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 その後、職場関係で激動と激闘を繰りひろげ、そのどさくさに紛れて「V~requiem~」を書き上げた。これはぼくがほんとうに読みたい作品ではあったものの、書き上げて気がついたのはぼく自身の書き手としての力量の限界だった。つまり、ぼくはぼくがほんとうに読みたい小説を書くことはほぼ不可能だということに気がついてしまったのである。それを書くためには、やはり師匠たる咲祈サキ氏のような神懸かった力をもっていなければならないということを知ってしまったのである。氏はそれほどまでに神がかっていた。そう、それほどまでに神がかっていたのだ。大事なことなので何度でも書く。

 そして、知っていながらなお、以降もファンタジー作品を少しずつ書いているのは、単にあきらめられないだけではなく、ぼくが書き続けることで師匠やそれに準ずる書き手がぼくの前に現れる可能性があがるだろうと考えたからでもある。書き手を探すのにもっとも効率的な手段がSNSになってしまっている昨今、そういった書き手を探すには、やはり自分が書いていくのが手っ取り早いとぼくは思う。また、いくつも重なった書き手の輪の中に入って、やはりそれは間違いではなさそうだということにも自信を持った。それとはまた異なる軸ではあるが、合同サークル時代に挑戦してやはり大失敗したテキレボこと「Text-Revolutions」にも再挑戦してみようと考えた。「そりゃたいへんだ。」時代に第2回に参加表明をし、サークルメンバー三人がそれぞれ短編を公式アンソロジーに組み込んだ。我ながら三者三様の、それなりにとがった作品が並んでいて、新進気鋭のサークルという感じは伝わったのではないかと思っていた。とくに残りのふたり、ムライタケ氏とかなた氏は異なる方向ではあるものの同じ純文学向きで、かつ、確実に高いスキルを有している書き手であり、どちらもその良さをフルに生かした短編を掲載していてさすがに場数が違うと思ったものである。「そりゃたいへんだ。」と言えばおそらく、未だに彼女たちの方が有名なのではなかろうか。それをとりまとめてはいたものの、ぼくは当時いろいろ実験めいたことをしていたので、見事にだれでもない人間が残ってしまうというよくある形になってしまったわけであるが、しかし当時の「そりゃたいへんだ。」はもっとも脂がのっていたし、それを超えることはぼくにはできない。そして、彼女たちをテキレボというイベントはまさに「見逃して」しまった。だからぼくはこのイベントの界隈からは離れようと思っていたし、事実このときまで離れていた。

 そんなぼくがテキレボをふたたび見据えるようになったのは、やはり悔しさというか、まだ見ぬ世界への展開をもくろむ野望だった。ここまでの頒布実績や文学フリマの雰囲気や展望に若干の限界を見いだしたぼくは、テキレボの第1回のきらめきを思い出したのである。川崎の、小さいわけではないがけっして大きくないあのホールで行われたテキレボは、ぼくが思うに文芸同人の桃源郷となっていた。まだエンタメ系小説で返り咲きをねらっていた、ぎらぎらしたワナビ時代のぼくは、ここで作品をしっかりアピールできれば同人で活躍できるかもしれないと本気で思ったし、そういう空気があった。そして、逆に言えばそういう空気があだとなってぼくはここから離れたのである。


 すっかり離れている間に規模が非常に大きくなっていてびっくりした、というのが申し込んで中身を調べて最初に思ったことである。そしてそうであれば当然、と思ってさらに調べるとそういった空気は第2回当時と比べるとだいぶ薄くなっていた。これならぼくでも参加できるかもしれない。率直にそう思った。そしてちょうどいいことに「V~requiem~」の制作も佳境を迎えていて、本来は文学フリマ東京に出す予定だったのが、どうにかテキレボに間に合いそうだということが判明した。

 思えば、この頃のぼくはとにかく、自分の作品を読んでもらいたかったのだろうと思う。テキレボに出たのも、公式アンソロジーに原稿を提出すればそれなりの人数が目を通してくれることをすでに知っていたからだし、同時期に大規模アンソロジーにふたつも申し込んでいるし、これ以降にも知らない人が主催するアンソロジーに手を挙げている。それは「順列からの解放」を読んでもらえなかったことと、「そりゃたいへんだ。」が事実上の空中分解を起こしてしまったことが重なって、自分の小説の存在に危機感を募らせてしまったのではないか。今から考えるとそんな風に思える。

 そして、万全の準備――それは結果からして間違った準備ではあったのだが――で臨んだ第5回のテキレボで、ぼくは運命的な出会いを果たすことになる。

 そう、その回で隣になったのが、後に「イリエの情景」シリーズを累計600部以上頒布し、年間で500部頒布したいきさつをすべて語ったエッセイを発表するなど、文芸同人界隈を静かにざわつかせることとなる、旅する小説家こと今田ずんばあらず氏の「ドジョウ街道宿場町」であった。

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