもの。楽しむわよ」


「文芸部ブースはどうするんですか」


 笑顔で俺を見る。圧がすごい。俺に託すつもりらしい。

 これといって文化祭を回ることに興味はなかったから、別にいいんだけどね。


 やり取りの中で確信したことがある。

 先輩はやはり、この文芸部が人気であることを知らない。


 少なくとも三年くらい前から、多くの読書家が遠くからでも我が校の文芸部に押し寄せてくるようになったらしい。

 ほとんどが黒川ありすという卒業生の過去の作品に興味を持っていてのことだ。そして、その黒川ありすの後輩の作品群もまた、純文学としてかなりの出来だったという。だから純文学マニアが、今年も勝手に高レベルの小説を期待して訪れることだろう。


 不安はあった。でも、これほど楽しそうに書いている先輩に余計な心配はさせたくない。


 隠していることがあった。この一カ月、先輩はひたすらに小説を書いていた。

 その間に面倒なことが二つほど、裏で起きていたのだ。


 一つは一詩に教えてもらった文芸部の人気についてだ。

 これに関しては知らなかった俺と先輩があまりにも愚かだったと素直に思う。

 

「ねぇ木良君」


 自前の赤いラップトップをカタカタと叩きながら、片手間に名前を呼ばれる。

 その仕草にわずか一歳差とは思えないキャリアウーマンっぷりが滲んでいる。


「なんでしょう」


「──あなた、文芸部をやめるつもりなの?」


「……バレてましたか」


 まぁ、こっちに関しては……もう一つの面倒ごとに関しては、バレるのも時間の問題だった。というかバレていた。

 黒川ありすというレジェンドの存在は高橋先輩含め部員全員が知らなかった。簡単な話、文学に興味のある文芸部員が存在しなかったからだ。だから、交友の狭い桜宮先輩が知ってしまう可能性は思ったより高くない。


 しかし、隠しごとの内容が、俺の身の上話になると別だ。

 なにせ、俺の退部というのは、高橋先輩の知り合いが持ち掛けてきたことだったから。


 文芸部の事で、二人の先輩と話をした。

 一人は高橋先輩。もう一人はその高橋先輩が紹介してくれた男の人。

 その男は二枚目と言える端整な顔立ちでありながら、昔の桜宮先輩が求め続けていた帰宅部の真面目そうな青年だ。学年は先輩と同じ二年生だった。そして文芸部の新しい入部希望者でもある。

 

 結局のところ、文学に興味のある人間ではないようだが、博識で教科書に出てくるような文豪の作品についてはある程度理解しているらしい。

 

 本来ならば、その人物の存在が、俺の退部につながる要素はないだろう。


 問題は、この男が高橋先輩の紹介を通じて俺のもとに現れたことにある。

 

 ──どうもこの男、桜宮先輩に好意を持っているのだとか。

 

 高橋先輩が桜宮先輩とその男をくっつけたいみたい。下世話な話だとは思うけど、そこは先輩達の交友の話だと思うから俺が踏み込める領域ではないだろう。

 ぶっちゃけてしまえば、お似合いの二人だとも思う。それこそ、アニメの話でしか文学を語れない俺みたいな人間よりも副部長としての適性もあると思う。

 

「……その……私に不満があるのならば、治すようにするわ。だから──」


「は?」


 弱々しい声で絞り出したのは見当違いもいい所の懇願。何を言っているのか分からなくて、威圧するようなリアクションをしてしまう。俺の退部に、先輩の今までの行いなんて何一つ関係ない。

 俺と先輩の間で何かが食い違っている気がした。


「高橋さんから聞いてるわ」


「高橋先輩から?」


「文芸部が退屈だからやめると伝えたのでしょ? 高橋さんに」


「俺がですか? 身に覚えがないですけど……」


「……え?」


「いや、俺って別に高橋先輩と仲良くないですし、そんなことを話すような間柄でもないと思うんですけど……」


 まぁ、副部長の座から身を引いてほしいというお願いならされたけど。


「言われてみれば、そうね」


 もとより俺が高橋先輩を苦手であることは先輩も気付いているはずだ。なんなら正直に伝えた気がする。


 なんて思いながらも、この話の構造が少しだけ分かってきた気がする。

 高橋先輩が下手くそな言い訳をしたんだろう。


 事実をそのまま語るのであればこうだ。

 高橋先輩と知り合いの男がいて、そいつは桜宮先輩に興味がある。

 高橋先輩は下世話な事にそいつと桜宮先輩をくっつけたいらしく、部室で二人きりの時間を提供してやりたい。

 しかし、桜宮先輩はその男が下心を持って近づいていることを知ったら警戒するだろう。

 

 つまり、自然な状況でそいつと桜宮先輩を近づけたいわけだ。

 その目的を遂行する上で、誰が邪魔になる?


 ──俺だ。


 高橋先輩がどういう人間か、分からない。

 強いて言うなら、カリスマJKって奴だろうか。

 

 きっと、彼女にとっては大きなステータスになるのだ。

 誰かと誰かの恋のキューピッドになったのだとか。

 自分が文芸部という空間の空気を実質的に支配している張本人なんだとか。


 偏見交じりだけど、カーストが上位の女子高生になればなるほど、他者に干渉するものだと思う。

 特に恋愛がらみになればその習性は強くなる。

 それも、桜宮美景はビックネームだ。話題性は十分だ。

 

 だから、「高橋先輩自身のため」に、出来ることであれば、その男の恋心を成就させたいのだろう。

 

 そんな不純な気持ちから高橋先輩はこういうシナリオを用意した。

 

 副部長である俺が部活を辞めようとしている。それこそ退部届を突き付けた他の二つ部活と同じような感覚で。

 桜宮先輩はこの部活を守りたがっている。しかし俺が辞めてしまえば、四月の頃みたいにまた部活停止は免れない。

 

 そんな窮地を救うのが、先輩のことを好ましく思っている男だ。

 二人が付き合うかどうかはその男の頑張り次第だけど……。

 だが、最高の環境でのスタートになる。大手企業の就職に推薦枠で応募するか一般枠で応募するかぐらいの違いがある。

 

 それと同時に、高橋先輩は“俺に対して”暗にこう示しているのだ。


 ──俺が桜宮先輩と二人きりでいることが気に食わないと。


 桜宮先輩と高橋先輩は、全く持って違うタイプの高校生ではあるが、二人は友達だ。

 そして桜宮先輩は交友が狭く無趣味と言える分、会話の話題を多く持たない。俺と桜宮先輩の会話は俺が持ち出すアニメの話題か、先輩が高橋先輩から又聞きした世間話的なものばかりになる。

 そこから推測すると、桜宮先輩と高橋先輩の会話内で桜宮先輩は俺のことをあることないことを伝えているんじゃないだろうか。

 

 桜宮先輩は女子高生らしい感覚を持たない女性だ。しかし、高橋先輩は違う。彼女は女子高生を弁えており、極めている。

 そんな中で同じ友達グループのメンバーが突然アニメの話題やら美少女ゲームの話をするのである。


 女子高生に不要な知識を叩きこんでいるのはこの俺で、そいつは、大切な友達といつも二人きりで部活動をしている。

 

 それが好ましくないのだ。


 確かに俺は、オタクだし根暗で面倒くさい人間だと思う。

 そして、先輩は高貴で高尚で……。とにかく規格外に凄い人である。

 

 二人は当然スクールカースト的に遠い場所に位置している。物理的距離ならまだしも本来あるべき精神的距離はもっと離れているのが自然なのだ。

 釣り合っていない。それが気に入らなくて、高橋先輩が介入して俺を引き離す。


 正直言ってしまえば、俺的にはあの部活を辞めるも辞めないもどうでもよかったりする。

 

 ──先輩の作品を見た後であれば、だが。


 先輩に勧誘されなければ今もふらふらと、「俺のための青春」を探していただろう。

 あの時……銀色の放課後に、先輩を「綺麗だ」とさえ思っていなかったら、続けていた五里霧中の一人旅。

 俺の「青春」への憧憬が強いままであれば、たどり着いていたはずの暗中模索の高校生活。


 あの頃に戻るだけなんだ。ちょっとだけ遠回りをしただけ。


 ──きっとそれでいい。


 きっとそれで何の問題もないんだ。

 それがあるべき姿なのだから。


 ──遠回りして、色んなことに気付けた。


 アニメに出てきそうな、最高の先輩キャラだと思っていた桜宮先輩がまだキャラを確立しきれていなかったこと。だけどその気になればたった一日でアニメキャラ顔負けの魅力を纏うしまったこと。

 その先輩が、……俺が好きになれない女子高生である高橋先輩を大好きなこと。

 

「安心してください、先輩。文化祭は絶対に文芸部の一員として頑張りますから」


 ──そして、まだ俺にだってやれることがあるということも。


「文化祭の後は、どうなるの?」


「それは、今考えてもしょうがないことです。小説に集中してください」

 

 少しだけ突き放すように言っていた。無意識に、そういう言葉を選んでいた。

 先輩がいつもより暗い顔をしている気がした。

 

 心を捲し立てるように俺の立ち位置を分析してみたけど、どうやら俺は、俺の感情が上手く分かっていなかった。


 でも、先輩に八つ当たりのような態度を取った後にその正体が分かった。

 きっと、イラついていたんだ。

 


 ──この、あまりにも理不尽すぎる展開に。



……」


 俺の退部の問題に、文芸部の文化祭での人気の事。

 二つの問題を俺一人で抱えていた。


 今の俺には。先輩には聞こえない様に、煮えくり返っていたものをこっそりと空気中に送り届けることしかできなかった。

 


 ☆ ☆ ☆


 

 ──いつの間にか文化祭の二日前になっていた。


 相変わらず、俺はほとんど何もしていない。

 先輩が必死に書いて、時折作業が止まり、打開策が見つかるや否や水を得た魚のように筆を走らせていく。そんな日々はちょっと前に終わった。


 その間も、俺は自分の部屋や部室でラノベを読んだりアニメを見たり、たまに先輩の話し相手になったり、一詩と言い合ったり。いつもと変わらないオタク活動にふけっていた。


 ──そう振る舞っていた。


 気が気ではなかった。何週間も色々面倒ごとを抱えて、何も知らないフリをして、時間の経過を待つだけというのは中々にシビアなミッションだった。

 

 だけど、逃げていた現実はいずれ向き合わなければいけなくて、その“いずれ”というのは、遅くても二日後には必ずくる。


 放課後の部室に積み上げられた100冊ほどの本。その全てが同じ無機質なカバーとタイトルを付けている。


 淡いクリーム色をしたすべすべした紙束を親指が何度も滑る。

 ページを捲り続けるだけの行為。

 

 横目で先輩を見ると、こちらをチラチラ伺いながらもまるでコミケの同人誌ブースを設営するように机と文芸誌を配置する作業をこなしていた。

 展示用と配布用。展示用には同時に読んでもらえるようにと三冊置かれる。

 

 自分たちが保管するためのものに加えて高橋先輩たちに配布するものを考えると残りの部数は90もない。

 部室の展示は長机を壁際に寄せて去年以前の作品と今作の何冊かの文芸誌を置き、お気持ち程度の読書スペースを設けるだけという文芸部らしい質素な雰囲気で完成をした。明日の放課後はここに高橋先輩を招待して、俺がたったいま読んでいるこの物語を読んでもらうらしい。


 完成した文芸誌は過去のものと比較しても厚みがあった。曰く、去年の文芸誌が二人で六万文字なのに対し、先輩はたった一人で七万文字以上費やしたのだとか。手に持った感じは学生が作成した部誌というよりも、文庫本に近い。そういったあらゆる点を見たうえで評価をするなら異色な作品だった。

 手作業で作られた昔所属していた先輩方の文芸誌と、業者に依頼して制作した上質な紙の束。

 黒川ありすというレジェンドを意識してか、硬い作風を貫いてきた過去五年分くらいの伝統に逆らいきった純文学よりも大衆文学によった内容。

 先生に聞く限り、配布用に準備している部数だって例年の半分以下だったりする。


 それらは新しいチェレンジをしようという意図のもとに現れた結果ではなく、何も知らないがゆえに招いた悪い偶然だ。

 俺は、この作品に悲劇が待ち受けていることを知っている。


 それは俺に降りかかるものじゃなくて、明日の読書会に心弾ませている、目の前の先輩に訪れるものなのだ。

 先輩のでの文化祭はどういうエンディングを迎えるのだろうかと、少しばかり興味を持った。

 きっと「今まで通り」を予測しているのだろう。 

 いつものように……テストで満点を取った時のように、あるいはスポーツで圧倒的な活躍したときのように。いつものように回りが羨望の眼差しを向けてくれる展開になると思っているのだろう。


 なるほど確かに。

 先輩はそういう人だ。そして、それに見合う努力家で、自分を高めてきた人物だ。


 親指がページを捲り続ける。


 そんな先輩のキャラクターを語っているのが、この文庫本のような形をした文芸誌だ。俺が見たがっていた「先輩の書いた物語」だ。

 純文学だとか大衆文学だとか、ラブコメだとかミステリーだとか、オタク向けだとか非オタ向けだとか。そういったものに関係なく、手元の物語はよく出来たものだと素直に思う。

 あるいは本当に、「文学を愛する人」の心には響くのではなかろうか。それくらい綺麗な表現や愛おしい世界観が存在しているようにも思える。


 ワクワクさせるのが上手い。キャラクター描写が上手い。そしてストーリーも作りこまれている。

 こんな緻密なプロットをいつ組んだんだろうと感心する。

 

 呆れるほどに、すごい。

 これを書いたのが文学に興味のなかったただの高校生だということを冷静に考えても驚嘆するばかりだ。


 ──そして。

 

 エンディングシーンには、いい意味で期待を裏切る、ファンタジーがあった。伏線も上手く張ってあり、納得できる上手い描写で「超展開」に導いてある。

 こんな小説見たことがない。こんな展開、予測できるはずもない。


 これなら黒川ありすですら認めてしまうのではないかと思う文章だ。


 ページを捲る手を止めた。

 本当に面白い小説だ、ライトノベルのようなキャラクター設定。本格派な情景描写。一般文芸とライトノベルの両者のいいところが詰まった綺麗な物語。


 どこまでも引き込まれる、先輩が描いたファンタジーテイストな物語。

 

 ──好きだ。

 ──愛おしい。


「先輩」


 この気持ちを、伝えなければいけない。


「あら、もう読み終えたのね」


 さらっと言ってのけるけど、本当は先輩が俺の反応を待っているのが伝わっていた。読んでいる時にも視線があたっていたから。一詩も同じようにソワソワすることがあるけど、先輩の視線はそんなものよりもずっと心地よくて、ちょっとだけ優越感もあった。


 こんな人とずっと、二人で部活をやってきたんだ。


「面白かったですよ、俺の好きな物語でした。先輩にしか書けない傑作だと思いました」


「そう」


 まるで俺のリアクションに興味がないかのようにあしらう先輩に対して、「本当は嬉しいくせに」、なんてイジワルな言葉を隠した。

 

「でも──」


「なに?」


 深呼吸をした。そうだ伝えなければならないのだ。戦って欲しい。この物語を誇って、戦ってほしい。文化祭を先輩史上最高に彩ってほしい。そんな願いを込めて、俺はこの感情を間違いなく言い渡す。



「──この物語は俺たちにはふさわしくないと思います」


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