くだらない本気


「こんなもんでいいかな?」


 家に来ては、おしゃれな紙袋を手渡す幼馴染。紺色をした薄手のアウターを纏った、高校生離れした完成度の見た目をした男から受け取ったものは絵面的にはトレンドを抑えた男物の小物だったり、気の利いた誕生日プレゼントだったりするのだろうか。だが、全く持ってそんな青っぽい友情は、俺とこいつの間には存在しない。


「あぁ、悪くないチョイスだな」


 アマ〇ミ、冴えカノ、中二恋、河合荘、ハルヒ。


 紙袋をその場で開いて中身を確認する。ちらっと見ただけでもワクワクするような名作も名作がそろっている。相変わらず、こいつのセンスにだけは好感が持てる。

 

 紙袋の中には、アニメのブルーレイディスクが大量に入っている。

 俺が「初心者にも優しそうな学園ラブコメアニメ(年上ヒロインが出てくるもの)」を依頼して、持って来させた。


「……僕も見ていっていいかな?」


「言いわけないだろ。ささ、帰った帰った」


 松井 一詩まつい かずしの提案は突っぱねられる。

 気持ちは分かるし、こいつの性格上、そう言うだろうなぁとは思っていたけど、男と一緒に学園ラブコメの視聴とか勘弁願いたい。特にストーリーにうるさいこいつとは、一緒に見たくない。


「少しひどくないかな」


「声オタでストーリー狂のお前とは相いれないからな」


 こいつはストーリーの事ばかり語って、ようやくキャラクターについて触れたと思ったら声優の演技がどうだとか言い出す、ならず者だ。

 確かに、声優の演技もキャラクターの一部ではある。声も立派な個性だ。

 しかし、素敵なキャラクター達は活字の中でだって、コマ割りの中にいたって、動かなくたってどこまでも魅力的に感じる。それが本物の最強ヒロインだと俺は思っているの。

 確かに声優は凄い。キャラクターの魅力を底上げしてくれる立派すぎるお仕事だ。俺たちは間違いなく声優さんたちに足を向けて寝ていい人種ではないとさえ思う。 

 ただし、キャラクターを差し置いて声優さんが前に出てくる事は俺にとってあまり好ましくないのだ。だから、声優の演技でアニメの良し悪しについて語るこいつとは相容れない。

 

「僕がストーリー狂か……。そんな、君は“自称”キャラクター分析のスペシャリストだったっけ? でも、君はこのBDブルーレイディスクたちを小説が書けない人に対するレッスンをするための資料にすると言っていたと思うんだけど」


「うるせぇ、俺には俺のやり方があると言っているんだ。お前の力なんていらない」


 意外としつこく縋ってくる幼馴染を、しっしと野良犬の相手をするかのようにあしらう。


「君のやり方というのは、必死に部活の慰留をしてきた幼馴染を明確に拒絶して、その幼馴染の私物を上から目線の態度で借りては、何のおもてなしも返礼もなく追い払う事を言うのかな?」


「あぁ、それはすまなかった。今度ハンバーガー奢ってやる。これで貸し借りなしだな」


 謝罪と返礼。十分すぎる見返りを提示しておく。これで俺の人間性は清いものになる。まさに聖人と言えよう。


「まだ、拒絶されて傷心中の僕のダメージ分があるから貸し借りなしは難しいかなぁ」


「あぁ、もう! 女々しいんだよ、ハンバーガーセットにしてやるからそれで完全にフラットだ。それどころかハンバーガーにドリンクとサイドメニュー付くから俺の方が損するまである。だが俺は許してやろう。女々しい誰かと違って寛大だからな!」


 それ以前に俺、こいつの創作活動に付き合ってやっている貸しがあるんだけど、そこはまぁ今は触れないでおくけど。


「お兄ちゃん、さっきから玄関でなにやってるの?」


 そんなやり取りをしているところにリビングから声が聞こえてきて、妹の優子が現れる。


「あ、久しぶりだね優子ちゃん」


「……うわっ、松井さん」


「兄妹そろって辛辣なリアクションだなぁ」


 俺のやり取りの相手がオタクな幼馴染であることに気付いた途端、優子は嫌そうな顔を浮かべた。

 当然だ。優子は俺の妹だからな。シンパシーという奴だ。古今東西、仲のいい兄妹は共鳴する。


「それで、お兄ちゃん。なんで松井さんが来てるの? またコミケの新作がどうとかって奴?」


「違うよ優子ちゃん。今回は君のお兄さんに僕が呼ばれたんだよ」


「あたしはお兄ちゃんに聞いてるんです、黙っててください。……それで、お兄ちゃんどうして松井さんがいるの?」


「えっと……俺が呼んだからだなぁ」


 我が妹ながら迫力が凄くて、少しの事ではめげない一詩でさえも圧倒されている。さすがにかわいそうになってくる。少なからず、今の会話の応酬は二度手間だろう。


「ふーん。そうなんだ。それでこの人と何をさっきから言い争ってたの?」


「こいつが一緒にアニメを観ようってうるさくてな、それを断っていたところだ」


「僕が貸したアニメのBDって説明が欲しいんだけどなぁ……」


「そうか、それを言うならここは俺の親父の借りている家だな」


「そんな規模の大きな会話をするつもりはないんだけど……」


 この場を収める方法は簡単だ。

 優子を味方につけてしまえばいい。そして優子はブラコンだ。俺がノーの態度を示していることを言ってしまえば、一詩かずしは排除されることになるわけだ。因みにこの家での強弱関係は、俺の五つ上で一人暮らしをしている姉がいない今となっては、母>妹>父>俺となっている。共働きの両親は家にいない時間が長く、現在も例に漏れずこの家に家族は妹と俺しかいないわけで、現状、我が家はこの妹の統治下にある。


「松井さん、お兄ちゃんが断ってるみたいなので帰ってください」


「あはは。二人に拒絶されたらしょうがないか。今日のところは帰るよ」


 どれだけ理不尽な扱いを受けようと爽やかな顔を崩さない。ここまでくると被虐主義者なんじゃないのかと不安になるほどだ。


「あぁ、まぁ。ありがとうな」


 紙袋を上にあげて、一応の感謝を示す。ナイスリスペクト。ナイスアプリシエイト。ナイスフェアプレー。


「それはそうと、智識とものり。桜宮先輩はまだ来てないのかい?」


「は? お前なんであの人が来ること知ってんの?」


 びくびくっと肩を揺らしたのは俺ではなく、優子だった。

 ちなみに先輩は既に俺の部屋にいたりする。優子が先に帰っている手前、女性を連れ込むところを見られたらまずいと思ってこっそり侵入してこっそり俺の部屋へ送り届けたのだ。飲み物だったりお菓子だったりもバレることなく持ち運べていたというのに、こんなところに伏兵が眠っているとは思わなかった。


「お兄ちゃん?」


「……あぁ、いや。学校の先輩。来ていること、優子に報告し忘れてただけなんだ。ホント。隠してたわけじゃないから。ただの部活の先輩だし、ほんと」


 目を合わせられない。いや、まだ先輩と言っただけだ。

 早く一詩を追い出して、男の先輩だと言い張ればまだやり過ごせる可能性は……。


「それじゃ僕は帰るよ、“綺麗な先輩”とのデートの邪魔をしようとして悪かったね」


「はい終わり~。お前はやらかした。友好断絶。外交、通商、交通、その他諸々全面封鎖~」


「国際関係じゃないんだから……」


 爽やかな笑顔の下に、したり顔を覆えずにいた一詩は少しだけ嬉しそうに帰路に就く。

 

「待ってください、松井さん。松井さんにはお兄ちゃんの見張り役をしてもらいます!」


 それを引き留めるのは我が妹。

 あまりアニメに興味がなくて、テレビの画面を見るにしても芸人さんやアイドルさんがいるバラエティだとか、今時のドラマを見るほうが好き。我が妹ながらゲームすらもほとんどしない真面目で優等生な中学生だ。アニメを見るのは面倒くさい。だけど、俺が女性と二人でいることも快くない。それらの問題を解決してしまうのがこのスーパー幼馴染というわけだ。

 

「……どうする、知識ちしきくん?」


 これまた、ぶん殴りたくなるレベルの憎たらしい表情で幼馴染が聞いてくる。因みに、知識ちしきというのは俺の名前の智識とものりの別読みから来ているあだ名。

 主に俺を煽る時に重宝されていたりする。


「うるさくするな、それと先輩に余計な事を吹き込むな、それで許してやろう」


「うんうん、了解したよ」

 

 話を聞いているのか聞いていないのか、その顔が俺に対して「いま、どんな気持ち? ねぇねぇ、今どんな気持ち?」と言わんばかりな事に優子は当然気付いていない。

 

「あたしも、その、さくらみや先輩? と話するからね!」


「ごめんなさい」


「もう! なんで謝るの!」


 いや、これは先輩への謝罪も込めてというか……。なんというか俺が恐妻家ならぬ恐妹家みたいになってて辛い。


☆ ☆ ☆


「──どちら様かしら?」


 優子がもはや威嚇するかのようにドカドカと足音を立てて開け放った俺の部屋には、俺のベッドに横になり我が物顔で占拠する先輩がいた。


「……えっと、あたしはその……お兄ちゃんの妹で、その……お客さんが来ているって聞いて……」


「あら妹さんだったのね……それと後ろにいるのは木良君と松井一詩君かしら? 私はあなたのお兄さんの部活仲間の桜宮美景よ」


「……あたしは、その、お兄ちゃんの妹の、木良優子です」


 ベッドから起き上がって挨拶をした先輩と、我が妹。


 優子から見ても先輩はあまりにも綺麗だったらしく、戦闘モードが委縮して俺の後ろに隠れてしまったのは何というか……何というかって感じだった。


 人の部屋のベッドで寝転がるだけで強キャラ感出てしまうこの人のオーラは本当に恐れ多い。

 

 優子はえも言われぬ挙動で、「絶対先輩に変な事しちゃダメだからね!」と念を押してリビングに下りて行った。


 ……優子から見たら、一詩もある意味では先輩になるのではないかとくだらないことを考えてしまう。唐突に脳内を過った薔薇色的な展開が腹立たしい。思考回路の簡略化を推し量っていきたい所存だ。


「ところでなぜ先輩は俺のベッドで……」


「眠くなってしまったの。申し訳ないと思っているわ」


 眠くなったからと言って関わりを持ち始めて日も浅い男子生徒のベッドに入ろうとする、女子高生らしからぬ貞操観念とお嬢様らしからぬはしたなさをお持ちの先輩だ。


 この人のキャラクターがまた一つブレてしまってきている。


「独特な空気で難しいけど、僕も挨拶した方がいいのかな?」


 一詩が申し訳なさそうに会話に入り込む。

 空気を読みながらあえて壊してくるあたり強心臓っぷりが伺える。


「軽音部の松井くんね、高橋さんがよくお話しているわ」


「あー、高橋先輩ですか!」


「は? お前も高橋先輩と知り合いなのか?」


 一詩の弾むようなリアクションがちょっとばかし意外で聞かずにはいられなかった。


「何言ってんだ? 高橋先輩は軽音部じゃないか」


「え? そうなの?」


 君も部員だったじゃないかと頭を掻きながら一詩が呆れていた。軽音部にもあの人にさえも、あまりにも興味がないから知らなかった。というか桜宮先輩ももっとはやく教えてくれればよかったのに。

 

「ちなみに君と桜宮先輩以外の文芸部部員は大体軽音部なんじゃないかな?」


「マジかよ……」


 もはや高橋先輩以外は名前すら覚えてないけど、週一くらいで文芸部室に来ては桜宮先輩と少しだけ話をしては帰ることがあるので顔は何となく分かる。

 

「この際言っておくけど、君の軽音部の中での評判は微妙だよ」


「それ言わなくていいよね?」


「君が部活を辞めたことを先輩たちもそれなりに惜しんでいるんだよ。だけど、君が軽音部を辞めてから文芸部に入ったことで文芸部は活動を再開できた。それは高橋先輩たちも感謝しているらしい。だから、微妙に扱いに困っていると言っていた」


 ……俺って、扱いに困らせてしまう新入部員で後輩だったの? 正直、それほど気にはしないけども。


「そういえば、高橋さんから聞いたのだけど、松井君も文芸部に入部するか迷ったらしいわね」


 俺の部内での立場の話に、先輩は興味を示すことすらしてくれなかった。

 実は、俺も高校に入った時から一詩は文芸部に入るものだと思っていたくらいだし、先輩の発言にはそんな驚きなどなかったりする。

 

 なんせ、こいつは中学時代からクソオタクで、自分でラノベをかいたり、ギャルゲーの制作を企画して、コミケなどでオリジナルゲームを出しているサークルに売り込んだりしていた。結局のところ、中学生の書く物語なんて誰も相手してくれず、どれも中途半端に終わっていた。

 だからこそ高校では本格的に文章を書くことに打ち込むものだと思っていたわけだ。


「確かに、文章を書く事には興味ありましたけど、せっかくなら、そこにいる幼馴染と同じ部活をやりたいとも思ってて。それでそいつと一緒に楽しめそうな軽音部に入部したんです。まぁ現状は望んでるものと全く違いますけど、それでも軽音部も楽しいので後悔はしてないんですけどね」


 頬を人差し指で書きながら、恥ずかしそうに苦笑いをしながらも一詩は珍しく熱弁していた。眩しいくらいのいいやつオーラが解き放たれている。


「自分の好感度を上げて、俺の好感度をガクっと落としてるところ悪いけど、俺が色んな部活を体験入部してる時に、たまたま、偶然、思いがけず! お前を軽音部で見かけて、お前に半ば強引に軽音部に入れられたっていうのが正しい経緯だからな?」


 すなわち一詩は嘘をついているわけだけれども。


「ふふっ、二人とも仲がいいのね」


 先輩は一詩のこすい好感度上昇作戦にはハマりもせず、美しく笑ってごまかした。


「まぁ俺とこいつの仲は全く持って良くないんですけど、この際、それは置いといて。そろそろ鑑賞会を始めましょうか、先輩」


「相変わらず、君はひどい幼馴染だなぁ。それで、どれから見る?」


「とりあえず、四話ずつで完結するこれが見やすいと思う」


 そういって、選択肢の中でも、俺が一番好きな先輩キャラが出てくるアニメのBDを指さす。


「木良くん、それはどんな作品なのかしら?」


 先輩はまだ、若干眠そうなままで、興味もそれほどなさそうだった。

 この作品はそんな先輩の眠気を吹き飛ばしてしまうほど、インパクトのある作品ではないのかもしれない。

 だけど。ひたすらに登場するキャラクターが可愛いし、学園ラブコメにしては珍しいオムニバス形式を採用して、全てのキャラクターにスポットライトが当たる作品となっているからキャラクター分析の資料としてもとても重宝されている良い作品だ。


 見た目はかなり美人だけど好奇心が旺盛な先輩。

 ガサツだけど友達思いな同じクラスの悪友。

 内気で礼儀正しく素直な小動物系の後輩。

 無口でクールで真面目な水泳部部員兼後輩。

 明るくてお菓子が大好きな別のクラスの幼馴染。

 裏表のない素敵な同じクラスの優等生委員長さん。

 気まぐれで甘えん坊な妹。

 主人公をずっと監視している隠れヒロイン


 これだけ個性が違ったヒロイン達を少ない話数で完璧に描きあげている。

 原作はゲームなのだが、ネットでの評判を見る限りでも、原作好きの人たちもアニメを軒並み高評価している印象がある。

 

「女の子たちが主人公と幸せになるシンプルな学園ラブコメです。きっと執筆の参考になると思いますよ」


 そう、舞台は少し昔だけど、シンプルで分かりやすいラブコメであることがとても魅力的だと思う。

 仮に先輩が、高橋さんの期待を応えて胸キュンの学園モノの小説を書こうと思うのならば、間違いなく参考にできるポイントも多いだろう。


 再生機にBDを入れる時の気持ちがいつもと違ってとても緊張した。

 いつもは自分のためにこのBDプレイヤーはディスクを回し続ける。

 だけど今日は違う。一詩はともかく、先輩はこの場においては異端だ。オタクでもなければ、美少女アニメに興味のある人ですらない。

 

 そんな人のために、俺の大好きなアニメーションが映されるわけだ。


 覚悟はしているし、先輩の趣味や感覚に合わなくても、それはしょうがないことだと受け止めてやろうとは思っていたけど。

 それでもこのアニメが先輩に届くか心配でどうにかなりそうだった。

 

 俺はアニメが好きだ。

 現実では出会えない様な筋が通ったキャラクター達が大好きだ。


 キャラクターだとか。キャラクターの属性だとか。普通の人にとってはくだらないものなのかもしれない。だけど、それを何年間も本気で大切にしてきたのが俺だ。


 とはいっても、それが先輩に通じるかは分からない。

 アニメを見ている時間が無駄な時間だったと思われるのが怖い。

 俺の価値観が「面白くない」の一言で否定されるのが、覚悟ができていようが怖い。

 好きなものを否定されるのが怖いし、何よりも、「先輩を変えたい」って思い立った俺の意思が一蹴されるかもしれないって思うと不安で押しつぶされそうになる。


 どうか、先輩が楽しんでくれますように。

 

 内容を知っているアニメが俺の部屋のテレビで放映される。

 それを、初めて見る人がいて。俺はその人がどういう反応をするのか緊張する。

 

 この瞬間だけ、まるで俺がアニメの原作者みたいになっている気がした。


 そんな今この瞬間、不思議な感覚だ。

 だけど、刺激的で、多分今まで経験したことないくらいに、青春っぽくて、悪くないなと思っていた──。


 

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