第46話 願いよ、届け(その2)




 ユカリが付近に生息する野生の飛行モンスターを集め、それをカーテンとしてエレクシアから託された二体の翼竜を使ってオルヴィウスを妨害する。それが彼女が即興で考えたという計画だ。


「粗も多い作戦じゃが、お主の力をおいそれと相談するわけにも行かぬからの。何とか……伊澄を頼む」


 そう言って詫びたエレクシアだったが、ユカリとしては即興でそこまで考え、実行に移せる彼女の発想と行動力に感嘆するしかなかったし、自分にできることが、自分にしかできないことがあるのであれば文句はなかった。


(これで借りを返せるしな)


 かくしてユカリがエレクシアから具体的に伝えられた計画を実行した結果が今の状況であった。

 最後の一体が雨で泥濘んだ地面に着地する。小さな地響きが足裏から伝わってきて、他の小型モンスターたちの思念なのか、形にならないぼんやりとした意識みたいなものが散り散りになっていきそうになる。


「……そりゃ怖いわな、こんな大物が近くにいりゃあ」


 正直自分だって怖い。つぶやきながらもユカリはモンスターたちの意識を何とかまとめ、なだめ、落ち着かせる。バタバタと騒ぎ飛び出していきそうだったそれら超小型翼竜が、再び落ち着きを取り戻すとユカリは額の汗を拭った。


「あ……?」


 と、そこで彼女の体がグラリと傾いていく。木々の隙間から見える暗くなった空がグルリと回転していき、体が後ろに倒れていった。

 その彼女の背が、何かに受け止められた。


「おぉっと、大丈夫かい?」


 彼女を支えたのはクーゲルだった。

 ユカリを戦場近くまで行かせる以上当然危険がつきまとう。であれば彼女を護衛できる人間が必要であり、それと同時に同郷の人間の方がユカリも安心できるだろうというエレクシアの計らいでクーゲルに護衛が依頼されたのだった。もちろん、彼女の力については決して口外しないように、と念を押した上で。


「立てるかな?」

「問題ねぇよ」


 白く磨かれた歯を見せ、目一杯頼れる男を演出したつもりのクーゲルだったが、ユカリはムスッとした顔で彼から体を離すと、ペシッと肩に触っていた彼の手を叩くようにして払い除けた。


「ったく、なんでよりによってアンタなんだか……」

「安心だろ?」

「違った意味で不安なんだよ」


 にべもない彼女の返答にクーゲルは「照れ隠ししちゃって~」と慣れ慣れしくユカリの肩に手を掛け、即座に彼女から膝蹴りをみぞおちに喰らって撃沈した。


「油断も隙もありゃしねぇ」

「こほぉぉぉぉ……今のはナイスな一撃だったぜ……」


 脂汗を流しながらも無理やり笑顔を作り、サムズアップ。だが気持ち悪いひきつった笑みになおさらユカリの評価が下がっていくのだが、それに気づかないままクーゲルは立ち直ると周囲を見回し感嘆の声を上げた。


「しっかしまた、こりゃ壮観だな……」


 ソルディニオスはともかくとして、地面が黒く染まる程の小さな翼竜の群れ。一つ一つは肩にだって乗る程度だがこうも密集すると圧巻だった。


「森の中とはいえこんなにいるとはな。こりゃ王国の奴らも駆除が大変だ」

「エレクシアが教えてくれたんだよ。こいつらは人間に聞こえね―音で仲間を呼ぶってな。その習性を使って離れた仲間も呼び寄せたんだよ」

「ははぁ、それで」


 小さいとはいえ一応はモンスターであり、いわゆる害獣に当たるはずなのだが、こうしておとなしくしているとそれなりに可愛く見えてくる。クーゲルは「はぁー」とどこか間の抜けた声を上げながら近づいていき、近くにいた一匹が頭を撫でられると鬱陶しそうに頭を振った。


「気をつけな。制御も完璧じゃねーからアンタの指食いちぎっても知らねーぞ?」

「ちょちょっ!? そういうこたぁ早く言ってくれよ……」


 慌てて翼竜たちの群れから飛び退き、情けない顔をユカリに向ける。それを見て彼女はクク、と喉を鳴らして溜飲を下げた。


「さて、と……」


 気持ちを切り替え、ユカリはゆっくりと息を吐いて呼吸を整える。クーゲルとの会話が良い休憩となり、多少は頭の熱も取れた。エレクシアに頼んだメッセージももう伊澄に届いている頃だろう。待つのは慣れているが、待たせるのは好きじゃない。ユカリは上空で戦闘を続けているエーテリアを見つめた。


「――今行くぜ、伊澄さん」


 目を閉じ、意識を再び自身の内側へと集中させていく。羽を休めたり仲間と体を擦り付け合ったりと銘々に好き勝手させていた翼竜たちの声がピタリと止み、一斉に上空を見上げた。

 ユカリは真紅の機体を睨みつけた。ざわつく胸。自然と両拳が握りしめられていく。


「よくも……人の事をおもちゃにしてくれたよなぁ?」


 怨嗟をつぶやき、ギリ、と歯がきしむ。オルヴィウスに対する敵意が瞳の奥から剥き出しになっていき、それに呼応するように翼竜たちの瞳も真っ赤に染まっていく。

 風が吹き、木々がざわめく。無数の翼竜たちから威嚇の声が地響きの様に低く響く。クーゲルを除いたこの場にいるあらゆる生き物がユカリの意思に呼応し、バアル・ディフィルへの敵対を露わにした。

 翼竜たちが羽ばたき始める。風が荒れ狂い、ユカリの髪が激しく揺れる。彼女の周りを翼竜が旋回し、意思が、怒りが放たれる時を今か今かと待っていた。

 そして――時が満ちた。


「――行けよぉぉぉぉぉっ!!」


 ユカリの叫びとともに、彼女の悔しさを、怒りをまとわせた下僕仲間たちが意思を叩きつけるべく一斉に解き放たれていく。

 黒い塊が宵闇に溶け込みながら加速する。雨を裂き、風に乗ってバアル・ディフィルへと向かっていく。鋭いくちばしを真っ直ぐに向け、敵を突き刺さんと突進した。

 小型の翼竜を前にして飛行していく一団。バアル・ディフィルとの距離が詰まってきたところで前方の翼竜たちが散開。できた空白をソルディニオスのブレスが貫いた。それが狙い通り真紅の機体に命中。ダメージこそ少ないものの、確かにオルヴィウスの意識を向けさせることに成功したのだった。


『いよっしっ!!』

『ちくしょうめ!』


 ユカリがガッツポーズをするのがモニターの隅に映る。オルヴィウスの苛立った声がエーテリアのコクピットにも届く。予想外の敵から攻撃を受け、いっそうエーテリアから離れようとするがそれを伊澄は許さなかった。


『せっかくのところを邪魔すんじゃねぇ!』


 腕を掴まれたままであることに苛立ちをさらに募らせ、エーテリアの背後に展開させていた魔法陣を消すと、オルヴィウスは翼竜たちの方へ展開させた。そこから魔法が飛び出していき、小型翼竜たちの群れで爆発した。

 傷つき、翼竜たちが落ちていく。しかしそれでも突撃は止まらない。旋回し、散らばった竜たちが意図せずしてオルヴィウスの左側へと回り込む。それが決定的な隙を生んだ。

 血で塞がれた左眼の死角に潜り込み、オルヴィウスの反応が一瞬遅れた。翼竜たちが襲いかかり、バアル・ディフィルを包み込み、彼の視界をまたたく間に塞いでいく。

 伊澄のモニターもまた黒い塊で覆われる。だがエーテリアの左腕はバアル・ディフィルを掴んだままであり、敵の位置を伊澄は理解できている。

 おもむろに伊澄は手を離した。予備のソードを即座に腰から引き抜く。傷ついた右腕で持ち、モーターが不協和音を奏でる中、伊澄は逆手に持ったそれを振りかざした。


「うおおおおおおぉぉぉぉっっっっっ!!」


 バリン、と音がした。障壁を貫き、振り下ろされたソードがバアル・ディフィルの胸の深く深くへとめり込んでいく。


『ぐおぉぉっっ……!!』


 オルヴィウスの声に激しくノイズが混じる。自機と同じ様に胸部に深々と剣が刺さった敵機。刺さった柄の先を伊澄が踏みつけると、一気に両機の距離が生じた。


『まだだ……! まだ終わらねぇよ!』


 落下しながら胸部から火花を散らせる中、エーテリアのソードに手を掛けてオルヴィウスは引き抜こうとする。バアル・ディフィルの負ったダメージは深刻。しかしそれはエーテリアも同じこと。

 ならばこっからが本番だ。オルヴィウスは獰猛に口元を笑みに歪め、落下する機体を押し留めた。

 しかし。


「――いいえ、違います」


 それを伊澄は否定した。




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