眩しい背中とこの先の暗雲


 先輩が早いこと取り掛かりたいと言い、帰宅することになった。思い立ったが吉日って奴だろう。

 さすがに一人で帰らせるわけにはいかないので、最寄りの駅まで送る。


 駅までは若干遠い。バスはお金がかかるから乗りたくない。……ていうのは嘘で、早く着いてしまうのが悲しいから乗りたくない。行きはバスで先輩を連れて来たわけだけど。

 自転車を漕ぐのは構わないけど、二人乗りはどうだろうかと考えたけど、さすがに緊張して提案できない。


 先輩は歩きたい気分だから大丈夫と言った。

 相も変わらず高橋さん達と選んだ白いスニーカー。


 俺は帰りの事も考えて自転車を押しながら見劣りする自分のスニーカーばかり見ている。……結構な値段がしたのになぁ。母親に買ってもらったのと、友達と一緒に選んで買ったスニーカーってどうしてこうも輝きが違って見えるのだろうか。

 今日は土曜日で。とっくに日も暮れている。

 この道を制服で歩くからいつもは学生服の下に隠れてしまうスニーカーが、今日はバッチリと観測できる。だというのに、今は学生服で覆いたい気分だったりする。

 エピソードに基づくスニーカー比較の末の劣等感。それに加えて、もともと先輩の容姿が整いすぎているから、とにかく肩身が狭い。でもまぁ、これもまた紛うことなきラブコメイベントだ。しっかりと堪能しなければ損だと思い、くだらない感情を捨てることに決めた。


「松井君は寝かせたままでよかったのかしら?」


「なんの問題もないです。勝手に起きて勝手に帰ってくれればベストですね、もちろんBDは放置で」


「……私、勘違いしてたのかもしれないわね」


「勘違い? なんのことですか?」


 少しだけ頬を染める仕草が、春先のまだ冷たい夜によく映えていた。


「松井君が木良君のことを一方的に好きなのかと思ってたのだけど、木良君も同じくらい……あるいはそれ以上に松井君のことを想っているのね」

 

「えぇ……さすがにそれは名誉棄損だなぁ」


 そういう路線に興味はない。興味があったとしてもあの幼馴染は無理だ。受け付けない。


「松井君の小説、何回も読み返してるでしょう?」


「え?」


 俺の否定なんて無視して先輩は一方的に話を進める。


「だって、エルフのお話をしてる時、『俺はこう考察してるんですけど……』とか、『そういう描写はなかったけど……』とかいう言葉使ってたじゃない。あれは一度読み通しただけの人の語り方ではないわ」


「繰り返し読まないと理解できなかっただけですよ」


「理解をしようという思いが前提にある時点で好きって言っているようなものではないかしら……」


「暴論ですって」


 もちろん一詩のことを好ましく思ってなどいない。

 でも、理解もしないで批判は絶対にしてはならないというのが俺の中のオタクのポリシーだ。ネットでの評判が悪いから、よく知らないけど叩く。凄い人が絶賛してたから神作だと認定する。そういうスタンスのオタクは意外にも少なくない。

 自由だとは思う。誰かが言っていたから、というのを考慮に入れるのは、理にかなっていないわけではないと思うから。

 ただ、自分は見ていないものについては語りたくないし、自分の考えを突き詰めたいタイプってだけだ。

 

 それゆえ批判するにも、読み込まなければ出来ないたちなだけ。決して「理解したい」っていう気持ちが好きという感情に直結したりしない。


「……それに、あまりそういうこと言われるとちょっと不都合っていうか」


「不都合? 松井君と噂になるのが? もしかして二人って本当に出来てたり……」


「違います! ……あれですよ。俺が先輩に言いにくくなるじゃないですか。小説絶対読みますとか楽しみにしてますとか」


 文章が上手いか下手か。俺好みのテイストか。そういうのはさておき、俺は先輩の小説を理解するまでは読み込むだろう。

 そこにあるのは俺の先輩に対する下心とかじゃなくて。きっと純粋と呼んでいいはずの期待だ。

 先輩の事を好ましく思っているかどうかを問われると、色々もやもやするけど。それとこれとは別問題だからやはり不都合だ。

 

「考えすぎじゃないかしら」


「だとしても、考えてしまったから俺的には不都合なんですって」


「アニメ見せてくれたり、いろんな話をしてくれたり、お家に招いてくれたりしたものだから、少しは慕われてるかと思ったのだけれど……」


「先輩に似合った素敵な小説を書いてほしいっていう一心ですよ、全部」


 慕ってないとは言えないけど。俺のは男性が女性にするアプローチというよりは、文芸部員の先輩に対する後輩としてのそれというのが最適だ。


「私らしい、ね」


 そういえば、先輩は小説を思いついたって言っていたけど、どういう経緯でどういう物語を思い浮かべたのだろうか。


「先輩が思いついたのってどういうジャンルの小説なんですか?」


「ジャンル……。そうね、秘密にしておくわ」


「えぇ?どうしてですか?」


「見たら分かると思うからよ」


「そりゃ読めば分かるでしょうけど、ジャンルが分からないと会話も出来ないじゃないですか」


 キャラクターはもちろん、描写とか構成とかに関しても俺の方が先輩よりは詳しいと思う。

 もちろん、一般文芸よりもライトノベルよりになってしまう可能性があるけど。でも、ラノベの書き方が一般文芸に通用しないわけではないし、基礎の基礎は一緒だ。


「木良くんを頼りにはするわ。でもストーリーとかキャラクターは私が全て作りこみたいの」


「すっごいやる気になってますね……」


 むしろ、ストーリーとキャラクター以外のどこで俺が力になれるというのだろうか。偉そうに語ってはいても俺も経験のないことばかりなのだ。

 

「ところで、何がきっかけで先輩に火が付いたんですか?」


 中身の事を教えてもらえないのなら、先輩の心境の変化の原因だけでも教えてもらおうと問いかけてみる。


「言わなかったかしら?」


「一詩の書いたエルフの話がきっかけなのは分かるんですけど、具体的にあの話のどこにヒントがあったのか、さっぱりです」


 正直、あの物語は参考にしたらダメだと思う。異世界は大抵は理解されない。

 どうしてもキャッチーなものを書きたいというのならば、安っぽくてもいいからラブコメにするべきだと思う。


「……確かに、異世界とか世界樹とか、あまり理解はできなかったわ。神話でしか耳にしたことないような概念と現実の親和性ってそれほど高くないと思うもの」


 親和性。その表現があったかと感心する。

 異世界の物語が好きな人は、ある程度は異世界というジャンルに対する理解がある。

 中世ヨーロッパのような街があって、主人公はなんらかの意味をもってその世界に転生させられる。その世界にはエルフや獣人、時には天使や神様が存在して。そんな世界でRPGのように魔法や武具を鍛えて、その世界で戦ったりする。

 こういった設定を受け入れられるかどうかというのは、異世界というジャンルの永遠のテーマだと思う。

 

 SFだってそうだ。現代いまよりも進んだ科学の話が好物な人もいれば、頭がごちゃごちゃになって付いて行けないという人もいる。

 

「となると、先輩が書くのは異世界に転生する話ではないってことですね」


「……どうかしらね」


 反応が渋い。

 とはいえ、表情を見る限り、先輩は異世界に挑戦する気がなさそうなことが伺えた。これはちょっとした悪戯心のある返答なんだろう。


 これ以上詮索することを諦めて、今日見たアニメの感想と、今日見たもの以外の中で俺が好きな話だとかをしながら駅まで向かう。

 遠いと感じていたはずの片道二十分の道が思いのほか近かった。

 先輩の歩幅は男の俺と同じくらい広くって、歩く速度を落とすとかする必要がないのが今は煩わしい。


「……この信号を渡ってあの狭い通りを入れば、駅ですよ」


「あら、もう到着なのね。覚えやすい道ね」


「ほとんどまっすぐですからね、ちょっと距離はあるけど」


「木良君のお家……またお邪魔してもいいかしら」

 

「歓迎しますよ。妹と仲良くしていただくってのが条件ですけど」


「そう。じゃあ近いうちにお世話になろうかしら」


 それは嬉しいな……などと言葉にすることもなく心にしまう。

 

「最後にこれだけ聞いていいですか?」


 最寄りの駅の東口が見えてきたところで、やはり気になってしょうがないことを問うことにした。


「──先輩は高橋先輩が好きそうな物語を書くつもりですか?」

 

 別にそうだとしてもいいと思い始めている自分がいる。そこに先輩らしさが表現できるのならば。


「……半分くらい正解よ」


「半分?」


「──書くのは、私が好きなモノだから」


 あまりにも凛としたまっすぐな眼差しで言うものだから対応する言葉が即座に出なかった。


 それじゃ、また明日と小さく言い残して先輩は改札まで向かう。

 ──その背中がかっこよくて眩しい。


「文化祭、楽しみにしてます」


 そんなかっこいい背中に投げかける言葉に迷いながら、送ったのは結局は当り障りのない言葉だった。

 本当は、「分からない事があったら何でも聞いてください」とか、「先輩なら絶対すごいものが書けます」とか。そういった責任を伴うような言葉を送りたかったけど、やる気に満ちた先輩を見ていると委縮してしまって、言いたいことも言うことが出来なかった。


「──えぇ、絶対に成功させるわ」


 先輩は振り向いて笑う。

 天下でも取る人物のような燦然たる表情。

 

「……任務完了になるのかな」

 

 先輩に聞こえない様に声に出した。先輩に必要な圧倒的なまでのカリスマに対する自覚だと思う。

 あくまで、先輩の端麗な容姿ならば、知的なオーラならば、先輩の「キャラクター」ならば、ここまでやる気を出してしまえばもう跳躍する準備は出来ているだろう。後は少しの協力をするだけで俺の今年の部活動は終わり。

 

 まるで、アニメに出てくるようなカッコよくてスマートな先輩と出会って、一緒にアニメを見て。俺が大好きなキャラクターについて語り合って。後は先輩が頑張る姿を見るだけだ。


 もしかしたら、それこそが俺にしか出来ない青春なのかもしれない。



 ☆ ☆ ☆



「なんだお前、まだいるのか」


「まぁね」


 帰ってきた俺の部屋には、幼馴染が鎮座していた。

 

「いつ起きたんだよ」


 こいつ、アニメもろくに見てなかったし何をしに来たんだろうか。……もともと、呼んだのは俺だけど。


「いつだったかなぁ。君がツンデレ丸出しで僕の作品を酷評してたあたりかなぁ」


「狸寝入りしてたわけか」


 ちなみにツンデレではない。褒めるべきところは褒めて、ダメなところはダメと言っただけだ。


「寝たフリをしてたことは悪く思うよ。ただ、話に入るのが恥ずかしくてね」


「それもそうか」


 本来なら、こいつのそういう小賢しさに対しては、冷淡にあたるのが俺なんだけど、今日はそういう気持ちにならなかった。なんというか、暗い顔を浮かべていた。空気が、あまりよろしくないのを察知したのだ。


「──なぁ、智識」


「おう、どうしたんだ?」


「ちょっとだけ話しておきたいことがあるんだ」


「……なんか懐かしいな」


 中学時代に一回だけ、一詩が同じように話を切り出したことがある。そのときは“ちょっとだけ”なんて修飾語をつけることはなかった。確か、中学生の頃、俺とよく話す機会があった女の子を好きになったんだがどうすればいい? って相談だった。

 俺にとってはこの上なくどうでもいいことだっただけに拍子抜けしたことは秘密だ。


「僕が文芸部に入らなかった理由についてだよ」


「まぁ聞いてやろうか」

 

 今回も、俺にとってそんなに興味のある話題ではなさそうだった。どんな重大発表が飛び出すのかと考えてたばかりに拍子抜け。


「君はあの文芸部について何を知ってる?」


「……そうだなぁ、部員構成と日頃何をしてるかぐらいなら答えれると思うけど」


 部員が俺を含めて6人。桜宮先輩が部長で俺が副部長。掛け持ちの部員が四人いて。今でこそ文化祭の出し物の準備をしているけど、普段は何もしていないのが文芸部だ。


「……なんというか、君は情報に疎すぎないか?」


「疎い?」


 まぁ、友達と言える友達もクラスにはいないし、先輩以外に学校で話すような人もいない。だから、疎いのはしょうがない。


「──文化祭をそんな楽観するのはよくないと思うよ」


「……えっと、すまんどういう意味だ?」


 文芸部にとって楽観できない文化祭っていったいなんだと思索してみても、結論に至らなかった。


黒川くろかわ賞って知ってるか?」


「えっと、すまん」


 聞き覚えがなかったけど、文学賞の事なのだろう。


「それなりの歴史ある文学賞の事だよ。純文学のね」


「純文学か。それは知っているはずもないな」


 純文学とは、分かりやすく言えばミステリーやSF、時代小説、ライトノベルといった「娯楽性」を売りにしたフィクションではなく、古くは随筆、現代では日記のように、作者の思想や体験の「芸術性」を物語にしたものが純文学だ。「私小説」という言い方をよくされる。


 現代では、コンビニでのバイト経験を基に物語を書いて、日本で一番有名な文学賞を受賞した作品が印象深い。


「黒川賞ってのは、黒川 美恵子くろかわ みえこという女性作家の名前から来てるんだ」


 つらつらと一詩の説明が続く。

 黒川美恵子というのは純文学を代表する昔の小説家らしく、その活躍を評して純文学の優秀作品に与えられるようになった文学賞なのだそう。


「その黒川賞を三年前に受賞したのが当時20歳だった黒川ありすって子だ」


「20歳で文学賞って。しかも純文学だぞ? ……って黒川?」


「あぁ、黒川美恵子の曾孫ひまごらしい」


 それはなんとも漫画みたいだ。

 曾祖母の名前を冠した文学賞を取るのが20歳の若者だなんて漫画にしたって面白くないレベルで出来すぎだ。


「で、突然そんな化け物の話をしてどうしたんだ? そいつがうちの文化祭に来るとかそういう話か?」


「……まぁ端的に言えばそうだね。毎年黒川ありすさんは来てるらしい」


 一詩はこういう話をするときに勿体ぶる。でも、話の結末が見え透いているから薄々勘付いてしまい、一番大事なオチを俺がかっさらってしまうのはよくあることだ。


「どうしてうちの文化祭なんかに来る必要があるんだ」


 話を聞く限り、その黒川ありすという人物は23歳くらいだ。大学を卒業したくらいの年齢で、社会人としては大いに若い。

 しかし、文学賞を受賞して三年が経っているのだから、その世界ではかなり大物なのかもしれない。そんな奴がどうしてうちに来る必要があるというのだろうか。


「文芸部のOG卒業生だからだよ」


「はぁ?!」


 俺が通う高校はそんな奴を輩出してたのかよ。しかも同じ部活だなんて。


「主にその人のせいで、うちの文芸部はかなりの読書家が毎年押し寄せるんだよ。文芸部は今年書いた者だけじゃなくて、過去の作品も展示するだろうからね。黒川ありすさんのファンやら、純文学通の読書家もたくさん来るはずだよ」


「それは……ちょっとまずいな」


 ぶっちゃけてしまうと、かなりピンチだ。

 先輩はそのことを知っているのだろうか。

 確かに過去の作品集は一通り見た。だけど、それらのレベルが高いのかどうか判断できなかったのは、俺が普段手に取らないジャンルの話だったからだと思う。思い返せば思い返すほど、過去の文芸誌に載っていた作品のジャンルは純文学的なものが多かった気がする。

 

 それほど疑問に思わなかった。少ない文字数でも中身の濃いものを書けるのが純文学の魅力だ。

 だからあえてラブコメやファンタジーから逃げて随筆っぽい小説を選んでいたのだとばかり思っていた。


 先輩が選ぶジャンルは間違いなく純文学ではない。

 きっとラブコメだ。あるいは先輩が好きだと言っていたミステリーの線もある。


 しかし、読者が求めているのは純文学なのである。

 内容の良しあしに関わらず、せっかく書いたものを読んでもらえないのではないだろうかという不安が過る。


「それだけじゃないんだ」


「え?」


 一詩が話を続ける。


「去年までいた二人の先輩のことは知っているかな?」


「あぁ、先輩から聞いた」


 確かあれだ。ガチの読書家で、プロの小説家になるために難関大学の文学部に進んだ二人のことだろう。


「その先輩たちの作品もあの人たちが一年生だった時から大好評だったって聞くよ」


「まじか」


 ……二人の先輩が一年生だったころ。

 つまりは三年前だ。おそらく、黒川ありすという文芸部の卒業生が20歳という若さにして黒川賞を受賞した年のことだ。


 文化祭では、その二人が書いた文芸誌と共に黒川ありすというレジェンドが残した文芸誌が一緒に展示される。読書家なら後者を目当てにして文芸部を訪れるに違いない。そしてついでがてら、その二人の書いた文芸誌も手にすることだろう。

 そんな中で高評価を得た文芸誌。


 今度は、黒川ありすの残した文芸誌と、逆境とも言える高い注目度の中で高評価を取り続けた去年までの文芸誌。


 今年も注目されるのは当然と言える。


「僕がこの学校の文芸部に入らなかった理由はそれだね」


「……全く知らなかった」


 確かに、一詩は純文学と言えるものを書かない。それにラノベ以外をろくに読まない俺にすら批判されまくる作品しか書かない。

 方向性が合わなかったことと実力が伴わなかったこと、それが一詩が文芸部に入らなかった理由だ。


 そして、それがどうしても一詩が俺に話しておかなければならなかったこと。


 俺も。──そしてきっと先輩も。

 一詩だけが気付いていて。俺と先輩はゆっくりと間違った方向に進んでいた。


 先輩が純文学が好きな人ばかりが訪れることを知っていたら、最初から胸キュンなラブコメを高橋先輩のために書こうと思っていなかっただろう。

 きっと桜宮先輩もまた、文芸部のことを知らなかったのだ。一年生の頃は幽霊部員だったというし、文化祭にも関わっていなかったのだろう。


 これは本当にピンチなのかもしれない。

 プレッシャーが知らないところですごくかかっている。

 言ってしまえばアウェイだ。

 

 書きたいものを見つけて腹をくくった先輩。

 それの後押しをした俺。


 ──俺はどうしたらいいんだろうか。


 二つの選択肢が浮かんだ。


 先輩のモチベーションを下げてまで、多くの人に求められているものを書かせること。

 先輩が傷付くことを覚悟して、知らないふりをし続けること。


「一詩、とにかくありがとう」


「礼を言われることじゃないよ。むしろ適切なタイミングで言い出せなかったことを反省してるんだ」


 相変わらず一詩は浮かない顔をしている。

 

「いや、このタイミングでよかったんだ」


「え?」


 俺は決断をしていた。


「きっと、適切なタイミングで言われてると、今日という一日の意味がなくなってたからな」


「えっと、どういう意味かな?」


「──俺は、先輩にこのことを隠しておく。一詩からも高橋先輩とかから先輩の耳に入らない様に根回ししておいてくれ」


「それは桜宮先輩がかわいそうなんじゃないかな?」


「……そうだな」


 最初から知っていたら、俺は先輩と探り探り純文学の書き方を学ぶことにしていただろう。

 俺が人生をかけて続けているキャラクター考察だったり、一詩がこだわるストーリーだとか伏線の重要性だとか、そういうことについて語りあう必要性だってなかった。

 

 ──だけど、やっぱり俺はキャラクターに萌えて、ストーリーに燃えたいんだ。

 

 先輩にはノビノビ好きなモノを書いてもらう。

 たとえ不本意な理由で批判されようと、伝統だとか歴史だとかいう奴の言葉なんて聞かなくていいと思う。


 一詩と何度も繰り広げてきた様に、キャラクターよりストーリーが重要かどうかというのは議論に値する。

 だが、そこにジャンルが相応しくないとか、そんな不毛な意見を取り入れる余地はない。


「文化祭に来るのは、何も敵じゃないさ」


 一詩が懸念していることも分かる。俺は先輩に萌え系アニメのキャラクターとストーリーについて教えた。先輩はそれを見て学んで、小説を書くことを決意した。


 しかし、求められているのは、硬派な純文学だ。 


 期待されているものと違うものを出そうとしているのだ。伝統をぶっ壊して、期待を裏切ろうというのだ。アウェイでの戦いを強いられているのだ。

 まともに小説を書いてこなかった、基礎の基礎すらも知らない先輩が、だ。


 ──でも、それが面白かったら?


「僕も来てくれる人が敵とは言わないけどさ……」


「来るのは、“文学が好きな人”、なんだろ? 俺もその一人だぜ?」


 俺はラノベという文学が好きだ。

 キャラクターが立っていて、胸が熱くなるような文学だ。

 純文学とか大衆文学とかと別物扱いされることも多々あるけど。

 

 俺はそんな中でだって一番面白いと思うからラノベが好きだ。


 だから、俺は先輩が書きたいモノを信じる。


 少なくとも、ここに一人分の需要がある。だから、きっと大丈夫。


 ──それがこの時の俺の答えだった。


 

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