眠れる腐れ縁


「だ~か~ら~! なんで納得できないんだよ!」


「納得できないんじゃなくて、展開が突飛だって言っているんだよ。僕はこのストーリーは好きじゃないね。なぜならヒロインの行動に伏線が張られていないから」


「はい、バカ! お前はバカ! 掴み所がないキャラクターでもないのに、このキャラクターを理解せずに、ストーリー展開ばっかり考えているから楽しくアニメ見れないんだろうが。大体、そんなんだからお前の書いている小説は展開が見え透いていて面白くないんだぞ?」


「それは、ただの実力不足であって僕の考え方が間違っていることの証明にはならないよ」


「何開き直ってんだよ。実力不足を理解してるんだったら、売れている作品のいい所を享受しろ。この作品の魅力はシンプルなストーリーと愛らしすぎる多様なキャラクターたちだ。お前はどっちも持ち合わせていないだろうな」


「さすがに言いすぎじゃないかな。そこまで言うなら君は僕より面白い小説が書けるのかい?」


「あぁ書けるだろうな、だって俺はそういうのを卒なくこなす才能は生まれながら持ち合わせているし」


「だったら書いてみたらどうだい? 妄想しか出来ない自称カリスマさんは僕と違って実力不足すら自覚できていないみたいだし、絵に描いた餅によだれを垂らし続けてたことに気付くことから始めればいいよ」


「はぁ? だったら絵に描いた餅を美味しくいただいてやんよ」


「そういう発想の方が僕の小説より陳腐じゃないか」


「うるさいぞ、下手の横好きのクセに」


「──いい加減黙ってもらえないかしら」


「ういっす……」


 アニメ視聴が始まり、一時間ほど経過していた。俺と一詩は相も変わらず、言い争いをしていた。それは、このアニメの「先輩ルート」のキャラクターを高評価する俺と、ストーリーをあまり評価していない一詩との方向性の違いに起因する。俺が先輩キャラっていいなと最初に感じたエピソードでもあるわけで、こればっかりは譲りたくないのだが、黙々と視聴をしていた先輩に一喝されて、頭が冷えた。それは一詩も同様なようで、先輩に向かって気まずそうに「すいません」と謝罪していた。

 

 気になっていた先輩の反応であるが、これがなんとも微妙な感じ。微妙って、反応が渋いというわけではなくて、楽しんでくれているのかどうかがどっちつかずであるという意味で微妙だ。


「少し休憩しますか」


 ちょうど、四話が終わり一区切りがついたところで、今度はしっかりと再生を停止してから先輩に話しかける。これなら黙れと言われることもないだろう。


「そうね。休憩は大事ね」


 緊張感を解くように一度深い呼吸をして落ち着こうとする先輩。


「楽しんでもらえてるみたいですね」


 これはあれだ。……この人、次の話がすでに気になっている感じをごまかしきれていない。見かけによらず不器用だよな。

 

「……えぇ。それなりに楽しんではいるわ。でも松井君の言う“突飛”っていうのも分からなくはないわね」


「あ?」


 おっと、ついに先輩にまでガンを飛ばしてしまった。


「いえ、ヒロインの先輩が後輩の主人公に理不尽なことで怒るじゃない? その事は脈絡がなくて少し驚いてしまったわ。でも、その後にすぐ主人公に告白するでしょ? それで、ヒロインの中でどんな葛藤があったのかと勘繰ったわ。そう考えると、行間にある物語まで面白いと思えた。これは確かに一つの創作のテクニックなのかもしれないわね」


「先輩……俺は今、猛烈に感動しています!」


 そうだ。キャラクターを見続けていたら、言外の魅力がいくらでもあるんだ。アニメーションともなれば、キャラクターの魅力というのは、より鮮明に映る。例えば、ラブコメで進展があった時に「嬉しい」とは言わないけど、小さくガッツポーズをしていたり。想い人の事を思い浮かべて、自室のベッドで悶々としていたり。これらの行いがストーリーに及ぼす影響はゼロだ。別にそんな演出があろうがなかろうが、物語の良し悪しに多大な影響はないと断言できる。しかし価値はあるのだ。キャラクターの奥深さをそうやって描写していくことにより、人はよりその物語を好きになっているからだ。


 キャラクターを可愛く描くことは大切だ。それが無駄であろうと、必ずやらなければならない。


 誰かと恋愛するならば可愛い子がいい。これは確かに間違いないだろう。

 しかし、世界を守るために戦うのであれば可愛い子と共闘したいかと言われれば、これに関しては可愛いよりも屈強であることの方が望ましいはずだ。

 戦わなければならないライバルキャラが美少女である必要だってないし、先生や学級委員長に生徒会長、転校生や隣の席の女の子。学園のあらゆる女性の見た目が整っている必要なんて本当は存在しない。

 

 にもかかわらず、アニメにでる女の子たちは可愛い。

 それはなぜか? 単純だ。



 ──アに豚俺たちが萌えたいからだ。



 アニメーションやライトノベルやコミックス。その世界に出てくる女の子は大抵見た目が可愛い。それを望まれているから、そういう風に作られる。しかし、みんながみんな可愛いのであれば、外見では差がつかない。

 では、どうするか。“可愛い”に深みを持たせればいいのだ。「この子可愛いな」と読み手や視聴者に思わせるために、可愛い所を観測させるのだ。その方法は色々あるが、上手い人間ほど、さりげなく“可愛い”を描写する。それが今先輩の言った葛藤だったり行間にある物語だったりするのだ。

 

 なにも“可愛い”に限った話ではない、例えば、強大な敵に何度ぼこぼこにされても立ち向かう姿に“かっこいい”を描いたり、一人でなんでもこなしてしまう気高さに“美しい”を描いたりするのが創作なんだ。


「小説なんて簡単にかけると思っていたけど、かえって不安になったわ」


「えぇ……。それは困ります」


 そういう意味で、先輩は美しくなければならないと思うのが俺の主観だ。文化祭用の文芸誌も上手くこなしてほしい。先輩なら、すごい物語を書けるそう信じている。ぶっちゃけてしまうと今はまだ、先輩は『ただの女子高生』の文章しか書けていなかった。それは書き方を知らなかったからだと思う。普段の会話やキャラクター性を考えると先輩には俺の期待を超えていけそうなポテンシャルが確実にあると思う。


「でも──悪くないわ。なんというか幅が広がったわね」


「そうですか。それなら今日招いた甲斐がありました」


「えぇ。招かれた甲斐がありました」


 クスっと笑って、先輩が俺の言葉をまんま受動態に変換して返事をした。小悪魔的というか、そういうのはもっと家庭的でかつ少しあざとい感じの女の子がやるべき受け答えだろうと思う。ドキッとしたけど。

 

「それじゃそろそろ、続きを……の前に」


 俺は立ち上がって自分のベッドの前まで行く。六畳しかないこの部屋は大抵のところまで行くのにそれほど歩数はいらない。そもそもベッドは部屋のサイズに対して大きめで困っているくらいだ。もう少しフィギュアや漫画のためのスペースを確保してやりたかったものだ。……まぁ、今はそんなことはどうでもよくて。


「──なんでお前は寝てるんだよ!」


 ご自慢の大き目なベッド。その足元で座布団を枕にして眠ろうとし始めていた幼馴染に結構本気で怒りをぶつける。

 あれだけ「伏線が~」とか「脈絡が~」とか語ってたやつが、優子を懐柔してまでアニメを見るためにこの部屋に入り込んだくせに、惰眠を貪ろうだなんてキャラ崩壊もいいところだ。それこそ一貫性がない。


「あぁ……すまない。昨日の夜からBDを整理してたら好きな異世界転生系のアニメ作品のBDが見つかってね、徹夜して視聴した疲れが今になって来たんだ」


「同情の余地もねぇよ」


 自分からアニメを見たいって言ったんじゃねぇか。というか、背の高いこいつが足を伸ばして眠るとただでさえ狭いスペースがさらに縮小してしまう。


「寝るなら自分の家で寝てこい。今すぐ退出しなければ出禁だ、アホ」


「うるさいなぁ……自分の家じゃ続きが見れないだろ?」


「いやお前寝るだろうが」

 

 ベッドを使わず、ベッドの手前で雑魚寝を始めようとしたことは評価する。なにせ、ベッドには先輩の残り香が……じゃなくて、こいつに、外から着てきた服のままベッドで寝られるとちょっと腹立つし。


「先輩も何か言ってくださいよ。こいつ、どうしてもアニメ見たいって言って入り込んだくせにこれですよ? 大体ですね、先輩も先輩で眠いからと言って人のベッドを使うのやめませんか?」


「……だって眠たかったんだもの」


「よし。ならしょうがないですね、許します! だが、おめぇは許さねぇ」


「ひどいなぁ、僕には睡眠学習機能もついてるから大丈夫だって」


 俺にピシっと指をさされてから、渋々状態を起こす眠そうな幼馴染。

 いや、真面目に帰れよ。


「次寝たら顔面から踏みつぶすから覚悟しとけよイケメン」


「てなわけで桜宮先輩。僕の顔がつぶされる前に寝てたら起こしてくださいね」

 

「できれば巻き込まないで欲しかったわ」


 何というか桜宮先輩と一詩の距離感が曖昧だったけど、一詩は流石のコミュ力で先輩に嫌な顔をされる。

 というか、何それ。俺も寝たら踏みつぶしてもらえるの?

 ……屈辱と栄誉あるアンモラルのアンサンブルが戦陣のごとく入り混じって悶々とするじゃないか。

 

 そんなこんなで、ひたすらにアニメを放映した。

 時おり先輩の反応を確認したり、一詩に帰れと告げたり、横目で先輩の反応を確認したり。感動的なシーンになるとこっそり先輩の反応を確認したりもした。俺好みの渾身のギャグシーンの時に至っては先輩の反応を確認せずにはいられなかった。

 

 

 ☆ ☆ ☆



「全部見ちゃったわね……」


 結局2クール分一気見。十時間くらい経過する悪魔のアレをやってしまった。

 とはいえ、持ってきてもらったBDはまだまだあって、先輩はそれを見る余力を残してるとさえ思うほどに耐性があったわけだ。


「えぇ……。結局半分以上熟睡してたバカがいたわけだけど」


「木良君と松井君は本当に仲のいい友達ね」


「断じて勘違いなわけですが」

 

「そうかしら……」


「そうですよ、こんなのが友達とかお断りですって」


 靴を隠す友達よりは悪くないが。それこそ腐れ縁って言い方がしっくりくる感じの間柄だとも付け足しておく。


「でも家に上がって寝転がるのを許しているじゃない」


「半ば強引に侵入された上に、許した覚えもないですよ。というかその理論で言うなら先輩も友達に含まれますけど」


「……違うのかしら?」


 小さく小首をかしげてこちらを見つめる先輩を前にして、言葉に詰まる。友達というとなんともいえないよなぁってなった。そもそも部活以外で関わることがないし、広義的には今日だってその一環だろう。


「微妙なラインですね……」


「友達に微妙なラインってあるのね。難しいわ」


「……なんというか俺にとって見たら、先輩は先輩だし、そこのやつは幼馴染だし。あえて“友達”って表現するほどでもないかなぁと」


 友達キャラって、例えば意味もなく背中を叩いてじゃれてくるようなイメージのキャラクターだ。しょうもない話を日がな一日やっても飽きがこないような特殊な立場・関係性ではあるけど、先輩や後輩、あるいは幼馴染などのように、明確にその間柄を単語にして導き出せない時に限って、仕方なく友達という表現をするものだと考えている。もちろん、友達という立場や役割を軽視するつもりはないけど。

 一般的な友達という定義を鑑みても、一詩や先輩が現段階でその枠を埋めているとはどうしても思えない。というか先輩はまだしも、幼馴染と友達って意外と掛け持ちする必要性はないとキャラクター協議会(俺の妄想の中の会議)でも出ている。


「……アニメを見た後だと、その木良君のわけが分からないキャラクターだとか属性とかいうののこだわりにも少し納得が出来るものがあるわね」


「わけが分からないのか、納得出来るのかはっきりしてほしいところではあります」


 まぁ、聞くまでもなく、分かりそうで分かっていないっていうのが今の先輩の心境なのだろうと推測は出来る。


 少しのエゴがあるけれど、ちょっとだけ先輩がアニメに影響を受けているのは事実と見ていいだろう。

 先輩に変化をもたらした要因は、アニメが面白かったからというのが半分くらいで、先輩が文芸誌のために勉強熱心になっているからというのが残りの半分。エゴはエゴでも、これが俺の力だとかうぬぼれたりはしない。

 今日のアニメ鑑賞で先輩に変化があったとしたって、それは先輩のつくづく真面目で素直な性格の賜物でしかない。


「一つ聞いていいかしら?」


「何ですか?」



「──あなたはどうしてそんなにキャラクターにこだわるのかしら」



 どうして、か。

 説明を求められても難しい。

 ただ、色々あるキャラクターやテンプレートの中から何個かを選んで上手く配置して、物語を作っていって……そうやって完成していくパズルのようにアニメを見ていくののが好きだから。

 だからこそ、キャラクターがどんな活躍をするか、キャラクターに感情移入して同じ世界を生きるようにアニメを楽しむ自分がいるだけなのだ。自分がそういうオタクだからキャラクターにこだわるっていうのが素直なところだ。

 

 俺がキャラクターにこだわる理由。

 多分、俺が九割型納得できる回答をあえて説明するならば、「アニメのキャラクターが可愛くて眩しくて大好きだから」なんだと思う。

 

 だけど、求められている回答も持ち合わせている……と自負する。

 それは認めたくない話で、決して生半可な気持ちでは誰かに告げたくはない恥ずかしい話だったりする。


 もう一度、ベッドの下で寝転がる幼馴染を確認して、ぐっすりと眠っていることを確認してから、ゆっくりと瞳を伏せてから開く。


「……先輩はエルフって分かりますか?」


「エルフ? ……北欧の神話に出てくる妖精の事、よね?」


「まぁ。そのエルフではあるんですけどちょっと違くて」


 アニメや漫画やゲーム、特に異世界系モノの小説のエルフ。

 オタクと言える立場の人間……アニメを見ないにしてもファンタジーRPGのようなゲームを嗜むことが多い人間からしたら、神話の中のエルフと、知識としてあるエルフは別物と言えるのではないかと思う。共通項は長命で耳が尖っていて長いって事くらい。

 

 ファンタジーRPGや異世界モノには、現実世界には到底現れないヒロインがいくらでも現れる。

 エルフだとか獣人だとか。キャラクター分析がどうのこうの言っている俺のクセに、実はその辺の考察を深めていなかったりする。 

「エルフのキャラって、総じてひ弱なんですよね。まぁ例外はいくらでもあるんでしょうけど。エルフって頭がよくて儚げなイメージを持たれています。なんででしょうかね。長命で魔法も使えるのに弱いって、おかしな話ですよね。どうしてか読み手としては高貴なエルフを見るたびにすぐ死んでしまうんじゃないかって心もとないんです」


 ファンタジーの中で高確率でエルフは迫害される。それは解せないけど、窮地を救われたエルフたちのヒロイン力は他の追随を許さないと思っている。


「何が言いたいかっていうと、俺はエルフが好きなんですよ。現実にいるはずもないけど、エルフってすげぇ魅力的なんですよ。自然との調和を大切にする心優しい綺麗な女の子で、主人公のサポート役に徹してくれて、エルフって聞くだけでそこまで想像させられるんです。キャラが立ってて、応援したくなって……。エルフって考えうる限り最強のヒロインだと思います」

 

「そうなのね」


「あくまで主観ですけどね」


 そうだ。結局は俺の主観だ。最強のヒロインなんて人によって違う。

 でも、俺がどんな物語を考えてみてもエルフのようなシンプルでだけど“強い”ヒロインを考え付かない気がするから、やっぱり俺はエルフキャラが考えうる限り最大のヒロインで最高のキャラクターだと思う。


「でも木良君、その割にはエルフが出てきそうなファンタジーとかではなくて、学園ラブコメばっかり持ってこさせたのね」


 一詩が持ってきたBDを何種類か手に取りながら、先輩が呟いた。


「俺は拗らせてますからね。ファンタジーとか異世界とか、あまり見たくないんですよね」


 それには二つ理由がある。

 まず一つ目は、ファンタジーの世界は現実には確実に会うことが出来ないヒロインが登場する。それはいくらテンプレート化されていたって、強さや感性だったり、抱えている闇や過去の苦悩、物語の途中で出会う障壁だって全て現実離れしている。正直言って規模が大きすぎるんだ。キャラクターの処理に追い付かない。そのうえでどんな敵も倒してしまうほど主人公がチートだったりする。きっと、自分の情報処理能力が低いのが原因だとは思う。あるいは前提知識を必要とされている水準で持ち合わせていない。だからキャラが充実していて、かつ理解が簡単に追いつく学園モノに逃げてしまっているのだろう。


 そしてもう一つ、俺がエルフが好きすぎることが原因だ。俺の考えうる限りの最大のヒロインがエルフだ。ストーリーの中で一度十分な魅力を持ったエルフが現れたにも関わらず、そのエルフがメインヒロインになれない時には感性が否定されたような気になる。その感覚がたまらなく苦しいんだ。


「それで? そのエルフのキャラがあなたのキャラクター至上主義にどう影響を?」


 エルフについて一通り説明した後、先輩はエルフというものをすこしだけ理解したうえで聞いてくる。


「……そいつですよ。そいつの小説です」


 寝そべる幼馴染を指し示して答えると、神妙な表情を先輩がする。

 だから言いたくなかったんだ。だけど、きっとこれは先輩が望んでいた話なんだろうなと思う。


「何度も言ったと思うんですけど、俺ってそいつにひたすら書いたラノベを読まされるんですよね」


「えぇ聞いたわ」


「あいつの書く小説って面白いと思いますか?」


「木良君の言い分を聞く限り、面白いとは思えないわね」


「多分、俺の感性とかそういう問題じゃなくて、いわゆる小学生の作文レベルだと思ってもらっていいです。とにかく主人公が目立ちに目立ちまくって。簡単に敵を倒して。展開が読めてしまう以上、過程だけを楽しもうと思って読んでみても、なにもかもが上手くいっちゃうし。味わいがないとしか言いようがありません。そいつには少しの絶望も描けないんだと思います」


「そこまで酷評されると少し不憫よ」


 確かに、言いすぎなんだろう。それでも、あいつが評価を求めるたびに似た様なことを本人に言っている。それでもあいつは聞く耳を持たなくて、同じような物語を量産してくる。だから、俺は不憫に思われようが話を止めない。


「多分、あいつの人生がそうなんでしょうね。見た目が良くて、良い人で。世界に愛されて、世界を愛しているみたいな。そんな奴だから、結局最後はどうにかなってしまう世界しか知らないんでしょう。だから、浅くて、読みごたえがない物語が生まれる。俺は一詩の書く物語は嫌いです」


「松井君が見てきたもの、そのものまで否定するというのね」


「……でも、あいつが一番最初に見せてくれた話はよく覚えています。一番ひどい出来でした。まず誤字が多くて読めたもんじゃなかったです。かぎ括弧の中のセリフの最後が必ず句点が終わるんですよ? お前本当にラノベを読んで学んだのかって思いました」


 アイツも俺も根っからの理系だったから。文章と向き合うこともそんな多くはなかった。

 オタク同士だから売れてるラノベくらいなら読むけど。

 

「あいつの処女作。目も当てられないようなひどいレベルの作品ですよね、そりゃ。今でも結構ひどいけど」


 でも、俺が伝えたいのはここじゃない。俺があいつの小説をどう思っているのかなんて、『どうしてそんなにキャラクターにこだわるのかしら』の答えじゃない。


「──でも、悔しいけど好きだなって思ったのが、その中に出てきたあいつが書いたエルフなんですよね」


 そう、もっとその先にあるポイント。

 きっと、ここまで興味を持ってくれたなら先輩にだって俺が言いたいことが伝わる、そう信じて。

 俺は一詩が書いたご都合主義が猛威を振るい続ける戯言のような物語を先輩へと伝え始める──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る